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第三章 コルマノン大騒動

112 白と女狐

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 波羅夷はらいと名付けられた、峰の部分が闇の如く黒く、そして刃のグレーには心なしか紫色が混じっている妖刀。サラはそれを召喚し、シェルムの前に立っていた。シェルムは相も明からわず嫌な顔をしてる。

 シルヴァは先のない左肩を抑えながら、迫りくる大波の痛みに深い深呼吸で何とか順応しようとしていた。同時に対峙する二人を地を這いつくばってでも見上げる。

 睨みあっていたサラとシェルムだったが、突然にシェルムが顔を抑えて笑い出した。そのまま数歩歩くと、千切れたシルヴァの左腕を拾い上げる。それを肩に乗っけて、面白おかしく笑った。

「……にしても、その刀……ククク、刀身が変色したままですがァ? 貴女の覇羅夷はらいは偽物ですかァ?」

 サラはそんな彼に眉一つ動かさず、淡々と答える。

「試しに斬られてみれば? 本物か偽物か、分かるわよ」
「はぁ、もう知ってますとも。手に取っては拒絶され、さらには今受けた斬撃で、全てを理解しましたとも。ハハハ、なるほど懐かしい。今となっては懐かしいですとも! あの赤き刀身が!!」

「……」

 手に持ったシルヴァの左腕をぶんぶん振り回しながら、その情緒を存分に表して語るシェルムに、サラは呆れたようにため息をついた。左腕の断面からは血液が飛び散って、辺りへぱちゃぱちゃとはねていく。

 さすがのシルヴァも、自分の左腕で遊ばれていい気はしない。というよりは、自分の左腕が千切れ、そしてさらにその千切れた左腕が拾われ、ぶんぶんと意味もなく振り回されている状況そのものが、まさに夢のような光景。迫りくる痛みも非現実的で、なぜかシルヴァの中に笑いが込み上げきている気がした。シェルムの歪な笑い癖が移ったのかもしれない。

「もういいわ」

 サラの一言。
 ――刹那、シルヴァが自然に瞬きしたその瞬刻に、目に見えないほど速い波羅夷による斬撃が、シェルムへと再び着弾し爆風が舞う。地面はえぐれ、シェルムの背後の空間が巨大な突風が巻き起こったように削れた。

 シルヴァは思わず一時的に痛みも忘れてゴクンと息を呑んだ。

「ハッ……やるか女狐」

 突如、シェルムを中心に巻き上がっていた爆風が一瞬にして千切れ飛んだ。その中心には赤い長槍を持ったシェルムが立っていた。そしてその槍をサラに向かって構える。

「僕は別にアンタでも良かったんだ。"僕の手掛かり"は、何もあの人だけじゃない」

 シェルムは真剣な眼差しでサラを見据えた。サラも自らの波羅夷を構えなおし、薄く笑う。

「少なくても、今のアンタは違う気がする。冷静すぎるわね。もっと取り乱しなさい」
「……ふん。なるほどな」

 シェルムはシルヴァの腕を放り捨てた。同時にサラは地面を踏み込む。サラは一瞬にしてシェルムとの間合いを詰め、刀を振り下ろした。

 槍と刀の相殺。互いに弾かれるも、シェルムの赤い槍は衝撃に耐えきれず欠けた。しかし欠けて飛び散った破片は粒子となって消え、瞬く間に本体の欠けた部分は赤い光によって修復される。

「改めて、ちゃんちゃら可笑しな話だよなァ!? 自分を探す手段が殺しこれしかないなんてさあ!」
「さぁね。私たちの感覚で『可笑しい』『可笑しくない』をはかること自体が『可笑しい』んじゃないかしら」

「それもそうか! ハハハ!」

 二人の刃がかち合う度に赤い粒子が飛び交う。サラの斬撃に耐えられず背後に滑るシェルムを、サラはさらに踏み込んで懐を狙う。

 しかしシェルムはタイミングを合わせて足払いをかけ、サラの進撃を阻んだ。その隙に槍で彼女の首筋を狙って突く。サラは寸でのところで波羅夷の刀身を立て、それを防御した。シェルムの赤い槍の先端が波羅夷の刀身をキリキリと攻め立てる。

 そんな攻防を経て、シェルムは唇を噛み締めた。それから苦々しく言う。

「……バロットもそうだった」
「……?」
「アンタらはどうしてそうも死に急ぐような攻め方をするんだ……?」

 シェルムは左目を閉じ、右目でサラを睨んだ。

「っ!」

 シルヴァはそれを左腕をかばいながら薄れゆく意識の中で見ていた。そう、"見ていた"。それだけなのに、シルヴァの背筋が一気に凍った。

「……」
「……チッ」

 しかし一拍経っても何も起こらない。その事実に気づいたシェルムは舌打ちをして、槍でサラを薙ぎ払う。サラは後ろに跳んだ。

「さっきから大人しいと思ってたんだ。流石女狐、やることが汚いねェ!」
「他人の体で下品な笑いを浮かべる奴よりかはマシよ」

 シェルムは槍をサラに向け、どこか楽しそうに叫んだ。それを受けたサラは面倒くさそうに耳元に垂れた髪を手でたくし上げる。

 と、その彼女の姿に若干の"ズレ"が生じた。まるで水面に映った姿が、現実の姿と重なりあっていたかのような、霧の分身とでもいえばいいのだろうか。彼女を覆っていた霧――"惑わしの幻術"が薄くなっていき、その真実の姿があらわになっていく。

「あの時の……九尾……ッ!」

 その姿を見たシルヴァは思わずぼやいた。サラの姿はまさしく、彼女がビルを斬った直前にシルヴァが見た、九尾の姿。

 妖艶なる九つの尾が風に揺れる。彼女の赤い瞳孔が闇夜に怪しく光り、シェルムへと向けられていた。

「"霊格"の残りカスが……! まだ残ってやがったか!」

「霊格……!」

 シルヴァは聞き覚えのある言葉に思わず反応した。シェルムの視線がちらりとシルヴァの方へ向けられたかと思うと、愉しそうに唇を緩ませる。

「ああそうさ……元は霊格に溢れ神々にも手が届くような存在だった……あれ? ……あれ??」

 さっきまで笑っていたシェルム。しかしその声は震え、瞳からは頬に涙が伝い、その手からは赤い槍が地面へと落ちて赤い粒子となって消えていった。

 その情緒不安定さを通り越した何かに動揺したのはシルヴァだけはない。シェルムと予め面識があり、その所業にもある程度の理解があったサラでさえも、思わず懐疑な視線を浮かべるほどに。

「あァ……切ない……なんだこれ……なんで……? クソ……クソ、クソ!!! 俺の中にこれ以上入ってくんなァ!!」
「――ッ!」

 シェルムが果てまで続く黒い天井夜空に向かって咆哮する。彼を中心に赤い波動が一斉にはなたれ、その衝撃で地面が揺れた。その波動によって、シルヴァはそのまま吹っ飛ばされる。

「ぐっ……!」

 片腕を失ったシルヴァに、その波動は刺激が強すぎた。ただでさえ左腕の痛みが全身を回り、脳を麻痺させているというのに、それに加えて体を吹っ飛ばす衝撃など受けたら、脳が処理しきれず落ちてしまう。

 しかしそんな中でもシルヴァが意識を保てたのは、吹っ飛ばされたシルヴァを掴んでその場に降ろした存在があったからだった。その"彼"はシルヴァの前にしゃがみ、その衝撃を代わりに受け止めると、シルヴァの方を振り返って黒い瞳で言う。

「おい、寝ぼけてんじゃねぇぞ」

 彼――バロットの瞳を受けて、シルヴァは謎の反骨心を力に変えて、彼の手を握り返したのだった。
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