そして兄は猫になる

手術をしよう

クロの去勢手術の日がやって来た。
朝から絶食。
ちょっと可哀想だけど仕方ない。
キャリーに入れて、夫が昼前に病院へ連れて行った。


予約した時、手術について先生から色々な説明を受けた。
そこは人間と同じだ。
途中で何かあっても…いやいや、悪い方には考えまい。
サインをして同意する。
小さい体にメスを入れる。
獣医さんの腕は凄いなぁと感心する。


クロは良い子にしてるかなぁ。
もう家族の一員だから不安になってしまう。

夜になって、病院から電話が入った。
「無事手術も終わり、目が覚めましたよ」と報告があった。
よかった。安堵した。

翌日、娘の運転で一緒に迎えに行く。
怒らずキャリーに入ってくれるかなぁ？
ドキドキしながら病院に入る。

呼ばれて診察室に入ると、先生がクロを連れて台の上に乗せた。
なんと！逃げる様子もなく大人しいではないか？

「お利口さんでしたよ。傷を舐めてしまうかもしれませんが、心配いりません。抜糸は1週間後に。出血するとか何かあったら教えてください」
そう言ってキャリーに入れてくれた。

終始クロは大人しく、「シャー！」も言わずに丸くなっている。
もしかして緊張したかな？

「ありがとうございました」
お礼を言って病院を出る。
クロはキャリーの中でとても静かにしている。
覗いて「クロ～？」と名前を呼ぶと「にゃー」と返事した。

んふふふ。猫らしいとこもあるじゃないか。

車の後ろの席にキャリーを乗せて、私はその右横に座る。
娘が運転しながら「良かったね～」と話す。
「うん。本当に。これで一安心だよ」

私は娘に対し、クロのことや、両親のこと、あれやこれやと悪口も交え　日頃の鬱憤を調子よくペラペラと喋っていた。

すると、途中から
クロがニャーニャー！と鳴き始め、キャリーの隙間から手を伸ばしてくる。
犬用キャリーなので少々幅が広いから、細いクロの腕は簡単に出るのだ。

その後もモグラ叩きのように、あちこちから手が出て来る。
何だ何だ⁉︎

ニャー！ニャー！

怒ってるのか？

爪で掻かれたら危ないので自分のカバンを間に置いた。
そしたら今度はそのカバンにスチャッと長い傷を付けた。

「ああああああっ⁉︎」
買ったばかりのお気に入り！

「やだー‼︎やられた！あんた何か言いたい事あんの～？」

と覗いた瞬間だった。


素早い猫パンチが、私の左大腿部まで届いた。


手術で人の皮膚を縫う　細くて鋭い三日月のような針をご存じだろうか？

野良で、爪切りもしていないクロの爪は、まさしくそれと同じ。
キランと硬く細く筋が通っていて、それが

私の大腿部を


大腿部を…


縫いやがった(滝汗)


「ギャーーーーーッ⁉︎」


私は思わず２度目の悲鳴を上げた。


「どした？引っ掻かれたか？」
運転中の娘は笑いながら聞いてくる。


「爪が貫通してるうううううう‼︎」

しかも素早く抜きやがった‼︎


何でこんな時に限って私はスカートなんて履いていたんだろう？
ストッキングは破れてしまった。
しかも猫の爪にはバイ菌いっぱい…？


そこから化膿したり
腫れたり…
熱出たり…
炎症起こしたり～⁉︎


もしかして入院するような凄いことになっちゃうんじゃないか⁉︎

「………」

私は一気に無言になった。

考えていたら色々浮かんできて、不安で冷や汗が出た。

娘が気を利かせて
「大丈夫だよ～」と慰めてくれた。

クロはと言うと
ひと縫いした後から突然大人しくなった。


私に喋るなと言うこと…？


家に帰るまで、私はとにかく無言だった。
娘はクスクス笑っていた。


クロに引っ掻かれた…いや縫われた場所は　運良く出血が少なくて済んだ。
家に帰って速攻で風呂場に向かい、傷跡をしっかり洗った。

私としたことが…油断した。

クロは「よく帰って来たなぁ」と母にヨシヨシしてもらっている。
おやつをもらい、怒る様子もなく。


これがほんとの猫被り…か？


コンノヤロー‼︎


その後、2本の糸を自分で抜いてしまったクロであったが、残りの糸も病院で抜いてもらい、傷は綺麗に治った。

私の縫われた大腿部も、有難いことに炎症も何も怒らず、ただ、針痕がしばらく残った(怒)


今思うと、クロは私に「調子いいこと言ってんじゃないよ！」
と言いたかったのかもしれない。


待てよ？
だとすると


…私の…人の言葉が分かるの⁉︎