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第二章 オーバーヒールの代償

第三十一話 肩を叩く違和感

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 オリヴィア先輩の言う通り、イザベル先輩はすぐに到着した。キュルリとドアノブが回る音を合図として、狭い部室に一人の少女が入ってくる。

 「ごめんねー、先生に呼び出されちゃってー」

 ふわりとした口調でそう話す少女はイザベル先輩。蘇生して以来会ってないので、これが記憶上の初対面だ。イザベル先輩は俺の存在に気づく。

「あら、入部希望の子? 一年生?」

「はい、アスト・ユージニアです。よろしくお願いします」

 本日二度目の自己紹介。やはり、新天地に向かうとこのような機会が多くなる。それにしても優しい表情をしている。イザベル先輩のおっとりとした雰囲気に、俺の入部への希望が高まってゆく。

俺の自己紹介を聞き、イザベル先輩も挨拶を返す。

「私は、イザベル・ウィンターよー、よろしくねー」

 間伸びした声にささやかな感情。正直、表情を見た時しか、先輩の感情を察することができない。

「おっ、おつかれ様です。その、アストくんをヒーラー部に入部させたくて、部室に連れてきました」

「いいねー、マリオンちゃんナイスプレー」

 マリオン先輩はイザベル先輩にあらすじを説明する。そして柔らかい口調で褒め言葉が呼応する。しかしなんというか、俺はイザベル先輩の振る舞いにも違和感を覚えていた。オリヴィア先輩ほど腰を抜かしたわけではないが、じんわりと表面に違和感が滲み出てきているのだ。

「そっ、それでですね。まず、イザベル先輩に確認したいことがありまして……」

「なにー? 確認したいことー?」

「はっ、はい。アストくんについてなんですけど。彼、その、ヒーラーでして……」

「あらあらー、それは困ったねー」

 やはり困ったことらしい。『ヒーラー部』という名目上、回復学部の生徒は重宝されると思っていたが、実際はその逆。おそらくはヒーラーを目指している人を募集しているのだろう。

「すみません、やっぱりヒーラーは入部できませんか?」

 俺はダメもとで聞いてみる。そもそも、回復能力がない回復学部の生徒は、入部してもいいのではなかろうかと」

「うーん、私達のやりたいことと、ズレちゃうなーって。私達はほら、ヒールを使いたいってわけじゃないしねー」

「「えっ? そうだったんですか?」」

 なぜか俺とマリオン先輩の気持ちが重なる。俺はまだしも、マリオン先輩は驚いちゃダメでしょうよ。

マリオン先輩は慌てふためいた様子で喋り出した。

「えっ、えっ? 私ずっとヒールを使うために通ってましたよ?」

「あれー? そうだったっけ?」

「そうですよ! だって、皆んなでど根性ガエルのヒールとかしたじゃないですか!?」

 マリオン先輩はいつになく興奮している。声を比較的大きく上げ、いつも以上に大きな身振り手振り。まぁ、いつもがおとなしすぎるので、今が丁度いいくらいのテンションですが。

そしてオリヴィア先輩が口を挟む。

「マリオンさっきからおかしくない? そもそも、他の人とまともに話せないマリオンが新入生を連れて来るなんて信じられないし」

「えっと、アストくんとは、ちーた……ファイアーバードの件からお世話になって……。二人とも知ってますよね? 中庭で暴れてた子ですよ」

「知らなーい。マリオンちゃんって嘘が下手だよねー」

「ごめんマリオン、私も知らないんだけど……。いつのこと?」

「嘘じゃないです、何日か前にありました。見てなくても、あの件は噂にはなってるハズです」

 「私にはやってこないんですけどね……」と最後に悲しい自虐があったが、俺はマリオン先輩の言い分が正しいと思う。最後の方こそ記憶がないが、オーバー:ツーとの戦闘があったんだ。その噂話すらないのはいささか不自然だ。

「「知らない」」

 しかしながら声は重なる。さっきとは反対に、オリヴィア先輩とイザベル先輩という面子で奏でられた二重奏。この狭い部室内で、まさかの意見が二分してしまった。

 そうこう考えていると、マリオン先輩が半泣きになってこちらに顔を向ける。なんとなく言いたいことは察せてしまうし、俺も同じことを確認したかったため、その手間が省けたとも言える。

「あの日のこと、あっ、アストくんは覚えてるよね……?」

「もちろんですよ」と俺が答えたのち、マリオン先輩の何かが切れた。

 プルプルと震える足取りで、マリオン先輩は俺に近づく。そして十分に近づいたかと思えばもっと近づく。すでに密着状態になっているが、もっと近づく。もはや密着というより、押されてゆく感覚になっていたし、実際に壁まで追いやられた。

 硬い感触に押される背中と、柔らかい少女に包まれる胸とお腹。マリオン先輩はいろんなところを俺に押し付けてくる。

「マリオンちゃーん、アストくんに何してるのー?」

「マリオンってば、その格好、アスト君が困ってるからね」

「……いいです。このまま壁に埋もれちゃえばいいんです」

「マリオン先輩、物騒なことは言わないでください」

 可愛らしいと侮るなかれ、これはれっきとした攻撃だ。グリグリと段々強くなってゆく押し込み。俺が危機を察した時は、すでにマリオン先輩の無理心中の仲間入りした時であった。

「なんか悲しいです……。私だけ部活にヒールしに行って、私達だけがちーたんの事知ってて」

「色んな意味で重いなぁ」

「皆んなあの日から変わっちゃって、私だけ置いてけぼり……」

 あの日から……。その言葉には、俺にも深く関わりがあるような気がした。もし彼女達を蘇生した日がマリオン先輩の『あの日』なら、一つヒントになりそうなものだ。

「マリオン先輩、あの日ってもしかし……」

──ズシャン!!

「ガッ、ヴァッ!」

 腹を切られた? 傷は浅いが、確実に殺しにきてる。マリオン先輩……じゃない。あの表情は怯えと困惑。先輩は俺から離れて、不本意ながらも壁に押し潰されずに済んだ。

ってことは、エレナか、シシリー先輩の身に何かあったってことか。

「アスト君!? この傷…‥マリオン何してるの?」

「わっ、私じゃないです……」

「じゃあ、いったいどこから?」イザベル先輩は周りを見渡す。

三人ともパニック。だけど制約のことより、攻撃された人を。

「ゴホッゴホッ、これは、後で話しますから、とにかく──」

ズシャン!

 傷は浅いにしろ、また腹を。立て続けってことは、苦戦しているらしい。

 エレナもシシリー先輩もA組。急所を避けて戦闘するはずだから、すぐに救援に向かえれば問題ない。

「グヴッ、とにかく……」

「そんなのいいから早く横になって!」

 オリヴィア先輩に右手を掴まれ、そのままの勢いで押し倒される。俺が驚いてオリヴィア先輩を見ると、彼女はもう片方の手にフラスコを持ち、中の液体を覗いていた。

「アスト君動かないでね、今からポーション飲ませるからね……」

 オリヴィア先輩は、さっきのテンションとは異なり、好奇心の塊みたいな震え声で俺に語りかける。優しさのカケラもない瞳は科学者そのもの。

「やめっ、やめて下さい」

「いいから、大丈夫。極限まで速効性を追求したこのポーション、すぐに結果が出るから」

「んー! んーん!」

「じゃあこっちから……」

 俺は口をしっかりと閉めて抵抗したが、鼻から入れられるそうになったので開口するしかなかった。サラサラと喉奥に侵入する液体を、体は反射的に飲み込んでしまう。

ポーションとやらの効果は、やはり即刻現れた。
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