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第8話 やすやす眠れるほど私は神経が図太くない
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やはり食事作法が気になって、アレクシス様をちらちらと見て順番同じく食べていたことに気付かれて自分を倣わなくていいと言われたが、それ以外は滞りなく行われた。と言うよりむしろ美味しくて、途中からもりもり食べることに夢中になってしまった。
食事も終わり、湯浴みを済ませて夜が深まることで次の試練がやって来る。
つまり結婚後初めて訪れる夜、初夜というやつだ。
何を理由にするべきか色々迷っていたが、やはり月役のお話をするべきだろう。これなら七、八日は時間を稼げる。
アレクシス様は噂で聞いていたよりも恐ろしい方ではない(かもしれないがやはり違うかもしれない)ので、さめざめと泣いてみせれば許してくれるはず(多分)。
何はともあれ私の演技にかかっているのだ。
気合を入れて予想通りお姫様仕立ての寝室で待っていたが、ライカさんが申し訳なさそうに身を小さくして入ってきた。
「ライカさん、どうなさったのですか」
「旦那様から言付けを受けて参りました。本日はお一人でお休みくださいとのことです」
「え?」
「本日はブランシェ様がお疲れでしょうからとのことです」
確かに肉体的にも精神的にもとても疲れている。しかしこんなに気合を入れていたのに……。何だか拍子抜けした。でも断るつもりだったので、せっかくのご厚意を受けないわけがない。これでさらに一日、時間を稼げたということだ。
「承知いたしました」
「ごゆっくりお休みくださいませ」
「ありがとうございます。お休みなさい、ライカさん」
「はい。お休みなさいませ」
ライカさんは気遣うような笑みを浮かべて去って行った。
私は手元のランプを消すとベッドに入る。
慣れぬ香りに包まれ、慣れぬ枕に慣れぬ大きなベッドに身を任せることは不安で心細く、とてもではないが寝付けそうにない。私は見知らぬ地でのうのうと眠れるほど、図太い神経の持ち主ではな――――。
「おはようございます奥様、朝ですよ!」
「おはよ……おはようございます」
元気よくライカさんの声が降ってきて、ぼんやりしていた頭でも反射的に返事を返した。
おはようアルマと言いかけたが、ブランシェの身代わりとしてパストゥール家に嫁いできたことを瞬時に思い出した。
身を起こすとライカさんに笑顔を見せる。
「昨夜はしっかりとお休みになれましたか」
「……ええ。おかげさまで」
それはもう、ぐっすりと。
ライカさんがカーテンを開け、朝の光を入れて起こしてくれるまで完全に眠っていた。知らなかったが、どうやら私は意外に図太い神経をしているようだ。
「そうですか。良かったです。朝のご準備をお手伝いいたしますね」
「ありがとうございます」
ベッドから足を下ろして立ち上がると自分ができる範囲は自分で準備を行ったが、軽いお化粧と髪結いはライカさんにお願いすることにした。
「ご支度が終わったら朝食のご準備をしておりますので、食堂の方にご案内いたしますね」
「え? パストゥール家では朝食があるのですか!?」
思わず声が華やいでしまった。
実家では昼と夜の二食だけだ。所変わればと言うが、ここまで食生活まで違うだなんて。……嬉しい。
「ええ。何せ、旦那様は体も神経も張るお仕事でいらっしゃいますから。それでなくてもこのサザランス地区では皆、三食取っている所が多いかと思います」
「そうなのですね」
鏡の中のライカさんはにこにこ笑っているので、思わずこほんと咳払いした。
ブランシェとは体つきもよく似ているのに、彼女は少食なのだ。がっついて食べてはいけない。
「わ、わたくし、朝から食べられるかしら」
さっきの態度を誤魔化すために、不安げに自分のお腹を押さえてみせる。
「ブランシェ様は召し上がらないようでしたらお伝えしますが、お茶だけでも旦那様とご一緒されてはいかがですか?」
「……え」
ライカさんは私の食欲を見抜いている様子だが、敢えてそう言ったようだ。
目の前に食べ物があって、手を伸ばせば簡単に手に入るのに、素知らぬ顔してお茶だけ飲むだなんて何の拷問か。しかもそれが毎日続くのだ。目に毒過ぎる。
「い、いえ。わたくしはパストゥール家に嫁いできたのですもの。家のしきたりに従います。大丈夫。……朝食を頂きます」
ブランシェが少食? そんなものは知りません。
「承知いたしました」
ライカさんはくすくすと笑った。
朝の準備を終えると食堂へと向かった。
昨日と同じくアレクシス様は既に席についているが、彼の前にお茶が一つあるだけでテーブルにはまだ何も並べられていない。どうやら私を待っていてくれたようだ。
「おはようございます、アレクシス様。お待たせいたしました」
私は慌てて朝のご挨拶をする。
「いや。おはよう。昨夜はよく眠れたか」
「はい。ありがとうございます。おかげさまでぐっす――ゆっくりと眠ることができました」
「そうか。それは良かった」
そこで少し笑んでくれればなおいいのだが、座るように促すだけで彼の表情は変わらない。まあ、むすりと口を閉ざされるよりはいいと思う。
私が席に着くと、見計らったようにパンやサラダにスープ、メイン料理、瑞々しい果物などが次々と運ばれてくる。
朝からこんなにたくさんの量だなんて!
「無理しなくていいぞ」
目を丸くしている私にアレクシス様が声をかけてくる。
「いえ。お気遣いありがとうございます。大丈夫です」
きらきら瞳を輝かせていると、小さく笑うアレクシス様の声が耳に忍び込んできた。
食事も終わり、湯浴みを済ませて夜が深まることで次の試練がやって来る。
つまり結婚後初めて訪れる夜、初夜というやつだ。
何を理由にするべきか色々迷っていたが、やはり月役のお話をするべきだろう。これなら七、八日は時間を稼げる。
アレクシス様は噂で聞いていたよりも恐ろしい方ではない(かもしれないがやはり違うかもしれない)ので、さめざめと泣いてみせれば許してくれるはず(多分)。
何はともあれ私の演技にかかっているのだ。
気合を入れて予想通りお姫様仕立ての寝室で待っていたが、ライカさんが申し訳なさそうに身を小さくして入ってきた。
「ライカさん、どうなさったのですか」
「旦那様から言付けを受けて参りました。本日はお一人でお休みくださいとのことです」
「え?」
「本日はブランシェ様がお疲れでしょうからとのことです」
確かに肉体的にも精神的にもとても疲れている。しかしこんなに気合を入れていたのに……。何だか拍子抜けした。でも断るつもりだったので、せっかくのご厚意を受けないわけがない。これでさらに一日、時間を稼げたということだ。
「承知いたしました」
「ごゆっくりお休みくださいませ」
「ありがとうございます。お休みなさい、ライカさん」
「はい。お休みなさいませ」
ライカさんは気遣うような笑みを浮かべて去って行った。
私は手元のランプを消すとベッドに入る。
慣れぬ香りに包まれ、慣れぬ枕に慣れぬ大きなベッドに身を任せることは不安で心細く、とてもではないが寝付けそうにない。私は見知らぬ地でのうのうと眠れるほど、図太い神経の持ち主ではな――――。
「おはようございます奥様、朝ですよ!」
「おはよ……おはようございます」
元気よくライカさんの声が降ってきて、ぼんやりしていた頭でも反射的に返事を返した。
おはようアルマと言いかけたが、ブランシェの身代わりとしてパストゥール家に嫁いできたことを瞬時に思い出した。
身を起こすとライカさんに笑顔を見せる。
「昨夜はしっかりとお休みになれましたか」
「……ええ。おかげさまで」
それはもう、ぐっすりと。
ライカさんがカーテンを開け、朝の光を入れて起こしてくれるまで完全に眠っていた。知らなかったが、どうやら私は意外に図太い神経をしているようだ。
「そうですか。良かったです。朝のご準備をお手伝いいたしますね」
「ありがとうございます」
ベッドから足を下ろして立ち上がると自分ができる範囲は自分で準備を行ったが、軽いお化粧と髪結いはライカさんにお願いすることにした。
「ご支度が終わったら朝食のご準備をしておりますので、食堂の方にご案内いたしますね」
「え? パストゥール家では朝食があるのですか!?」
思わず声が華やいでしまった。
実家では昼と夜の二食だけだ。所変わればと言うが、ここまで食生活まで違うだなんて。……嬉しい。
「ええ。何せ、旦那様は体も神経も張るお仕事でいらっしゃいますから。それでなくてもこのサザランス地区では皆、三食取っている所が多いかと思います」
「そうなのですね」
鏡の中のライカさんはにこにこ笑っているので、思わずこほんと咳払いした。
ブランシェとは体つきもよく似ているのに、彼女は少食なのだ。がっついて食べてはいけない。
「わ、わたくし、朝から食べられるかしら」
さっきの態度を誤魔化すために、不安げに自分のお腹を押さえてみせる。
「ブランシェ様は召し上がらないようでしたらお伝えしますが、お茶だけでも旦那様とご一緒されてはいかがですか?」
「……え」
ライカさんは私の食欲を見抜いている様子だが、敢えてそう言ったようだ。
目の前に食べ物があって、手を伸ばせば簡単に手に入るのに、素知らぬ顔してお茶だけ飲むだなんて何の拷問か。しかもそれが毎日続くのだ。目に毒過ぎる。
「い、いえ。わたくしはパストゥール家に嫁いできたのですもの。家のしきたりに従います。大丈夫。……朝食を頂きます」
ブランシェが少食? そんなものは知りません。
「承知いたしました」
ライカさんはくすくすと笑った。
朝の準備を終えると食堂へと向かった。
昨日と同じくアレクシス様は既に席についているが、彼の前にお茶が一つあるだけでテーブルにはまだ何も並べられていない。どうやら私を待っていてくれたようだ。
「おはようございます、アレクシス様。お待たせいたしました」
私は慌てて朝のご挨拶をする。
「いや。おはよう。昨夜はよく眠れたか」
「はい。ありがとうございます。おかげさまでぐっす――ゆっくりと眠ることができました」
「そうか。それは良かった」
そこで少し笑んでくれればなおいいのだが、座るように促すだけで彼の表情は変わらない。まあ、むすりと口を閉ざされるよりはいいと思う。
私が席に着くと、見計らったようにパンやサラダにスープ、メイン料理、瑞々しい果物などが次々と運ばれてくる。
朝からこんなにたくさんの量だなんて!
「無理しなくていいぞ」
目を丸くしている私にアレクシス様が声をかけてくる。
「いえ。お気遣いありがとうございます。大丈夫です」
きらきら瞳を輝かせていると、小さく笑うアレクシス様の声が耳に忍び込んできた。
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