転生しました、脳筋聖女です

香月航

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18章・『アンジェラ』と『彼』の想いの結末

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「お、来た来た。元気そうだな、二人とも」

 支度を整えジュードと一緒に一階の食堂へ向かえば、そこにはすでに仲間たちが集まっていた。ダレンが手をふって招いてくれたので、私たちも主従コンビの席へお邪魔したのだけど。

(お、おう?)

 囲んだ丸テーブルには、所狭しと食事が並んでいる。どう見ても二人分ではないし、四人分と考えても少し多い。朝からどれだけ食べるつもりなのかしら、この人たち。

「おはようございます。怪我でも病気でもありませんから、元気ですけど……なんです、このご飯の量」

「何をするにも、まずは体が第一だろ? 朝食はしっかり食べないとな」

 理屈はわかるけど、普通に頼みすぎだよダレン。しかも、肉やら何やら朝食には重たいものが多い。ハムエッグぐらいならまだしも、朝から厚切り肉をむさぼれるような元気は私にはないわよ。

「ちょっと懐かしいね。エイムズさんたちも、旅路で同じような朝食をとっていたよね?」

「ああ、そういえば」

 故郷の町から王都までのブートキャンプを共にした騎士たちは、確かダレンの同僚だったか。あの人たちも、朝から胃に重たい料理をガツガツ食べていたものね。……もしかして、騎士ってそういうものなのかしら?

「ジュード君はこれぐらい平気だよな?」

「量だけなら平気ですけど、朝から脂っぽいものはちょっと」

「あれ? 君、体は大きいのに意外と繊細なんだな」

「ダレンのお腹がおかしいだけだよ」

 首をかしげるダレンの頭を、横から王子様が小突く。やっぱり騎士の胃が頑丈すぎるだけで、軍部務めの王子様にも『朝から肉料理』は通用しないらしい。
 王子様が食べているのはジャムがたっぷりのったスコーンのようなので、私はそっちをもらうことにしよう。

「おはよう二人とも。すっかりいつも通り、かな?」

「おはようございます殿下。私はおおむねいつも通りですよ?」

「僕はいつもよりちょっと元気です。ね、アンジェラ」

 スコーンを取り分けてもらっていたら、ジュードがスッと近付いて頭をすり寄せてきた。
 まあ、いつも通りと言えばそうなんだけど、わずかに甘さの増した雰囲気に、主従コンビの頬が引きつってしまう。なんと言うか、二人ともごめん。

「あー……君たちが元気ならいいんだ。私は干渉しないよ」

「オレはちょっともの申したいけど、戦力的には多分良いことなんだよなあ……やっぱり、最後に勝つのは愛なのか」

 いや、まだ勝ってないけど。戦ってすらいないからね。
 呆れ顔でため息をつきつつも、ダレンは分厚い肉を口へ運んでいく。ヤケ食いでなければいいんだけど。

「俺としては、わざわざ防音の結界を張ってやったのに、何もしなかったというのが不服だけどな」

「あら、おはよう」

 ダレンよりもさらに深いため息の音にふり返れば、背後からノアが私にお盆を差し出してきた。載っていたのは、サラダボウルとスクランブルエッグだ。肉々しくないメニューありがたい!
 そのすぐ後ろでは、紅茶のポットを持ったウィリアムがスタンバイしている。

「……ノア、もしかして覗いてたの?」

「誰が覗くか。なら、見れば察しがつく。ただまあ、多少は進展があったようだな?」

「気持ち的には進展……したのかしら。私が偽者なのは変わらないけど、ジュードのおかげで戦えるようになったから。だから、イチャイチャしてても大目に見てくれない?」

「口を出すつもりはない。……お前がそう決めたのなら、それで構わん」

 くしゃっと軽く私の頭を撫でて、ノアは一つ後ろの席へ戻ってしまった。……彼も心配してくれたんだろう。本当に面倒見がいい人だ。
 ぎこちない笑みを浮かべたウィリアムも、私にポットを手渡すと、ノアのもとへと去っていく。……前髪で隠しているけど、目の下にはくまが色濃くできていた。

(……ウィリアムは優しい子だから、まだ色々悩んでいるんでしょうね)

 記憶を持っていなかったのに、『謝り癖』という形でかつてを背負ってしまった子だ。早く全てを終わらせて、彼のことも解放してあげないと。……人間のアンジェラの私が、聖女を止められれば、きっと。

「そういや王子様、馬車は問題ないそうだぞ」

 ノアとウィリアムを眺めていれば、今度は同じテーブルからカールが手をふって呼びかけてくる。
 馬車……ああ、そっか。この宿へはカールの転移魔術で戻ってきたのだった。

(あの時は幽体離脱したてだったから、あんまり覚えてないけど)

 でも、馬車をどうしたかについては聞かなかったわね。ということは、もしかしてずっと遺跡に置き去りだったのか!?

「だ、大丈夫かしら……馬は生きてる!?」

「ああ、四頭とも無事だ。ディアナの愛馬なんて、やつだけでも魔物を倒せるぐらい屈強だしな」

 私が慌てて確認すれば、カールはニッと口端を吊り上げる。他の馬は適宜交代してきたけど、ディアナ様の馬だけは替えようがないからね。
 ちなみに、馬車と馬はジュードが話を終えてすぐに、カールが再び転移魔術を使って宿まで運んでくれたのだそうだ。こういう時、人外魔術師は本当にありがたい。

「これで〝足がないから遺跡へ行けない〟って言い訳はなくなったぞ、偽聖女」

「最初から言い訳なんてしないわよ。ご飯を食べて準備をしたら、私はいつでも行けるわ」

 ……むしろ、覚悟がいるのはカールのほうじゃないかしら。
 私をいまだ偽聖女と呼び、魔物と化した聖女をアンジェラと呼ぶ彼なら。

 じっと睨んでみれば、カールは眉をひそめた後、小さく首を横にふった。外見には合わない、ひどく大人びた仕草だ。

「……俺だって、やるべきことを間違えるつもりはない」

「そう」

 それだけ告げると、カールもまた朝食へ戻ったので、私も体の向きを戻して座り直す。
 破壊師弟は少し気になるけど、他の皆は大丈夫だろう。記憶がないことも相まって、きっといつも通りに戦えるはずだ。

(……あと、もう一人)

 スコーンをもぐもぐしながら視線を横へずらす。
 王子様の隣のテーブルには、すでに鎧をキッチリと着こんだディアナ様が、一人で食事をしていらっしゃる。
 皆が狭くならないように、一人離れて席をとられたのだろうけど。

「ディアナ様」

「ん? ああ。……我も問題ないぞ。大丈夫だ」

 小さく呼びかければ、彼女は私をまっすぐに見つめてから、微笑を浮かべた。
 雄々しい容貌には少し不似合いな、儚げな笑み。

(ディアナ様は、戦力としては最強の方。だけど心は……不器用で優しい方だから)

 それは、彼女の故郷での戦いでも垣間見ている。守れなかった責を全部背負って、自分だけを苛め抜いて戦う方だ。……きっと、聖女についても悔やむことがあるだろう。
 この戦いが終わったら、ほんの少しでもその憂いを晴らすことができればいいのだけど。

(皆の想い。願い。色々あるけれど、私だって負けられない。聖女は止めなくちゃいけない)

 たとえもし、ディアナ様やカールが私ではなく聖女のほうを望んだとしても。
 ――何を犠牲にしても、絶対に。

「アンジェラ」

 色々と考えていたら、ジュードがぐっと私の肩を抱き寄せてきた。
 少し高い彼の体温が、触れた場所から染みわたっていく。……本当に、ブレない彼の存在はありがたい。

「……ありがと、ジュード」

「お嬢様のことを考えてしまうのは仕方ないけど、君はこの戦いが終わった後のことも考えるべきだよ?」

「戦う前から、後のこと?」

「そう、後のこと」

 ジュードは穏やかに、幸せそうに笑ってくれる。何も心配いらないと、そんな錯覚をしてしまうぐらいに。

「……そうね、考えておくわ」

 まあ、思い悩むなんて脳筋らしくはないわね。私はただ、聖女をぶん殴ることだけを考えていたほうがいいかもしれない。それこそがきっと、この世界に望まれる『今の聖女アンジェラ』の姿だろうし。

 気合い入れにダレンの皿から一口もらった厚切り肉は、やっぱり朝の胃には重かった。
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