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第三章

■五月山修羅は潜入する

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 □修羅サイド□

 ジェンドにエスコートされ、濃紺のドレスを着て髪を結い上げたバルザクトを見て、修羅はその美しさに跪きそうになった。

 長身のジェンドに並んで遜色ない長身、すらりと伸びた背筋の美しい立ち姿は、その場に居た男女すべての視線を集めていた。
 そんなバルザクトをエスコートするジェンドも、さすが貴族というスマートな身のこなしで、修羅は敗北感に打ちのめされる。

 それ程に似合いの二人だった。

 その二人はダンスフロアでも人々を魅了する。
 長身の二人のキレのあるステップに周囲は圧倒され、修羅はギリギリと歯ぎしりした。

「お似合いですわねぇ」

 ほわほわとしたお嬢様のような口調でこぼされた言葉に、思わずそちらを睨んでしまう。

 まだ少女のような女性とは対照的に、彼女をエスコートしていた男は随分年配で、一瞬父親かとも思ったが、会話を聞くとどうやら彼女の夫のようだった。

 天然っぽい彼女に冷たい視線をチラリと向けた男は、口の端を捲る。

「お前とは違って、女の色気がある。お前もあのくらい色香があれば、私の食指も動くものを」
「……申し訳、ありません」

 消え入りそうな声とともに、存在そのものを消すかのように彼女は俯いて体をちいさくした。

 なんとなく、胸くその悪さを感じながら――そもそも、ここは売春斡旋の場所。彼女もまた、知らぬままあの男に商品として連れてこられたのだろうと察すれば、余計に胸くそが悪くなる修羅だった。斡旋の場とはいえ、すべての女性がそうなるというわけではない、純粋にアバンチュールを楽しみにきている者もいる。そういう人間には給仕が酒を渡しに行かないのだ、それを見て周囲の男達も把握し、ダンスに誘ったり、散策に誘ったりと当たり障りなく楽しむ。

 だが、彼女の手には給仕に渡されたグラスがあった。飲まなければ、最悪の事態にはならないのだが、この雰囲気で飲まぬという選択は難しそうだった。

 そっちに意識が取られている間に、バルザクトはジェンドと分かれていた。一瞬見失ったものの、壁際にあるひとり掛けのソファに優雅に座っているのを見つけてホッとする。

 だが、そんな彼女に何度も給仕が飲食物を勧めに行く。

 それを口にしてはいけないと、しっかりと伝えてあったお陰か、グラスを受け取ったもののそれに口を付けることなく、物憂げにフロアを見ている。だがその内心が焦れているのは修羅にもわかった、注視する視線が多いのだ、修羅が渡した意識阻害効果のある仮面に魔力を通してもその効果は低いだろう。

 とはいえ、ああして座っているだけならば安心だろう、なにせあの長身と存在感だ、おいそれと近づけもしない。

 だが、修羅の予想は外れ、バルザクトはグラスの酒を口にしてしまった。あれほど頑なに口にしなかったのに、急にだ。

 なにか訳があるのだろうと思ったものの、彼女が男に連れて行かれるのを見て、慌ててその後を追ったが、廊下に立つ見張りの男達が思いのほか多く、バルザクトの連れ込まれた部屋に押し入ることができない。

 第一騎士団長より、くれぐれも第一騎士団の任務の邪魔はするなとの厳命を受けているだけに……バルザクトの無事を祈りながら、近くで待機することしかできなかった。

 そして期待通り、バルザクトは無事に逃げおおせた。

 仮面の意識阻害効果を効かせて部屋を出たバルザクトの後を追い、先程見かけた天然そうな女性が連れ込まれる部屋にするりと入ったバルザクトに、慌てて修羅も部屋に入り込む。

 バルザクトが使っているものよりも高性能なステルス機能のついたレアアイテムを付けているお陰で、バルザクトにすら気付かれないのを良いことに、息を殺して成り行きを見つめる。

 腰が抜けたらしい女性を、女装したバルザクトが横抱きにする百合百合しい光景を拝み、それから女装したバルザクトの下でびくんびくんとのたうつ男に、若干のうらやましさを感じてしまった己の邪さを胸の中で念仏を唱えて押し殺す。

 ふらりとよろけたバルザクトを咄嗟に支えてしまったのは失敗だったが、気付かれたようすが無かったのでホッとして、ソファに寄りかかり目を閉じるバルザクトは束の間の休息を取ることにしたのか、穏やかな呼吸であるのに気付いて近づいた。

 長いまつげが閉じて仄かな明かりに影を落とす、僅かに上気した頬、そして薄く開いた朱塗りの唇が、あの日の記憶を呼び起こす。
 甘い、口付けだった。

 記憶に誘われるように、一度だけ、そっと唇を合わせる。薄く開いた唇から零れる吐息が自分の唇にかかり、ゾクリと背筋が震えた。

 これ以上は駄目だと自制心を総動員して体を離したとき、廊下から慌ただしい人の気配がして、バルザクトから距離を取った。
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