怪談を語ってはいけない ―フリーライターが触れた禁忌の共有フォルダ―

悠月

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第一章 怪談会

一つ目の話:押し入れのおもちゃ

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 いや、これはね。ほんまに、いわゆる“よくある話”です。
 舞台も別に、心霊スポットとかじゃない。地方の、ごく普通の一軒家。築何年かも覚えてへんような、そんな家です。

 話してくれたんは、今はもう三十代の主婦の方。
 中学生の頃の話やそうです。

 その家に、六畳一間の子ども部屋があって。壁の一面だけが押し入れ。布団をしまう、ほんまに普通の押し入れです。

 ある晩のこと。
 その方は、一人で部屋にいて、布団に寝転びながら携帯を触ってたそうですわ。

「そろそろ寝なさい」

 そう言われた後の時間やったそうです。

 そのとき、押し入れの中から、――コトン、って音がした。

 最初は、「気のせいかな」と思ったらしいです。家も古いし、木が鳴ることもある。
 でも、しばらくして、また同じ音がする。

 今度はちょっと、規則的やったそうです。

 ――トン、トン。

 なんか、叩いてるみたいな音。

 押し入れの中には、使ってない段ボール箱がいくつも積んであって。
 昔のおもちゃとか、幼稚園の頃の工作とか。

 その中で、ひとつだけ、思い当たるものがあった。

 幼稚園の頃に、親戚のおじさんにもらったおもちゃ。
 太鼓を叩くと音楽が鳴る、キャラクターの人形。

 ただ、それはもう壊れとったらしいです。
 電池入れても動かへん。

 だから、一番奥の箱に入れて、ずっとしまいっぱなしやった、と。

 それなのに、

 ――トン、トン。

 音は、だんだん大きくなっていった。

「すぐに押し入れを開ける勇気は、さすがになかった」

 そう、言うてました。

 その代わり、布団の中で、じっと息を殺してたんやそうです。

 そしたら、突然、音が止んだ。

「……ああ、終わった。よかった」

 ほっとした、その直後のことです。

 ノイズ混じりの、かすれた声が聞こえた。

「……いっしょに、あそぼう」

 声は、押し入れの中からでした。
 なんや、子どもみたいな声。

 もうね、パニックになったそうですわ。
 慌てて電気つけて、押し入れ開けた。

 箱をいくつかどかしたら、一番手前に、そのおもちゃがあった。
 太鼓を叩く、あのキャラクターの人形。

 電源は、ちゃんとオフになってた。
 本当は、もっと奥にしまったはずなのに。

 怖なって、もう一度箱に入れて、今度はほんまに一番奥に押し込んだ。
 押し入れを閉めて、部屋の電気消して、ドアを開けた。

 その背中に。
 今度は、ノイズのない、はっきりした声が飛んできたんやそうです。

「いっしょに、あそぼうよ」

 って。

 その晩は、もう怖くて自分の部屋では寝られへんから、お姉ちゃんの部屋で一晩過ごしたそうです。

 翌日、母親に話すと、

「じゃあ、お寺に持って行こう。お焚き上げしてもらおうね」

 そう言って、母親は箱を押し入れから出したそうです。
 そのとき、おもちゃの箱の下から、もう一つ、出てきた。

 乾いて、薄くて、白っぽい――蛇の抜け殻です。

 寺で事情を聞いた住職は、箱を一度も開けなかった。
 しばらく黙ってから、青ざめた顔でただこう言ったそうです。

「家に戻さないでください。これは、家にあったらダメなものです」

 そう言われて、おもちゃはそのまま寺に預けた。
 
 そして、帰り際、母親に向かって、一言付け加えたんやそうです。

「これは――遊ぶものじゃありません」

 おもちゃなのに、遊ぶものじゃないってどういうことやろ。
 そう思ったそうですが、結局、理由は説明してくれへんかった。
 ただ、それ以降、押し入れから音がすることは、二度となかったそうです。

 蛇の抜け殻については、自然とどこかに行ってしまった、探してももう見つからんかった、言うてましたわ。

 ――まあ、よくある話ですわ。

 でもな、家の怪談って、だいたいこういう形で始まりこういう形で終わるんですよ。

   *

 沈黙が落ちた。

 それを破ったのは、コトリバコだった。
 キャップのつばに指をかけたまま、独り言みたいに言う。

「蛇の抜け殻って、“見つけたら縁起がいい”って言われますけど……中身はどこに行ったんでしょうね」

 一同の視線が集まる。
 それ以上、彼は何も言わなかった。

「蛇の抜け殻というのは、民俗的にも非常に興味深いですね。脱皮とは“再生”や“変身”を表します」

 宮田教授が相槌を打つ。
 志摩住職は、しばらく黙って湯呑みを見つめていたが、小さく呟いた。

「……それ、持って行った“お寺”のやり方が、正しかったとは限りませんね」

 では、どう処理するのが正しかったのだろう。
 抜け殻はどうなったんだろう。
 いや、それよりも中身の蛇はいったいどこへ行ったのだろう。
 どうして、誰も語らないのだろうか。

 怪談会というのは、皆で「これはこういう意味ではないか」「こういう解釈もある」と、皆で語るものではないのか。それが、怪談を語る醍醐味ではないのか。
 それなのに……。

 私は、メモ帳に伸ばしかけたペンを、そっと戻した。
 ――これは、どうなったかを聞いてはいけない話なのか?
 書いてはいけない話でもある。

 問うてはいけないのかもしれない。それでも、押し殺したはずの問いが、口から漏れてしまった。

「……さっきの押し入れの話、何か、変じゃなかったですか?」

 一瞬、空気が止まる。
 でもすぐ、誰かが笑った。

「どこがおかしいん? めっちゃ典型的やん」

 シマバラが、肩をすくめる。

「いやもうね、これ典型的な押し入れの話ですわ。子どもの頃のおもちゃが~、寺に持ってったら~、っていうパターン。怪談の教科書みたいなもんですよ」

「蛇の抜け殻なんて、民俗的にも“あるある”ですしね」

 黒部が、即座に頷く。

「むしろ、この抜け殻の落ちは入っててくれた方が話としては綺麗なくらいですよ」

 ――ありきたりだと言われた瞬間、私は、背筋に寒気を感じた。
 この人たちは、何かおかしい。

 この話は、“ありきたり”の顔をしてやって来て、既に何かが始まっているのではないか、この場で。
 鼻の奥に、また、あの臭いがかすかに残っている気がする。

 私はメモ帳に、小さく丸をつけた。

「じゃあ、次は私が話してもいいでしょうか」

 眼鏡の怪談師、黒部が空気を切るように手を挙げた。
 古民家を改築した旅館のパンフレットを、座卓の上に置いた。

   *
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