或る男の余生。

夏生槇

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1.近所のおっさん失踪事件

1-2.共同戦線

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 スミに案内されたのは、机と椅子、わずかばかりの収納棚が置かれただけの小さな部屋だった。
 従業員の休憩室だろう。
 キッチンに戻るというスミに、置き去りにしてしまったレレントへの伝言を預け、カナチカは改めてチルと向き合って座る。

 ――そうして。すすり泣きの声を聞き続けること15分。
 根気強く待ち続けたカナチカを見上げて、チルは恥ずかしそうに、力なく笑った。

「……ごめんね、カナ。困らせちゃって」
「別に困ってはない。……なにがあった?」
「……あのね」

 コンコン、控えめなノックの後。スミが再び顔を出した。

「すみません。俺も話を聞いても?」

 持参のトレイには、マグカップが3つと小さな焼き菓子が乗っている。

「込み入った話なのはわかるんですけど、俺も事情くらいは知りたいんですよね。何も聞かされてないので」
「そっか……そうだよね、ごめん、スミ君。沢山助けてもらってるのに」
「それは仕事なんで、別に」
「あっあのね、カナ。スミ君は、職業ギルドから紹介してもらった人なの。毎日すごく頑張ってくれてて……その、お父さんよりごはんがおいしい」

 後半言葉が萎んでしまったのは、複雑な心境の現れだろう。

「チルがいいなら構わないけど、仕事は?」
「昼の予定数全部捌けたので、お手隙です」
「優秀。……隣どーぞ」

 カナチカに促され、スミも着席。ようやく場が整ったところで、チルはゆっくりと口を開けた。

「……お父さんが、居なくなっちゃったの」
「……いつから?」
「大体……二週間くらい前? 夜飲みに出て……そのまま帰ってない」
「……ふむ」

 スミが持参したコーヒーを一口。
 チルのカップにはクリームも入れられていて、甘党の彼女に対する配慮と、それなりに打ち解けた雇用関係があることが見て取れる。

「お父さんの友達には聞けるだけ聞いたわ。何か知らないかって。けど知らないって。……どこかいくみたいな話も聞いたことないっていうの。……それで私……もうどうしたらいいのか」
「どこかに届けは出した?」
「警備隊は、うちじゃないって。だから教会と、ギルドに」
 事件性のあるものは大抵、国立の警備隊により調査される。だが彼らの仕事はあくまでも首都の治安維持がメイン。探し人の探索は集団失踪でも起こらない限りは業務外だ。
 事件性があると判断されればまた話は別だが、現状彼らを動かせるだけの材料はない。

 となると次に頼るのは教会。これも間違っていない。
 教会は広大な勢力圏内において役所のような役割を果たしている。失踪届が出されれば、各地にある教会に探し人としての手配書が出回るはずだ。
 だが、如何せん大陸は広い。行き渡るまでのタイムラグはかなりのものだし、積極的に調査を行う機関ではない。

 そうなると、頼れるのはギルドしかない。
 ギルドは国からの依頼だけではなく、個人からの依頼も、料金の下限を設けることなく受け付けている。
 その範囲は多岐にわたり、戦闘必須の危険な依頼から壊れた柵の修理まで。ランクに応じたものを紹介される仕組みだ。
 だが。
「……いくら積んだ?」
「……10万ギル」
「きついな」

 藁にも縋る思いだろう。
 精一杯の値段だというのはわかる。
 だが、「人探し」という依頼に対し10万ギルという価格はあまり現実的とはいえない。

「相場はどれくらいなんですか?」

 いまいちピンときていないらしいスミが尋ねる。 

「……最低でもその3倍くらいかな。人探しって、難しいんだよ。人間には足があり、脳があり、意思がある。事件なら証拠を集めればいいけど、意思をもった動きを追うのは手間だし、金も時間もかかるんだ」

 少年探偵団気取りの子供達の暇つぶしくらいにしかならないだろう。
 カナチカの冷静な分析に、チルは「わかってる」と力なく呟いた。

「……ギルドの人にも言われた。この値段じゃまともな人は来ない、って。……でも、」

 他に、どうすれば?
 目に見えて落ち込むチルに、スミは考えるように眉を寄せる。
 先立つものがない以上、状況としては手詰まりだ。

「……まあ待て。誰もやらないとはいってないだろ」
「……え」

 だがカナチカは、「しょうがない」のため息をひとつこぼすとすぐに打開策を示した。

「俺がその依頼を受ける。……俺も人探しはプロじゃないから、結果の保証はできないけど。そのへんのガキよりはマシだろ」

 割に合わないとばっさりと切り捨てた依頼を、受けるというのだ。

「カナァ……!」

 それは完全に、彼ら親子への温情だ。
 チルにとっては救いの神以外の何者でもない。

「その代わり、期間は設けさせてもらうし、普通に仕事もあるからかかりにきりにもなれない。あと、一度仕事として出した以上はギルド通して正式に受けるからな。金は払えよ」
「……うんっうん…!」

 チルは再び、今度は安心したようにぼろぼろと涙をこぼした。

「……それ、俺も乗っていいですか?」

 そこにさらに、スミから思いがけない申し出が飛び出した。

「……ただのバイトには過ぎた仕事じゃない?」

 これはカナチカにとっても意外すぎる展開で、思わず疑いを含んだ、じっとりした眼差しを向けてしまう。

「早く帰って来てもらわなきゃ困るんですよ。今の状況、めちゃくちゃ居心地悪くて。冗談でも、乗っ取り成功したね~とかいわれんの不愉快」
「……この辺のおっさん、口悪いからなあ」

 人探しには人手が必要。それは事実だ。
 そして自前で人材を用意するには、報酬がたりない。
 それなら巻き込まれてやろうという物好きの手を借りるのは――悪い話ではないのではないだろうか。

「――ほぼほぼ経費になるから、報酬、殆どでないぞ」
「お金は別に」
「――OK、それじゃあ存分に巻き込まれてもらおうか。」

 カナチカがにっこりと笑うと、スミも「はい」と目元だけで笑う。
 カナチカが意図をもって作った営業スマイルに怯まない人間はそういない。
 効果としては不発だが、その控えめなリアクションは好印象だ。

(なんか面白いな、こいつ)

 カナチカは一人、心の中だけで笑う。

「…とりあえず、一旦仕事戻るわ。最低限のことはさっさと終わらせないとレレントが泣く。」

 こうなると問題は、どうやって時間を工面するかということだけ。
 ただでさえ長旅帰り。その間に溜まっていたものと新たに積みあがったタスクのせいで、本業も大忙しだ。
 そこに主が、「奉仕」とかいいようのない厄介ごとを持ち帰ってくるのだから、たまったものではないだろう。

「…お願いする立場でこんなことというのは気が引けるけど」
「うん?」
「レレントさんなら、どんなに疲れていてもカナが至近距離で甘い言葉のひとつでも囁いたら復活すると思う。」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ。人権を寄越せ」
「あはは!」

 ようやく和らいだ空気に、スミの遠慮のない笑い声が乗る。
 営業スマイルを剥いだ純粋な笑顔には、年相応と思える幼さがあった。

「あ、そうだ。お出しする予定だった食事、レレントさんに持ち帰ってもらうよう手配しましたけど良かったですか?」
「え。そりゃあありがたいけど…。そんなサービスも始めたわけ?」
「普段はやりません。ただ今回はちょっと長引くかもしれないなと思って独断で…。問題ないならよかったです」

 かと思えば、そんなカナチカ好みの気配りもみせる。

「し、しごでき……うちで働かない…?」

 思わずこぼれたお世辞抜きの本音に、スミはやっぱり「素」の顔のまま、穏やかに笑った。

「解決後、もう一度同じこと言ってください。そこから考えます」

 お返事は、解決後。つまり今の契約の雇用期間についての見通しが立ってから。ごもっともすぎる返答も花丸だ。
 なにせ彼は店主の代わりとして呼ばれているのだ。結果如何で、身の振り方はかわる。

「えーっとじゃあ、仕事して、ギルド行って……ってやったら、多分夜かな。もう一度来るよ。今後についてちょっと話そう」
「はい、わかりました」
「あ、あの。私も」
「いや。遅くなっちゃうし、チルはお母さんと一緒に居てやりな。方針決めたら明日また話す」

 とりあえず、今日のところは解散。
 そう宣言する代わりに、カナチカが席を立つ。
 それに続いたのはスミで、小走りでドアに駆け寄ると静かに片手で押し開いた。

「いやそれ何ファーストよ」
「あれ。ええと、そうだな。美人ファースト、ですかね」
「なんだそれ」

 お先にどうぞ、はおそらく「思わず」の行動だったのだろう。
 相手は女性でも子供でも貴族でもないというのに。おそらく本能が反応している。
 それなりの教育を受けた者の動きだ。 

「…いや待てよ。やっぱ俺が先に出て気を引くので、しれっと出ちゃってください。面倒でしょう。相手するの」
「…悪い。助かる」
「いえ」

 そして宣言通り、愛想を振りまきながら店内へと戻ったスミはすぐさま店中の視線をさらった。
 そのスキをついて、カナチカはそっと店を出る。

(…スミ。か。……一応調べてみる必要はあるな)

 顔が良くて。有能で。気配りも上等。
 そんな人間がそうそう転がっているわけがないのに、都合よく目の前に現れた。
 ――行方不明の男に、なり代わるように。

(そんなの、疑わないわけにはいかないだろ。……くそっ)

 一個人として、彼に好感を抱いているのは事実。だがそれはそれ。
 そうでなければいいと願う気持ちに蓋をして、ゆっくりとした足取りで坂を上り始める。

 
 一人の男が消えたというのに、店の外はいつもと同じ日常。昼間の喧騒に包まれている。
 人ひとりの命の輝きはあまりにも儚い。――これが現実だ。


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