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3巻
3-2
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ナビー達が戦う一方で――
魔法師団と共にモンスターを後方から攻撃していたアイリは、魔力がすっからかんになっていた。肩で息をしながらも手持ちの魔力回復ポーションを何本も飲み、なんとか魔力を回復させる。
そして、後方を魔法師団に任せ、前線に向かったナビー達と合流する事にしたのだった。
「ナビー達、だいぶ暴れたわね」
最前線には色々な種類のモンスターの屍が至るところに転がっていた。
「とりあえず三人と合流しないと」
アイリはモンスターの死体が転がる戦場を歩き、ナビー達を探す。
しばらく進むと、遠くの方から戦闘音が聞こえてきた。
「音がするのは……こっちかしら?」
アイリはだんだんと大きくなる戦闘音を頼りに、ナビー達の居場所を探る。
やがて多くのモンスター達に囲まれながらも、何者かが戦っている光景が見えてきた。
「ちょっと遠目にはわかりにくいけど……たぶん、あれがナビー達ね」
ナビーと思われる人影を目視したアイリは、自身の足に風魔法の『ウィンド』をかけてその場に急いだ。
ナビーとイリア、ハロはここまでの激しい戦闘によって魔力枯渇状態に陥りながらも、今なお必死に戦っていた。
「はっ、はっ……ちょっと最初っから飛ばしすぎてしまいました。そろそろ後方に下がって魔力を回復したいところですが、そのためには私達を囲むモンスターの包囲網をどうにかしないといけません」
ナビーが自分達を囲い込んで殺そうとするモンスター達をどうやって突破するか考えていると、視界の端にハロに攻撃を仕掛けようとしている数体のモンスターの姿を捉えた。
ハロはどうやら背後のモンスターに気付いていないようだ。ナビーが慌てて危険を伝えようとした瞬間、突然強風が吹き、ハロの後ろにいた敵を空中へと舞い上げた。そこに大量の風の刃が殺到し、モンスターを切り刻む。
ナビーは突然の出来事に驚き、咄嗟に自分の背後を振り返った。するとそこには、苦しそうにお腹をさすりつつこちらへ歩いてくるアイリがいた。
「ア、アイリさん、応援に来てくれたのですね。危うくハロが怪我をしてしまうところだったので、助かりました。ありがとうございます。それで……そんなに苦しそうにお腹をさすってどうしたのですか?」
ナビーが心配そうな顔をして聞くと、アイリはばつの悪そうな顔をして口を開く。
「後方で魔法を撃ちまくっちゃって……魔力回復ポーションでお腹いっぱいで、気持ち悪いのよ。ぶっちゃけて言うと、今にも吐きそうなくらい」
アイリは苦笑いを浮かべた。そしてこちらを攻撃しようと窺っているモンスター達を一瞥し、ナビーとイリア、ハロに話しかける。
「……ってわけだから、お腹に溜まったポーションを消化するためにも、この場は私が引き受けるわ。だから、今のうちに魔力を回復してきなさい。そのくらいの時間稼ぎなら、私一人でも余裕だから」
「そうですか。それではお言葉に甘えさせていただきます……アイリさん、あまり無茶はしないでくださいね。危ないと思ったら躊躇わず、直ぐに引いてください。私達も急いで戻ってきますので」
「ええ、わかったわ」
「「わふわふ」」
鳴き声を上げたハロとイリアを見て、アイリは首を傾げる。
「この子達、今なんて言ったのかしら?」
「……『アイリお姉ちゃん、気を付けてね』って言っていますよ」
「そうなの。ナビー、『心配しなくても大丈夫よ』って通訳してくれるかしら?」
「その必要はありません。この子達は言葉を理解していますから、アイリさんの言葉はちゃんと伝わっていますよ」
「それなら良いわ。さあ、早く行きなさい」
アイリにこの場を預け、ナビー達は後方へ下がっていった。
最前線に一人残ったアイリは、ナビー達がここに戻ってくるまでの時間を稼ぐため、あらゆる魔法を駆使して戦っていた。
「それにしてもキリがないわね。いったいあと何体いるのよ、モンスターは……魔法をいくら撃っても絶え間なく湧いてくるし」
そうぼやきながらも、アイリは懸命に攻撃魔法を撃つ。
「はああああ……『フレイムゲイル』! 『ロックブラスト』『ウィンドカッター』! 『ブリザードストーム』‼ はっ、はっ、やばいわね。また魔力が枯渇しそう。ナビー達はまだかしら?」
魔力枯渇が間近に迫り、アイリは初級火魔法と初級風魔法を組み合わせた複合魔法『ファイアウィンド』を使って魔力を節約しつつ、敵を倒すのではなく、時間稼ぎに専念する事にした。
『ファイアウィンド』を使ってから十数分後。いよいよアイリの魔力が枯渇するかと思われたその時、遂に待ちに待った人物が現れた。
「お待たせしました、アイリさん、おかげさまで魔力も体力も十分に回復出来ました」
「やっと戻ってきたわね、あなた達。私は魔力が尽きたから、また魔力回復ポーションを飲んでくるわ。魔力が回復したら直ぐ戦闘に戻るから、あなた達で先に戦っていてちょうだい」
「わかりました。あまり急がなくて良いですからね」
ナビーはアイリを気遣うと、イリアとハロを連れてモンスターを薙ぎ倒していった。
魔力回復ポーションを飲み、アイリは直ぐに戦闘に復帰した。色々な中級の攻撃魔法を駆使し、残りのモンスターを駆逐していく。
四人の活躍で、北門を目指していたモンスターの大群は掃討された。
「ふう、やっと終わったわね。途方もない数のモンスターだったわ」
「ええ、全くですね。少し休んだら、手分けして他のところを手伝いに行きましょう」
「そうね。どこに行こうかしら」
「私とハロがケイトさんのいる西門に向かいます。アイリさんは、イリアと一緒にマールさんのところ――東門へ行ってください」
「わかったわ。でも、クロードがいる南門に加勢しなくて大丈夫?」
「マスターなら平気ですよ。とても強いですから」
ナビーがそう答えた時だった。
ナビー達のそばで休んでいたハロとイリアの体がまばゆい光に包まれる。
「こ、これは、どうしたの? この子達は大丈夫なの?」
突然の出来事にパニックになり、アイリは慌ててナビーに聞いた。
「これは進化の前兆ですから、心配しなくて大丈夫です。それにしても、この子達はいったいどのような種族に進化するのでしょうか。とても興味深いです」
イリアとハロが輝き出してから数分すると、徐々に光が収まってきた。
そして光が完全に消えた後、そこにいたのは先程までとは全く異なる姿になったイリアとハロだった。
イリアは体が二回り程大きくなり、体を覆うように風を纏っていた。強い風が土埃を巻き上げているが、不思議な事に直ぐ近くにいるナビーとアイリ、ハロには風の影響はない。また、進化前に比べると毛並みがやや緑みがかっていた。
ハロも進化前より体が大きくなり、額に巨大な一本の角が生えていた。毛の色も灰色に変わっている。
「あら、二人とも随分大きくなりましたね。なんて種族なのかしら? 二人ともちょっと『鑑定』しますよ」
ナビーはハロとイリアに『鑑定』をかけた。
【名 前】ハロ
【種 族】ガイアウルフ
【名 前】イリア
【種 族】テンペストウルフ
「ガイアウルフとテンペストウルフですか。聞いた事がありませんが、アイリさんは何かご存じですか?」
「ナ、ナビー、あなた何を言っているのよ!? どっちの種族もAランク上位の危険指定魔獣じゃないの! あなた達、とんでもない種族に進化したわね。まあ、味方なら心強いけど」
「あ」
鑑定結果を確認していたナビーが何故か目を丸くした。アイリは不安そうに尋ねる。
「ど、どうしたのよ。ナビー」
「あ、いいえ。実は、この子達が人化のスキルを獲得していたんです。だから驚いてしまって……」
「え、本当なの? 良かったじゃない、あなた達」
「「わふわふ」」
イリアとハロは声を揃えて返事をした。
「ナビー、二人はなんて言っているの?」
「……『これでやっとアイリさんとお話しする事が出来るね』だそうです」
「ふふふ、そうね」
微笑むアイリを見て、ナビーはニヤッと笑う。
「……と、こうして通訳してみせましたが、本当は必要ないんです。この子達、最初っから話す事が出来ますからね」
「え、そうだったの?」
「ええ、もともと『念話』が使えたので……アイリさん、からかわれましたね。さて、十分休みましたから、そろそろ移動しましょうか」
「そうね……それにしても私、からかわれていたのね。まあ良いけど。それじゃあ、また後で」
そして、ナビーとハロは西の戦場へ、アイリとイリアは東の戦場を目指して歩き出した。
***
西の戦場ではケイトとベロニカ、リサが最前線でドラゴンや巨人、獣などが混在するモンスターの群れと戦っていた。
前衛はケイトが担当し、ベロニカは盾役として敵の注意を引きつつ防御を担う。リサは遊撃としてあっちこっちでモンスターの群れに大きな被害を与えていた。
「くっ、巨人種の攻撃が重すぎる。あたいだけじゃ、Bランクまでの巨人種の攻撃しか受けきれない。それ以上のランクが出てきたら、押さえられないよ」
ハイトロールの打撃になんとか耐えながら、ベロニカは焦りを口にした。その時、突如として彼女の横を灰色の何かが通り過ぎていった。
次の瞬間、モンスター達が作っていた肉壁の一部が吹き飛ぶ。
突然の出来事に動揺したのか、ベロニカが押さえ込んでいたハイトロールに僅かな隙が生じる。
ベロニカはそれを見逃さず、ハイトロールに攻撃を仕掛けた。
「仕方ない。魔石は惜しいが、こいつの再生能力を上回る速度の攻撃はあたいじゃ出来ないからね」
ベロニカはハイトロールの胸の辺りにある魔石めがけて、躊躇いなく剣を突き入れる。
ハイトロールは直ぐに動かなくなった。
敵を倒したベロニカは先程自分の横を通り過ぎていった物体の正体を確認しようと、前方に目を凝らす。そこには、体長二メートル五十センチ程の灰色の体毛をしたウルフがたたずんでいた。
「な、なんだ、あのウルフは。内包している魔力の量が半端ないぞ」
「あれはハロですよ。北門側での戦いを終え、ガイアウルフに進化したんです」
「ナビー!? 来てくれたのか。それにしても……ハロは王城で別れた時とは全く姿が違うな。まあ、変わらず可愛い顔立ちだが」
「ええ、そうですね。全てにおいて同意します」
ベロニカとナビーが話し込んでいると、ケイトとリサがやって来た。さらにハロも合流する。
ケイトが小声で尋ねる。
「ベロニカさん、この灰色のウルフはあなた達の仲間なのか? ……ん、ナビーさんもいるが、北の戦場はどうしたのだ?」
「ケイトさん達の救援に来たんですよ。北の戦場は制圧しました。それと、この子はハロですよ。イリアと一緒に進化したんです。イリアはアイリさんと東の戦場に向かってもらっています」
「そうだったのか。ハロ、警戒してしまってすまなかった」
『別に良いよ。あまり気にしてないし、体毛や大きさが変わったら人間にはわからないものだしね』
「皆さん、話している暇はないみたいですよ。敵がまた前進してきました。C、 Bランクのモンスターはケイトさんとベロニカさん、リサでほとんど倒していたみたいですね。残りはもうAランクばかりです。最後方から、モンスターではない何者かの気配を感じるのが不安ですが……皆さん、もうひと踏ん張りといきましょう」
群れの奥の方で控えていたAランク上位のモンスター達が前進を始める。それを目視したナビーが再び口を開く。
「皆さんの素のステータスでは、Aランク上位のモンスター達には力が及ばないと思います。だから、私が支援魔法をかけます」
「そうだね、ナビー。あたい達にあんたのありったけの支援魔法をかけてくれ。それでたぶん、なんとか出来ると思う」
ベロニカの分析で今後の方針が決まった。一行は早速行動を開始する。
ナビーは支援魔法の身体能力超上昇、攻撃力超上昇、防御力超上昇、素早さ超上昇を一人一人にかけ、能力値を何倍にも向上させた。各々がモンスターの群れに向かっていく。
「おお、なんとなく普段の三倍くらいまで力が跳ね上がった感じがするな。これならAランク上位どころか、Sランクモンスターもいけるんじゃないか?」
「ああ、ナビーの支援魔法はかなり効果的だからな。本当に彼女がここに来てくれて良かったよ。クロードの支援魔法がこれよりもっと凄いから、普段は霞んでしまっているんだ」
ケイトとベロニカはナビーの支援魔法の力を肌で感じながら、モンスターの群れへ突っ込んだ。
ケイトは愛剣、聖剣アロンダイトを握り、眼前に迫ったAランクモンスターを同時に五体も切り飛ばした。
「良いな。いつもよりも体がよく動く。支援魔法の有無でこんなにも違うものなのか」
ケイトはいつになく体が動かしやすい事が楽しくて、ついウキウキしてしまった。
(ナビーさんでこれなら、クロードの支援魔法はいったいどれ程の効果を発揮するのだろう。この先の人生で、私が彼に支援魔法をかけてもらう機会は果たしてあるのだろうか。今までクロードと一緒に旅をしてきたナビーさん達が少し羨ましいな)
そんな事を考えながら、ケイトはアロンダイトを中段に構える。そして、目の前に立ちはだかる一つ目の巨人……Aランク上位のモンスター、サイクロプスに切りかかった。
「はっ! くっ、流石にAランク上位のモンスターだけあって頑丈だな。これは本気を出さないと勝てないか」
ケイトはサイクロプスから一度距離を取り、目を閉じて深呼吸をした。「『剣聖の舞』」と呟き、目をかっと見開く。
『剣聖』が持つスキルの一つである『剣聖の舞』を発動したケイトの周囲に、銀色のオーラが立ち上った。
オーラはアロンダイトをも覆い、切れ味と耐久力を向上させる。ケイトは再度サイクロプスに切りかかった。
両者が拮抗していたのは数分間だけだった。ケイトの剣がサイクロプスの脇腹を切り裂き、サイクロプスは大地に片膝をつく。
「よし、ここで畳みかける。聖剣術秘伝剣技『魔虎一閃』! はっ!」
ケイトが『魔虎一閃』を繰り出したと同時に、アロンダイトを覆っていたオーラが黒き大虎の形に変化した。
そして片膝をついて動かないサイクロプスに襲いかかる。
黒き大虎が通り過ぎた後には、上半身と下半身を真っ二つにされて絶命したサイクロプスの姿があった。
アロンダイトを振り下ろし静止した状態のケイトが微笑む。
「ふっ、私のアロンダイトで切れぬものなし。は~……今のかっこいいところ、クロードに見てもらいたかったな~」
ケイトはそう呟き、次の獲物を求めてその場を離れた。
一方のベロニカは、まだまばらに残っているBランクのモンスター達を一体一体確実に倒していた。
その様子を取り巻きのBランクモンスター達の奥にいるAランク上位の獣型モンスター、ブラッドホーンヴァッファローがずっと睨みつけてくる。
「ああああっ、もうなんなのだ、あのブラッドホーンヴァッファローは! さっきからずっとあたいの事ばかり睨んできて、鬱陶しい。あたいに何か恨みでもあるのか?」
ベロニカはブラッドホーンヴァッファローの前にいたBランクのモンスターを全て倒すと、ミスリルの剣を中段に構え、ミスリルの大盾を前面に持つ。そして、ブラッドホーンヴァッファロー目がけて駆け出した。
ブラッドホーンヴァッファローはBランクモンスターであった弟を殺され、ベロニカに並々ならぬ恨みを抱いていた。
もちろん、ここが戦場だという事は理解している。戦場で死ぬのは仕方がない事も。
しかし、理性では理解出来ていても本能は違う。
ブラッドホーンヴァッファローは突っ込んでくる憎きベロニカを見て、攻撃を仕掛ける事にした。
雄叫びを上げ、ベロニカ目がけて突進する。
急な攻勢を避ける事が出来ず、ベロニカは咄嗟にミスリルの大盾を地面に突き刺して固定した。そして、大盾を両手でしっかりと握りしめブラッドホーンヴァッファローの突進を受け止めた。
「ぐおおおおお! はっ、流石、上位のAランクモンスター。力が尋常ではないな。ナビーに支援魔法をかけてもらってなかったら、今の一撃で吹っ飛ばされていたところだ」
ベロニカはブラッドホーンヴァッファローの突進で崩された体勢を整えつつ、大盾を地面から引き抜いて構え直した。
「次はこちらからいくぞ」
体勢を整えたベロニカはブラッドホーンヴァッファローの側面に回り込んだ。そして渾身の一撃『シールドバッシュ』を叩き込む。
「グッガアアアアア」
ブラッドホーンヴァッファローは口から血を吐き、苦痛の叫びを上げながら数メートル吹き飛ばされた。その場で倒れ込む。
「まだまだ、終わらねえぞ」
ベロニカは苦しみもがいて中々立ち上がれずにいる相手に追撃を仕掛ける。
「はっ、『スラッシュ』『スラッシュ』『インパクト』!」
ベロニカが放った攻撃により、遂にブラッドホーンヴァッファローは絶命した。
「ふう、ふう……中々手強い相手だった。少し魔力を消費しすぎたな」
ベロニカはポーチから魔力回復ポーションを取り出して一気に飲み干すと、その場を立ち去るのだった。
***
ベロニカがブラッドホーンヴァッファローを倒していた頃、東の戦場にアイリとイリアが到着した。ここにはエンシェントドラゴンのマールがいたため、有利な状況で戦いを進めていた。
王都クエールを目指していた巨人達は、人化を解いてエンシェントドラゴンへ変化したマール、そして五つ子狼のレイと聖女のマルティによるサポートに大苦戦しながら、少しずつ前進しようとする。
しかし、そんな巨人達のもとに突如、全てを吹き飛ばすような暴風と多種多様な魔法が雨のように襲いかかった。
『ん、なんじゃあの暴風と魔法は? いったい誰が撃ったのじゃ』
突然の事に驚き、マールが動きを止めると背後から声がかかった。
「中々押しているじゃない。でも、マールさんだけだと大変だろうし、イリアと私の魔法でみんなの援護をしてあげるわ。そうすればマールさんがもっと前線に出られるでしょ」
アイリの声だった。
『なんじゃ。お前達であったか。確かに、わしも前に出て戦えるのなら楽にこの戦場を蹂躙出来る。が、覚醒した真の賢者ならともかく、お主はまだ賢者見習いのようなものじゃろう。Bランクならいざ知らず、Aランクのモンスターにお主の魔法は通用するのかのう?』
「ええ、その辺りは問題ないわ。ナビーにかけてもらった支援魔法がまだ効いているから。ナビー曰く、あと五時間くらいは効果が続くみたい」
『そうか、ではこれでこちらがさらに有利になったのじゃ。先程レイが進化してのう。Aランクモンスターのインフェルノウルフになったのじゃ。前線で戦っているイリアを見るに、どうやらそちらも進化したみたいだしのう。こちらには優秀な回復役もいる事だし、楽勝なのじゃ。お主にかかっている支援魔法の効果が切れる前にかたを付けるとするかのう』
「優秀な回復役だなんて恐縮です」
マールに褒められ、マルティは謙遜する。
「へえ、イリアが進化したってよくわかったわね……って、あれだけ姿が変われば一目瞭然か。イリアはテンペストウルフになったのよ。無論、Aランクのモンスターよ。マルティ、マールさんに褒めてもらえて良かったわね。さてと、それじゃあ行きますか」
アイリのかけ声と同時に、マールは前に飛び出した。
翼を羽ばたかせたマールは、巨人の群れの奥に見えるSSランクのモンスター――ギガントサイクロプス目がけて飛んでいく。
レイとイリアは、群れの最前列で重たい体を引きずるように歩いてくるトロールナイトなどのAランクモンスターを中心に倒すつもりのようだ。
アイリは勝手に先行していってしまったマールの後ろ姿を見つめて愚痴を言いつつも、ファイアドラゴンの角で作られた愛杖のレッドホーンを片手に構えた。
マルティが負傷した兵達がいる治療テントに残るので、テントを守れるようにと前には出すぎない。
そして、先行するマール達を援護するために炎魔法『ボルカニックレイン』の準備を始めた。
魔法師団と共にモンスターを後方から攻撃していたアイリは、魔力がすっからかんになっていた。肩で息をしながらも手持ちの魔力回復ポーションを何本も飲み、なんとか魔力を回復させる。
そして、後方を魔法師団に任せ、前線に向かったナビー達と合流する事にしたのだった。
「ナビー達、だいぶ暴れたわね」
最前線には色々な種類のモンスターの屍が至るところに転がっていた。
「とりあえず三人と合流しないと」
アイリはモンスターの死体が転がる戦場を歩き、ナビー達を探す。
しばらく進むと、遠くの方から戦闘音が聞こえてきた。
「音がするのは……こっちかしら?」
アイリはだんだんと大きくなる戦闘音を頼りに、ナビー達の居場所を探る。
やがて多くのモンスター達に囲まれながらも、何者かが戦っている光景が見えてきた。
「ちょっと遠目にはわかりにくいけど……たぶん、あれがナビー達ね」
ナビーと思われる人影を目視したアイリは、自身の足に風魔法の『ウィンド』をかけてその場に急いだ。
ナビーとイリア、ハロはここまでの激しい戦闘によって魔力枯渇状態に陥りながらも、今なお必死に戦っていた。
「はっ、はっ……ちょっと最初っから飛ばしすぎてしまいました。そろそろ後方に下がって魔力を回復したいところですが、そのためには私達を囲むモンスターの包囲網をどうにかしないといけません」
ナビーが自分達を囲い込んで殺そうとするモンスター達をどうやって突破するか考えていると、視界の端にハロに攻撃を仕掛けようとしている数体のモンスターの姿を捉えた。
ハロはどうやら背後のモンスターに気付いていないようだ。ナビーが慌てて危険を伝えようとした瞬間、突然強風が吹き、ハロの後ろにいた敵を空中へと舞い上げた。そこに大量の風の刃が殺到し、モンスターを切り刻む。
ナビーは突然の出来事に驚き、咄嗟に自分の背後を振り返った。するとそこには、苦しそうにお腹をさすりつつこちらへ歩いてくるアイリがいた。
「ア、アイリさん、応援に来てくれたのですね。危うくハロが怪我をしてしまうところだったので、助かりました。ありがとうございます。それで……そんなに苦しそうにお腹をさすってどうしたのですか?」
ナビーが心配そうな顔をして聞くと、アイリはばつの悪そうな顔をして口を開く。
「後方で魔法を撃ちまくっちゃって……魔力回復ポーションでお腹いっぱいで、気持ち悪いのよ。ぶっちゃけて言うと、今にも吐きそうなくらい」
アイリは苦笑いを浮かべた。そしてこちらを攻撃しようと窺っているモンスター達を一瞥し、ナビーとイリア、ハロに話しかける。
「……ってわけだから、お腹に溜まったポーションを消化するためにも、この場は私が引き受けるわ。だから、今のうちに魔力を回復してきなさい。そのくらいの時間稼ぎなら、私一人でも余裕だから」
「そうですか。それではお言葉に甘えさせていただきます……アイリさん、あまり無茶はしないでくださいね。危ないと思ったら躊躇わず、直ぐに引いてください。私達も急いで戻ってきますので」
「ええ、わかったわ」
「「わふわふ」」
鳴き声を上げたハロとイリアを見て、アイリは首を傾げる。
「この子達、今なんて言ったのかしら?」
「……『アイリお姉ちゃん、気を付けてね』って言っていますよ」
「そうなの。ナビー、『心配しなくても大丈夫よ』って通訳してくれるかしら?」
「その必要はありません。この子達は言葉を理解していますから、アイリさんの言葉はちゃんと伝わっていますよ」
「それなら良いわ。さあ、早く行きなさい」
アイリにこの場を預け、ナビー達は後方へ下がっていった。
最前線に一人残ったアイリは、ナビー達がここに戻ってくるまでの時間を稼ぐため、あらゆる魔法を駆使して戦っていた。
「それにしてもキリがないわね。いったいあと何体いるのよ、モンスターは……魔法をいくら撃っても絶え間なく湧いてくるし」
そうぼやきながらも、アイリは懸命に攻撃魔法を撃つ。
「はああああ……『フレイムゲイル』! 『ロックブラスト』『ウィンドカッター』! 『ブリザードストーム』‼ はっ、はっ、やばいわね。また魔力が枯渇しそう。ナビー達はまだかしら?」
魔力枯渇が間近に迫り、アイリは初級火魔法と初級風魔法を組み合わせた複合魔法『ファイアウィンド』を使って魔力を節約しつつ、敵を倒すのではなく、時間稼ぎに専念する事にした。
『ファイアウィンド』を使ってから十数分後。いよいよアイリの魔力が枯渇するかと思われたその時、遂に待ちに待った人物が現れた。
「お待たせしました、アイリさん、おかげさまで魔力も体力も十分に回復出来ました」
「やっと戻ってきたわね、あなた達。私は魔力が尽きたから、また魔力回復ポーションを飲んでくるわ。魔力が回復したら直ぐ戦闘に戻るから、あなた達で先に戦っていてちょうだい」
「わかりました。あまり急がなくて良いですからね」
ナビーはアイリを気遣うと、イリアとハロを連れてモンスターを薙ぎ倒していった。
魔力回復ポーションを飲み、アイリは直ぐに戦闘に復帰した。色々な中級の攻撃魔法を駆使し、残りのモンスターを駆逐していく。
四人の活躍で、北門を目指していたモンスターの大群は掃討された。
「ふう、やっと終わったわね。途方もない数のモンスターだったわ」
「ええ、全くですね。少し休んだら、手分けして他のところを手伝いに行きましょう」
「そうね。どこに行こうかしら」
「私とハロがケイトさんのいる西門に向かいます。アイリさんは、イリアと一緒にマールさんのところ――東門へ行ってください」
「わかったわ。でも、クロードがいる南門に加勢しなくて大丈夫?」
「マスターなら平気ですよ。とても強いですから」
ナビーがそう答えた時だった。
ナビー達のそばで休んでいたハロとイリアの体がまばゆい光に包まれる。
「こ、これは、どうしたの? この子達は大丈夫なの?」
突然の出来事にパニックになり、アイリは慌ててナビーに聞いた。
「これは進化の前兆ですから、心配しなくて大丈夫です。それにしても、この子達はいったいどのような種族に進化するのでしょうか。とても興味深いです」
イリアとハロが輝き出してから数分すると、徐々に光が収まってきた。
そして光が完全に消えた後、そこにいたのは先程までとは全く異なる姿になったイリアとハロだった。
イリアは体が二回り程大きくなり、体を覆うように風を纏っていた。強い風が土埃を巻き上げているが、不思議な事に直ぐ近くにいるナビーとアイリ、ハロには風の影響はない。また、進化前に比べると毛並みがやや緑みがかっていた。
ハロも進化前より体が大きくなり、額に巨大な一本の角が生えていた。毛の色も灰色に変わっている。
「あら、二人とも随分大きくなりましたね。なんて種族なのかしら? 二人ともちょっと『鑑定』しますよ」
ナビーはハロとイリアに『鑑定』をかけた。
【名 前】ハロ
【種 族】ガイアウルフ
【名 前】イリア
【種 族】テンペストウルフ
「ガイアウルフとテンペストウルフですか。聞いた事がありませんが、アイリさんは何かご存じですか?」
「ナ、ナビー、あなた何を言っているのよ!? どっちの種族もAランク上位の危険指定魔獣じゃないの! あなた達、とんでもない種族に進化したわね。まあ、味方なら心強いけど」
「あ」
鑑定結果を確認していたナビーが何故か目を丸くした。アイリは不安そうに尋ねる。
「ど、どうしたのよ。ナビー」
「あ、いいえ。実は、この子達が人化のスキルを獲得していたんです。だから驚いてしまって……」
「え、本当なの? 良かったじゃない、あなた達」
「「わふわふ」」
イリアとハロは声を揃えて返事をした。
「ナビー、二人はなんて言っているの?」
「……『これでやっとアイリさんとお話しする事が出来るね』だそうです」
「ふふふ、そうね」
微笑むアイリを見て、ナビーはニヤッと笑う。
「……と、こうして通訳してみせましたが、本当は必要ないんです。この子達、最初っから話す事が出来ますからね」
「え、そうだったの?」
「ええ、もともと『念話』が使えたので……アイリさん、からかわれましたね。さて、十分休みましたから、そろそろ移動しましょうか」
「そうね……それにしても私、からかわれていたのね。まあ良いけど。それじゃあ、また後で」
そして、ナビーとハロは西の戦場へ、アイリとイリアは東の戦場を目指して歩き出した。
***
西の戦場ではケイトとベロニカ、リサが最前線でドラゴンや巨人、獣などが混在するモンスターの群れと戦っていた。
前衛はケイトが担当し、ベロニカは盾役として敵の注意を引きつつ防御を担う。リサは遊撃としてあっちこっちでモンスターの群れに大きな被害を与えていた。
「くっ、巨人種の攻撃が重すぎる。あたいだけじゃ、Bランクまでの巨人種の攻撃しか受けきれない。それ以上のランクが出てきたら、押さえられないよ」
ハイトロールの打撃になんとか耐えながら、ベロニカは焦りを口にした。その時、突如として彼女の横を灰色の何かが通り過ぎていった。
次の瞬間、モンスター達が作っていた肉壁の一部が吹き飛ぶ。
突然の出来事に動揺したのか、ベロニカが押さえ込んでいたハイトロールに僅かな隙が生じる。
ベロニカはそれを見逃さず、ハイトロールに攻撃を仕掛けた。
「仕方ない。魔石は惜しいが、こいつの再生能力を上回る速度の攻撃はあたいじゃ出来ないからね」
ベロニカはハイトロールの胸の辺りにある魔石めがけて、躊躇いなく剣を突き入れる。
ハイトロールは直ぐに動かなくなった。
敵を倒したベロニカは先程自分の横を通り過ぎていった物体の正体を確認しようと、前方に目を凝らす。そこには、体長二メートル五十センチ程の灰色の体毛をしたウルフがたたずんでいた。
「な、なんだ、あのウルフは。内包している魔力の量が半端ないぞ」
「あれはハロですよ。北門側での戦いを終え、ガイアウルフに進化したんです」
「ナビー!? 来てくれたのか。それにしても……ハロは王城で別れた時とは全く姿が違うな。まあ、変わらず可愛い顔立ちだが」
「ええ、そうですね。全てにおいて同意します」
ベロニカとナビーが話し込んでいると、ケイトとリサがやって来た。さらにハロも合流する。
ケイトが小声で尋ねる。
「ベロニカさん、この灰色のウルフはあなた達の仲間なのか? ……ん、ナビーさんもいるが、北の戦場はどうしたのだ?」
「ケイトさん達の救援に来たんですよ。北の戦場は制圧しました。それと、この子はハロですよ。イリアと一緒に進化したんです。イリアはアイリさんと東の戦場に向かってもらっています」
「そうだったのか。ハロ、警戒してしまってすまなかった」
『別に良いよ。あまり気にしてないし、体毛や大きさが変わったら人間にはわからないものだしね』
「皆さん、話している暇はないみたいですよ。敵がまた前進してきました。C、 Bランクのモンスターはケイトさんとベロニカさん、リサでほとんど倒していたみたいですね。残りはもうAランクばかりです。最後方から、モンスターではない何者かの気配を感じるのが不安ですが……皆さん、もうひと踏ん張りといきましょう」
群れの奥の方で控えていたAランク上位のモンスター達が前進を始める。それを目視したナビーが再び口を開く。
「皆さんの素のステータスでは、Aランク上位のモンスター達には力が及ばないと思います。だから、私が支援魔法をかけます」
「そうだね、ナビー。あたい達にあんたのありったけの支援魔法をかけてくれ。それでたぶん、なんとか出来ると思う」
ベロニカの分析で今後の方針が決まった。一行は早速行動を開始する。
ナビーは支援魔法の身体能力超上昇、攻撃力超上昇、防御力超上昇、素早さ超上昇を一人一人にかけ、能力値を何倍にも向上させた。各々がモンスターの群れに向かっていく。
「おお、なんとなく普段の三倍くらいまで力が跳ね上がった感じがするな。これならAランク上位どころか、Sランクモンスターもいけるんじゃないか?」
「ああ、ナビーの支援魔法はかなり効果的だからな。本当に彼女がここに来てくれて良かったよ。クロードの支援魔法がこれよりもっと凄いから、普段は霞んでしまっているんだ」
ケイトとベロニカはナビーの支援魔法の力を肌で感じながら、モンスターの群れへ突っ込んだ。
ケイトは愛剣、聖剣アロンダイトを握り、眼前に迫ったAランクモンスターを同時に五体も切り飛ばした。
「良いな。いつもよりも体がよく動く。支援魔法の有無でこんなにも違うものなのか」
ケイトはいつになく体が動かしやすい事が楽しくて、ついウキウキしてしまった。
(ナビーさんでこれなら、クロードの支援魔法はいったいどれ程の効果を発揮するのだろう。この先の人生で、私が彼に支援魔法をかけてもらう機会は果たしてあるのだろうか。今までクロードと一緒に旅をしてきたナビーさん達が少し羨ましいな)
そんな事を考えながら、ケイトはアロンダイトを中段に構える。そして、目の前に立ちはだかる一つ目の巨人……Aランク上位のモンスター、サイクロプスに切りかかった。
「はっ! くっ、流石にAランク上位のモンスターだけあって頑丈だな。これは本気を出さないと勝てないか」
ケイトはサイクロプスから一度距離を取り、目を閉じて深呼吸をした。「『剣聖の舞』」と呟き、目をかっと見開く。
『剣聖』が持つスキルの一つである『剣聖の舞』を発動したケイトの周囲に、銀色のオーラが立ち上った。
オーラはアロンダイトをも覆い、切れ味と耐久力を向上させる。ケイトは再度サイクロプスに切りかかった。
両者が拮抗していたのは数分間だけだった。ケイトの剣がサイクロプスの脇腹を切り裂き、サイクロプスは大地に片膝をつく。
「よし、ここで畳みかける。聖剣術秘伝剣技『魔虎一閃』! はっ!」
ケイトが『魔虎一閃』を繰り出したと同時に、アロンダイトを覆っていたオーラが黒き大虎の形に変化した。
そして片膝をついて動かないサイクロプスに襲いかかる。
黒き大虎が通り過ぎた後には、上半身と下半身を真っ二つにされて絶命したサイクロプスの姿があった。
アロンダイトを振り下ろし静止した状態のケイトが微笑む。
「ふっ、私のアロンダイトで切れぬものなし。は~……今のかっこいいところ、クロードに見てもらいたかったな~」
ケイトはそう呟き、次の獲物を求めてその場を離れた。
一方のベロニカは、まだまばらに残っているBランクのモンスター達を一体一体確実に倒していた。
その様子を取り巻きのBランクモンスター達の奥にいるAランク上位の獣型モンスター、ブラッドホーンヴァッファローがずっと睨みつけてくる。
「ああああっ、もうなんなのだ、あのブラッドホーンヴァッファローは! さっきからずっとあたいの事ばかり睨んできて、鬱陶しい。あたいに何か恨みでもあるのか?」
ベロニカはブラッドホーンヴァッファローの前にいたBランクのモンスターを全て倒すと、ミスリルの剣を中段に構え、ミスリルの大盾を前面に持つ。そして、ブラッドホーンヴァッファロー目がけて駆け出した。
ブラッドホーンヴァッファローはBランクモンスターであった弟を殺され、ベロニカに並々ならぬ恨みを抱いていた。
もちろん、ここが戦場だという事は理解している。戦場で死ぬのは仕方がない事も。
しかし、理性では理解出来ていても本能は違う。
ブラッドホーンヴァッファローは突っ込んでくる憎きベロニカを見て、攻撃を仕掛ける事にした。
雄叫びを上げ、ベロニカ目がけて突進する。
急な攻勢を避ける事が出来ず、ベロニカは咄嗟にミスリルの大盾を地面に突き刺して固定した。そして、大盾を両手でしっかりと握りしめブラッドホーンヴァッファローの突進を受け止めた。
「ぐおおおおお! はっ、流石、上位のAランクモンスター。力が尋常ではないな。ナビーに支援魔法をかけてもらってなかったら、今の一撃で吹っ飛ばされていたところだ」
ベロニカはブラッドホーンヴァッファローの突進で崩された体勢を整えつつ、大盾を地面から引き抜いて構え直した。
「次はこちらからいくぞ」
体勢を整えたベロニカはブラッドホーンヴァッファローの側面に回り込んだ。そして渾身の一撃『シールドバッシュ』を叩き込む。
「グッガアアアアア」
ブラッドホーンヴァッファローは口から血を吐き、苦痛の叫びを上げながら数メートル吹き飛ばされた。その場で倒れ込む。
「まだまだ、終わらねえぞ」
ベロニカは苦しみもがいて中々立ち上がれずにいる相手に追撃を仕掛ける。
「はっ、『スラッシュ』『スラッシュ』『インパクト』!」
ベロニカが放った攻撃により、遂にブラッドホーンヴァッファローは絶命した。
「ふう、ふう……中々手強い相手だった。少し魔力を消費しすぎたな」
ベロニカはポーチから魔力回復ポーションを取り出して一気に飲み干すと、その場を立ち去るのだった。
***
ベロニカがブラッドホーンヴァッファローを倒していた頃、東の戦場にアイリとイリアが到着した。ここにはエンシェントドラゴンのマールがいたため、有利な状況で戦いを進めていた。
王都クエールを目指していた巨人達は、人化を解いてエンシェントドラゴンへ変化したマール、そして五つ子狼のレイと聖女のマルティによるサポートに大苦戦しながら、少しずつ前進しようとする。
しかし、そんな巨人達のもとに突如、全てを吹き飛ばすような暴風と多種多様な魔法が雨のように襲いかかった。
『ん、なんじゃあの暴風と魔法は? いったい誰が撃ったのじゃ』
突然の事に驚き、マールが動きを止めると背後から声がかかった。
「中々押しているじゃない。でも、マールさんだけだと大変だろうし、イリアと私の魔法でみんなの援護をしてあげるわ。そうすればマールさんがもっと前線に出られるでしょ」
アイリの声だった。
『なんじゃ。お前達であったか。確かに、わしも前に出て戦えるのなら楽にこの戦場を蹂躙出来る。が、覚醒した真の賢者ならともかく、お主はまだ賢者見習いのようなものじゃろう。Bランクならいざ知らず、Aランクのモンスターにお主の魔法は通用するのかのう?』
「ええ、その辺りは問題ないわ。ナビーにかけてもらった支援魔法がまだ効いているから。ナビー曰く、あと五時間くらいは効果が続くみたい」
『そうか、ではこれでこちらがさらに有利になったのじゃ。先程レイが進化してのう。Aランクモンスターのインフェルノウルフになったのじゃ。前線で戦っているイリアを見るに、どうやらそちらも進化したみたいだしのう。こちらには優秀な回復役もいる事だし、楽勝なのじゃ。お主にかかっている支援魔法の効果が切れる前にかたを付けるとするかのう』
「優秀な回復役だなんて恐縮です」
マールに褒められ、マルティは謙遜する。
「へえ、イリアが進化したってよくわかったわね……って、あれだけ姿が変われば一目瞭然か。イリアはテンペストウルフになったのよ。無論、Aランクのモンスターよ。マルティ、マールさんに褒めてもらえて良かったわね。さてと、それじゃあ行きますか」
アイリのかけ声と同時に、マールは前に飛び出した。
翼を羽ばたかせたマールは、巨人の群れの奥に見えるSSランクのモンスター――ギガントサイクロプス目がけて飛んでいく。
レイとイリアは、群れの最前列で重たい体を引きずるように歩いてくるトロールナイトなどのAランクモンスターを中心に倒すつもりのようだ。
アイリは勝手に先行していってしまったマールの後ろ姿を見つめて愚痴を言いつつも、ファイアドラゴンの角で作られた愛杖のレッドホーンを片手に構えた。
マルティが負傷した兵達がいる治療テントに残るので、テントを守れるようにと前には出すぎない。
そして、先行するマール達を援護するために炎魔法『ボルカニックレイン』の準備を始めた。
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