薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね

文字の大きさ
9 / 42

第9話 火に油を注ぐ言い訳

 店を出ると一台の馬車が目に入った。それは以前、シメオン様の屋敷に戻るほんの少しの時間だけ乗せていただいた馬車だ。
 私はこの馬車に乗ってどこに向かうのだろう。一度はシメオン様の結婚の申し込みを断った身だ。今、お金で買われた私は、シメオン様から見てどういった立ち位置になるのだろう。
 そんなことを考えながら、私の行く先を知るであろう馬車をぼんやりと見つめる。

「入って」

 店を出てから無言を貫き通していたシメオン様が言葉を発した。

「……え?」
「入れと言った」

 感情を削ぎ落としたかのような口調にシメオン様の顔を仰ぎ見ると、声と同様、温かみの感じられない刺すような瞳で私を見下ろしていた。

「っ!」

 見たこともないシメオン様の表情に息が詰まる。

「エリーゼ嬢、もう一度言う。自分の足で上がりたいならば早く入れ」

 最終警告のような言葉を放たれて、寒気がした私は慌てて馬車の一段目のステップに足をかけた。けれど焦るあまり前のめりに倒れそうになる。するとすぐさまシメオン様が抱き留めてくれた。

「も、申し訳ありません」

 甘い雰囲気などない。そこにあるのは恐れのみだ。私は飛び退くように身を起こすと、逃げ場を失うだけなのに自ら馬車に乗り込む。続いてシメオン様が馬車に乗りこんできて私の正面に座ると、合図とともに馬車は緩やかに動き出した。
 こんな動く密室から逃げ出すことなどできはしない。それなのに、一分でも逃がす隙を与えないとばかりにシメオン様は黙ったまま私から視線を外さない。
 張りつめる空気に異常なほど心臓の鼓動が高まり、耐えられなくなった私は口を開く。

「シ、シメオン様……。どうしてあちらにいらっしゃったのですか。ど、どうして私をお捜しに」

 声が震えないようにと注意を払って話したつもりだったけれど、怯えを含んだかすれ声になってしまった。

「君こそ身売りするつもりで行ったのか」

 ようやく話してくれるようになったかと思ったら、シメオン様は私の問いかけに問いで返す。口調も先ほどと同じくいつものような柔らかさはない。もしかしたら本当の話し方はこちらなのだろうか。

「シメオン様には、か、関っ」
「関係ない? 私の求婚を断っておいて身売りすることが関係ないと?」

 シメオン様は私を見据えながら、言葉に喉に張り付いて出てこない私の言葉を補う。
 私はカラカラになった喉を鳴らすと口を開いた。

「ど、どうしてもお金が必要だったのです。店の賃貸料を来月から今の二倍にすると言われて。弟の学費を払い続けるために高給金が見込める所で働くしかなかったのです」
「なるほど。よほど私に嫁ぐことが嫌だったらしい」
「そ、そんなことは!」

 いつの間にかうつむいていた顔を跳ね上げると、心の芯まで凍ってしまいそうなシメオン様の冷たい表情が見えた。そんな彼の姿が恐ろしくて私はまたうつむいて膝の上にある握りしめた手を見つめた。

「実際、君は私に嫁ぐことよりも、不特定多数の男に買われることを望んだだろう」
「そ、そうではありません。そういうことでは。……本当はあの日、シメオン様に最後にお会いしたあの日、お、お金をお借りするご相談で伯爵家に伺ったのです」

 初めて見るシメオン様の態度に私は混乱していたのだと思う。無意識の内に火に油を注ぐような言い訳をしてしまう。

「結婚に応じれば力になると言ったはずだが、金だけ借りたいとはね」

 とんでもない失言をしてしまったことに、自分でも顔から血の気が引くのが分かった。

「も、申し訳、申し訳ございません。期限が迫ってくるのに手立てがなくて、他に頼る方がいなくて、私はシメオン様のご厚意に……甘えようとしてしまいました」

 身分の合わない私が結婚の申し出をお受けすることは、シメオン様のお立場を悪くすると思い、恐れ多くて私にはできなかった。けれど、結婚に応じずにお金だけ借りようとしたことは、もっとシメオン様を傷つけて侮辱する行為だった。いいえ。そんなことは最初から分かっていた。分かっていて私は実行しようとしていた。

「本当に……誠に申し訳ございません」
「金が必要で切羽詰まっていたからか。そうだな。金塊を前にして目の色が変わっていたからな」

 のろりと顔を上げると、変わらずすべての感情を凍り付かせたようなシメオン様の顔が目に入った。
 人生でおよそ経験することのできない、人間の欲を一気に満たし、あふれさせる圧倒的な力を前に目を瞠ってしまうのは当然のこととも思える。一方で、お金に魅入られ、囚われている姿に見えるのも仕方がないのかもしれない。
 その姿は、お金を基盤として生きる人間として自然な形なのか、あるいは恥ずべきことなのか、私には決めることはできない。けれど少なくともシメオン様の目には蔑みたくなるほど卑しい姿に映ったのだろう。

「これならなだめすかし愛を囁かずとも、最初から君を金で買うと言えば話は早かったな」

 ふっと皮肉げに笑うシメオン様の発言に私は言葉を失った。
 愛を囁かずとも? 私のことなど好きではなかったということ? 本当は不本意だったということ……? 嫌々言っていたと。ただ何かの目的のために結婚の話まで持ち出したと、そういうこと?

 言葉なく、ただ茫然と見つめると、シメオン様はいつもと違って私の視線を真っ正面から受け止めることなく顔を背けた。
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~

夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」 婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。 「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」 オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。 傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。 オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。 国は困ることになるだろう。 だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。 警告を無視して、オフェリアを国外追放した。 国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。 ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。 一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。

俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。

ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。 俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。 そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。 こんな女とは婚約解消だ。 この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ
恋愛
​漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。 死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。 しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。 向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。 一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?

“足りない”令嬢だと思われていた私は、彼らの愛が偽物だと知っている。

ぽんぽこ狸
恋愛
 レーナは、婚約者であるアーベルと妹のマイリスから書類にサインを求められていた。  その書類は見る限り婚約解消と罪の自白が目的に見える。  ただの婚約解消ならばまだしも、後者は意味がわからない。覚えもないし、やってもいない。  しかし彼らは「名前すら書けないわけじゃないだろう?」とおちょくってくる。  それを今までは当然のこととして受け入れていたが、レーナはこうして歳を重ねて変わった。  彼らに馬鹿にされていることもちゃんとわかる。しかし、変わったということを示す方法がわからないので、一般貴族に解放されている図書館に向かうことにしたのだった。