澄清の翼

幸桜

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結成

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「第九小隊結成を祝し、乾杯!」

  小さな喫茶店の中に4人の人影があった。店は教官が昨日の戦闘の御褒美というこで紹介してくれた穴場スポットだ。

 木造の家で、椅子や机も木製のため、ほのかに自然の香りが漂う。

「じゃあケイリー、自己紹介をお願いできる?」

  進行を務めているのは小隊長である夜空だ。同性の仲間が増えるのが嬉しいのか、やけにノリノリである。

「私の名前はケイリー・アレキサンダー、ケイリーでいいわ。ライセンスはヘルキャットシリーズのA級を取得済み。得意な攻撃方法は一撃離脱よ、だからタイプとしては高火力戦闘型かな。これからよろしくね」


  第九小隊は最後のメンバーであるケイリーの歓迎会兼、結成祝賀会を開いていた。
 元々今日は合宿初日の訓練があったのだが、昨日の戦闘のことがあった為、予定変更を変更して1日フリーとなっていた。

  歓迎会は夜空のリードによって順調に進行していった……なら良かったのだがいつの間にか会はただのガールズトークとなり隼人と零は蚊帳の外の人となっていた。
  零としては若干寂しい気持ちもあったのだが目の前で無邪気にはしゃいでいる2人を見るとそのような気持ちも薄れていった。
  ふと、隣を見ると隼人と目が合い、お互いから苦笑が漏れたところをふまえると隼人も同じ心境なのだろう。

  それに、そのガールズトークも全く意味の無いものでもない。
 というのも新隊員が小隊長と関係を深めることは自ずとチームの結束を高めるのに貢献するからだ。

  10分ほどたった頃だっただろうか、ウエイターから紅茶とコーヒーが運ばれてきたのをきっかけに一旦ガールズトークは終了した。
  いつの間にかのけ者にされていた2人に彼女たちも気づいたのだ。


「ごめん、2人とも……つい夢中になっちゃって……」

 やけに気にしている様子に、少しからかいたい欲求にかられたが、それをやると本当に怒られそうで怖い。

「大丈夫、気にしてないよ」

「そうだよ、休みの時くらい楽にしとかないと精神が持たないぜ」 

  2人の気づかいのない素の言葉に安心したのか、夜空の頬がほころんだ。

「夜空が悪いと思っているなら、僕もケイリーに質問してもいいかな?」

  ただ俺たちもずっと蚊帳の外にいるわけにもいかない。隼人の言葉は自然と蚊帳の外の住人を中に入れる言葉だった。

「もちろんよ、どうぞ質問して……!」

  小隊長として情けないことをしたと思ったのだろうか、まだ少し歯切れが悪い。

「うん、遠慮しないでね、私もジャパニーズボーイと話してみたかったから大歓迎よ!」

  ケイリーも言葉のはじめこそ静かな印象があったのだが、若干慣れてきたということなのか、英語も混ざり出し、アメリカ人の特有のノリの良さがにじみ出ていた。

「それじゃあ……」

  それからは俺たちも積極的に話に混じりながら会という名の雑談は進行していった。

  そんな中、あの言葉を導きどすためのきっかけはもたらされた……

「……ところでどうしてケイリーは日本に留学することにしたの?アメリカの搭乗員の練度は世界でもトップクラスだし、環境もよかっただろうに」

  その質問は決して狙ってたわけではなかったであろう。
 だが、その隼人から放たれた言葉は第九小隊が歩み始める礎を示すために必要なものであった。

「確かにアメリカは搭乗員の育成は世界トップレベルよ……けど、私には日本でしか出来ないある目的があるの」


  目的?


  俺たちの頭に明らかな疑問符が浮かんだ。だが、彼女はあえてこちらに考える時間を与えるように言葉をきった。

  アメリカでは無理で、わざわざ日本でしか達成できないものなどあるのだろうか?
  そもそも日本の搭乗員のレベルは上がってきてはいるがそれも世界と比べるとまだ見劣りがするレベルである。
  その結果が示すとおり訓練環境においても圧倒的な国土の差もあり、日本がアメリカに勝ることなど思い当たる節がなかった。

  例外として、あの大戦を生き残った歴戦の戦士から訓練を受けた強者もいるがそれも極僅かであり、国の戦力の底上げにはなり得ていなかった。

  因みに零や隼人はその例外の連中の卵である。

  俺たちが答えを見つけ出すのは困難だと語ったのか、ケイリーは再びその口を開いた。

「澄清の翼……私はそれを元にここにやってきたの」

  その言葉は水面に落ちた一滴の雫のように各々の心を揺らした。
  夜空は昨日の教官の話を、隼人と零は師匠の口癖を思い出していた。

「ケイリーはどうしてその名を?」

  いち早くその衝撃から立ち直ったのは隼人だった。

「私のおじいちゃんは元軍人でね、戦後ある人の事を調べている過程でその存在を聞いたらしいの。それで私も気になって、おじいちゃんにそのことについて聞いたんだけど、どうしても、その澄清の翼については話してくれなかったの。決まって『いずれ』と言って話をはぐらかされていたわ。でもある日、私の日本留学が決まった日だった。おじいちゃんが私に言ったの、『澄清の翼を持て』て」

  彼女の言葉にはなにかを求める必死さが感じられた。だから、零はそう言ったのかも知れない。

「それは、きみの意思によるもの?」

  まるで人を諭すようにして紡がれたその言葉はケイリーだけでなく小隊員全員に向けられたかのように感じられた。

「うん。私は強くなりたいから」

   彼女の言葉に隼人と零は静かに頷いた。

「俺たちも一緒だ。目的こそ違えど俺と隼人も強くなるために澄清の翼を目指している。志を同じくするものとして改めてよろしく」

 零が手を伸ばした。
 その所々にはマメができ、皮の厚いのも感じさせられる。

「こちらこそよろしくお願いします」

  ここに来てようやく場は、元の和やかさを取り戻しつつあった。
 2人は手を握り合い、互いの瞳を確認した。

 ……だが、若干一名、この話についていげず、1人で頭を抱えている者もいた。

「えっ……と、なんか場が収まったところで悪いんだけど誰でもいいから私にもその『澄清の翼』に説明してくれない?」

 本人以外からして見れば、空気を読んでいるのか?  それとも素でぼけているのか?  との微妙なラインに同じく微妙な顔が3つ並ぶ。

「あれ、知らなかったのか? 夜空は教官から話を聞いてるものだと思ってたのだけど?」

 それでも、それがぼけか、素であるかははっきりさせるべく、零が口を開く。

「そんな事ないわよ! わたしは詳しくはあなた達から聞けって言われていたのよ!」

 机に叩きつけられた両手の衝撃にカップが揺れる。
 夜空の瞳は潤み、傍から見たらいじめられているようにも見えそうである。

   その様子にふと、誰が笑いを漏らした。
 すると、それは瞬く間に感染し、テーブルは暖かな笑いに包まれた。

 冷静の一字の印象を覆す早さか、それとも年相応の不完全さにか。
 いや、こんな時に理由を聞くのは野暮であろう。


「それじゃあ、今から澄清の翼について少し話そうか。と、言っても俺たちもそう多くの情報を持っているわけではないんだ。だから期待しないで聞いて欲しい」
「澄清の翼とは────」

  
  ゴーンゴーン


 夕焼けを連想させるその音は、街の隅々まで響く。
  街にある時計台が12時を告げたのだ。
 戦後、各地に建てられた平和を記念したものの一つである。

 その音は大きく、そして重い。
 
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