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異世界帰りへ⑥ その学校は○○の痕跡を残す
リル⑮ 教室!
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教室の引き戸をガラガラと開けると、縦に五列、横に五列の机が並べられていた。
奥を見ると、教壇に上下可動式の黒板――。
これ……本当に日本の教室、そのものじゃないか。
「――うわっ、なんで泣いてるの!?」
「………………もう二度と、見ることはないと思っていたからな」
思いがけず頬を涙が伝った。
リルは驚いて、マノンとパティが興味深そうに顔を覗いてくる。
「この世界に召喚される日の夕方まで、俺は日本の学校に通う、どこにでもいる普通の高校一年生だったから……。この世界で死んでしまったら二度と見られないし、そうでなくたって十八歳になった頃には、二度と高校の教室なんて足を踏み入れることはないのかもなぁ…………なんて、思っていたんだ」
こういう典型的な『教室』は、基本的に高校までのものだろう。
専門学校や大学によっては同じようなところがあるのかもしれないけれど、でも、みんなが同じ制服を着て同じ場所に通い続けるなんて、きっと、ほとんどの場合は高校生までだと思う。
「大丈夫……?」
本気で心配していることが伝わってくる声音で、リルがスカートのポケットからハンカチを取り出して、俺に向けて差し出した。
小さく一言だけ「悪い――」と言ってそれを受け取って、すぐに涙を拭こうとしたのだけれど。
こういう感情には二度目がないと思う。突然のフラッシュバックに懐かしくなって、感慨にふけて泣くなんて。……多分、不意打ちを食らった今だけのことだろう。
もう二度と今の感傷的な気分に浸ることはないんだな――なんて考えてしまって、あと少しだけ泣いていたい、と、女々しくも涙を拭うことを躊躇った。
「ハヤトさん、日本での学校生活については、絶対に喋りませんでしたね。一緒に旅をしながら、不思議に思っていました。……しかし今の顔を見たら、なんとなくわかります」
お口にチャックをしていたはずのパティが、しんみりと言葉を口にする。
「安心してください。過去は、のぞけませんから」
「今も、のぞかないでくれないか?」
言葉の端々で自供してくる奴だ。
「それはちょっと……」
「断る権利なんてないんだよ」
だめだ。涙声になってしまって、我ながらツッコみにキレが出ていない。
――――仕方ないだろう。あの懐かしくて平和できっと失われたまま戻ってこない日々を、思い出してしまったのだから。
申し訳なさそうに、リルが言葉を紡ぎ出す。
「ごめんなさい……。この国のために、ハヤトくんの人生、メチャクチャにしちゃったんだよ……ね。友達とも、離ればなれになってしまって――」
「……ん。いや、友達はいなかったから大丈夫だ」
「恋人とか……」
「友達がいないのに恋人がいたら、怖い奴だと思うぞ」
「好きな人ぐらい……」
「恋愛なんて頭が腐った奴らが楽しむことだと思っていたから、大丈夫だ」
「じゃ、なんで泣いてたのよ!? 全く意味がわからないんですけど!?」
勝手にキレられても困るんだが。
まあネトラレを望むぐらいだ。こいつも恋愛脳なのだろう。
「だいたい、頭が腐ったって、失礼すぎない? その……人を好きになるって、そんなに悪くない……と……思うわ」
おい。好感度が更に上がって百パーセント近くに行ったぞ。
あれか。自分で『好き』というキーワードを言ったことで気持ちを再認識するやつか。
すんごい可愛いくてもネトラレ願望のあるやつに好かれるとか、こっちだってどうしていいかわかんねえよ! あぁ、鈍感ラノベ主人公になりたかったなぁ……。
ライカブルで好感度チェックなんて、敏感どころの話じゃないぞ。筒抜けだ。丸わかりだ。心が裸なんだ。
顔を赤らめて俯いたリルは、そのまま黙ってしまった。
代わり――というわけではないのかもしれないけれど、マノンが口を開く。
「お兄ちゃん、人を好きになったことないの?」
「おい。いきなりお兄ちゃんとか呼ぶな。ドキッとしただろ」
実際に言われると、とんでもない破壊力のワードである。
不意打ちだったことも混ざって、マノンが更に妹っぽく見えてきた。
「だって、妹が好きなのですよね?」
「妹いないから! 妹みたいな子、だ」
「…………どう違うのですか?」
「妹は妹。妹だから手は出せない。妹みたいな子は他人だから手が出せる。わかったか?」
「手を出すとか出さないとか、結局そういう基準なのですね」
「恋愛の話だろ!? 最重要なところだと思うんだが!!」
「むぅ――。まあ、いいです。私、妹ではないですし」
「妹じゃなくても、手を出したら社会的にアウトだからな?」
「アウトじゃなくなるまで、待てばいいではないですか」
「………………そりゃ、そうなんだけど」
いきなり正論を吐かれると対処に困ってしまう。
普通に恋愛をするのは自由。性的な意味でのあんなことこんなことはアウト。じゃあ、成長を待てばいいんじゃね? 確かにな……。
さすが源氏物語が語り継がれる国の民だ。一瞬で理解できてしまった。ことロリっ子を育てることに関しちゃ、日本はガチで歴史が深いと思う。
俺は困った感情を隠すようにして、教室の中を細かく見ていく。
「……校訓が張ってあるな」
本当に『サラマンダーより、ずっとはやい!!』って書いてある。一分の隙もなく正気じゃないな、あの爺さん。
「リル、教科書はないのか?」
「もう閉校しちゃったから……」
「そっか。じゃあ――」
俺は机の中を一つ一つ覗いていった。
「おっ、あったあった。絶対学校に置いていくやつがいるんだよな」
よく見ると、机に小さく名前が書いてある。
「……マノン・リーベ」
「あ、それ私のです。一日だけ連れてこられたので」
「お前な。教科書ぐらいちゃんと持って帰れよ」
「嫌ですよ。ネトラレの教科書なんて」
「…………だよな」
なんでだろう。さっきからマノンの言葉が正論だらけだ。
ネトラレ願望というどうしようもない性癖を持ってしまったリルに、盗撮魔の賢者。それに比べれば引きこもり願望のあるマノンはやはり、無害なように思える。
十八歳ぐらいまで、俺が待てばいいのか……? それまでだって、別に恋愛そのものは自由なわけで。年の差は七つだから、大人になれば無理な差でもないな。
ひょっとすると、彼女とプラトニックな愛を貫くのも、乙なものなのかもしれない。
……マズい。段々と感覚が麻痺してきている。『引きこもりぐらいなら、まあいいか』――そんなことを思いはじめてしまった。
まあでも、マノンの好感度は、恋愛感情として好かれているほどに高いか微妙なところなんだけどね。
それなりに好かれてはいるのだろうけれど。
少なくとも引きこもりが第一目標の間は、彼女がヒロインだなんて無理な相談だ。
「教科書の中は……。ん? 思っていたよりは普通だな。第一項が『日本について』で第二項が『理想のヒロインとは』、第三項が『英雄様の好み』、第四項『愛の育みかた』、第五項『育んだ愛の大きさが寝取られの価値です』」
うん。第五項だけ破って捨ててしまおう。そうすればまともだ。
そういやデートみたいなことをした日のリルが、『寝取られの価値』って言葉、使っていたなあ。
「――ん? この第五項、後で追加されたんだな。四項の後に貼り合わせてある」
やっぱり、ネトラレは後々加えられた――ってことか。
疑問にリルが応じる。
「最初は四項で終わりだったのですけれど……。お祖父様が、急に」
「状況証拠ばかりが揃っていくな」
「…………ハヤトくんは、寝取られとか……嫌、なんだよね?」
「俺に限定しているところが気になるんだが。――まあ、嫌だよ、そりゃ。好きな人が俺じゃない誰かと浮気するのを喜べるのは、特殊性癖の持ち主だけだ」
「じゃあお祖父様が寝取られを教え説きはじめたのって――」
「俺にヒロインを選ばせないため……だろうな」
命がけで五年、見ず知らずの国にその身を捧げて、報酬はネトラレを望んでいる。そんな馬鹿な話、認められるはずがない。
爺さんは俺が日本へ帰らないように、意図的にそういうヒロインを創り出したわけだ。とんでもないジジイである。
「問題はネトラレを教えはじめた三年前――。ここで、何かが変わった。分岐点があった。そう考えるのが妥当だと思うんだが……、正直、わからないな」
俺はマノンの席にドカッと座って、両腕を組んだ。随分と低い椅子だ。マノンサイズか。
「「――あっ」」
すると唐突に、リルとマノンが声を揃えた。
「マノンちゃんがこの学校に来たのって――!」
「私がここに来たのが、三年前ですよ!」
……少しずつ、謎が解けてきたかもしれない。
奥を見ると、教壇に上下可動式の黒板――。
これ……本当に日本の教室、そのものじゃないか。
「――うわっ、なんで泣いてるの!?」
「………………もう二度と、見ることはないと思っていたからな」
思いがけず頬を涙が伝った。
リルは驚いて、マノンとパティが興味深そうに顔を覗いてくる。
「この世界に召喚される日の夕方まで、俺は日本の学校に通う、どこにでもいる普通の高校一年生だったから……。この世界で死んでしまったら二度と見られないし、そうでなくたって十八歳になった頃には、二度と高校の教室なんて足を踏み入れることはないのかもなぁ…………なんて、思っていたんだ」
こういう典型的な『教室』は、基本的に高校までのものだろう。
専門学校や大学によっては同じようなところがあるのかもしれないけれど、でも、みんなが同じ制服を着て同じ場所に通い続けるなんて、きっと、ほとんどの場合は高校生までだと思う。
「大丈夫……?」
本気で心配していることが伝わってくる声音で、リルがスカートのポケットからハンカチを取り出して、俺に向けて差し出した。
小さく一言だけ「悪い――」と言ってそれを受け取って、すぐに涙を拭こうとしたのだけれど。
こういう感情には二度目がないと思う。突然のフラッシュバックに懐かしくなって、感慨にふけて泣くなんて。……多分、不意打ちを食らった今だけのことだろう。
もう二度と今の感傷的な気分に浸ることはないんだな――なんて考えてしまって、あと少しだけ泣いていたい、と、女々しくも涙を拭うことを躊躇った。
「ハヤトさん、日本での学校生活については、絶対に喋りませんでしたね。一緒に旅をしながら、不思議に思っていました。……しかし今の顔を見たら、なんとなくわかります」
お口にチャックをしていたはずのパティが、しんみりと言葉を口にする。
「安心してください。過去は、のぞけませんから」
「今も、のぞかないでくれないか?」
言葉の端々で自供してくる奴だ。
「それはちょっと……」
「断る権利なんてないんだよ」
だめだ。涙声になってしまって、我ながらツッコみにキレが出ていない。
――――仕方ないだろう。あの懐かしくて平和できっと失われたまま戻ってこない日々を、思い出してしまったのだから。
申し訳なさそうに、リルが言葉を紡ぎ出す。
「ごめんなさい……。この国のために、ハヤトくんの人生、メチャクチャにしちゃったんだよ……ね。友達とも、離ればなれになってしまって――」
「……ん。いや、友達はいなかったから大丈夫だ」
「恋人とか……」
「友達がいないのに恋人がいたら、怖い奴だと思うぞ」
「好きな人ぐらい……」
「恋愛なんて頭が腐った奴らが楽しむことだと思っていたから、大丈夫だ」
「じゃ、なんで泣いてたのよ!? 全く意味がわからないんですけど!?」
勝手にキレられても困るんだが。
まあネトラレを望むぐらいだ。こいつも恋愛脳なのだろう。
「だいたい、頭が腐ったって、失礼すぎない? その……人を好きになるって、そんなに悪くない……と……思うわ」
おい。好感度が更に上がって百パーセント近くに行ったぞ。
あれか。自分で『好き』というキーワードを言ったことで気持ちを再認識するやつか。
すんごい可愛いくてもネトラレ願望のあるやつに好かれるとか、こっちだってどうしていいかわかんねえよ! あぁ、鈍感ラノベ主人公になりたかったなぁ……。
ライカブルで好感度チェックなんて、敏感どころの話じゃないぞ。筒抜けだ。丸わかりだ。心が裸なんだ。
顔を赤らめて俯いたリルは、そのまま黙ってしまった。
代わり――というわけではないのかもしれないけれど、マノンが口を開く。
「お兄ちゃん、人を好きになったことないの?」
「おい。いきなりお兄ちゃんとか呼ぶな。ドキッとしただろ」
実際に言われると、とんでもない破壊力のワードである。
不意打ちだったことも混ざって、マノンが更に妹っぽく見えてきた。
「だって、妹が好きなのですよね?」
「妹いないから! 妹みたいな子、だ」
「…………どう違うのですか?」
「妹は妹。妹だから手は出せない。妹みたいな子は他人だから手が出せる。わかったか?」
「手を出すとか出さないとか、結局そういう基準なのですね」
「恋愛の話だろ!? 最重要なところだと思うんだが!!」
「むぅ――。まあ、いいです。私、妹ではないですし」
「妹じゃなくても、手を出したら社会的にアウトだからな?」
「アウトじゃなくなるまで、待てばいいではないですか」
「………………そりゃ、そうなんだけど」
いきなり正論を吐かれると対処に困ってしまう。
普通に恋愛をするのは自由。性的な意味でのあんなことこんなことはアウト。じゃあ、成長を待てばいいんじゃね? 確かにな……。
さすが源氏物語が語り継がれる国の民だ。一瞬で理解できてしまった。ことロリっ子を育てることに関しちゃ、日本はガチで歴史が深いと思う。
俺は困った感情を隠すようにして、教室の中を細かく見ていく。
「……校訓が張ってあるな」
本当に『サラマンダーより、ずっとはやい!!』って書いてある。一分の隙もなく正気じゃないな、あの爺さん。
「リル、教科書はないのか?」
「もう閉校しちゃったから……」
「そっか。じゃあ――」
俺は机の中を一つ一つ覗いていった。
「おっ、あったあった。絶対学校に置いていくやつがいるんだよな」
よく見ると、机に小さく名前が書いてある。
「……マノン・リーベ」
「あ、それ私のです。一日だけ連れてこられたので」
「お前な。教科書ぐらいちゃんと持って帰れよ」
「嫌ですよ。ネトラレの教科書なんて」
「…………だよな」
なんでだろう。さっきからマノンの言葉が正論だらけだ。
ネトラレ願望というどうしようもない性癖を持ってしまったリルに、盗撮魔の賢者。それに比べれば引きこもり願望のあるマノンはやはり、無害なように思える。
十八歳ぐらいまで、俺が待てばいいのか……? それまでだって、別に恋愛そのものは自由なわけで。年の差は七つだから、大人になれば無理な差でもないな。
ひょっとすると、彼女とプラトニックな愛を貫くのも、乙なものなのかもしれない。
……マズい。段々と感覚が麻痺してきている。『引きこもりぐらいなら、まあいいか』――そんなことを思いはじめてしまった。
まあでも、マノンの好感度は、恋愛感情として好かれているほどに高いか微妙なところなんだけどね。
それなりに好かれてはいるのだろうけれど。
少なくとも引きこもりが第一目標の間は、彼女がヒロインだなんて無理な相談だ。
「教科書の中は……。ん? 思っていたよりは普通だな。第一項が『日本について』で第二項が『理想のヒロインとは』、第三項が『英雄様の好み』、第四項『愛の育みかた』、第五項『育んだ愛の大きさが寝取られの価値です』」
うん。第五項だけ破って捨ててしまおう。そうすればまともだ。
そういやデートみたいなことをした日のリルが、『寝取られの価値』って言葉、使っていたなあ。
「――ん? この第五項、後で追加されたんだな。四項の後に貼り合わせてある」
やっぱり、ネトラレは後々加えられた――ってことか。
疑問にリルが応じる。
「最初は四項で終わりだったのですけれど……。お祖父様が、急に」
「状況証拠ばかりが揃っていくな」
「…………ハヤトくんは、寝取られとか……嫌、なんだよね?」
「俺に限定しているところが気になるんだが。――まあ、嫌だよ、そりゃ。好きな人が俺じゃない誰かと浮気するのを喜べるのは、特殊性癖の持ち主だけだ」
「じゃあお祖父様が寝取られを教え説きはじめたのって――」
「俺にヒロインを選ばせないため……だろうな」
命がけで五年、見ず知らずの国にその身を捧げて、報酬はネトラレを望んでいる。そんな馬鹿な話、認められるはずがない。
爺さんは俺が日本へ帰らないように、意図的にそういうヒロインを創り出したわけだ。とんでもないジジイである。
「問題はネトラレを教えはじめた三年前――。ここで、何かが変わった。分岐点があった。そう考えるのが妥当だと思うんだが……、正直、わからないな」
俺はマノンの席にドカッと座って、両腕を組んだ。随分と低い椅子だ。マノンサイズか。
「「――あっ」」
すると唐突に、リルとマノンが声を揃えた。
「マノンちゃんがこの学校に来たのって――!」
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