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第13話 突然の来訪者
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執務室での話し合い後、シメオン様に調合室に案内された。
「……ここが調合室ですか」
屋敷の一室をまるまる調合室に改装された部屋を見回して、私は思わず感嘆の声を上げた。
自分が開業していた薬舗よりも広く、備品や薬草がかなり豊富に用意されている。おまけに高くて手が出せなかった薬草集や治療指針の書物なども取り揃えられていた。また、換気のこともしっかり考えられた造りとなっている。
「とりあえずこちらで必要だと思われるものを揃えたが、足りないものがあれば言ってくれ。すぐに用意させる」
これだけの設備を整えるのは昨日、今日でできるものではない。もっと前から用意されていたはずだ。かつてこの屋敷には薬師がいたのか、あるいは私がシメオン様の申し出を受けると信じて疑わず、改装していたのか。もし後者だったら――頭に来る。
思わずシメオン様に振り返って睨みつけると、彼は少し怯んだ様子を見せた。
「何だ? 何か足りないものでも?」
「いえ。足りないものがあればまたお願いいたします」
「ああ。標的の資料は追って渡す。資料が揃うまでの間、福祉用の薬を作るなり、花毒の薬を開発するなり好きにすればいい」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
私は早速、本棚に手を伸ばして重そうな本を一冊取る。逸る気持ちを押さえながらひとまずパラパラと捲っていたけれど、視線を感じて顔を上げた。
「まだ何か? ――あ。失礼いたしました。お見送りでしょうか」
妻としての務めを果たしてもらうとシメオン様はおっしゃった。闇のお仕事のお手伝い以外の妻の務めも果たさなければならないのかもしれない。
「いや、それは……。ここでいい」
「承知いたしました。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
本を抱えたまま私は礼を取ると、シメオン様は何だか複雑そうな表情をした。
「では……よろしく頼む」
よろしく頼む?
妙な物言いだ。どことは分からないが、違和感を抱きながら私は頷いた。
「ふむふむ。なるほど。この薬草の組み合わせがあったとはね」
私は本を片手にぶつぶつと独り言をつぶやく。
ここひと月弱は店じまいなどに追われ、調合ができなかった。だから久々に自分で調合し、煎じて香り立つ薬草の匂いで心が浮き立った。やはり私にとって薬師は天職なのだと思う。
だからこそ――シメオン様の命にそのまま従うわけにはいかない。私は私なりの薬を作って結果を出し、必ずや彼に認めさせてみせる。
改めて決意していると、扉がノックされる音に気付いた。
「はい。どうぞ」
返事をすると、クラリスさんが遠慮がちに入って来た。けれどすぐに苦みのある匂いに気付いて、少し顔をしかめた。
「ごめんなさい。薬草の匂いがきついですよね」
「いえ。申し訳ございません。実は私は、薬が苦手でして……」
「そうですよね。美味しい薬はあまりありませんし。――ところで何かご用でしょうか」
「あ、はい。エリーゼ様の邪魔をしないよう旦那様から仰せつかってはいたのですが、もうお昼もとうに過ぎてお茶の時間にまでなっておりますので、迷ったのですがお声をかけさせていただきました」
「そうでしたか」
久々の調合に夢中になっていて時が過ぎていたのに気付かなかった。そう言われてみればお腹が空いている。
「少しお休みになられませんか」
「そうですね。ではそういたします」
「それでは昼食の準備に行ってまいります」
「いえ。料理長さんもこれからは夕食の段取りもあるでしょうし、ご迷惑ですから、お茶だけ頂けますか」
クラリスさんは驚いたように目を見開いた。
「どうかされましたか?」
「いえ。承知いたしました。ではサロンのほうでご用意いたします」
「ここにお持ちいただいても構いませんよ」
「ですが」
目には見えないが、確かに漂っている薬草の香りを追うように、クラリスさんは土瓶に視線を移す。
「ここですと、薬を飲んでいる気分になられるかと」
「確かにせっかくお茶を淹れていただくのに、お茶の香りを台無しにしてしまいますね。考えが足りませんでした。申し訳ありません」
「い、いえ、そんな。それに少し気分を変えられたほうがよろしいかと思われます」
なぜか分からないが、クラリスさんはまるで感動したようにほんのり頬を赤く染めている。
「ええ。ではそういたします。よろしくお願いいたします」
「は、はい!」
私はクラリスさんの提案を呑んでサロンへと移動した。
サロンではお茶とともにお茶菓子のクッキーが用意された。
「エリーゼ様がお好きだとお聞きしましたので、お茶菓子をご用意いたしました」
「……え。あり、がとうございます」
誰に、と思ったけれど、それはシメオン様以外いないだろう。
私はクッキーを一枚取ると一口分かじった。サクサクした食感と優しい甘みが口に広がる。
シメオン様が分からない。私をお金で買った妻と言い、冷酷にも弟を人質に取って毒薬作りを私に強要するくせに、どこか気が引けている様子や気遣いが見え隠れしている。
私と目を合わせないのも、ご自分の目に私の姿を映すのが嫌なのではなくて、私の目にご自分の姿を映すのを避けているようにも思える。そう考えるのは、シメオン様からの視線を感じるのにそれに気付いて顔を向けると、視線を外されるからだ。
もしかして……後悔しているの?
そこまで考えて私はふっと笑みをこぼす。
「そんなことがあるわけはないわね」
我ながら浅はかな考えに自嘲していると、サロンの扉がノックされた。
クラリスさんが応じると、顔を見せたのは侍従長のブルーノさんだった。
「エリーゼ様にお客様が見えております。メイリーン・カーティス様とおっしゃるお方ですが、お約束はございますか」
メイリーンさん!
お世話になったのに最後ご挨拶ができず、心残りだった。来てくださるなんて。
「は、はい! 約束しておりました!」
「……かしこまりました。ではお通しさせていただきます」
約束なんてしていなかったけれど、ブルーノさんにそう言うと彼は礼を取って身を翻した。
「……ここが調合室ですか」
屋敷の一室をまるまる調合室に改装された部屋を見回して、私は思わず感嘆の声を上げた。
自分が開業していた薬舗よりも広く、備品や薬草がかなり豊富に用意されている。おまけに高くて手が出せなかった薬草集や治療指針の書物なども取り揃えられていた。また、換気のこともしっかり考えられた造りとなっている。
「とりあえずこちらで必要だと思われるものを揃えたが、足りないものがあれば言ってくれ。すぐに用意させる」
これだけの設備を整えるのは昨日、今日でできるものではない。もっと前から用意されていたはずだ。かつてこの屋敷には薬師がいたのか、あるいは私がシメオン様の申し出を受けると信じて疑わず、改装していたのか。もし後者だったら――頭に来る。
思わずシメオン様に振り返って睨みつけると、彼は少し怯んだ様子を見せた。
「何だ? 何か足りないものでも?」
「いえ。足りないものがあればまたお願いいたします」
「ああ。標的の資料は追って渡す。資料が揃うまでの間、福祉用の薬を作るなり、花毒の薬を開発するなり好きにすればいい」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
私は早速、本棚に手を伸ばして重そうな本を一冊取る。逸る気持ちを押さえながらひとまずパラパラと捲っていたけれど、視線を感じて顔を上げた。
「まだ何か? ――あ。失礼いたしました。お見送りでしょうか」
妻としての務めを果たしてもらうとシメオン様はおっしゃった。闇のお仕事のお手伝い以外の妻の務めも果たさなければならないのかもしれない。
「いや、それは……。ここでいい」
「承知いたしました。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
本を抱えたまま私は礼を取ると、シメオン様は何だか複雑そうな表情をした。
「では……よろしく頼む」
よろしく頼む?
妙な物言いだ。どことは分からないが、違和感を抱きながら私は頷いた。
「ふむふむ。なるほど。この薬草の組み合わせがあったとはね」
私は本を片手にぶつぶつと独り言をつぶやく。
ここひと月弱は店じまいなどに追われ、調合ができなかった。だから久々に自分で調合し、煎じて香り立つ薬草の匂いで心が浮き立った。やはり私にとって薬師は天職なのだと思う。
だからこそ――シメオン様の命にそのまま従うわけにはいかない。私は私なりの薬を作って結果を出し、必ずや彼に認めさせてみせる。
改めて決意していると、扉がノックされる音に気付いた。
「はい。どうぞ」
返事をすると、クラリスさんが遠慮がちに入って来た。けれどすぐに苦みのある匂いに気付いて、少し顔をしかめた。
「ごめんなさい。薬草の匂いがきついですよね」
「いえ。申し訳ございません。実は私は、薬が苦手でして……」
「そうですよね。美味しい薬はあまりありませんし。――ところで何かご用でしょうか」
「あ、はい。エリーゼ様の邪魔をしないよう旦那様から仰せつかってはいたのですが、もうお昼もとうに過ぎてお茶の時間にまでなっておりますので、迷ったのですがお声をかけさせていただきました」
「そうでしたか」
久々の調合に夢中になっていて時が過ぎていたのに気付かなかった。そう言われてみればお腹が空いている。
「少しお休みになられませんか」
「そうですね。ではそういたします」
「それでは昼食の準備に行ってまいります」
「いえ。料理長さんもこれからは夕食の段取りもあるでしょうし、ご迷惑ですから、お茶だけ頂けますか」
クラリスさんは驚いたように目を見開いた。
「どうかされましたか?」
「いえ。承知いたしました。ではサロンのほうでご用意いたします」
「ここにお持ちいただいても構いませんよ」
「ですが」
目には見えないが、確かに漂っている薬草の香りを追うように、クラリスさんは土瓶に視線を移す。
「ここですと、薬を飲んでいる気分になられるかと」
「確かにせっかくお茶を淹れていただくのに、お茶の香りを台無しにしてしまいますね。考えが足りませんでした。申し訳ありません」
「い、いえ、そんな。それに少し気分を変えられたほうがよろしいかと思われます」
なぜか分からないが、クラリスさんはまるで感動したようにほんのり頬を赤く染めている。
「ええ。ではそういたします。よろしくお願いいたします」
「は、はい!」
私はクラリスさんの提案を呑んでサロンへと移動した。
サロンではお茶とともにお茶菓子のクッキーが用意された。
「エリーゼ様がお好きだとお聞きしましたので、お茶菓子をご用意いたしました」
「……え。あり、がとうございます」
誰に、と思ったけれど、それはシメオン様以外いないだろう。
私はクッキーを一枚取ると一口分かじった。サクサクした食感と優しい甘みが口に広がる。
シメオン様が分からない。私をお金で買った妻と言い、冷酷にも弟を人質に取って毒薬作りを私に強要するくせに、どこか気が引けている様子や気遣いが見え隠れしている。
私と目を合わせないのも、ご自分の目に私の姿を映すのが嫌なのではなくて、私の目にご自分の姿を映すのを避けているようにも思える。そう考えるのは、シメオン様からの視線を感じるのにそれに気付いて顔を向けると、視線を外されるからだ。
もしかして……後悔しているの?
そこまで考えて私はふっと笑みをこぼす。
「そんなことがあるわけはないわね」
我ながら浅はかな考えに自嘲していると、サロンの扉がノックされた。
クラリスさんが応じると、顔を見せたのは侍従長のブルーノさんだった。
「エリーゼ様にお客様が見えております。メイリーン・カーティス様とおっしゃるお方ですが、お約束はございますか」
メイリーンさん!
お世話になったのに最後ご挨拶ができず、心残りだった。来てくださるなんて。
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