海のモグラ

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

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《海は教えてくれた》

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 海月は大荒れの海を果敢に泳いでいった。その泳ぎは生き抜く為に得たものである。泳ぎを教えてくれたのはもちろんモグラだ。
 今から十数年前、モグラは海月をプールに連れ行ってくれたのだ。その年はそこまで温暖化が進んでいなかったからか、今よりも暑くない日だった。しかし海月はプールに行ってみたかった。
『今年の夏も暑いですねぇ~。ここ○○プールでは……』
 テレビのアナウンサーが子どもたちに流れるプールは楽しいかだの、スライダーは面白かっただのを尋ねていた。海月は不意にその楽しそうな光景に心を躍らせていたのだ。
 プールというのは面白いのかな、なんてふと考えていた。「なぁ、海月?」小学三年生ぐらいの海月にモグラは傍へ寄り海月の願望を聞こうという仕草を見せる。
 すると海月はこう放った。「水を泳ぎたいですっ!」普段はお願いなど滅多にしない海月が瞳をキラキラさせて訴えかけていた。
 その時、海月はなにかを求めていたのかもしれない。水というなにかに。それから数日が経ち、二人は真夏日に区内のプールへ向かったのだ。
「暑いなぁ~」
「暑いですねぇ……」
 海はあるが海は遊泳用ではないようなので昔ながらの屋外プールへモグラと行った。モグラは浮き輪を持って来ていた。それが不思議で仕方がなかった。
 太陽がさんさんとしているなかでプールの水に足を入れた。思ったよりも冷たかったが、気持ちが良い。そのままモグラも入って遊んでいたのだが、モグラはどうしてだが水を恐れている気がした。だが構わずに海月はプールでバタ足の練習をしていたのだ。
「モグラさん、泳がないんですか?」
「う、うん……、泳ぐけど、さ。海月はその、――怖くないの?」
 今思えば、モグラがそこまで泳ぎが得意ではなかったからだからというのもあっただろう。浮き輪を持ってくるぐらいだ。
 だがそれ以前に、自分が、――海月が水を恐れているのではないかとモグラは感じていたのではないか。海月は大荒れの海を泳ぎながらふと思っていた。
 息継ぎは出来なくても、苦しさはない。死ぬことを恐れていないからかも知れない。あの頃から気づくべきだった。――それが自分の失われた感情であることを。
 海月は海中で海の表面を見た。海は程よく明るく、どこか海月を迎えている様子であった。海月はその様子を見て、海に身を沈める。
(この海は荒れている。でも、安心していいんだ……)
 海は海月を受け入れるようにしっとりと優しく海月を包み込んだ。海月は大荒れしていた海を見て思い出したのだ。自分の失われた感情を。自分が両親に捨てられた、悲しみ、憎しみ、つらみ……。でもそれ以前に海は教えてくれる。――広大な海はその感情でさえも大きな心で受け入れてくれると。
(わかったよ……。教えてくれて、ありがとう……!) 
 海月は泳いでいき海面上に上がった。やはり息継ぎをしたかったらしく身体が酸素を激しく求める。空は生気を求めるような白い光で海面を乱反射させていた。眩しいぐらいだ。そして海の流れは海月を受け入れるように穏やかであった。
 そこへ大きななにかがこちらへやってきた。大型のモグラのような容姿に本物のモグラではないと海月は察する。
 大型のなにかは海月に問いかける。
「海の供物よ。貴様はついにわかってしまったか。海のことを、海は偉大であることを……」
「……海の神、さまですか。その声は。モグラさんより大きいんですね」
「あの下等生物と一緒にするな。奴は私により、重傷を負っているだろう」
 海月は激しい憤りを感じた。しかし、それは海の神の思うつぼだと海月は瞬時に理解した。自分ができること。自分がこれから恩人であるモグラにできることを海月は逡巡させ、そして発した。
「そうか……。それなら、悲しいけど俺たちの為になるかな」
「なにを言っている? 海の供物よ。貴様はな、――私に捧げられるのだ!」
 巨大なモグラが大きな口を開けた。その口内はモグラとは思えぬほど鋭い歯がずらりと並んでいた。食べられたら激しい痛みで失神しもみくちゃにされて死ぬであろう。
 しかし海月は口元を少し緩めたのだ。「捧げるのは、あなたです」
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