薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね

文字の大きさ
25 / 42

第25話 売られた喧嘩を買う

 ロザレス福祉施設へ訪問してから三日後、寄付金が揃ったとのことで、サリナス福祉施設へ訪問することになった。それと同時に今度こそ必要な薬について院長にお伺いする予定だ。またシメオン様に邪魔されなければ、の話だけれど。
 現在はシメオン様と二人、サロンで馬車の準備を待っている最中だ。

「本当に早く手配してくださったのですね。ありがとうございます。ロキ君が喜びます」
「ああ。それとこれを」

 そう言ってシメオン様が私に差し出したのは一枚のハンカチだった。
 私は戸惑いながら流れのままシメオン様からハンカチを受け取る。

「これは?」
「先日、少年の傷の応急処置に君のハンカチを使っただろう。ないと不便だと思って用意した」
「あり、がとうございます?」

 シメオン様は、私がロキ君の手当てに使ったハンカチ一枚しか持っていないだろうと思ったのだろうか。それならそれで一枚と言わず、もっと下さったって……。

「あら?」

 ハンカチに視線を落として気付いた。

「このハンカチ」
「……何だ」
「昔、私が人から頂いて持っていたハンカチと似ているなと思いまして」

 ハンカチの角に美しい模様が描かれた二つの円が刺繍されている。これは手鞠と呼ばれる東洋のおもちゃだったと記憶している。

「父の知人が東の国に訪れた時に、美しい手鞠に感銘を受けた夫人が持ち帰り、それを元に刺繍したとおっしゃっていた気がします。今、世間では東洋風が流行っていると聞きますから、このような図柄のハンカチも販売されるようになったのですね」

 これまでぎりぎりの生活だったので、私は本当に必要最低限の物しか買わなかったけれど、そういった話だけはよく耳にしていた。

「今、そのハンカチは?」
「え? ああ。それが大事にしていたのですが、いつの間にか無くしてしまいまして」
「無くした?」

 シメオン様はぴくりと眉を上げた。
 せっかくくれてやったのに、自分が渡したものまで不注意で無くす気じゃないだろうなと思われたのだろうか。

「い、いえ。無くしたと言うより、いつの間にか姿が見なくなったなあと」

 それを無くしたと人は言う、と指摘が入らないことを祈る。

「あ! もしかしたら実家の棚の奥に仕舞い込んであるかもしれません。きっとそうです!」

 何だか静かに見据えられているので、慌ててそう付け加えた。

「……先日のように応急処置に使われたんじゃないのか。誰かが転んだか何かで怪我を負って」
「え?」

 やたらとハンカチの行方を追いたがるのはなぜなのか。――はっ。そうか。なるほど。
 せっかく私がくれてやったんだから、無くないようにすることは当然ながら、くれぐれも粗末に扱うんじゃないぞと警告しているのか。やけに回りくどい言い方をするものだ。

「かしこまりました。棚の奥底で大事に保管しておきます」

 ないと不便だからと言いながら、使ってはいけない物を下さるなんて、なんて不親切な方だろう。

「なぜそんな話になる? 君は存外鈍感なのだな」
「はい?」

 シメオン様は白けた目を向けてきたので、今度は私が片眉を上げてみせた。

「鈍感などと言われたのは生まれてこの方、初めてですが?」
「そうか。今日、己を知る機会を得ることができて良かったな」
「いいえ? 己のことなど世界で一番私が存じております」

 自信もって胸に手を当てて主張する。

「世界で一番とは大きく出たな。君は一体自分の何を知っていると言うんだ」
「すべてですよ、すべて」
「すべてが聞いて呆れるな」

 何やら喧嘩を売っているようですね。いいでしょう。高く買ってさしあげましょう。
 私はふてぶてしく腕を組んでみせた。

「そこまで言うからには、旦那様は私が知らない私をご存知ということですよね。私の何をご存知なのかおっしゃってください?」
「それは――」

 饒舌だったシメオン様が急に言葉に詰まる。
 反論できないということだ。なぜ私に勝てると思ったのか。
 私が勝ち誇った顔でもしていたのだろう。シメオン様は少しご機嫌を損ねた目で私を見た。

「……君。何だか急に性格が変わっていないか?」
「それに関しては、旦――シメオン様に負けますが?」

 敢えてシメオン様と言い直す。
 この話に主従とかは関係ないのだ。

「これまでの君は猫を被っていたんだな」
「それをおっしゃるなら、お店でお会いしていた時のシメオン様は、入浴後の猫でしたね」
「入浴後の猫?」

 なぜか入浴後にすり寄って来る猫のように!
 シメオン様は眉をひそめたけれど、さすがにこの言葉は心の中だけに留めておいた。

「私が猫に例えられるなんて、生まれてこの方、初めてだぞ?」
「そうですか。今日、初めての機会を得ることができて、おめでとうございます」

 先ほどシメオン様に言われた言葉をもじって返す。そもそも先に猫に例えてきたのはそちらではないか。
 二人で静かな睨み合いを続けていると。

「恐れ入ります、旦那様。馬車のご用意ができました」

 気付けば部屋に入って来たブルーノさんがまるで仲裁に入るかのように、そう言った。
 私がブルーノさんを見ると、旦那様を勘弁してさしあげてくださいと言わんばかりに一度意識的に瞬きした。
 仕方がない。ブルーノさんに免じてここは私が折れることにしよう。

「そういうことだ。行くぞ」
「そういうことだそうです。参りましょう」

 もしかしたら私と同じく、こちらが折れてやろうとでも考えていたのだろうか。シメオン様も同時に言葉を発し、また私たちは静かに睨み合いする。

「……旦那様」

 呆れたようなブルーノさんがシメオン様をたしなめる口調で呼ぶと、シメオン様は咳払いした。

「ああ。では行こう」

 シメオン様は一時休戦の申し入れとして手を差し伸べたので、私はその手を取った。
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ
恋愛
​漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。 死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。 しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。 向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。 一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?

恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました

あい
恋愛
両親を失ったあの日、 赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。 それが、アリア。 世間からは「若い母」と呼ばれながらも、 彼女は否定しなかった。 十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。 恋も未来も、すべて後回し。 けれど弟は成長し、ついに巣立つ。 「今度は、自分の人生を生きて」 その一言が、 止まっていた時間を動かした。 役目を終えた夜。 アリアは初めて、自分のために扉を開く。 向かった先は、婚姻仲介所。 愛を求めたわけではない。 ただ、このまま立ち止まりたくなかった。 ――けれどその名前は、 結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。 これは、 十六年“母”だった女性が、 もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。

【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~

夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」 婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。 「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」 オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。 傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。 オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。 国は困ることになるだろう。 だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。 警告を無視して、オフェリアを国外追放した。 国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。 ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。 一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。

まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。 理由は、お家騒動のための避難措置である。 八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。 ★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。 ☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。 ☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆