転生しました、脳筋聖女です

香月航

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2巻

2-3

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「アンジェラさん!!」
「アンジェラちゃん、無事か!?」

 今の一瞬で何が起こったのか。それを私が理解するよりも早く、私を呼ぶ二人の声が耳に届く。

「…………えっ!? あ、あれ?」

 慌てて視線を巡らせば、そこはおばけちゃんが紅茶とお菓子を用意してくれたあの部屋だった。
 あつい魔術書を手にしたウィリアムと、双剣を片方だけ抜いたダレンが、心配そうな表情でこちらを見ている。……戻って、きた?

「もう大丈夫だよ、アンジェラ」

 頭上からは、私を腕に抱いたままのジュードの声。あの真っ白な世界から出られた、らしい。

「おっと、気をつけて」

 思わず力が抜けてしまって、ジュードに腰を支えられる。

「……ごめん。安心したら、気が抜けちゃった」

 別に攻撃されたわけでもないけど、ひどく疲れたし……やっぱり、怖かった。
 相手はゲームの攻略対象――味方だと思っていた人物だから、なおさらかもしれない。

「大丈夫か、アンジェラちゃん。怪我はないんだよな?」
「お師匠様がすみませんでした! 無事で本当によかった」

 二人が私のところへ駆け寄ってくれる。その表情は私を案じてくれており、同時にあんしているようにも見える。やっぱり信頼できる仲間というのはいいものね。
 ――一方、仲間にならなかった彼は、テーブルの向かい側で一人身をよじっていた。

「あいったたたたた……いやあ、俺も歳だなあ……」

 恐らく魔術を〝無理矢理破られた〟せいだろう。顔色は青く、小さなひたいには汗が浮かんでいる。
 彼の声に反応したダレンが、剣の刃をすっとそちらへ向けた。

「ああ、警戒しなくてもいい。何かするつもりはないし、今はさすがに何もできない。無理矢理解かれると、結構クるんだよ。……成長したなウィル」
「ウィル? お、お師匠様、口調が……」

 まだ苦しそうにしながらも、カールはひらひらと手をふってこたえる。ウィリアムが違うところに驚いているけれど、とりあえずそれは置いておこう。

「……私のことは、もういいのね?」
「よくはないし、お前を認めたわけでもない。だが、俺はお前たちの敵ではないからな。……今日はやり方も悪かった。俺の負けだ」

 ジュードを盾にしてたずねてみれば、少し悔しそうにしながらも、カールは笑った。それも、『私たちの敵ではない』とハッキリ口にして。どういう魂胆こんたんにしろ、その一言をもらえただけでも助かったわ。
 ほっと胸を撫で下ろせば、仲間の三人も同じように息を吐いた。魔術師の最高峰である導師とたいするのは、さすがに皆緊張していたみたいだ。ウィリアムなんて自分の師匠だしね。
 ダレンが剣を収めたところで、カールもぐっと背筋を伸ばす。長身で筋肉質なジュードと比べれば、折れそうなほど細くて小さい体だ。……こんな子どもに捕まったなんて、悔しい話だわ。

「……お師匠様、今日はもう下がらせてもらいます。ぼくたちの仲間を突然さらったこと、エルドレッド殿下に報告しますから」
「そうしてくれ。俺も覚悟の上で魔術を使ったからな。予定とは違ったが、お前の成長が見られて嬉しかったよ。これから大変な戦いになるだろうが、気をつけてな」

 堂々と宣言したウィリアムに、カールは師匠らしい言葉を返す。外見は幼くても、やはり彼はウィリアムにとって『ちゃんとした師匠』だったようだ。

「っ! し、失礼します!」

 ウィリアムは少しだけ口ごもると、足早に部屋を出ていってしまった。その様子にダレンは肩をすくめてから、彼の後を追っていく。
 今日の件については、ダレンからも王子様に報告してくれるだろう。カールをどうするかは、偉い人の判断待ちだ。
 私とジュードも、このまま帰らせてもらおう。腹立たしい気分は一応落ち着いたけれど、仲間になってくれないのなら、もう会いたい相手でもないしね。

「……ジュード・オルグレン」

 帰ろうとしたら、カールのほうが何故か呼び止めた。それも、相手はジュードだ。

「…………」

 足を止めたジュードが、ほんの少しだけ彼をふり返る。私に向ける穏やかな笑顔とは違い、顔立ちのままの鋭い目つきで彼をにらみつけている。

「お前は〝俺と同じ〟だと思ったが、違うんだな。『そのアンジェラ』でいいのか?」
「……ッ! ちょっと!!」

 何を言うかと思えば、この男はジュードにまで私が偽者だとアピールするつもりなのか。これまでずっと、この大事な幼馴染おさななじみと一緒に育ってきたアンジェラは私なのに!

「私は偽者じゃないって言ってるじゃない! いい加減にしなさいよ!」
「大丈夫だよ、アンジェラ」

 反論しようと声を上げたけれど、ジュードが私を止めた。

「大丈夫。君が怒る必要はないよ」

 ぐっと声を呑み込んで見上げれば、そこにあるのはいつもの幼馴染おさななじみの顔だ。穏やかな微笑みに、つい毒気を抜かれて何も言えなくなる。
 髪を撫でてくれる手も温かくて、まるで『心配いらない』と伝えているかのようだ。

「……貴方がアンジェラをどう思っているかは知りませんし、興味もありませんけどね」

 私の髪を撫でながら、ジュードはカールの質問に答えていく。静かで穏やかなのに、何故か耳の奥にまで届くような声だ。
 カールも、部屋の外に出ていたダレンたちも、黙ってその声に耳をすましている。
 ――まるでその答えが、とても重要な決断であるかのように。


「『私』の『お嬢様』はもういない。そして、『僕』の『アンジェラ』は彼女だけだ。彼女に害をなすのなら、僕は神でも殺してみせる」
「――――――そうか」

 わずかに間を置いて、カールがうなずいた。
 ジュードはもうふり返らずに、私の肩を抱き寄せて進んでいく。その歩みに迷いはなく、抱く手はしっかりと力強い。
 やがて、あの悪趣味な悪魔がらの扉をくぐったところで、小さなつぶやきが聞こえた気がした。
「……とらわれているのは、俺のほうか」と。


   * * *


「お師匠様が、本っっっっ当に! 申し訳ございませんでした!!」

 清々すがすがしく晴れ渡る空の下。絶妙な日陰にしつらえらえたテラス席にて、もう何度目かわからないウィリアムの謝罪の声が響く。さっき見直したばかりだけど、やっぱり面倒な性格なのは変わらなかったようだ。
 ――さて、導師カールハインツの部屋を脱した私たち四人は、ただいまおしゃなレストランで遅い昼食をとっております。
 せっかく王都の街へ出たのに、何もせずに城へ戻るのもしゃくだと言ってみたら、ダレンがお高そうなこの店へ案内してくれたのだ。
 外装は白を基調とした貴族の別荘のような造り。しかしデザインに堅苦しさはなく、壁のほとんどを大きなガラス窓にしてあるため風通しもよい。全体的にさわやかな印象のお店だ。
 さっきまでいたのが古い図書館だったから、なおさらそう感じるのかもしれない。
 若い女性のお客さんが多く、とりわけこのテラス席は、ほとんどが女性客でにぎわっている。ちらちらとジュードを見ているのも年頃の女の子たちだ。うむ、存分に目の保養をするといいわ。
 ちなみに、メニューまでおしゃだったので、注文は全てダレンに丸投げした。聞いたこともない料理ばっかりだったからね。……戦場で生きてきた私に、女子力を期待しないで欲しい。

「うぅ……ぼくがお願いして来てもらったのに、こんなことになるなんて……」
「いや、もういいよウィリアムさん。貴方はなんにも悪くないんだからさ」
「ウィル君、アンジェラちゃんもこう言ってるんだから、もう気にしなくていいって」

 さすがに何度も同じ謝罪をされているので、ダレンも呆れた様子だ。何かの薄切り肉をフォークでつつきながら、ため息交じりにウィリアムをたしなめている。
 ウィリアムの前にもいくつか皿が並んでいるけれど、まだ手付かずのようだ。

「アンジェラ、これ美味おいしいよ」

 一方、ジュードにいたってはもうほとんど無視して、食事に集中している。
 テリーヌっぽい色鮮やかな料理を切り分けると、私の取り皿にも置いてくれた。ウィリアムも、これぐらい図太くなってしまえば楽だろうにね。

「ウィリアムさん、謝罪はいいから食べよう? それとも、嫌いなものでもあるの?」
「い、いえ、そうではありませんが……ぼくには皆さんと一緒に食事をする権利なんて……」
「食べないなら口に突っ込むわよ。はい、あーん」
「あむ……………………アンジェラさんッ!?」

 いよいよ面倒になってきたので、手近なペンネをフォークで差し出してみたら、素直にぱくっとしてくれた。ウィリアムもお腹は減っていたみたいね。
 つまらないことを気にするぐらいなら、しっかり食べてくれたほうがずっといいのに。戦う人間は、体が資本なのだから。

「ずるい……アンジェラ、僕にもやってくれない? ほら、助けに行ったごほうってことで!」
「はい、どうぞ。なんなら口移しでもしましょうか?」
「君たち、それは二人きりの時にやってくれな!?」

 私の冗談に目を輝かせたジュードを、ダレンが慌てて引き止めてくれる。
 ちょっとトラブルはあったけれど、皆意外と元気そうで何よりだわ。


 さて、ひとまず無事に食事をとり、ひと心地ごこちつくことができた。
 食後のコーヒーとデザートが運ばれてきたタイミングで、のんびりしていたダレンが真剣な表情を作って問いかけてくる。

「それで、誘拐されていた間、アンジェラちゃんはあの導師さんと戦っていたのか?」
「誘拐って……別に戦ってませんよ。くちげんをしてただけです」

 どうやらあの白い空間へ行っている間、私とカールは椅子ごと消えた形になっていたらしい。
 それが『異空間へ連れ去る魔術』だと気付いたウィリアムが、すぐさまそこへ干渉する魔術を発動。ダレンは詠唱えいしょう中の護衛として残り、ジュードは私を助けに空間の中へ突っ込んできた、というのが彼ら側の顛末てんまつだそうだ。

くちげん? それはまた……君は大人しい外見の割に、結構元気だよな」
「むしろ、私が大人しいのは外見だけですよ? 中身は自他ともに認める戦闘脳ですし」
「あー……確かにな」

 昨日の戦いを思い出したのであろうダレンは、言葉をにごして頭をく。戦闘脳も脳筋も私にとってはめ言葉だから、いくらでも言ってくれていいんだけどね。

「しかし、君たちにけんをするようなネタあったか? 今日が初対面だと思ったんだが。まさか彼は本当に悪魔崇拝すうはい者で、宗教的な違いからけんになったとか?」
「そういう話なら聞き流せたんですけどね。初対面なのに、いきなり『偽者』と言われまして」
「……なんだそりゃ?」

 ダレンの驚く声に合わせて、ウィリアムも「ええっ!?」と肩を震わせる。コーヒーをすすっていたジュードも、静かに目を細めた。

「私にもよくわからないんですけどね。どうもあの人、どこかから私を監視していたみたいです」

 そのまま、カールに言われたことを簡単に説明してみる。
 彼がメイスをふり回さない『別のアンジェラ』を知っていて、そちらが本物だと思っていること。私は彼女をどこかへ誘拐し、なり代わった偽者だと思われていること。
 魂がどうとかいう話は割愛かつあいしたけど、それ以外は粗方あらかたまとめてみた。……思い返すとムカついてくるから、早いとこ忘れてしまいたいわ。

「……またきのオレが言うのもなんだけどさ。ウィル君のお師匠さん、頭大丈夫か?」
「や、やっぱりそういう意見になりますよね……」

 できるだけ客観的に話したつもりだけど、ダレンとウィリアムは呆れた表情で首を横にふっている。彼らは私の味方をしてくれるようだ。……少しホッとしたわ。

「オレは予知とかそういうのに詳しくないけど、自分が見た未来と違うから偽者だなんて、あまりにも極端すぎるだろう。そりゃ『女騎士』って言われて出てきたのがディアナねえさんとか、そこまでの差ならさすがにビビるけど」
「ダレンさん、私の女神様をけなすような発言は、宣戦布告とみなしますが?」
けなしてない! けなしてないから!!」

 ダレンがディアナ様を引き合いに出すものだから、うっかりフォークをケーキに思い切り突き刺してしまったわ。
 そりゃ女騎士と言われて、今のディアナ様をすぐに想像するのは難しいだろうけどさ。あんなにも雄々おおしい筋肉の女神様が現れるなんて、宝くじ一等ぐらいの奇跡だものね!

「そ、そうですよね……ぼくも『いやしの聖女様』と聞いていたアンジェラさんが、鋼鉄メイスをふり回す勇者だとは思いませんでしたが。だからといって、否定したり偽者だと思ったりするようなことはないです。予想と違うことなんて、世の中沢山あるじゃないですか」

 ウィリアムが、私のほうをまっすぐに見ながら力説してくれている。
 彼本人もまた、長身できれいな顔立ちなのに、中身は謝り癖のある残念男子だしね。この部隊の中だと、ジュードも外見とのギャップが激しいだろう。
 何せキツめの顔立ちの色気担当イケメンなのに、話し方は穏やかな僕口調。そのくせ、剣を持たせれば殺戮さつりく兵器。「属性統一しろよ!」とツッコみたくなるのは私だけじゃないはずだ。むしろ、私よりもよほどギャップの宝庫じゃない、こいつ。
 ダレンは……外見通りなので割愛かつあいしよう。軽そうな外見のキャラに限って苦労人属性を持っているのは、乙女ゲームあるあるだ。
 いずれにしても、自分の予想と違うからといって、偽者扱いするのはやはり極端だということだ。カールが正気を失ってると断言はできないけど、それでも私が糾弾きゅうだんされるのはおかしい、というのが二人の共通見解らしい。

(やっぱり私は反論しても良かったのよね。いや、ダメって言われてもするけどさ)

 そうよ、外見に似合わない戦い方をしたっていいじゃない。そのことでよそ様に迷惑をかけているわけでもないし、むしろ世界の平和のために戦っているんだもの。
 自分の正当性を確認したら安心したわ。息をつけば、ジュードがゆったりと頭を撫でてくれた。

「まあなんだ、偉い魔術師様には何かオレたちの知らない事情があるのかもしれないけどな。でも、アンジェラちゃんの誘拐未遂を考えると、やっぱり殿下に報告すべき案件だよ。……場合によっては、師匠が捕まることになるかもしれないが、ウィル君は構わないか?」
「もちろんです! むしろ、ぼくからもお願いします。確かにお師匠様は、ぼくをここまで育てて下さった恩師です。ですが、悪いことをしたのならようはしません! アンジェラさん、本当に、本当にすみませんでした!」
「気にしないで。何度も言ってるけど、ウィリアムさんが謝ることじゃないしね」
「そうだぞ。ウィル君は悪くない」

 謝罪系男子がまた頭を下げ始めてしまったので、ダレンと二人で止めておく。
 むしろウィリアムは、師匠と敵対してまで私を助けてくれたのだから、恩に着せてもいいぐらいなのに。
 ――しかし、ギャップが原因かもしれない、か。

「……ねえ、ジュード。意見を聞いてもいい?」
「うん、何?」
「もしも、私がこの大人しい外見通りにふるまっていたなら、カールは私のことを偽者とは呼ばなかったのかしら?」

 真剣に問いかけてみれば、ジュードの顔が少しだけくもった。
 ……実のところ、やろうと思えばできるのだ。鋼鉄メイスをふり回してはいるけれど、この部隊のいやし手でもある私。その点はゲームのアンジェラと変わらない。
 おしとやかないやしの聖女様を演じることぐらいできるとも。『導師カールハインツの前でだけは大人しくしていろ』と言われれば、それぐらいのことは朝飯前だ。
 長くは続かないだろうけど、それで今日の誘拐まがいな出来事を回避できたのなら、多少の演技は喜んでこなしたわ。

「…………」

 ジュードは無言のまま、じっと私を見つめている。
 やがて、優しい苦笑を浮かべた幼馴染おさななじみは、小さく首を横にふった。
 ……答えはいな。演じたところで、偽者呼ばわりは避けられなかったということだ。

「やっぱりどこから監視されているかわからないままじゃ、ちょっと演技をしてもダメかあ」
「えっと、そういうことではなくて。君は『今』のアンジェラだから。性格が違っていても、あの人は君を偽者扱いしたと思うよ」
「それは、カールが言っていた『魂が別人』っていうのと関係あるの?」
「……それは」

 ジュードは再び口を閉じて、静かに目を伏せた。……何かを知っているようだけど、それを答えるつもりはないということか。

「当事者の私に言えないことなの?」
「僕も確証があるわけじゃないから、ごめん。自信を持って言えることは、僕は君の味方で、あの人が何をしてきても、必ず君を守るってことだけだよ」
「――そう」

 どこか寂しげに笑いながら、それ以上は何も話してくれない。
 導師カールハインツと彼が知る『私』についての謎。これはやはり、ゲームのアンジェラ編に手をつけなかった私に対するペナルティなのかもしれない。苦手でも、一度ぐらいはやっておけばよかった。
 不明瞭ふめいりょうなモヤモヤだけが、胸に残る。こうしてこの世界に転生してしまった以上、後悔してももう遅いのだけどね。

「はあ、すっきりしないな。全部の問題が、殴って解決できたらいいのに」

 戦いのない王都の午後は、穏やかに……しかし、どこか不安を残しながらすぎていく。


   * * *


「あ。せっかく国立図書館に行ったのに、魔法書を見るの忘れちゃったわ」

 腹ごしらえを済ませ、少しばかり気持ちも回復した私だったのだけど。城へ戻る途中で残念なことを思い出してしまった。
 カールから離れることばかり考えていたから、下の階に寄るのを忘れてしまったのだ。恐らく王国随一の品ぞろえだっただろうに、もったいないことをしてしまったわ。
 これから旅に出ることを考えれば、少しでも戦う手段は増やしておくべきなのに。
 思わずがっくりと肩を落とすと、前を歩いていたダレンとウィリアムが足を止め、苦笑を浮かべながらふり返った。

「す、すみません、アンジェラさん。ぼくもそこまで気が回らなくて」
「オレも早くあの部屋を出なきゃとばかり思ってた。そういや、図書館に入る前にウキウキしてるって言ってたものな。ごめんな、アンジェラちゃん」
「いえ、そもそもの原因は私とあの導師ですし。気を遣わせてごめんなさい」

 あの少年導師が私に絡んでこなければ、なんの問題もなかったんだけどね! 彼に呼ばれていたとはいえ時間指定はされてなかったのだし、先に図書館を覗いてから行けばよかったわ。

「ねえ、アンジェラ。今更だけど、『魔法』と『魔術』って何が違うの?」
「……うん?」

 うなだれる私の頭を撫でながら、隣のジュードがこてんと首をかしげる。そういえば、そのあたりの解説とかしたことなかったか。
 ジュードは魔力を全然持っていないし、魔術の素養もないから必要ないと思っていたわ。

「いや、もし同じものなら、あのエルフの賢者さんから本を借りたらいいんじゃないかと思ったんだけど」
「残念だけど、私の『魔法』と彼らの『魔術』は似て非なるものなのよ。……解説は専門家にお願いしてもいいかしら?」
「えっ!? ぼくですか!?」

 顔を前方に向ければ、指名されたウィリアムがびくりと肩を震わせる。手順や詠唱えいしょうをすっ飛ばして感覚だけで魔法を使う私よりは、ちゃんとマニュアル通りにしている彼のほうが解説役に適任だろう。

「えーと、ぼくたちの中で『魔法』が使えるのはアンジェラさんだけです。『魔術』は訓練をすれば使えるようになる〝技術〟ですが、『魔法』は〝奇跡〟のような特別な力なので」
「奇跡……? 君がぽいぽい使っていたのは、そんなにすごい力だったの?」
「まあね」

 珍しく目をまんまるにして驚くジュードに、胸を張ってみせる。奇跡の力で鋼鉄メイスをふり回しているのかって? ええ、その通りだけど何か?
 とにかく、『魔術』は知識と魔力さえあれば誰にでも使える技術だけど、『魔法』を使うには魔力と素養の他にもう一つ必要なものがある。――神様の加護だ。
 本人の生まれや努力などとは全く関係なく、神様に選ばれた者だけが使える特別な能力。ゆえに『神聖魔法』なんて仰々ぎょうぎょうしく呼ばれるのである。
 言ってしまえばチートみたいなものだけど、別に転生者の私だからこそというわけでもなく、魔法が使える人は皆同じだからね。
 余談だが、知識を得るための技術書である『魔術書』に対して、『魔法書』には神話や民話のような神様にまつわる話が多く載っている。もちろんメインは魔法の種類や使い方だけど、信仰心を深める役割も果たしているので、読み物としてもそれなりに楽しめるのが特徴だ。

「じゅ、呪文もよく聞くと全然違いますよ。力の証明や世界への宣言を『力ある言葉』にする魔術に対して、魔法のための呪文は『神へささげる祈り』であり『さん』ですから。その呪文の省略を許されるアンジェラさんは、本当に類稀たぐいまれ寵愛ちょうあいを受けていると思います」
「へえ……色々と優遇されているとは思っていたけど、アンジェラちゃんって本当にすごいんだな」
「とはいえ、その分私にも制約はありますからね」

 ダレンもずいぶんと驚いてくれたので、さすがに恥ずかしくなってきたわ。
 私が神様に優遇されていることは間違いない。けど、だからこそ〝神様の意思には逆らえない〟という欠点もある。

「私はしゅの民を傷つけることはできないの。誰かを攻撃したり、能力を下げたりするようなことはね。それから、しゅが『敵だ』と示したものとは、私は必ず敵対する。私の意思とは関係なく、ね」

 今のところ神様が敵と示しているのは、世界の敵でもある魔物だから困ることはないけど。よく考えてみたらちょっと怖い話だ。もし何かが狂ってしまったら、私は心を捨てることになるかもしれないのだから。
 もっとも、神様は世界を救うことを最優先としているし、私も恩があるから裏切るつもりはないわよ。……今のところは、ね。

「そ、それでも、神聖魔法での回復は魔術のそれとは比べ物にならない効果がありますから。やっぱりアンジェラさんはすごいと思いますよ!」
「はは、ありがとう、ウィリアムさん」

 ほんの少しだけ不安を覗かせたら、慌ててウィリアムがフォローを入れてくれた。面倒な謝り癖はあるけど、同時に自分以外の者に対する気遣いがとてもできる子だ。
 魔術師としても有能なのだし、もう少し自分に自信を持ってくれると、攻略対象として相応ふさわしい男になれると思うのよね。私が攻略する予定はないけど。

「神聖魔法の話で思い出したよ。アンジェラちゃんは王都に来てからずっと王城にいるけど、教会に顔を出さなくても大丈夫なのかい? 聖女なんだろ?」
「…………はい?」

 魔法と魔術の話が終わったと思えば、ダレンがどこか心配そうな様子でたずねてきた。
 ……はて? 私が『聖女』というのはどういうことだろう。ゲームの時は確かに、そう呼ばれる存在だったと思うけど。

「すみません、聖女っていうのは一体なんのことですか? まさか、地元の町でのあだ名が王都にまで伝わってきたってことはないですよね?」
「は? 君こそ何を言ってるんだ? 故郷でも聖女として扱われてたんだよな?」

 ダレンは信じられないものを見るような顔で質問に質問を返してくる。
 そう言われても、私は全く身に覚えがない。ジュードのほうを見てみたら、彼も私と同じようにきょとんとしている。

「そういえば、殿下もアンジェラのことを聖女って呼んでたね。回復魔法が使えるからかな?」
「いやいやいや、君たちは何を言ってるんだ!? 神聖教会から結構前に発表があっただろう? 〝アンジェラちゃんを当代の聖女と認めた〟って!」
「いえ、そんなの初耳ですけど」
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