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第二章 オーバーヒールの代償

第二十九話 残酷な百点世界

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 俺はあれから幾重か時の流れを感じつつ、女子生徒二人に蹂躙される感覚を享受する。また、ボーッとする意識に沿って、どうでもいいことを口走りもしていた。

「心頭滅却すれば火もまた涼し……」

 さすれば我が心に余裕が生まれ、彼女達の性欲もいつしか衰えてゆく一方となりけり。仲睦まじき娘とは言ったものの、境界のない関係はいささか褒められたものではない。ゆえに背負う罪悪感、いつしか懺悔の対象ともなれば心ゆく手放したい経験であった。

 思考と言葉が風によって吹き抜け、瞬間的に頭のモヤのようなものが晴れる。

 その原因を作ったのは突如視界に入った少女。その少女と目があった。俺の体にしがみつき、スヤスヤと寝息を立てている少女達とは別者。緑髪の少女は少し離れた所で体育座りをしており、頬を赤く染めていた。

「その……マリオン先輩、いつから覗いてました?」

 俺は妙に小っ恥ずかしくなった。独白の内容が聞かれたわけではないのに。

「アストくん、その、気持ちよかったですか?」

「……もしかして、最初から最後まで見ちゃいました?」

 サアッと背中を登る悪寒。何を見られたかなんて自明。言い訳の余地もなく、瞬時に死刑宣告が下されたようなもの。

「はい、初めから、終わりまで……。その、すごく楽しそうでした」

 マリオン先輩は一文字一文字の言葉を選んで話す。ぎこちない会話は彼女の十八番であるが、今回ばかりはそうとは言ってられない。

「すみません、今の出来事は忘れてもらえませんか? 代わりに俺のできる範囲でなら、なんでも言うこと聞きますから」

「なっ、なんでも!?」

 急にうわずった声を上げるマリオン先輩。俺は想定以上の反応に困惑したが、彼女はコミュニケーションが苦手なんだと、半ば強引に理解して飲み込む。

「なんでもです。俺のお願い、聞いてくれますか?」

「わっ、分かりました、心の、心の中に留めておきます」

「はい、ありがとうございます」

 紆余曲折も何もなく、ただ一本道で口封じに成功。もしこの場に居合わせたのがカトレア先輩なら、もっと事態は拗れていたので運が良かった。

俺は、まだ顔の赤いマリオン先輩を見てそう思う。

 あれから数分後、仰向けで二人の少女の枕になっているという現状は変わらない。しかし意識も通常レベルに戻り、エレナとユイナの温かさに気づいた時。ふと思い出した疑問をマリオン先輩にしてみることにした。

「そういえば俺がエレナに切られた後、誰にヒールされたんですか?」

 マリオン先輩は「え?」とキョトンとした表情に変わる。可愛らしい目がまん丸と開いていた。そしてこう続ける。

「アストくんが自己回復してましたよね? 自分から、『俺の回復能力の前では無力だー』とかなんとか言ってて……。覚えてないんですか?」

「ええ? さっぱりなんですけど。そんなこと、ホントに俺が言ったんですか?」

「言ってましたよ、高らかに」

 高らかに言ったなんて、かなり重症だな。それに失ったはずの回復能力も使っていたとは。現状、理解できる報告がゼロなのも珍しい。

「先輩、もっと詳細に教えてくれませんか? 例えば、その時に使っていたヒールの種類とか」

「種類? 強いて言うなら自己回復だったってだけの、ただのヒールですよ」

 マリオン先輩は首を傾げる。俺の言いたいことが伝わっていないらしい。しかし当然、俺も形容しにくい内容ゆえ、変な表現を選んでしまったのだ。

「ええっと、種類というか、その時のヒールの質的な。その、なんて言ったらいいんだろう?」

「ごめんなさい、私にはちょっと分からないです」

 その言葉を聞き自分の文才のなさに嘆こうとした時、どこからともなく声が聞こえてくる。自信に満ち溢れた女性の声だった。

「キミの回復速度は、カトレア以下、A組の雑踏以上と言ったところかな」

 俺が声のした方へ反射的に首だけ動かすと、校舎の方から歩いてきたらしき生徒が立っていた。

 すらっとした長身、涼やかな白い瞳に、腰までかかった黒髪。一見するとカトレア先輩のようにも見えるのだが、髪の色と瞳の色が真反対の少女だった。なんらかの血縁が、カトレア先輩とある事には間違いない。

 制服はスカートではなくズボン。その風貌は正に『王子様』をおとぎ話から直接連れてきたようで、現実感が薄れている。

何度も言う、女子生徒だ。

「いきなりすまない。まず自己紹介をだね、ボクの名前は『アカツキ』だ。防御学部三回生、一応A組の委員長を任されてるね」

「いっ、委員長……。えへへ、私、初めて会いました。その、握手だけでも……」

 マリオン先輩が後方で何やら言ったかと思うと、すでにアカツキ先輩の正面に立っている。相変わらずのスピードスター。しかしコミュ症は発動せず。それほどイレギュラーな人物なのだろう。

「握手をしたいのかい? ほら、好きなだけするといい」

「わわっ、それがし、マリオンと申します。ほっ、本物のアカツキさんだ」

「うん、マリオンちゃんよろしくね」

 イケメン属性を兼ね備えたキラースマイル。いったい何名の女性を射抜いたのか。男の俺でも嫉妬してしまうほどの徹底した美男子ぶりには、プロフェッショナル性を感じずにはいられない。

「こんな仰向けですみません、アストって言います。よろしくお願いします」

「別にどんな格好でも構わないさ。うん、アストだねしっかり覚えたよ」

「あっ、ありがとうございます」

 太陽のようなスマイル。一瞬当てられただけでも裏声が出てしまった。俺が少々恥をかいていると、アカツキ先輩が寄ってきた。そしてしゃがみ込んで俺とより近づく。

「突然すまない、本題に入らせてもらう。アスト、君の身にあった話を解説しなくちゃなんだ」

「解説? ってことは、アカツキ先輩は全部知ってるんですか?」

「あぁ、一から十まで把握済みさ。そしてボクにはそれを伝える義務がある」

「義務って、誰かから命令されたみたいな」

「まぁ、そんなとこさ。だからさっさと伝えて、ボクは通常に戻らないといけない。理解を示してくれ、頼むよ」

「分かりました」俺はコクリとうなづく。

 アカツキ先輩の表情が改まり、王子様といった印象がなくなる。その眼差しはカトレア先輩のものに酷似しているし、纏う雰囲気もそうなっている。

そして俺は、アカツキ先輩の解説を一心に聞いた。

 そして聞きたくない事実の羅列。いや、信じることすら不可能のおとぎ話。俺にとってはそれと同等の価値の話だった。

「そんなの……あり得ないです。だって俺はここにいますし、皆んなだって、エレナも、マリオン先輩も──」

「残酷だが、これが事実だったんだ。だからキミの存在も曖昧、そして過去の記憶すら消えかかる」

「これから、俺達はどうなるんですか?」

「分からない。……けど、全ての始まり、キミの恨みの開始地点を造った元凶、ドラゴンを倒せば丸く収まる。キミのゴールが、人類のゴールでもあるんだ」

「だから」と言って、アカツキは上を向いて太陽を指差す。

「この世界をゼロ点にしないとね」

 この瞬間、ピッタリ俺の頭上に太陽が居座っている。なんの綻びもない光を絶えず供給する球体。

「はははっ! そりゃあ上手いこと言いますね!」
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