傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第三章 コルマノン大騒動

80 赤と黒と、

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「バロット!」

 起き上がったサラが、肩を何かの火器に裂かれた男――バロットの名前を呼んだ。バロットはよろめきながらも舌打ちをし、左腕で怪我を負った右肩をかばう。

「……問題ない……っ!」

「……っ!」

 シルヴァはそのまま『支配』の力でバロットの懐に仕舞ってあって、今さっき彼の肩を打ち抜いた『ある物』を引き寄せた。左腕は負傷し、右腕は左肩をかばっている状態で、その引き寄せを止める手段はバロットにはない。そのままそれはシルヴァのもとへ引き寄せられる。

 バロットのもとからシルヴァの左手の中へ納まった武器。それは、バロットがシルヴァから没収した『虚無の短銃セフル・ラサーサ』だった。

「逃げる……! 手出して!」

「う、うん!」

 シアンはシルヴァの『虚無の短銃セフル・ラサーサ』のことを知らないために、少しばかり一驚していたが、すぐにうなずいてシルヴァの手を取る。そしてシルヴァはその手を引き、そのまま彼女を抱き寄せた。

 彼女と密着したシルヴァは、間髪入れずにその銃口を前の地面へ向けた。右手は血刀で塞がっているために、今すぐに使えるのは左手だけだった。故に、その銃も酷く負傷した左の腕で撃たなくてはならないが、今は持ち手を替える時間も惜しい。

 シルヴァは息を呑んだ後、躊躇なく引き金を引いた。人差し指がトリガーを引く瞬間、前と同じように左腕から力が抜ける。負傷しボロボロになっていた左腕が、さらに熱を失い冷たくなる奇妙な感覚に襲われた。

「う……ぁっ……!」

 シルヴァの情けない声が上がると共に、引き金は引かれる。シルヴァの力を吸い取った『虚無の短銃セフル・ラサーサ』はその力を弾丸と威力に変えて解き放ち、力を銃に吸われていた持ち手は、その反動で強く後ろへと伸びきった。

 そしてその銃から放たれた弾丸はすぐ目の前の地面に着弾する。

「――っ!」

 耳の鼓膜を揺さぶる強い爆音。砂埃の不可視領域を勢いよく飛んでいく、道路の破片。視界はそれらに潰されて、お互いにお互いの姿を一瞬にして見失った。

「行、こう……!」

「……っ! うん!」

 視界が塞がった瞬間に、シルヴァの体から一気に力が抜ける。シルヴァに密着していたシアンはその変化にいち早く気づき、慌てて彼の体を支えた。そしてシルヴァの言葉通り、その砂埃を利用し、その戦線から何とか退散していったのだった。






「……」

 砂埃が止んだその場所には、もうシルヴァとシアンの姿はなくなっていた。肩に傷を受けたバロットは黙って砕けた地面を見つめている。

「……マジで逃げたか?」

 バロットは周囲の建物を見渡しているサラに近づきながらそう問うた。サラは明かりの消えた建物の群を見ながら、静かにうなずく。

「どういうことだ」

「……私に聞かないで」

 困惑しつつも表情を崩さないバロットの言葉に対して、サラは視線を下げてまるで拗ねるように言い返した。それからシルヴァに弾かれて地面に落ちた刀の方へつかつかと歩み寄ると、その刀を拾上げる。

 何かが解せない二人の間には微妙な雰囲気が流れていた。シルヴァ達を逃してしまったことが、そんなにも計画外なことだったのだろうか。

 と、そんな二人のいる場所に歩み寄る新たな影があった。

 その影の接近に当然二人も気づいて、警戒の色と共にそちらへ視線を向ける。そしてその顔を見た瞬間、サラとバロット、二人して難色の表情を示した。

「お前は……なんでここに」

「クヒヒ……なんで、なんで? なんでって? フヒっ! ハハハ! そりゃお前、俺雇われたんだよォ!」

 白く短い前髪を腕で上にあげながら、その青年は笑い声を上げた。その笑い声を歓迎すらしないものの、特に拒絶することもなく、慣れたような表情でその白髪の青年の顔を二人で見つめる。

「まぁよろしくな! ……つっても、お前らさぁ、早速しっ、クヒヒッ! し、失敗してやがんのォ!! おかしくって腹痛いぜ!」

「……いつものようにおちょくるだけなら、目障りだから消えてくれないかしら?」

 二人の失態を心底面白おかしそうに嘲笑って茶化していくその青年に、さすがの二人も嫌悪を抱いたらしく、サラは耐え切れず悪態をついた。その彼女の様子にその青年は一瞬だけきょとんとした表情を見せると、腹を抱えて喉の奥から細い笑い声を引き出し、再び笑い始める。

「『いつものように』……だってぇ? フヒッ……女狐ちゃんさぁ、それいつのことよ……! キヒッ、とても『馴染んでる』なぁ、フヒヒっ! やっぱり、今ここに微かに臭う、懐かしい香りの方がお前に似合ってるぜ? キヒヒッ!」

「――ッ!」

 青年がその言葉を言い終わる前に、サラからはとてつもない殺気が彼に向かって放たれた。それを見ても、白髪の青年はとても楽しそうに憤怒する彼女を見下ろし、きっちりと云いたいことを最後まで口にする。

 と、ここまで堪えていたサラであったが、気にせずに青年が煽りを続けたことに、その怒りのストッパーが外れた。拾った刀を手から零し、何もない虚空を持って構える。白髪の青年はそれを見てさえも、その嘲笑する姿勢を崩さなかった。それどころか、さらに深く笑みを浮かべて表情を崩していく。

 今すぐにでもサラが白髪に飛びかかろうとする、まさに一触即発な状況。それを止めたのは、やはりバロットだった。

「止めろ、今やることじゃねぇだろ」

 バロットはサラと白髪の間に入って、サラの目の前で腕を広げて制した。その様子にサラはぐぬぬ、とバロット越しに白髪の青年に睨みつける。

 その視線にそれまでの青年の態度からして、さらにサラを煽り始めそうであったが、案外その様子を全く見せなかった。ふっと今回は短く鼻で笑って見せると、両手を軽く広げる。

「ま、そうだね」

 そう言って、彼はそのまま二人に背中を向けた。それから歩いてその場を去りつつも、その場に残っている二人へと言っていく。

「俺の仕事はネズミ二匹を捕まえることじゃねぇしなぁ。そんなめんどいことをするのは、カワイイカワイイ猫ちゃんのお仕事だもんなァ……」

 そしてまた小さく笑う。それからはもう二人に干渉することなく、夜の闇の中へ消えていった。

 その場所にはバロットとサラの二人だけが残った。そこには先ほどの奇妙の雰囲気はすでに消えており、代わりにギクシャクとした疑問が二人の間に漂っている。

「……聞いてねぇぞ、あいつがいるなんて」

 バロットは小さくそう言った。サラも闇に消えた青から視線を離すと、地面に落ちた刀を拾い上げる。

「……けど、私たちのやることは決まってるでしょ」

「そう、そうだな」

 バロットはサラの言葉に、ちょっと渋々といった様子でうなずいたのだった。
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