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第34話 偶然の出会い
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私はシメオン様のエスコートを受け、馬車から降りて地に足を付けると、地面が揺れるのを感じた。
「大丈夫か」
「え? 私ですか? 地面ではなく、私が揺れているのですか?」
「ああ」
「そうですか。では大丈夫ではないようです」
どうやらわたしは自分で思っていたよりも緊張しているようだ。しまった。安定剤でも服用してくるべきだった。
「私が側にいるから心配しなくていい。あなたは私が守る」
「……え? 今、何と?」
生まれたての子鹿さんのように震える足に視線を落としていた私は顔を上げた。
「――あ、いや。相手がアルナルディ侯爵だと思うから緊張するのだろう。店の客だとでも思えばいい。患者だと」
「患者ですか。……なるほど」
患者。相手は患者。アルナルディ侯爵は患者。ならば私は審査される側ではなく、私がアルナルディ侯爵を観察する立場だ。アルナルディ侯爵は患者、患者、患者。――よし。
心と足に力が戻って来た。
「ありがとうございます。旦那様のお言葉のおかげです。私がアルナルディ侯爵を観察する立場だと思ったら落ち着きました」
「そうか。……それは良かったな」
シメオン様は何だか複雑そうな表情で小さく笑った。
「では行こう」
「はい」
促されて踏み出した足はもう震えなかった。
足を踏み入れたアルナルディ侯爵家の内装もまた整然としており、配色も全体的に暗い色が使われている。重厚さを演出している部分もあるが、やはり何となく人を拒否するような雰囲気だ。アランブール家もそうだったけれど、赤色にしてもなぜこんなに暗い朱色を選ぶのだろうか。まるで血の色――はっ。
「血しぶきが飛んでも分からないようにするため?」
「重要なところ、全部口から出ているぞ」
「あ。失礼いたしました」
シメオン様に注意されて私は慌てて口を両手で押さえた。
案内してくれている侍従長さんと思われる方は、私たちがこそこそと話をしていることも特に気にする様子なく、足を前に進める。歩調こそ合わせてくれているが、アランブール家のブルーノさんと比べて親しみやすさはない。もちろん初対面ということもあるが。
「こちらでございます」
足を止めた侍従長さんが、部屋の扉をノックし、中にいる当主に了承を取ると大きく開放した。
「どうぞお入りください」
いよいよご対面で、さすがに緊張がぶり返してきた。喉から心臓が飛び出しそうだ。
シメオン様は強張った表情の私に気付いたのだろう。気遣うように私の背中にそっと手を置く。
温かな手がまるで私を守ってくれる手のように思えて、ほっと肩の力が抜けた。
「行こう」
「はい」
シメオン様が失礼いたしますと入り、続いて私もシメオン様を倣いながら部屋に入る。
「シメオン・ラウル・アランブールが参りました」
「ああ。よく帰った。それでそちらが?」
「はい。私の婚約者です。エリーゼ、ご挨拶を」
こんな時なのにシメオン様から、エリーゼ嬢ではなく呼び捨てにされたことに胸がどくんと高鳴る。もしかしてアランブール家に入って初めてのことではないだろうか。ずっと君呼ばわりされていた気がする。あなた呼びもあったけれど。
「エリーゼ、アルナルディ侯爵にご挨拶を」
シメオン様に再び促され、我に返った私は慌ててスカートを広げて礼を取った。
「は、はい。初めてお目にかかります。エリーゼ・バリエンホルムでございます」
「そうか。よろしく。私はフェルナンド・カミロ・アルナルディだ。そして妻の」
「エレノア・ユーリ・アルナルディよ。よろしくね」
柔らかな女性の声にようやく顔を上げた私は、改めて前方をしっかりと見た。
正面にアルナルディ侯爵と侯爵夫人が座っている。アルナルディ侯爵は渋みがある凛々しい容貌の方で、侯爵夫人は華やかさと気品を兼ね備えた美しい方だった。シメオン様はお父様によく似ていらっしゃる印象だ。
続いてシメオン様の伯父様方から紹介を受ける。お二人は侯爵夫妻を中央に、左右に分かれて席に着いていた。
「僕はリベリオ・マルセル・アクロイドです。以後、どうぞお見知りおきを」
さらに右側の席に座る弟さんから笑顔で紹介を受けたが。
「は、はい。こちら――え? マ、マルセル・ブラウン様!?」
そのお顔を拝見して驚いた。私のお店に来てくださっていたお客様だったのだ。
彼はお母様の顔立ちに似た柔らかい容姿で、シメオン様とは似ていない。だからまったく気付かなかった。
「その名は市井に行く時に使っている名なんだ。それにしてもすごい偶然だね。まさか兄上の婚約者になるとは」
「二人は知り合いか?」
アルナルディ侯爵が尋ねるとリベリオ様が頷いた。
「はい。僕が市井でよく利用していた薬舗です。彼女の薬はよく効くのです。もしかして兄上も?」
「……ああ」
「へえ。それもすごい偶然だね。でも巷でちょっと有名だったもんね」
高位貴族の方の耳に届くまで有名だったかどうかは怪しいけれど、とにかくすごい偶然だ。……偶然なのだろう。
「まあ。ご兄弟そろってお知り合いだったとは、こんな偶然もあるものなのですね。わたくしも彼女とお話をしたいわ。よろしければわたくしもご紹介いただけないかしら」
それまで黙って見守っていたリベリオ様の婚約者さんが声をかけた。
「ああ。ごめんごめん。こちらは僕の婚約者です」
「ユスティーナ・オルコットと申します。どうぞよろしくお願いいたします。同じ年齢と聞いております。仲良くしてくださると嬉しいですわ」
そう言って微笑むユスティーナ様は、女性の色気があふれ出ているような艶やかな方だ。……同じ年齢なのか。
私は思わず自分の胸を見下ろしてしまった。
「大丈夫か」
「え? 私ですか? 地面ではなく、私が揺れているのですか?」
「ああ」
「そうですか。では大丈夫ではないようです」
どうやらわたしは自分で思っていたよりも緊張しているようだ。しまった。安定剤でも服用してくるべきだった。
「私が側にいるから心配しなくていい。あなたは私が守る」
「……え? 今、何と?」
生まれたての子鹿さんのように震える足に視線を落としていた私は顔を上げた。
「――あ、いや。相手がアルナルディ侯爵だと思うから緊張するのだろう。店の客だとでも思えばいい。患者だと」
「患者ですか。……なるほど」
患者。相手は患者。アルナルディ侯爵は患者。ならば私は審査される側ではなく、私がアルナルディ侯爵を観察する立場だ。アルナルディ侯爵は患者、患者、患者。――よし。
心と足に力が戻って来た。
「ありがとうございます。旦那様のお言葉のおかげです。私がアルナルディ侯爵を観察する立場だと思ったら落ち着きました」
「そうか。……それは良かったな」
シメオン様は何だか複雑そうな表情で小さく笑った。
「では行こう」
「はい」
促されて踏み出した足はもう震えなかった。
足を踏み入れたアルナルディ侯爵家の内装もまた整然としており、配色も全体的に暗い色が使われている。重厚さを演出している部分もあるが、やはり何となく人を拒否するような雰囲気だ。アランブール家もそうだったけれど、赤色にしてもなぜこんなに暗い朱色を選ぶのだろうか。まるで血の色――はっ。
「血しぶきが飛んでも分からないようにするため?」
「重要なところ、全部口から出ているぞ」
「あ。失礼いたしました」
シメオン様に注意されて私は慌てて口を両手で押さえた。
案内してくれている侍従長さんと思われる方は、私たちがこそこそと話をしていることも特に気にする様子なく、足を前に進める。歩調こそ合わせてくれているが、アランブール家のブルーノさんと比べて親しみやすさはない。もちろん初対面ということもあるが。
「こちらでございます」
足を止めた侍従長さんが、部屋の扉をノックし、中にいる当主に了承を取ると大きく開放した。
「どうぞお入りください」
いよいよご対面で、さすがに緊張がぶり返してきた。喉から心臓が飛び出しそうだ。
シメオン様は強張った表情の私に気付いたのだろう。気遣うように私の背中にそっと手を置く。
温かな手がまるで私を守ってくれる手のように思えて、ほっと肩の力が抜けた。
「行こう」
「はい」
シメオン様が失礼いたしますと入り、続いて私もシメオン様を倣いながら部屋に入る。
「シメオン・ラウル・アランブールが参りました」
「ああ。よく帰った。それでそちらが?」
「はい。私の婚約者です。エリーゼ、ご挨拶を」
こんな時なのにシメオン様から、エリーゼ嬢ではなく呼び捨てにされたことに胸がどくんと高鳴る。もしかしてアランブール家に入って初めてのことではないだろうか。ずっと君呼ばわりされていた気がする。あなた呼びもあったけれど。
「エリーゼ、アルナルディ侯爵にご挨拶を」
シメオン様に再び促され、我に返った私は慌ててスカートを広げて礼を取った。
「は、はい。初めてお目にかかります。エリーゼ・バリエンホルムでございます」
「そうか。よろしく。私はフェルナンド・カミロ・アルナルディだ。そして妻の」
「エレノア・ユーリ・アルナルディよ。よろしくね」
柔らかな女性の声にようやく顔を上げた私は、改めて前方をしっかりと見た。
正面にアルナルディ侯爵と侯爵夫人が座っている。アルナルディ侯爵は渋みがある凛々しい容貌の方で、侯爵夫人は華やかさと気品を兼ね備えた美しい方だった。シメオン様はお父様によく似ていらっしゃる印象だ。
続いてシメオン様の伯父様方から紹介を受ける。お二人は侯爵夫妻を中央に、左右に分かれて席に着いていた。
「僕はリベリオ・マルセル・アクロイドです。以後、どうぞお見知りおきを」
さらに右側の席に座る弟さんから笑顔で紹介を受けたが。
「は、はい。こちら――え? マ、マルセル・ブラウン様!?」
そのお顔を拝見して驚いた。私のお店に来てくださっていたお客様だったのだ。
彼はお母様の顔立ちに似た柔らかい容姿で、シメオン様とは似ていない。だからまったく気付かなかった。
「その名は市井に行く時に使っている名なんだ。それにしてもすごい偶然だね。まさか兄上の婚約者になるとは」
「二人は知り合いか?」
アルナルディ侯爵が尋ねるとリベリオ様が頷いた。
「はい。僕が市井でよく利用していた薬舗です。彼女の薬はよく効くのです。もしかして兄上も?」
「……ああ」
「へえ。それもすごい偶然だね。でも巷でちょっと有名だったもんね」
高位貴族の方の耳に届くまで有名だったかどうかは怪しいけれど、とにかくすごい偶然だ。……偶然なのだろう。
「まあ。ご兄弟そろってお知り合いだったとは、こんな偶然もあるものなのですね。わたくしも彼女とお話をしたいわ。よろしければわたくしもご紹介いただけないかしら」
それまで黙って見守っていたリベリオ様の婚約者さんが声をかけた。
「ああ。ごめんごめん。こちらは僕の婚約者です」
「ユスティーナ・オルコットと申します。どうぞよろしくお願いいたします。同じ年齢と聞いております。仲良くしてくださると嬉しいですわ」
そう言って微笑むユスティーナ様は、女性の色気があふれ出ているような艶やかな方だ。……同じ年齢なのか。
私は思わず自分の胸を見下ろしてしまった。
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