1 / 49
第1話 妹が私の婚約者と駆け落ち
しおりを挟む
「ブランシュが駆け落ち!?」
「こ、声が大きい!」
父は焦った様子で私の口を塞いだ。
「大声を出すんじゃない。いいね」
頷く私を見て父が私から離れると、青ざめてソファーにへたり込む母の姿を確認できた。
「ここにそう書いてある」
父はテーブルに置かれた手紙を顔まで上げて私に見せた。
本日パストゥール辺境伯に嫁ぐはずの双子の妹が、結婚式を放り出して駆け落ちしたと言う。……私の婚約者と。
準備のためにと追い出された私たちは親族控室で待っていた。
そろそろ準備できた頃だろうかと新婦控室にやって来たところ、部屋はもぬけの殻で一枚の置き手紙がテーブルに置いてあったのだ。
花嫁のいない大きな控室にぽつりとある華やかな純白のドレスが、あまりにも居心地が悪そうに見える。
「一体何がどうなって。アルマ」
父が声をかけると、ブランシェに付いていたはずの侍女のアルマは青を通り越して血色を失っていた。話によると、緊張からか神経質になっていたブランシェから少しだけ一人にしてほしいと頼まれて部屋を離れたらしい。
アルマを責めることなどできない。結婚を前に、不安が押し寄せて精神不安定になったブランシェを思いやって頼みを聞いただけなのだから。まさか逃げ出すなど夢にも思わなかっただろう。私たち家族にもこれまでそんな兆候の一つも見せなかったから予測など不可能だった。
ただ、ブランシェが私の婚約者に密かに想いを寄せていたことは私だって気づいていた。
「どうしましょう、どうしましょう」
母は両手で顔を包み込み、ただ同じ言葉を繰り返す。
それもそのはず。弱小貴族である家、ベルトラン子爵家の娘が辺境伯との結婚を放り出して逃げたとなると、お怒りを買うどころで済む話ではない。
国土防衛の指揮を執るお方だ。一度お会いした時のパストゥール辺境伯は落ち着いた口調と態度ではあったが、鋭い眼光で私を睨みつけてきた(本人は見ているだけかも)時は身をすくめてしまう程だった。元来は気性が荒いお方なのだろう。問答無用で一族郎党その場で斬り捨てられるかもしれない。
そこまで考えて背筋にぞっと寒気が走る。
「と、とにかくブランシェは急に体調が悪くなったと言って、本日の式を取り止めにしてもらうようパストゥール辺境伯に掛け合ってみよう」
「ですがあなた、そんなことをおっしゃっても一時しのぎにしかなりませんわ。まずはブランシェを見つけないと!」
「そ、それは確かにそうだが。アルマ、お前がブランシェから離れてからどれぐらい経つ?」
慌てる両親の様子をぼんやりと見つめる。
――ごめんなさい、アンジェリカ。
手紙の最後に小さく書かれた私への謝罪。
だから私も返すわ。ごめんなさい、ブランシェ。あなたは私が手にできなかった全てのものを手に入れていると思っていたけれど、あなたにとってそれらは重荷に過ぎなかったのかもしれない。息が詰まる思いだったのかもしれない。
あふれんばかりの才気も、人から向けられる羨望の眼差しも、私からの……醜い嫉妬の視線も。
私は彼女の苦悩を知っていて気付かないふりをしていたのかもしれない。だから、これは彼女が私に下した断罪なのかもしれない。
だとしたら。
「わたくしが代わりに嫁ぎます」
私はそれを真正面から受け止めよう。
「アンジェリカ!?」
「な、何を言うの、あなた」
両親は驚いた表情で私の顔を見た。
「ブランシェがいつ見つかるか分からない状況なのです。いつまでも顔を見せないことを不審に思われるのは時間の問題でしょう。このままではうちは大変なことになってしまいます」
さすがに斬り捨てるは大げさかもしれないが、相手は上級貴族だ。どんな報復を受けるか分からない。受けても文句は言えない。
「し、しかし、パストゥール辺境伯は魔力の高いブランシェをお望みされているんだぞ。お前では……」
ブランシェはよく、私が何度練習しても発動できない魔術を一度で習得してみせたものだ。彼女は双子なのに私と違って器用で努力しなくても優秀で、何もかも手にしていた。天賦の才も親の期待も気立ても。私が欲しくても決して手に入れられなかったもの全てだ。けれど唯一、私の婚約者だけは手に届かないものだった。
ブランシェは何もかも手放してもいいと考えるほど彼のことを想っていたのだろう。だから彼女は文字通り全てをなげうち、ついには彼の愛を勝ち取った。最後まで彼女には何一つ敵わなかった。
……最後まで?
最後とは誰が決めたの?
我知らず唇から笑みがこぼれていた。
「アンジェリカ?」
「分かっております。ですが、いくら結婚相手に高い魔力を求めているからと言って、騎士でもない女性を国境の最前線に放り込むことはしないでしょう」
おそらくパストゥール辺境伯はお世継ぎのために魔力の高いブランシェをお望みになっているはず。魔術を行使してみせろと要求してくることはない。
「何とか時間稼ぎしますから、お父様はその間にブランシェを探してください」
「探してどうするのだ」
私はあなたの断罪を快く受ける。けれどこれが最後じゃない。いつまでも負けてなんていられない。
「ブランシェが戻り次第、入れ替わります」
――あなたにまた返すわ。
「こ、声が大きい!」
父は焦った様子で私の口を塞いだ。
「大声を出すんじゃない。いいね」
頷く私を見て父が私から離れると、青ざめてソファーにへたり込む母の姿を確認できた。
「ここにそう書いてある」
父はテーブルに置かれた手紙を顔まで上げて私に見せた。
本日パストゥール辺境伯に嫁ぐはずの双子の妹が、結婚式を放り出して駆け落ちしたと言う。……私の婚約者と。
準備のためにと追い出された私たちは親族控室で待っていた。
そろそろ準備できた頃だろうかと新婦控室にやって来たところ、部屋はもぬけの殻で一枚の置き手紙がテーブルに置いてあったのだ。
花嫁のいない大きな控室にぽつりとある華やかな純白のドレスが、あまりにも居心地が悪そうに見える。
「一体何がどうなって。アルマ」
父が声をかけると、ブランシェに付いていたはずの侍女のアルマは青を通り越して血色を失っていた。話によると、緊張からか神経質になっていたブランシェから少しだけ一人にしてほしいと頼まれて部屋を離れたらしい。
アルマを責めることなどできない。結婚を前に、不安が押し寄せて精神不安定になったブランシェを思いやって頼みを聞いただけなのだから。まさか逃げ出すなど夢にも思わなかっただろう。私たち家族にもこれまでそんな兆候の一つも見せなかったから予測など不可能だった。
ただ、ブランシェが私の婚約者に密かに想いを寄せていたことは私だって気づいていた。
「どうしましょう、どうしましょう」
母は両手で顔を包み込み、ただ同じ言葉を繰り返す。
それもそのはず。弱小貴族である家、ベルトラン子爵家の娘が辺境伯との結婚を放り出して逃げたとなると、お怒りを買うどころで済む話ではない。
国土防衛の指揮を執るお方だ。一度お会いした時のパストゥール辺境伯は落ち着いた口調と態度ではあったが、鋭い眼光で私を睨みつけてきた(本人は見ているだけかも)時は身をすくめてしまう程だった。元来は気性が荒いお方なのだろう。問答無用で一族郎党その場で斬り捨てられるかもしれない。
そこまで考えて背筋にぞっと寒気が走る。
「と、とにかくブランシェは急に体調が悪くなったと言って、本日の式を取り止めにしてもらうようパストゥール辺境伯に掛け合ってみよう」
「ですがあなた、そんなことをおっしゃっても一時しのぎにしかなりませんわ。まずはブランシェを見つけないと!」
「そ、それは確かにそうだが。アルマ、お前がブランシェから離れてからどれぐらい経つ?」
慌てる両親の様子をぼんやりと見つめる。
――ごめんなさい、アンジェリカ。
手紙の最後に小さく書かれた私への謝罪。
だから私も返すわ。ごめんなさい、ブランシェ。あなたは私が手にできなかった全てのものを手に入れていると思っていたけれど、あなたにとってそれらは重荷に過ぎなかったのかもしれない。息が詰まる思いだったのかもしれない。
あふれんばかりの才気も、人から向けられる羨望の眼差しも、私からの……醜い嫉妬の視線も。
私は彼女の苦悩を知っていて気付かないふりをしていたのかもしれない。だから、これは彼女が私に下した断罪なのかもしれない。
だとしたら。
「わたくしが代わりに嫁ぎます」
私はそれを真正面から受け止めよう。
「アンジェリカ!?」
「な、何を言うの、あなた」
両親は驚いた表情で私の顔を見た。
「ブランシェがいつ見つかるか分からない状況なのです。いつまでも顔を見せないことを不審に思われるのは時間の問題でしょう。このままではうちは大変なことになってしまいます」
さすがに斬り捨てるは大げさかもしれないが、相手は上級貴族だ。どんな報復を受けるか分からない。受けても文句は言えない。
「し、しかし、パストゥール辺境伯は魔力の高いブランシェをお望みされているんだぞ。お前では……」
ブランシェはよく、私が何度練習しても発動できない魔術を一度で習得してみせたものだ。彼女は双子なのに私と違って器用で努力しなくても優秀で、何もかも手にしていた。天賦の才も親の期待も気立ても。私が欲しくても決して手に入れられなかったもの全てだ。けれど唯一、私の婚約者だけは手に届かないものだった。
ブランシェは何もかも手放してもいいと考えるほど彼のことを想っていたのだろう。だから彼女は文字通り全てをなげうち、ついには彼の愛を勝ち取った。最後まで彼女には何一つ敵わなかった。
……最後まで?
最後とは誰が決めたの?
我知らず唇から笑みがこぼれていた。
「アンジェリカ?」
「分かっております。ですが、いくら結婚相手に高い魔力を求めているからと言って、騎士でもない女性を国境の最前線に放り込むことはしないでしょう」
おそらくパストゥール辺境伯はお世継ぎのために魔力の高いブランシェをお望みになっているはず。魔術を行使してみせろと要求してくることはない。
「何とか時間稼ぎしますから、お父様はその間にブランシェを探してください」
「探してどうするのだ」
私はあなたの断罪を快く受ける。けれどこれが最後じゃない。いつまでも負けてなんていられない。
「ブランシェが戻り次第、入れ替わります」
――あなたにまた返すわ。
49
あなたにおすすめの小説
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
婚約破棄されたので、戻らない選択をしました
ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた
貴族令嬢ミディア・バイエルン。
だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、
彼女は一方的に婚約を破棄される。
「戻る場所は、もうありませんわ」
そう告げて向かった先は、
王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。
権力も、評価も、比較もない土地で、
ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。
指示しない。
介入しない。
評価しない。
それでも、人は動き、街は回り、
日常は確かに続いていく。
一方、王都では――
彼女を失った王太子と王政が、
少しずつ立ち行かなくなっていき……?
派手な復讐も、涙の和解もない。
あるのは、「戻らない」という選択と、
終わらせない日常だけ。
双子の妹は私に面倒事だけを押し付けて婚約者と会っていた
今川幸乃
恋愛
レーナとシェリーは瓜二つの双子。
二人は入れ替わっても周囲に気づかれないぐらいにそっくりだった。
それを利用してシェリーは学問の手習いなど面倒事があると「外せない用事がある」とレーナに入れ替わっては面倒事を押し付けていた。
しぶしぶそれを受け入れていたレーナだが、ある時婚約者のテッドと話していると会話がかみ合わないことに気づく。
調べてみるとどうもシェリーがレーナに成りすましてテッドと会っているようで、テッドもそれに気づいていないようだった。
永遠の誓いをあなたに ~何でも欲しがる妹がすべてを失ってからわたしが溺愛されるまで~
畔本グラヤノン
恋愛
両親に愛される妹エイミィと愛されない姉ジェシカ。ジェシカはひょんなことで公爵令息のオーウェンと知り合い、周囲から婚約を噂されるようになる。ある日ジェシカはオーウェンに王族の出席する式典に招待されるが、ジェシカの代わりに式典に出ることを目論んだエイミィは邪魔なジェシカを消そうと考えるのだった。
双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります
すもも
恋愛
学園の卒業パーティ
人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。
傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。
「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」
私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。
見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます
珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。
そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。
そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。
ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。
妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版
まほりろ
恋愛
国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。
食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。
しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。
アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。
その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。
ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。
※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日
※長編版と差し替えました。2025年7月2日
※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる