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第38話 あなたに覚悟はおありですか
会合を終え、エレノア様にお礼を述べてシメオン様と帰ろうとしたら、時間差でアルナルディ侯爵とユジン様、バロン様に止められた。健康についての相談だった。それぞれの体質や体調を詳しく尋ね、後日、処方した薬を渡す手はずになった。
お礼は述べられたものの、ユスティーナ様との競い合いで手心は一切加えないことは咳払いとともに強調されながら。
「薬の処方を盾にもっと強気でいけばよかったかしら」
「声に出ているぞ、薬師」
「失礼いたしました」
私は口を手で覆う。
馬車の中で良かった。薬師、いや人間としての資質を問われるところだった。なお、シメオン様には人間性を疑われたかもしれない。
「今日は……ご苦労だった」
シメオン様からねぎらいの言葉を受けた。
「ありがとうございます」
「君を守ると言っておきながら、不甲斐なくてすまない」
はて。私を守るなどと言っていただろうか?
首を傾げた後、とりあえず首を振ってみた。
「いいえ。自分で守れる部分まで誰かに守ってもらおうとは考えていません。それよりも旦那様。旦那様のお考えをお聞かせいただけますか。先ほどおっしゃいましたよね。できる限り、私を密偵として表舞台に立たせないつもりだと。どういう意味でしょうか」
「……そのままの意味だ」
「それならば、なぜ私をこの世界に引き込んだのですか」
私から目を逸らすことはない。けれどシメオン様は口を固く閉ざす。
「では質問を変えます。私をこの世界に引き込んだせめてもの償いとして、そうお考えなのですか」
「償いか。償いという言葉は適していないだろうな」
シメオン様は自嘲で唇をゆがめた。
「とにかく今回の試験は、君は何もしなくていい。母が私の考えを理解し、父に許しを得てくださった。手段は問わないと。君が直接関わらなくても問題ないということだ」
私の問いかけには答えてくれないけれど、やはり私の身を案じているということなのだろうか。けれど……。
「私は確かにあなたにお金で買われた妻です。ですが私もまたあなたに売った側です。自分を売った時点で私にも責任は生じています。もしあなたが私を妻だとおっしゃるのならば、私はあなたが抱える荷物を分け合って持たなければなりません。最初の夜、おっしゃったではありませんか。妻としての務めを果たせと」
「違う。私はアランブール伯爵夫人としての務めを果たせと言った」
アランブール伯爵夫人としての務め? もしかして表向きの伯爵夫人としての役割を果たせと言った? 夫の裏稼業を支える妻ではなく。
何と……無器用な方だろう。そして分かりにくい!
「あなたの妻となった以上、裏も表も妻としての仕事を果たすのが私の使命です」
「その必要はない」
この頑固者!
私はふてぶてしく腕を組んでみせた。
「失礼ですね。隣に重い荷物を抱えて歩いている人がいて、私が気にせず手ぶらで楽々歩ける薄情な人間だとでもお思いですか」
「い、いや。そういうわけでは。だが、私には君を巻き込んだ責任がある」
シメオン様が自分に任せておけと言っているのだから、そうすればいいだけなのに、私は何を言っているのだろうと頭の片隅で思う。
「いいですか? 今さら良い人ぶってはいけません。あなたはおっしゃったではありませんか。私を巻き込んだことを後悔するのは止めたと。そうです。そうしなければ私が報われません。振り上げた私の拳を下ろす先がなくなってしまいますもの」
冗談ぶって拳を作って振りかぶってみせたけれど、ただ私を真っ直ぐ見つめてくるシメオン様を見て私はそのまま拳をゆっくりと下ろし、膝の上に手を置いた。
「シメオン様。私が作る毒薬は本当に必要だったのですか? 本当に私の毒薬が必要だったのですか? 本当は、シメオン様ならそんなものがなくても対処できたのではありませんか?」
先ほど疑問に思ったことを尋ねると、シメオン様は諦めたように小さく笑った。
「……そうだな。私が欲したのは君が作る毒薬ではなかった。欲したのは――あなただ」
「え、きゃっ!?」
馬車が何かを踏み上げたのだろうか、突き上げられるように車内が大きく揺れ、前のめりになりかけた次の瞬間――私はシメオン様の腕の中にいた。
「も、申し訳ありません。あ、ありがとうございます。……シメオン様?」
いつまでも私を解放しないシメオン様に声をかける。
「そうだ。たとえあなたを傷つけても――あなたが欲しかった。憎まれたとしても私の側にいてほしかった」
「え……?」
どくどくと高鳴る鼓動は自分の鼓動なのか。それともシメオン様の鼓動なのか。体に熱が帯びるのは自分から発する熱なのか。私を抱きしめるシメオン様からの熱なのか。
「シ、メオン様」
小さく声をかけるとシメオン様は私を解放し、身を離した。
もしかしたら人の気配を感じたのかもしれない。直後、馬車の扉がノックされる。
シメオン様が窓を開けると、御者さんだったようだ。謝罪とともに大きな石に乗り上げたけれど馬車を確認したところ、問題ないのでこのまま運行するとの話だった。
私は驚きで馬車が止まったことすら気付かなかった。恥ずかしい。
「分かった。よろしく頼む」
シメオン様がそう言うと御者さんは戻り、シメオン様もまた私の向かい側に座り直した。
それから視線を交わすことなく、車内に沈黙が続く。息苦しくなった私は話しかけることにした。
「シメオン様。再度確認いたします。私はシメオン様の妻でしょうか。アランブール伯爵夫人であり、密偵の妻。そういうことでよろしいでしょうか」
まだ迷いがあるのだろうか。シメオン様は黙ったまま私を見る。
「いいえ。訂正いたします。私はすでに覚悟ができています。あなたにその覚悟はおありですか」
挑戦的に言うとシメオン様は目を瞠り、そして降参したかのように微笑む。
「本当にあなたには敵わないな。――そうだ。あなたはアランブール伯爵夫人であり、密偵の妻。私の妻だ」
「そうですか。ならば私はあなたを支え、守りましょう。そしてあなたもまた私を支え、守ってください」
私がシメオン様に手を差し伸べると、彼は戸惑いの表情を浮かべる。
「馬車の中も安全ではありません。側で私を支えてください」
「……ああ。分かった。私はあなたを支え、守ると誓う」
シメオン様は相好を崩すと、私の手を取って隣に腰かけた。
お礼は述べられたものの、ユスティーナ様との競い合いで手心は一切加えないことは咳払いとともに強調されながら。
「薬の処方を盾にもっと強気でいけばよかったかしら」
「声に出ているぞ、薬師」
「失礼いたしました」
私は口を手で覆う。
馬車の中で良かった。薬師、いや人間としての資質を問われるところだった。なお、シメオン様には人間性を疑われたかもしれない。
「今日は……ご苦労だった」
シメオン様からねぎらいの言葉を受けた。
「ありがとうございます」
「君を守ると言っておきながら、不甲斐なくてすまない」
はて。私を守るなどと言っていただろうか?
首を傾げた後、とりあえず首を振ってみた。
「いいえ。自分で守れる部分まで誰かに守ってもらおうとは考えていません。それよりも旦那様。旦那様のお考えをお聞かせいただけますか。先ほどおっしゃいましたよね。できる限り、私を密偵として表舞台に立たせないつもりだと。どういう意味でしょうか」
「……そのままの意味だ」
「それならば、なぜ私をこの世界に引き込んだのですか」
私から目を逸らすことはない。けれどシメオン様は口を固く閉ざす。
「では質問を変えます。私をこの世界に引き込んだせめてもの償いとして、そうお考えなのですか」
「償いか。償いという言葉は適していないだろうな」
シメオン様は自嘲で唇をゆがめた。
「とにかく今回の試験は、君は何もしなくていい。母が私の考えを理解し、父に許しを得てくださった。手段は問わないと。君が直接関わらなくても問題ないということだ」
私の問いかけには答えてくれないけれど、やはり私の身を案じているということなのだろうか。けれど……。
「私は確かにあなたにお金で買われた妻です。ですが私もまたあなたに売った側です。自分を売った時点で私にも責任は生じています。もしあなたが私を妻だとおっしゃるのならば、私はあなたが抱える荷物を分け合って持たなければなりません。最初の夜、おっしゃったではありませんか。妻としての務めを果たせと」
「違う。私はアランブール伯爵夫人としての務めを果たせと言った」
アランブール伯爵夫人としての務め? もしかして表向きの伯爵夫人としての役割を果たせと言った? 夫の裏稼業を支える妻ではなく。
何と……無器用な方だろう。そして分かりにくい!
「あなたの妻となった以上、裏も表も妻としての仕事を果たすのが私の使命です」
「その必要はない」
この頑固者!
私はふてぶてしく腕を組んでみせた。
「失礼ですね。隣に重い荷物を抱えて歩いている人がいて、私が気にせず手ぶらで楽々歩ける薄情な人間だとでもお思いですか」
「い、いや。そういうわけでは。だが、私には君を巻き込んだ責任がある」
シメオン様が自分に任せておけと言っているのだから、そうすればいいだけなのに、私は何を言っているのだろうと頭の片隅で思う。
「いいですか? 今さら良い人ぶってはいけません。あなたはおっしゃったではありませんか。私を巻き込んだことを後悔するのは止めたと。そうです。そうしなければ私が報われません。振り上げた私の拳を下ろす先がなくなってしまいますもの」
冗談ぶって拳を作って振りかぶってみせたけれど、ただ私を真っ直ぐ見つめてくるシメオン様を見て私はそのまま拳をゆっくりと下ろし、膝の上に手を置いた。
「シメオン様。私が作る毒薬は本当に必要だったのですか? 本当に私の毒薬が必要だったのですか? 本当は、シメオン様ならそんなものがなくても対処できたのではありませんか?」
先ほど疑問に思ったことを尋ねると、シメオン様は諦めたように小さく笑った。
「……そうだな。私が欲したのは君が作る毒薬ではなかった。欲したのは――あなただ」
「え、きゃっ!?」
馬車が何かを踏み上げたのだろうか、突き上げられるように車内が大きく揺れ、前のめりになりかけた次の瞬間――私はシメオン様の腕の中にいた。
「も、申し訳ありません。あ、ありがとうございます。……シメオン様?」
いつまでも私を解放しないシメオン様に声をかける。
「そうだ。たとえあなたを傷つけても――あなたが欲しかった。憎まれたとしても私の側にいてほしかった」
「え……?」
どくどくと高鳴る鼓動は自分の鼓動なのか。それともシメオン様の鼓動なのか。体に熱が帯びるのは自分から発する熱なのか。私を抱きしめるシメオン様からの熱なのか。
「シ、メオン様」
小さく声をかけるとシメオン様は私を解放し、身を離した。
もしかしたら人の気配を感じたのかもしれない。直後、馬車の扉がノックされる。
シメオン様が窓を開けると、御者さんだったようだ。謝罪とともに大きな石に乗り上げたけれど馬車を確認したところ、問題ないのでこのまま運行するとの話だった。
私は驚きで馬車が止まったことすら気付かなかった。恥ずかしい。
「分かった。よろしく頼む」
シメオン様がそう言うと御者さんは戻り、シメオン様もまた私の向かい側に座り直した。
それから視線を交わすことなく、車内に沈黙が続く。息苦しくなった私は話しかけることにした。
「シメオン様。再度確認いたします。私はシメオン様の妻でしょうか。アランブール伯爵夫人であり、密偵の妻。そういうことでよろしいでしょうか」
まだ迷いがあるのだろうか。シメオン様は黙ったまま私を見る。
「いいえ。訂正いたします。私はすでに覚悟ができています。あなたにその覚悟はおありですか」
挑戦的に言うとシメオン様は目を瞠り、そして降参したかのように微笑む。
「本当にあなたには敵わないな。――そうだ。あなたはアランブール伯爵夫人であり、密偵の妻。私の妻だ」
「そうですか。ならば私はあなたを支え、守りましょう。そしてあなたもまた私を支え、守ってください」
私がシメオン様に手を差し伸べると、彼は戸惑いの表情を浮かべる。
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