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1.近所のおっさん失踪事件
1-3.協力者
しおりを挟む予想通り多忙を極めたカナチカがギルドの窓口にたどりついたのは、閉所時間ギリギリアウト寄りのタイミング、19時半。
普通なら帰れといわれてもおかしくないが、運よく顔なじみの職員ルイスにみつかり、にこやかな笑顔のまま特別応接室へと通された。
「いやあ、今日もお美しい。一日の終わりに貴方とお茶が飲めるだなんて、今日一日の疲れが吹き飛ぶというものです。」
「素直に「ギリギリに飛び込んでくるんじゃねえよばか」って言えよ。悪かったよ」
「あなたこそ素直に、言葉通りに受け止めてください。私はそこまで性格捻くれていません。純粋に、あなたの、顔ファンです」
「顔ファン。」
どこぞの貴族の屋敷かと見紛うばかりの応接室。上等なお茶に、給仕のサービス。この場所でこれだけの好待遇を受けられるのは、視察に訪れる王族や貴族、もしくはギルドに対して貢献度の高い希少なS級ランクの人間だけ。
目の前のルイスは顔ファンなどとふざけたことを言っているが、カナチカにその資格がなければ顔を見るだけ見て門前払いをされていただろう。
「こちらが、今回カナチカさんが受けたご依頼の資料となります」
そう言って差し出されたのは、革のドキュメントケース。これはカナチカがずっと愛用している専用のものだ。
意識して革を育てたわけではないが、自然と重ねた年月分の渋みと、擦れすら手になじむ独特の質感が気に入っている。
ギルドとのやりとりに使用されるため通常はこちらのギルドに保管されているが、これに触れられるのは顔なじみのルイスと、一定以上の役職持ちのみと定められているらしい。
日常的に使うものだし、そこまでせんでも、というカナチカの言葉は今のところスルーされている。
「……正気ですか?報酬十万ギルですよ。あなたの一晩の遊興費にも満たないんじゃないですかこれ」
「お前の中の俺のイメージおかしくないか。もっと夢を持てよファンらしく」
「ファンゆえの、そういう男であってほしいという願望です」
「そういう男が好きなのか」
「誤解を招く言いかたはやめていただきたいですね」
「……」
「……」
出方を探るような不自然な間。
二人同時に紅茶に口をつけ、ため息を吐く。
思うことはただひとつ。――不毛、ここに極まれり。だ。
「……ここから先は、貴方とそれなりに親しくさせていただいているという自惚れを前提に言わせていただきたいのですが」
「どうぞ?」
月に数度顔を合わせ、なんならたまには飲みに行くような間柄は客観的に見ても「割と普通に仲良し」といえるだろう。
カナチカが否定をしないことに、ルイスは少しだけ嬉しそうに目元を和らげる。
「……ギルドは、お困りの方の駆け込みどころです。難易度によりランクという形で区切られてはいますが、すべての依頼に上下大小はない。ギルドが掲げるその理念には私も賛同しています。――ですが。」
しかし次の瞬間、ルイスはがらりと表情を変え、真剣で、まっすぐな眼差しをカナチカに向けた。
「ですが私は、憧れの人――他ならぬあなたに、安売りをしてほしくない」
その言葉は、本物だった。
憧憬。好意。敬慕。
普段は冗談で覆い隠してしまうルイスから零れる剥き身の感情に、カナチカは静かに目を細める。
「最高位、Sランクの騎士はあなたしかいないんだ。周囲への影響を鑑みても、情で動かされていい存在では、ないでしょう」
ギルドランキングS。そう呼ばれるのは、「英雄」と称賛されるような、国を救う程の功績を上げ、王家に承認された存在のみ。
――が。そもそも国を挙げたピンチなどそうそう起こりはしない。そのため、実質的なトップランクはAだとされている。
カナチカはたまたま、そういうタイミングに、そういう家に産まれ育ち、運命を共にする友人と出会った。
ある意味最高のタイミングに結果が伴ってしまった。それ故に、そのような堅苦しい称号を得るに至ってしまったわけだが、それは決してカナチカが望んで得た名声ではない。
特別であることは、それなりの制約がつきまとうからだ。
英雄とは、誰にでも優しく、平等であるべき存在だ。
だから、相応の対価を支払えない相手に情で手を差し伸べるというのはフェアではないというルイスの指摘は、ごもっともなのである。
でも、英雄にだって私情くらいはあるわけで。
平等であるために身近な知人を見捨てろというのは、カナチカとて承服しかねる言い分だった。
「⋯⋯知り合いのオッサン一人助けられないやつのなにが英雄だよ」
思わずこぼれた一言に、ルイスがびくりと肩を震わせる。
「カ、カナチカさん。すみません、出過ぎたことを」
「いや、お前のいうことは正しいよ。……でも、俺としても放ってもおけないんだよな。あの親子のこと」
「……はい」
圧をかけないよう語気に気を付けながら発した言葉であったが、ルイスはしょんぼりと気落ちした様子でうなだれた。
自分を慕ってくれる相手に、そんな顔をさせたいわけではない。
つくづく、邪魔な称号だとため息をつく。
「だからここはひとつ、落としどころを見つけようじゃないか」
「落としどころ?」
「そう。俺とお前が納得のできる形で、お互いに少しずつ妥協する。歩み寄りは可能な事案だろ、これ」
カナチカはそう言うと、紅茶のカップごとルイスの隣の空白に身体を滑り込ませた。
とたんに、ルイスの身体がぎしっと音を立てて強張ったような気がしたが、それには気づかないフリをする。
(酒場では平気なくせに……ロケーションのせいか)
「そうだなあ…例えば、俺個人としてではなく、うちの商会として受注するっていうのはどうだ」
現在カナチカは、本業の片手間に十数人規模の冒険者コミュニティを経営している。
コミュニティとしてギルドに登録しておけば、グループ単位での依頼を受注できたりギルドから直接、指名という形で仕事がおりてきたりとメリットも多い。
カナチカの場合は、選び抜いた優秀な人材を送り込むことで、自身が動くことなくギルドへの最低限の貢献義務を果たす、という目的があった。
ギルドの義務を果たす義理はないが、理由はある。――一市民が武器を所有するには、ギルドに在籍をすることが絶対条件なのだ。
「……カナチカさんのところ、皆さんだいたいAランクですよね」
「実際動くのは俺だよ。今みんないないし」
「それ商会っていうワンクッション置く意味あります?」
「だから。世間体は気にしてやるから俺が出るのは許せという交渉をしている」
「…なるほど」
ルイスは目を閉じ、うーんと考える姿勢に入る。
だが考えがまとまるまでさして時間はかからず、すぐに比較的すっきりした表情をカナチカに向けた。
「カナチカさんの案にのりましょう。ですが、世間体を気にしていただけるのであれば出来れば商会は避けていただきたいです。グルウ・リンク商会を動かすのに10万は安すぎます。それで動くような組織であると思われるのは今後のことを考えると得策とはいえません」
なるほど。これもごもっとも。
「うーん…ああ、じゃあ助手に受注させるのはどうだ。あいつなら職業ギルドに籍がある。あちらとこちらで、登録番号は共通だろう?」
「助手?レレントさんですか?」
「いや、今回の調査を手伝うと名乗りを上げてくれた物好きだ」
「……そうですね、それなら代表者が代わるだけですし、問題はないかと」
「よかった。じゃあ、明日こちらに寄越すよ」
「どこの馬の骨を拾い上げたのかは存じ上げませんが――お会いできるのを、楽しみにしています」
にっこりと微笑むルイスの背後にどす黒い影のようなものを幻視しつつも本能で突っ込みを踏みとどまったカナチカは、にっこりと微笑みを返しながら残りの紅茶を一気に飲み干した。
それが解散の合図だと心得ているルイスは、再度ドキュメントケースの中を確認したのち、カナチカへと手渡す。
「…まったく、どこの誰なんだかなあ」
「は?」
思い浮かべるのは、黒髪の青年。
困ったことに、カナチカは彼の笑顔しか知らない。
「いや、独り言だ。今日はありがとう、ルイス。今回も世話になるよ」
「いえ…こちらこそ。まったく、貴方が私を甘やかすからつい余計なことを言ってしまう」
「余計なもんか。むしろ俺は、それを頼りにしてるんだ」
「ほら~もう~そうやって人を誑し込む~~」
それは紛れもない本心だ。ルイスの言葉はいつだって客観性があるし、迷いがあれば共に悩み、考え、必ず「正解」へと導いてくれる思考力がある。
ルイス=タラン。愛想の良さと頭の回転を武器に若くして出世コースの入口にたどり着いた凄腕のギルドエージェントだ。
彼の手にかかれば、取引先の気難しい貴族連中やコワモテ半グレ冒険者も、驚く程従順になると言われている。
「頼りついでに、あとひとつ頼みたいことがあるんだけど」
「それは個人的に、ですか?」
「うん。――明日来る男を、調べて欲しい。お前なら直近の足取りくらいつかめるだろう?」
そんな彼にも、裏はある。そしてその裏稼業こそ、カナチカが彼を「引き入れた」大きな理由。
街の顔の一人としての情報網。そしてそれを自在に操り、分析する能力。
ルイスはどれをとっても申し分のない、カナチカの優秀な『影』だ。
「……あなたまさか、素性もわからない男を懐に?」
ルイスの怒気を察知したカナチカは、誤魔化すように手を振って速やかにソファーから離れた。
「小言はまた後日受け付けるよ。報酬はその時に」
言いながらドアを半分ほど押し開くと、ドア向こうに控えていた職員が驚き慌てた様子でドアを開放する。
「わかりました。――覚悟、しておいてくださいね」
「ああ、――期待してるよ」
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