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第27話 お人好し院長
ロキ君が扉をノックし、院長に声をかける。
「院長、お客様です」
「そう。お通ししてくれるかい」
「はい。――どうぞ」
ロキ君が扉を大きく開いてくれると、すでに立ち上がっていた院長は私たちを迎えてくれた。
「こんにちは。ようこそいらっしゃいました」
「こんにちは。失礼いたします」
「失礼いたします」
私たちは自己紹介しながら院長に挨拶を交わすと、ロキ君が私たちに手のひらを向けた。
「院長、この人たちが僕に施設に戻りなさいと言ってくれた人なんだ」
「そうでしたか! ロキの怪我を手当してくださったとも聞いております。誠にありがとうございました」
院長は三十半ばくらいだろうか。眼鏡の奥の垂れ目が優しそうだ。
「まずはどうぞおかけください」
私たちにソファーを勧めてくださったので、シメオン様と共に腰をかける。
院長はロキ君にも自分の隣に座るように言って、自身も腰を下ろした。
「本日はロキの様子を見に来てくださったのでしょうか?」
「それもあるのですが、本日は寄付と共に」
シメオン様は私のほうをちらりと見たので、私は自分の口で続きを言うことにした。
「もし薬がご入用でしたら、伺いたいと思いまして」
「薬ですか」
「ええ。福祉の一環としまして、お薬の提供ができればと思い、参りました。知人に薬師がおり、ご要望があれば苦みの少ないお薬もご提供できるかと」
「それはとてもありがたいです。薬は高くて手に入りにくいことも多いですが、何より子供たちが嫌がって飲まないものですから」
院長は輝くような笑顔で何度も頷いた。
「良かったです。では後で、この施設の子供さんがよくかかる病気やご年齢や体質などをお教えいただければと思います」
「ええ! ありがとうございます」
「続きまして」
話を振るためにシメオン様を見る。
「寄付につきましては私からお話しさせていただきます」
そう言ってシメオン様は有価証券を院長に向けて差し出した。
「これは……」
院長は失礼いたしますとテーブルから持ち上げて視線を落とす。一度眉をひそめると眼鏡のフレームを指で直しながら書かれている数字を再度確認した後、驚いて顔を上げた。
「こ、こんなにご寄付していただけるのですか?」
横にいるロキ君も覗き込んで目を丸くしている。
「ええ。こちらは子供さんがたくさんいるとお伺いしたものですから、ぜひ活用していただければと」
「……こんなにたくさんのご寄付、誠にありがとうございます」
院長はいたく感動したご様子でお礼を述べられた――が。
「アランブール伯爵の多大なるご厚意に深く感謝いたします。ですが、最近、国から派遣された調査員の方がこの地域の視察に訪れているというお話を耳にしました。きっとうちにも間もなく来てくださることでしょう。そうすればうちの現状を知っていただけますし、補助金の増額を検討していただけるはずです。ですからこちらはまだ調査員の方の手の届かぬ地域の施設へお納めいただければ」
証券をテーブルに置いて押し返す院長に、シメオン様は少々呆れたような引きつった笑みを浮かべた。
私の表情もきっとそれに近い。多額のお金を目にして他へどうぞとは。この方は、予想以上に人が良すぎる……。
心なしか院長に後光がさしているような気がする。――ああ。お金でほいほい付いて行った私にこの方は眩しすぎる。許されるのならば今すぐにでも両手を組んで膝をつき、頭を垂れて祈りたい気分だ。
一方、苦笑いしているロキ君が自分の口の横に手を立てると、私に向けて唇を動かす。
ね。お人好しでしょ、と読めた。私は大きく頷いた。
シメオン様はコホンと一つ咳払いする。
「いえ。ですがお金などたくさんあっても困るものではありませんし、増額が検討され、決定されてから給付されるまでは時間がかかります。その間もお金は必要なはずです。子供たちの生活の質の向上はもちろんのことですが、院長や職員の支えがあってこその運営なのですから、ぜひご自分と職員の方々にもお労いください。それに職員の負担を減らすためにも人員を増やされるのも良いでしょう」
調査員が近辺を視察に訪れているというのは、今回シメオン様がロザレス福祉施設に密偵を送り込むために流した噂だ。調査員がすぐに来ることはないと知っているシメオン様は、ここは何が何でも受け取ってもらわないといけないと考えていることだろう。
「そ、そうでしたね」
院長はシメオン様のご説明で大きく見開いた目から鱗が落ちたらしく、しっかりと頷いた。
「お恥ずかしく、浅はかな考えでした。そうですね。職員も私と同じ気持ちでいてくれていると、彼らの善意に甘え切っておりました。日頃の感謝の気持ちを示さなければいけませんね。それにおっしゃる通り、人員を増やして職員の負担を減らしたいと思います。誠にありがとうございます。ではありがたく頂戴し、活用させていただきます」
この分だと、今後、本当に調査員が訪れた時にシメオン様が寄付した金額も、生活用途や給与の明細もすべて正確に差し出すのだろうなと思った。下手すると、増額の話が出たとしても辞退するかもしれない。
「あの。こちらの寄付金も永遠ではありませんので、今後調査が入った際に増額を提案されるようなことがありましたら、お受けになることをお勧めいたします」
思わずお勧めしてしまった。
「はい。ありがとうございます」
「――ところで次にロザレス福祉施設にも訪れたいと考えているのですが、院長はどんな方ですか?」
シメオン様が尋ねる言葉にロキ君が眉根を寄せるのが見え、私は唇に指を当てて片目を伏せた。
「ラザールさんですね。ええ。とても親切な優しいお方です。うちの施設が子供たちで一杯なのを気遣ってくださって、少しの間でも手がかかる十二、三歳の子供さんをお預かりいたしましょうかと、昨日もお声をかけていただいたばかりなのですよ。副院長がお気持ちだけありがたく頂戴いたしますと言ってお断りしたのですが」
ああ。院長は、人を疑うことのない本当の本当に底抜けのお人好しだった……。
「院長、お客様です」
「そう。お通ししてくれるかい」
「はい。――どうぞ」
ロキ君が扉を大きく開いてくれると、すでに立ち上がっていた院長は私たちを迎えてくれた。
「こんにちは。ようこそいらっしゃいました」
「こんにちは。失礼いたします」
「失礼いたします」
私たちは自己紹介しながら院長に挨拶を交わすと、ロキ君が私たちに手のひらを向けた。
「院長、この人たちが僕に施設に戻りなさいと言ってくれた人なんだ」
「そうでしたか! ロキの怪我を手当してくださったとも聞いております。誠にありがとうございました」
院長は三十半ばくらいだろうか。眼鏡の奥の垂れ目が優しそうだ。
「まずはどうぞおかけください」
私たちにソファーを勧めてくださったので、シメオン様と共に腰をかける。
院長はロキ君にも自分の隣に座るように言って、自身も腰を下ろした。
「本日はロキの様子を見に来てくださったのでしょうか?」
「それもあるのですが、本日は寄付と共に」
シメオン様は私のほうをちらりと見たので、私は自分の口で続きを言うことにした。
「もし薬がご入用でしたら、伺いたいと思いまして」
「薬ですか」
「ええ。福祉の一環としまして、お薬の提供ができればと思い、参りました。知人に薬師がおり、ご要望があれば苦みの少ないお薬もご提供できるかと」
「それはとてもありがたいです。薬は高くて手に入りにくいことも多いですが、何より子供たちが嫌がって飲まないものですから」
院長は輝くような笑顔で何度も頷いた。
「良かったです。では後で、この施設の子供さんがよくかかる病気やご年齢や体質などをお教えいただければと思います」
「ええ! ありがとうございます」
「続きまして」
話を振るためにシメオン様を見る。
「寄付につきましては私からお話しさせていただきます」
そう言ってシメオン様は有価証券を院長に向けて差し出した。
「これは……」
院長は失礼いたしますとテーブルから持ち上げて視線を落とす。一度眉をひそめると眼鏡のフレームを指で直しながら書かれている数字を再度確認した後、驚いて顔を上げた。
「こ、こんなにご寄付していただけるのですか?」
横にいるロキ君も覗き込んで目を丸くしている。
「ええ。こちらは子供さんがたくさんいるとお伺いしたものですから、ぜひ活用していただければと」
「……こんなにたくさんのご寄付、誠にありがとうございます」
院長はいたく感動したご様子でお礼を述べられた――が。
「アランブール伯爵の多大なるご厚意に深く感謝いたします。ですが、最近、国から派遣された調査員の方がこの地域の視察に訪れているというお話を耳にしました。きっとうちにも間もなく来てくださることでしょう。そうすればうちの現状を知っていただけますし、補助金の増額を検討していただけるはずです。ですからこちらはまだ調査員の方の手の届かぬ地域の施設へお納めいただければ」
証券をテーブルに置いて押し返す院長に、シメオン様は少々呆れたような引きつった笑みを浮かべた。
私の表情もきっとそれに近い。多額のお金を目にして他へどうぞとは。この方は、予想以上に人が良すぎる……。
心なしか院長に後光がさしているような気がする。――ああ。お金でほいほい付いて行った私にこの方は眩しすぎる。許されるのならば今すぐにでも両手を組んで膝をつき、頭を垂れて祈りたい気分だ。
一方、苦笑いしているロキ君が自分の口の横に手を立てると、私に向けて唇を動かす。
ね。お人好しでしょ、と読めた。私は大きく頷いた。
シメオン様はコホンと一つ咳払いする。
「いえ。ですがお金などたくさんあっても困るものではありませんし、増額が検討され、決定されてから給付されるまでは時間がかかります。その間もお金は必要なはずです。子供たちの生活の質の向上はもちろんのことですが、院長や職員の支えがあってこその運営なのですから、ぜひご自分と職員の方々にもお労いください。それに職員の負担を減らすためにも人員を増やされるのも良いでしょう」
調査員が近辺を視察に訪れているというのは、今回シメオン様がロザレス福祉施設に密偵を送り込むために流した噂だ。調査員がすぐに来ることはないと知っているシメオン様は、ここは何が何でも受け取ってもらわないといけないと考えていることだろう。
「そ、そうでしたね」
院長はシメオン様のご説明で大きく見開いた目から鱗が落ちたらしく、しっかりと頷いた。
「お恥ずかしく、浅はかな考えでした。そうですね。職員も私と同じ気持ちでいてくれていると、彼らの善意に甘え切っておりました。日頃の感謝の気持ちを示さなければいけませんね。それにおっしゃる通り、人員を増やして職員の負担を減らしたいと思います。誠にありがとうございます。ではありがたく頂戴し、活用させていただきます」
この分だと、今後、本当に調査員が訪れた時にシメオン様が寄付した金額も、生活用途や給与の明細もすべて正確に差し出すのだろうなと思った。下手すると、増額の話が出たとしても辞退するかもしれない。
「あの。こちらの寄付金も永遠ではありませんので、今後調査が入った際に増額を提案されるようなことがありましたら、お受けになることをお勧めいたします」
思わずお勧めしてしまった。
「はい。ありがとうございます」
「――ところで次にロザレス福祉施設にも訪れたいと考えているのですが、院長はどんな方ですか?」
シメオン様が尋ねる言葉にロキ君が眉根を寄せるのが見え、私は唇に指を当てて片目を伏せた。
「ラザールさんですね。ええ。とても親切な優しいお方です。うちの施設が子供たちで一杯なのを気遣ってくださって、少しの間でも手がかかる十二、三歳の子供さんをお預かりいたしましょうかと、昨日もお声をかけていただいたばかりなのですよ。副院長がお気持ちだけありがたく頂戴いたしますと言ってお断りしたのですが」
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