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《悪夢》
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ゆらゆらと項垂れるままウツギは再び目を閉ざし、自身の世界へと逃亡した。
自分の身体が引き裂かれて皆が強張った顔をしたこと。
自分の流れ出るものが赤く染まらずに、ただただ透明な液であったこと。
――自分が草木に葬られた瞬間に、再生していく姿であったこと。
……あんなの嘘だ。嘘に決まっている。でも俺は、
――ネイチャードールだ。
ウツギの黒い心臓と白潤の左目が少しずつ開かれた。
「お、起きたか」
初めて出会った頃のように、楠が微笑んでいた。だが手元には湯気が浮かぶ熱いコーヒーではない。「ほら、まずは飲んどけ」そう告げられて匂いを嗅ぐと、甘いココアの濃厚な香りだった。ウツギは嬉しくなってコクリと飲み芳醇で甘美な液を飲み干し、「ぷはぁ~」なんて顔を緩めた。
どうやら相当美味しかったらしく、楠も微笑んで普段とは違い二杯目もコップに注ぎ込む。ウツギはふと呟いた。
「あれは……夢だったんですかね。だって俺、こうやって楠さんと話せるし」
「……ウツギ」
「だって、あれが夢じゃなかったら、みんなは、俺を……怪物か、なにか、――だって……!」
瞳が青くなり涙が出そうなほどであった。せっかく謝罪をして仲直りができたというのに。分かり合えたというのに。それなのに、あんな衝撃的な姿を見ておかしくならない――離れない人間の方が少ないはずだ。
それはなんとなく、ウツギ自身もわかっていた。自分はネイチャードールなんていう可愛らしい存在でも、ネイチャーブレインなんていう不思議な存在でもない。
――ただの化け物なのだ、そう痛感してしまう。
涙が込み上げて溢れてくる。
「うぅ……、別れたくっない……、離れたく、ない……ですっ……、――ひぃうっ!」
濃紺になる瞳から溢れ出す涙が止まらずにどうしようかと考えようとするウツギに――楠が強く抱擁した。驚いて目を見張り、視線を上げるウツギの左目を……楠は大きくて赤い舌でべろりと舐め上げたのだ。
「……っへ?」
途端に白潤の瞳になってなにがなんだわからずに顔を紅潮させるウツギは、樟の香りに抱かれてはまた抱き締められる。「お前が良い反応するから、可愛いくて仕方ねぇ」耳元で囁かれ、ウツギは身体を震わせて耳介に声を当てた。
「俺がみんなに見放されたら……先生が見てくれますか?」
すると楠は身体を離していやらしげに微笑んでは「それも最高だけど、俺はお前の未来も考えているからな」なんて言って、ウツギの細い髪を触る。
温かい手に触れてウツギは嬉しさを募らせる。そんなウツギに楠は「お前はここでおとなしく待っていろ。俺が来るまでドアを開けるなよ」白衣を着て出て行こうとする楠にどこへ行くのかを尋ねた。
「お前がちゃんと人間として生きる未来も築きたいんだよ、俺はな」
「でも、俺はもう――」
すると啄むような口づけをされた。そっと触れるキスにも関わらず右目が怒張するので、顔を赤くするウツギに「待っていろよ」そう伝えたのだ。
楠の言葉やキスや抱擁が脳裏に焼き付いているウツギは、頬をリンゴのように染めては「楠さんは……」少し恥ずかしそうな顔をした。
最近になって楠にはハグやキスをよくされるようになる。それは、この前の一件があってからだ。身体を重ね、キスを幾度もし、繋がった場所を想起してまた恥ずかしくなる。
――自分がいつの間にかこんなにも感情が豊かになったのかと思うと、嬉しくて堪らなった。
「これも楠さんのおかげか。――ふふっ!!」
身体を震わせて喜びの感情を表すウツギは踊りだそうとした。――コンコンとノックの音がして「ウツギ」その言葉を聞いてウツギは勢いよく扉を開け放った。
「楠さん!!」
「お~ウツギ。またどうしたんだ、急に」
大好きな楠の前だと犬のように甘えてしまうウツギではあったが……違和感を覚えた。楠からは樟脳の香りがしないし――薬品のような危険な香りがしたのだ。ウツギの瞳が濃紺に染まる。
とっさに身を離れようとした時には遅かった。「会いたかったよ、AB77―2005樹……」偽者が抱き締めるのでウツギは腹部に拳を入れて抵抗する。
顔をしかめる偽物にウツギは助けを呼ぼうとして……周囲を見た。周りは白衣の姿を着た男たちで溢れていたのだ。
「――やれ」
冷酷な偽者の声で男たちはウツギを捕まえて、腕になにかを注射で打ち込んだ。するとウツギは目を見開いたかと思えばぐったりとして倒れ込み……男たちに担ぎ込まれたのだ。
「これでよろしいですか、柳瀬所長。もうAB77―2005樹は……」
「なにを言っている。こいつは金の卵になったんだ。……それに、裏切り者の居場所も判明したしな」
ぐったりとしているウツギを見て片頬を上げた偽者は、みるみるうちに白髪で銀縁眼鏡の老人の姿となり「七変化の作用もこのぐらいか」などと告げている。
白衣姿の研究員が「これからどうしましょうか。楠の処遇もそうですがネイチャーブレインも……」柳瀬が手刀を掲げた。
「なに、右目を通して私たちも見たじゃないか。あいつはAB77―2005樹を追って元の場所へ戻る。……そしたらまた、研究が再開できる」
すると柳瀬は「紙とペンを」研究員に告げては差し出されたのでスラスラと書いていく。その達筆な字で記されて机に無慈悲に置かれ、ウツギを担いで去ってしまったのだ。
――君の大事なモノを奪ってあげた。君が研究室に戻ってくれば返してあげよう。柳瀬 龍一 ――
その書置きが発見される頃にはもぬけの殻だったのだ。
自分の身体が引き裂かれて皆が強張った顔をしたこと。
自分の流れ出るものが赤く染まらずに、ただただ透明な液であったこと。
――自分が草木に葬られた瞬間に、再生していく姿であったこと。
……あんなの嘘だ。嘘に決まっている。でも俺は、
――ネイチャードールだ。
ウツギの黒い心臓と白潤の左目が少しずつ開かれた。
「お、起きたか」
初めて出会った頃のように、楠が微笑んでいた。だが手元には湯気が浮かぶ熱いコーヒーではない。「ほら、まずは飲んどけ」そう告げられて匂いを嗅ぐと、甘いココアの濃厚な香りだった。ウツギは嬉しくなってコクリと飲み芳醇で甘美な液を飲み干し、「ぷはぁ~」なんて顔を緩めた。
どうやら相当美味しかったらしく、楠も微笑んで普段とは違い二杯目もコップに注ぎ込む。ウツギはふと呟いた。
「あれは……夢だったんですかね。だって俺、こうやって楠さんと話せるし」
「……ウツギ」
「だって、あれが夢じゃなかったら、みんなは、俺を……怪物か、なにか、――だって……!」
瞳が青くなり涙が出そうなほどであった。せっかく謝罪をして仲直りができたというのに。分かり合えたというのに。それなのに、あんな衝撃的な姿を見ておかしくならない――離れない人間の方が少ないはずだ。
それはなんとなく、ウツギ自身もわかっていた。自分はネイチャードールなんていう可愛らしい存在でも、ネイチャーブレインなんていう不思議な存在でもない。
――ただの化け物なのだ、そう痛感してしまう。
涙が込み上げて溢れてくる。
「うぅ……、別れたくっない……、離れたく、ない……ですっ……、――ひぃうっ!」
濃紺になる瞳から溢れ出す涙が止まらずにどうしようかと考えようとするウツギに――楠が強く抱擁した。驚いて目を見張り、視線を上げるウツギの左目を……楠は大きくて赤い舌でべろりと舐め上げたのだ。
「……っへ?」
途端に白潤の瞳になってなにがなんだわからずに顔を紅潮させるウツギは、樟の香りに抱かれてはまた抱き締められる。「お前が良い反応するから、可愛いくて仕方ねぇ」耳元で囁かれ、ウツギは身体を震わせて耳介に声を当てた。
「俺がみんなに見放されたら……先生が見てくれますか?」
すると楠は身体を離していやらしげに微笑んでは「それも最高だけど、俺はお前の未来も考えているからな」なんて言って、ウツギの細い髪を触る。
温かい手に触れてウツギは嬉しさを募らせる。そんなウツギに楠は「お前はここでおとなしく待っていろ。俺が来るまでドアを開けるなよ」白衣を着て出て行こうとする楠にどこへ行くのかを尋ねた。
「お前がちゃんと人間として生きる未来も築きたいんだよ、俺はな」
「でも、俺はもう――」
すると啄むような口づけをされた。そっと触れるキスにも関わらず右目が怒張するので、顔を赤くするウツギに「待っていろよ」そう伝えたのだ。
楠の言葉やキスや抱擁が脳裏に焼き付いているウツギは、頬をリンゴのように染めては「楠さんは……」少し恥ずかしそうな顔をした。
最近になって楠にはハグやキスをよくされるようになる。それは、この前の一件があってからだ。身体を重ね、キスを幾度もし、繋がった場所を想起してまた恥ずかしくなる。
――自分がいつの間にかこんなにも感情が豊かになったのかと思うと、嬉しくて堪らなった。
「これも楠さんのおかげか。――ふふっ!!」
身体を震わせて喜びの感情を表すウツギは踊りだそうとした。――コンコンとノックの音がして「ウツギ」その言葉を聞いてウツギは勢いよく扉を開け放った。
「楠さん!!」
「お~ウツギ。またどうしたんだ、急に」
大好きな楠の前だと犬のように甘えてしまうウツギではあったが……違和感を覚えた。楠からは樟脳の香りがしないし――薬品のような危険な香りがしたのだ。ウツギの瞳が濃紺に染まる。
とっさに身を離れようとした時には遅かった。「会いたかったよ、AB77―2005樹……」偽者が抱き締めるのでウツギは腹部に拳を入れて抵抗する。
顔をしかめる偽物にウツギは助けを呼ぼうとして……周囲を見た。周りは白衣の姿を着た男たちで溢れていたのだ。
「――やれ」
冷酷な偽者の声で男たちはウツギを捕まえて、腕になにかを注射で打ち込んだ。するとウツギは目を見開いたかと思えばぐったりとして倒れ込み……男たちに担ぎ込まれたのだ。
「これでよろしいですか、柳瀬所長。もうAB77―2005樹は……」
「なにを言っている。こいつは金の卵になったんだ。……それに、裏切り者の居場所も判明したしな」
ぐったりとしているウツギを見て片頬を上げた偽者は、みるみるうちに白髪で銀縁眼鏡の老人の姿となり「七変化の作用もこのぐらいか」などと告げている。
白衣姿の研究員が「これからどうしましょうか。楠の処遇もそうですがネイチャーブレインも……」柳瀬が手刀を掲げた。
「なに、右目を通して私たちも見たじゃないか。あいつはAB77―2005樹を追って元の場所へ戻る。……そしたらまた、研究が再開できる」
すると柳瀬は「紙とペンを」研究員に告げては差し出されたのでスラスラと書いていく。その達筆な字で記されて机に無慈悲に置かれ、ウツギを担いで去ってしまったのだ。
――君の大事なモノを奪ってあげた。君が研究室に戻ってくれば返してあげよう。柳瀬 龍一 ――
その書置きが発見される頃にはもぬけの殻だったのだ。
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