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第37話 密偵の妻として
「お、恐れながら申し上げます! わたくしは納得できません!」
そんな声を上げたのはユスティーナ様だ。
「確かに普通の家庭ならばそれで良いのでしょう。けれどわたくしどもの家系は、危険な仕事を請け負っているのです。一度たりとも失敗は許されないのです。今から素人を育成する余裕などないはずです!」
「なるほど。確かにユスティーナ嬢の言葉は間違っていないな。だが、エリーゼ嬢はすでに二件の仕事をこなしている。それは確かに密偵としての力ではないのかもしれないが、彼女なりの方法で結果を残しているのだ。それは事実として認めなければならない」
アルナルディ侯爵は事実を受け止めているだけ。どちらの肩入れも見られない。
「で、ですが、アルナルディ侯爵家はすべての密偵を統括する当主です。アルナルディ侯爵の妻が素人では、配下の者らに不安感と不信感を抱かせることになります」
「そうだな。だからこそ、これから本人の資質と成果、妻までを含めて総合的に審査していくことになる。その結果、シメオンが次期当主にふさわしい優れた人物であると判断されたとしても、エリーゼ嬢が足を引っ張るようならば、シメオンは脱落するだけだ。君にとってもそのほうがいいのでは?」
「で、ですから。わたくしは一族のことを思っており」
ユスティーナ様が胸に手を当てて懸命に主張する。
最初は私を貶めることで、シメオン様の評価を下げようと考えていたのかもしれない。けれど、私に言い負けて、ムキになっているように見える。アルナルディ侯爵もおっしゃるように、競う相手として素人の私のほうが彼女にとって都合がいいはずなのに。
彼女を見つめていると、横に座るリベリオ様と目が合った。彼は何を思ってか、笑顔で片目をまばたかせる。……ここにも一人、訳の分からない男性がいた。
「それについてシメオンは君以上に考えているだろう。考えた上で、エリーゼ嬢がこれから犯すかもしれない失態の全責任を負うつもりなのだろう。その覚悟を持って、彼女をこの世界に引き入れた。――シメオン、そうだな?」
「はい。おっしゃる通り、これから起こる全ての責任は私にあります」
アルナルディ侯爵の問いかけに頷くシメオン様の横顔に視線を移した。
私が失敗したことを何もかも背負う? どうして。絵空事だと笑いながら、実現させたいことのためにアルナルディ侯爵の当主を目指すとシメオン様は言っていたのに。
「僕からも一つよろしいでしょうか?」
それまで黙っていたリベリオ様が口を開いた。
ユスティーナ様は強ばっていた表情をほっと緩める。ようやく援護してくれるのかという表情のようにも見えた。
「ああ。いいだろう」
「ありがとうございます。父上がエリーゼ嬢を兄上の婚約者として認める意思は揺るがないということは理解できました。ただ、やはりユスティーナやおじ上の懸念も理解していただきたいと思います。不慣れな者がこの世界に足を踏み入れたという話は、想像以上に不安と悩みの種として、大きく波紋を広げていくでしょう。それが次期当主を争う人間の妻ならばなおのこと」
リベリオ様もまた反対するのかと思いきや。
「ですから、他の者を納得させるだけの機会をエリーゼ嬢に与えてあげてはいかがでしょうか」
そう言って私を擁護してくれた。
いや。一見、人当たりの良い笑顔で私を擁護してくれているように思えるけれど、何らかの結果を出してみせろと言っているのだろう。
「五日後にマドリガル伯爵が開くパーティーがありますよね。そこに最近、ダクト国との取引を始めようと密かに計画している貿易商のロレンソ・ブラードも出席する予定で、接触の機会が巡ってきます。彼から情報を聞き出すという仕事をユスティーナとエリーゼ嬢にさせるというのはいかがでしょうか」
「勝手なこと――」
リベリオ様はシメオン様に向き合う。
「兄上、これはエリーゼ嬢を周囲に認めさせるためのものだけではなく、アルナルディ侯爵の威信のためでもあるんだよ。アルナルディ侯爵の判断が間違っていたということになれば、当主としての適格が問われることになり、配下の人間の動揺と混乱を招くことになる」
「っ」
リベリオ様は、反論できずに言葉を詰まらせるシメオン様に微笑みかけると、アルナルディ侯爵にまた向き直った。
「今のところの調査では、彼は危険人物ではないと推測されています。接触に失敗したとしても大きな損害や危険性はありません。また、好色家だと聞いていますので、不慣れなエリーゼ嬢にとっても近付きやすい人物でしょう。どちらがいかに早く多くの情報を引き出せるか、競い合わせてみるのです。それでエリーゼ嬢がユスティーナと遜色ない結果を出したのならば、ユスティーナの不安も解消されるでしょう」
「ええ! おっしゃる通りですわ。彼女の実力をこの目で見ることができれば、わたくしも安心いたしますし、ユジン様やバロン様もお認めになられるでしょう」
話を振られたお二方は、少し戸惑いながらも頷いた。
「ということだが、エリーゼ嬢はどうだ」
一応、私の意見を聞いてくださるようだけれど、無理ですと答えることができるわけもない。
「エリーゼ」
シメオン様はまるで止めようとするかのように、私の手を強く握りしめた。
私は彼に微笑みで返すと、アルナルディ侯爵に向き直る。
「承知いたしました。シメオン様の妻として役割を果たしたいと思います」
「分かった」
アルナルディ侯爵が頷いた後にエレノア様が声を上げた。
「わたくしからも一言よろしいかしら。夫婦の形は人それぞれです。仕事の取り組み方も考え方も人それぞれ。息子ら二組のそれらは尊重していただけますか?」
エレノア様は、息子二人とおっしゃったけれど、シメオン様が考える私の立ち位置のことを慮ってくださったのだろう。お優しい方だ。
「もちろんだ。君たちのやり方は尊重する。結果さえ出せば、どんな手段を使ってもいい。集めた情報をまとめる時間も必要だろう。パーティー後より二日の猶予を与え、本日より七日後、君たちの結果を見せてもらおう」
アルナルディ侯爵はそう言って、この会合を締めくくった。
そんな声を上げたのはユスティーナ様だ。
「確かに普通の家庭ならばそれで良いのでしょう。けれどわたくしどもの家系は、危険な仕事を請け負っているのです。一度たりとも失敗は許されないのです。今から素人を育成する余裕などないはずです!」
「なるほど。確かにユスティーナ嬢の言葉は間違っていないな。だが、エリーゼ嬢はすでに二件の仕事をこなしている。それは確かに密偵としての力ではないのかもしれないが、彼女なりの方法で結果を残しているのだ。それは事実として認めなければならない」
アルナルディ侯爵は事実を受け止めているだけ。どちらの肩入れも見られない。
「で、ですが、アルナルディ侯爵家はすべての密偵を統括する当主です。アルナルディ侯爵の妻が素人では、配下の者らに不安感と不信感を抱かせることになります」
「そうだな。だからこそ、これから本人の資質と成果、妻までを含めて総合的に審査していくことになる。その結果、シメオンが次期当主にふさわしい優れた人物であると判断されたとしても、エリーゼ嬢が足を引っ張るようならば、シメオンは脱落するだけだ。君にとってもそのほうがいいのでは?」
「で、ですから。わたくしは一族のことを思っており」
ユスティーナ様が胸に手を当てて懸命に主張する。
最初は私を貶めることで、シメオン様の評価を下げようと考えていたのかもしれない。けれど、私に言い負けて、ムキになっているように見える。アルナルディ侯爵もおっしゃるように、競う相手として素人の私のほうが彼女にとって都合がいいはずなのに。
彼女を見つめていると、横に座るリベリオ様と目が合った。彼は何を思ってか、笑顔で片目をまばたかせる。……ここにも一人、訳の分からない男性がいた。
「それについてシメオンは君以上に考えているだろう。考えた上で、エリーゼ嬢がこれから犯すかもしれない失態の全責任を負うつもりなのだろう。その覚悟を持って、彼女をこの世界に引き入れた。――シメオン、そうだな?」
「はい。おっしゃる通り、これから起こる全ての責任は私にあります」
アルナルディ侯爵の問いかけに頷くシメオン様の横顔に視線を移した。
私が失敗したことを何もかも背負う? どうして。絵空事だと笑いながら、実現させたいことのためにアルナルディ侯爵の当主を目指すとシメオン様は言っていたのに。
「僕からも一つよろしいでしょうか?」
それまで黙っていたリベリオ様が口を開いた。
ユスティーナ様は強ばっていた表情をほっと緩める。ようやく援護してくれるのかという表情のようにも見えた。
「ああ。いいだろう」
「ありがとうございます。父上がエリーゼ嬢を兄上の婚約者として認める意思は揺るがないということは理解できました。ただ、やはりユスティーナやおじ上の懸念も理解していただきたいと思います。不慣れな者がこの世界に足を踏み入れたという話は、想像以上に不安と悩みの種として、大きく波紋を広げていくでしょう。それが次期当主を争う人間の妻ならばなおのこと」
リベリオ様もまた反対するのかと思いきや。
「ですから、他の者を納得させるだけの機会をエリーゼ嬢に与えてあげてはいかがでしょうか」
そう言って私を擁護してくれた。
いや。一見、人当たりの良い笑顔で私を擁護してくれているように思えるけれど、何らかの結果を出してみせろと言っているのだろう。
「五日後にマドリガル伯爵が開くパーティーがありますよね。そこに最近、ダクト国との取引を始めようと密かに計画している貿易商のロレンソ・ブラードも出席する予定で、接触の機会が巡ってきます。彼から情報を聞き出すという仕事をユスティーナとエリーゼ嬢にさせるというのはいかがでしょうか」
「勝手なこと――」
リベリオ様はシメオン様に向き合う。
「兄上、これはエリーゼ嬢を周囲に認めさせるためのものだけではなく、アルナルディ侯爵の威信のためでもあるんだよ。アルナルディ侯爵の判断が間違っていたということになれば、当主としての適格が問われることになり、配下の人間の動揺と混乱を招くことになる」
「っ」
リベリオ様は、反論できずに言葉を詰まらせるシメオン様に微笑みかけると、アルナルディ侯爵にまた向き直った。
「今のところの調査では、彼は危険人物ではないと推測されています。接触に失敗したとしても大きな損害や危険性はありません。また、好色家だと聞いていますので、不慣れなエリーゼ嬢にとっても近付きやすい人物でしょう。どちらがいかに早く多くの情報を引き出せるか、競い合わせてみるのです。それでエリーゼ嬢がユスティーナと遜色ない結果を出したのならば、ユスティーナの不安も解消されるでしょう」
「ええ! おっしゃる通りですわ。彼女の実力をこの目で見ることができれば、わたくしも安心いたしますし、ユジン様やバロン様もお認めになられるでしょう」
話を振られたお二方は、少し戸惑いながらも頷いた。
「ということだが、エリーゼ嬢はどうだ」
一応、私の意見を聞いてくださるようだけれど、無理ですと答えることができるわけもない。
「エリーゼ」
シメオン様はまるで止めようとするかのように、私の手を強く握りしめた。
私は彼に微笑みで返すと、アルナルディ侯爵に向き直る。
「承知いたしました。シメオン様の妻として役割を果たしたいと思います」
「分かった」
アルナルディ侯爵が頷いた後にエレノア様が声を上げた。
「わたくしからも一言よろしいかしら。夫婦の形は人それぞれです。仕事の取り組み方も考え方も人それぞれ。息子ら二組のそれらは尊重していただけますか?」
エレノア様は、息子二人とおっしゃったけれど、シメオン様が考える私の立ち位置のことを慮ってくださったのだろう。お優しい方だ。
「もちろんだ。君たちのやり方は尊重する。結果さえ出せば、どんな手段を使ってもいい。集めた情報をまとめる時間も必要だろう。パーティー後より二日の猶予を与え、本日より七日後、君たちの結果を見せてもらおう」
アルナルディ侯爵はそう言って、この会合を締めくくった。
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