傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第三章 コルマノン大騒動

81 異能

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 命からがら砂埃を利用し逃げ伸びた二人。

 逃げ込んだ場所は例の二人を遠くから見下ろせる、マンションのような建物の屋上だった。意識が朦朧ときていたシルヴァが、力を振り絞ってシアンを『支配』の力で浮遊させて、それに引っ張られるかたちで二人ともそこへ逃げ込めたのだ。

「大丈夫……!? 痛みは……いや、とりあえず袖をめくって……!」

「……傷は大丈夫……。もう止めた」

 シルヴァは屋上の周りについている柵に寄り掛かって、自分の着ていた上着を脱いで放り投げる。これはドルフのものだが、もう血で汚れたりしているので使い物にならなそうだ。後で弁償して返そうと、薄れている意識の中でシルヴァはなんとなく思った。

「『支配』の力で血を止めた……。今から皮を繋ぎとめるから……」

「……」

「――っ!」

 『支配』の力でくっつけられるからといって、痛みまでシャットアウトできるわけではない。千切れた皮と皮を、無理やりにくっつけているのだ。その連結時の痛みはやはり規格外で、その激痛は体の存在を忘れさせるほど強く、『痛み』という感覚だけを持っているかのようだった。シルヴァは意識が飛びそうになる。

 けれど、意識はともかく叫び声まで上げてしまえば、例の二人に居場所がバレてしまうかもしれない。だから、シルヴァは傷口だけでなく、自らの口にまでも『支配』の力をかけて、無理やり閉じた。

「はぁ……はぁ……」

 一度くっつけてしまえば、その痛みは徐々に安らいでいく。口にかけた『支配』を閉じて、シルヴァは深く息を吐いた。

 傷は完全にふさいだ。この状態を維持し、あとは自然治癒を待つのみ。『支配』の力による完全な結合なので、傷口が動いて痛むことはない。

 とりあえず、これで応急処置は終えた。シルヴァは何とかして体を起こし、屋上から下の暗闇の中にいるバロットとサラを見据える。

「……誰かもう一人いるな」

 その影は一つ増えていた。白髪の青年だろうか。暗闇で少し見づらいが、どうやら三人で何か話しているようだ。

「シルヴァ……本当に、大丈夫?」

 シルヴァが自己流の応急処置を施しているのを静かに見ていたシアンは、ついにシルヴァの後ろから彼に問う。シルヴァはそれに対し振り向いた。

「問題ないよ……。まだ、動ける」

 正直なところ、シルヴァ自身も体の体調がよく分かっていなかった。緊張と痛みと疲労が積み重なり、結果根底にある体の調子が分からなくなっている。故に、シルヴァは具体的なことをシアンに返せなかった。

 シアンはその短絡的な回答にシルヴァの瞳を見つめる。その青い瞳は、この暗闇でも分かるぐらいに綺麗で、シルヴァはどこか調子が合わずに目を背けた。

 と。

 急にシルヴァの体を暖かいものが包み込んだ。シルヴァは思わず顔を上げる。

「動かないで……」

 突然にシルヴァを抱きしめたシアンは、困惑するシルヴァを優しく制した。彼女の優しい声と包み込んでくるその体に、さっきまでの緊張で押し込まれていたシルヴァの中の疲労に誘発された眠気が一気に噴き出てくる。

 シルヴァの体は暖かくなっていき、とても快適な気分になっていった。空っぽになりつつある体に、何か暖かくその空白を埋めてくれるものが体の中で湧いてくるのをシルヴァは感じていて、そこでふと奇妙なことに気づく。

 今まで消えかかっていた手足の感覚が、妙に鮮明になっていくのを感じるのだ。これは気のせいなのではない。シルヴァの意識もどんどん明白になっていく。

「シアン、これは……」

「待って……もうちょっと……」

 シアンの腕がより強くシルヴァを抱きしめた。シルヴァにそれを止めさせる理由はない。

「……たぶん、これで終わり……」

 しばらくした後、シアンはゆっくりとシルヴァから体を離した。シルヴァはまじまじと自分の両手を広げ、閉じたり広げたりを繰り返してみる。

 さっきとは比べ物にならないほど、感覚が鋭く戻っていた。疲労と怪我でくすんでいた時よりも、意識できる視界の領域が広がっている気がする。

 恐らく、いや、ほぼ確定的にこれはシアンの手によるものだ。気のせいだとかで収まる次元を遥かに超えて効果が出てきている。

 気になったシルヴァはシアンを見つめた。

「シアンのおかげ、だよね? ありがとう」

「……うん。どういたしまして」

 シルヴァの言葉にシアンは少しぎこちない笑顔を見せた。シルヴァはそんなシアンがとても可愛らしく感じて、その頭を撫でると視線を下にいる例の二人に戻す。まだ彼らはさっきまでの場所から動いていないようだった。

「……シルヴァ、あのさ」

 背後から再びシアンの声が聞こえてきた。シルヴァはその声に反応して後ろへ振り返ろうとして、自分が数秒前にさらっと行ったことを思い出す。

 ――シアンの頭を撫でた!?

 シルヴァはそのほぼ無意識化で行った行動を思い返して、反射的に彼女を撫でた手のひらに視線を落とす。いや、この状況でそういう色恋沙汰の感情表現をするのは自分でもどうかと思うが、それでも体と思考がそっちへいってしまったので仕方がない。脅威もそこそこ遠くに追いやった後なわけだし、もしかしたらその反動で安心しきっているからこういうことを思えてしまうのかもしれない。

「し、シアン……ごめ……」

 振り返りながらも彼女に謝罪の言葉を口にするシルヴァ。しかしそれを言い終える前に、彼の視界の中にシアンの姿が入った。それは獣耳をペタンとどこか哀しそうに倒し、顔を伏せている彼女の姿があった。

「……シアン?」

 その雰囲気はシルヴァの持っていた軽いそれとはわけが違う。シルヴァは彼女の名前をぼやいた後、一回口をつぐんで、もう一度その名前を呼んだ。

「シアン」

「……うん」

 今度の呼びかけにはシアンは顔を上げる。けれど、シアンは再びそっとシルヴァから視線を外した。

 そして少しの沈黙の後、シアンは口を開く。

「シルヴァはさ……今の私のやったことについて、何か気になったりはしないの?」

 それを聞いたシルヴァは一度目を閉じて、自分の心情をすぐに整理した。彼女が気にしているであろうこと、そして自分が思っていること。それらを思考力でかみ砕いた後、目を開けてそれらを口にする。

「確かに驚いたけど、シアンが言いたくなさそうなことは聞かないよ」

「でも、気味が悪いとか思ったりしない……?」

「もしそれが奇妙だっていうなら、僕の『支配』はどうなるのさ」

 そう言って軽く笑うシルヴァ。そんな彼を見たシアンはふと目を丸くして見上げると、次の瞬間にうられるようにして笑った。

「そうだよね……。そういう段階は今更、だもんね」

 口元を緩ませて、幸薄そうに笑うシアンの様子を見て、シルヴァはちょっと安心する。さっきまでの昏い雰囲気もなくなって、随分と肩の荷も下りたようだった。

「シルヴァ、あのね」

 シアンはシルヴァをしっかりと見据えた。そして言う。

「私が、獣人じゃないって言ったら、君はどう思う?」
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