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第11話 居場所を探して(後篇)
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少し暴走しそうな時もあったが、鳥飼は自制をしながらマークに色々と質問をしていた。最初は戸惑っていたマークも、おいしい食事と普段とは違う雰囲気を楽しんでいるように見える。
雪花も安心して、取り分けたトリッパのトマト煮込みをじっくりと味わった。ホルモンはあまり得意ではなかったが、全く臭みがなくトマトとの相性も抜群で、えらい人はおいしいお店を知っているものだと静かに感動する。
「――それにしても、マークくんの話を聞けば聞く程、火星の科学技術レベルの高さには驚かされるな。もしも火星人が攻めてきたら、地球なんてひとたまりもないんじゃないか」
鳥飼が物騒なことを言うので、雪花は思わずワインで噎せそうになってしまった。マークが困ったような表情をする。
「トリカイ部長、私も火星の上層部事情に詳しいわけではないですが、少なくとも現時点ではそのようなことは起こらないと思います」
「ほう、それは何故?」
「まず一点目として、先程も申し上げた通り、地球には既に相当数の火星人が派遣されています。我々の属性は様々ですが、皆それなりの地位か――もしくは厳しい選抜試験を突破して地球に辿り着いた者達です。仮に交戦状態になれば、それら希少価値の高い火星人が敵地に取り残されることになるので、火星がそんな選択をするとは思えません」
「逆に言えば、君達が引き揚げた後はそうなる可能性も否定できないということか?」
鳥飼は何故か興奮したように言葉を重ねた。そんなに侵略されたいのだろうか。雪花は少し呆れて机の上のオリーブをつまむ。
「二点目として、火星人の人口と体力についての課題があります。機密情報なので具体的な数は申し上げられませんが、例えば地球と比較しても、火星人は地球人程多くは居ませんし、重力の関係で体力も大きく劣っています。宇宙は広く、仮に他の惑星に生物が居たとして、彼らより我々の方が優れているという確証は一つもないのです。それ故に、我々はあまり武力行使に対して積極的ではありません。勿論、自衛手段としての武力は持ち合わせていますが」
確かに、今のところマークは雪花の前では普通に生活しているが、それも地球に来るまでの訓練の賜物と聞いていた。その証拠に、一緒にスカイツリーに行った時にも、雪花はJAXAの古内からマークの体力について注意を受けている。
「成る程、火星の自衛手段とは、一体――」
「――鳥飼部長、それ絶対機密情報ですよ」
雪花がぼそりと言うと、鳥飼は「も、勿論、本気で訊くつもりは……!」とごにょごにょ弁解した。その様子を見て、マークが少し口元を緩める。
「そして、三点目」
マークは手元のマルゲリータピザの切れ端を口に運んだ。そしてゆっくりと味わうように瞼を伏せ、それをごくりと飲み込んでから、再びその目を開く。
「地球にはおいしいものが溢れています。その素晴らしさを知ってしまったら、地球を攻撃しようなんて、誰も考えませんよ」
その本気とも冗談とも付かない言葉に、鳥飼と雪花は顔を見合わせ――そして、耐えきれず笑い声を上げたのは雪花だった。
「それはよかったです。じゃあマークさんに、もっともっとおいしいもの食べてもらわないと」
雪花が笑いながらそう言うと、マークもそれにつられたようにその表情を緩める。
そんな光景を黙って見ていた鳥飼が、ぽつりと「……変わったな」と呟いた。
「え? 何がですか?」
雪花が鳥飼に問い返すと、彼は一口赤ワインを含む。そして息を吐いて、雪花を見た。
「――鈴木さん、君だよ」
「――私……?」
思いがけない言葉に、雪花が言葉を喪う。そのリアクションを見て、鳥飼が「いや、悪い意味じゃない」と続けた。
「こんな言い方をしては何だが、営業部に居た頃の君は、何と言うか――すごく追い詰められているように見えたから。去年浦河が君を総務課に欲しいと言ってきた時も、正直なところ少し心配していたんだ」
「浦河課長が、私を?」
初耳だ。雪花が異動になったのは、なかなか営業成績が上がらず、営業部門から見限られたせいだと思っていた。そもそも、鳥飼とも浦河とも、営業部在籍時代には接点などない。
「――今になってみれば、それは杞憂だったな。君の印象は以前より随分と明るく感じる。マークくんの指導もそうだが、業務量が多い中よく回してくれているし、総務課に鈴木さんが来てくれて良かったよ」
鳥飼からそんな言葉を贈られたのは初めてだ。雪花の胸が、じわりとあたたかくなる。
確かに、雪花自身そう感じていた。総務課の仕事は忙しいけれど、営業部に居た頃よりも充実感を持って取り組めている。最近は自分のやりたいことも少しずつだがやれるようになってきた。
そういう意味で、総務課は自分の居場所と言って差し支えないだろう。
一方で、何故浦河が自分を総務課に迎え入れたのか、その点は全く思い当たる節がない。
それを考え込もうとした瞬間――隣から「本当にそう思います」と穏やかな声がした。
振り返ると、そこには口元を緩めたマークが居る。
「セツカさんが総務課に居てくれなければ、私はこんなに『地球に来て良かった』と思うことはなかったと思います。本当に――セツカさんがここに居てくれて、良かったです」
そう言って、マークは3杯目のりんごソーダを飲んだ。
雪花は少し恥ずかしくなって、小さい声で「……ありがとうございます」と呟く。
その後で口にした赤ワインは、フルボディにも関わらず、やけに爽やかな味がした。
***
「マークさん、今日はおつかれさまでした。おいしくて食べ過ぎましたね」
「はい、おなかいっぱいです。トリカイ部長の新しい一面も見ることができて、とても楽しかったです」
雪花とマークは駅までの道を二人で歩く。鳥飼とは路線が違うため、店の前で別れた。
飲み慣れないワインを飲んだせいか、何だかふわふわする。雪花はいい気分で夜の街の空気を胸いっぱいに吸った。
――そして、ふと思ったことを口にする。
「……マークさんは、すごいですね。今日のお話だと、地球に来るためには、地位が高いか厳しい選抜試験を乗り越えなければならないんでしょう? 自分が生まれた惑星からこんなに離れた場所で、きちんとやるべきことをやって……マークさんって本当にすごいです」
――そんなマークさんと出逢えて、本当に良かった。
そう思いながら、隣を見遣ると――マークの姿がない。
慌てて雪花は立ち止まる。振り返ると、そこには足を止め、俯くマークが居た。
「……マークさん?」
雪花はマークの名を呼ぶ。二人の間に風が流れ、雪花の頬をひやりと撫でた。
黙ったままのマークに、雪花がもう一度話しかけようとした時――
「――セツカさん。私は、そんな大した人間ではないんです」
マークの口から、ぽろりと言葉が洩れる。
雪花の耳に届いたその呟きは、何だか悲しみに似た色を纏っていて。
返す言葉を探している間に、マークは歩き出し、雪花の隣に並んだ。
「セツカさん、帰りましょう」
その表情には、いつもの穏やかな笑みが浮かんでいる。
雪花は何も言えないまま、ただ頷き、駅への道を歩き出した。
第11話 居場所を探して (了)
雪花も安心して、取り分けたトリッパのトマト煮込みをじっくりと味わった。ホルモンはあまり得意ではなかったが、全く臭みがなくトマトとの相性も抜群で、えらい人はおいしいお店を知っているものだと静かに感動する。
「――それにしても、マークくんの話を聞けば聞く程、火星の科学技術レベルの高さには驚かされるな。もしも火星人が攻めてきたら、地球なんてひとたまりもないんじゃないか」
鳥飼が物騒なことを言うので、雪花は思わずワインで噎せそうになってしまった。マークが困ったような表情をする。
「トリカイ部長、私も火星の上層部事情に詳しいわけではないですが、少なくとも現時点ではそのようなことは起こらないと思います」
「ほう、それは何故?」
「まず一点目として、先程も申し上げた通り、地球には既に相当数の火星人が派遣されています。我々の属性は様々ですが、皆それなりの地位か――もしくは厳しい選抜試験を突破して地球に辿り着いた者達です。仮に交戦状態になれば、それら希少価値の高い火星人が敵地に取り残されることになるので、火星がそんな選択をするとは思えません」
「逆に言えば、君達が引き揚げた後はそうなる可能性も否定できないということか?」
鳥飼は何故か興奮したように言葉を重ねた。そんなに侵略されたいのだろうか。雪花は少し呆れて机の上のオリーブをつまむ。
「二点目として、火星人の人口と体力についての課題があります。機密情報なので具体的な数は申し上げられませんが、例えば地球と比較しても、火星人は地球人程多くは居ませんし、重力の関係で体力も大きく劣っています。宇宙は広く、仮に他の惑星に生物が居たとして、彼らより我々の方が優れているという確証は一つもないのです。それ故に、我々はあまり武力行使に対して積極的ではありません。勿論、自衛手段としての武力は持ち合わせていますが」
確かに、今のところマークは雪花の前では普通に生活しているが、それも地球に来るまでの訓練の賜物と聞いていた。その証拠に、一緒にスカイツリーに行った時にも、雪花はJAXAの古内からマークの体力について注意を受けている。
「成る程、火星の自衛手段とは、一体――」
「――鳥飼部長、それ絶対機密情報ですよ」
雪花がぼそりと言うと、鳥飼は「も、勿論、本気で訊くつもりは……!」とごにょごにょ弁解した。その様子を見て、マークが少し口元を緩める。
「そして、三点目」
マークは手元のマルゲリータピザの切れ端を口に運んだ。そしてゆっくりと味わうように瞼を伏せ、それをごくりと飲み込んでから、再びその目を開く。
「地球にはおいしいものが溢れています。その素晴らしさを知ってしまったら、地球を攻撃しようなんて、誰も考えませんよ」
その本気とも冗談とも付かない言葉に、鳥飼と雪花は顔を見合わせ――そして、耐えきれず笑い声を上げたのは雪花だった。
「それはよかったです。じゃあマークさんに、もっともっとおいしいもの食べてもらわないと」
雪花が笑いながらそう言うと、マークもそれにつられたようにその表情を緩める。
そんな光景を黙って見ていた鳥飼が、ぽつりと「……変わったな」と呟いた。
「え? 何がですか?」
雪花が鳥飼に問い返すと、彼は一口赤ワインを含む。そして息を吐いて、雪花を見た。
「――鈴木さん、君だよ」
「――私……?」
思いがけない言葉に、雪花が言葉を喪う。そのリアクションを見て、鳥飼が「いや、悪い意味じゃない」と続けた。
「こんな言い方をしては何だが、営業部に居た頃の君は、何と言うか――すごく追い詰められているように見えたから。去年浦河が君を総務課に欲しいと言ってきた時も、正直なところ少し心配していたんだ」
「浦河課長が、私を?」
初耳だ。雪花が異動になったのは、なかなか営業成績が上がらず、営業部門から見限られたせいだと思っていた。そもそも、鳥飼とも浦河とも、営業部在籍時代には接点などない。
「――今になってみれば、それは杞憂だったな。君の印象は以前より随分と明るく感じる。マークくんの指導もそうだが、業務量が多い中よく回してくれているし、総務課に鈴木さんが来てくれて良かったよ」
鳥飼からそんな言葉を贈られたのは初めてだ。雪花の胸が、じわりとあたたかくなる。
確かに、雪花自身そう感じていた。総務課の仕事は忙しいけれど、営業部に居た頃よりも充実感を持って取り組めている。最近は自分のやりたいことも少しずつだがやれるようになってきた。
そういう意味で、総務課は自分の居場所と言って差し支えないだろう。
一方で、何故浦河が自分を総務課に迎え入れたのか、その点は全く思い当たる節がない。
それを考え込もうとした瞬間――隣から「本当にそう思います」と穏やかな声がした。
振り返ると、そこには口元を緩めたマークが居る。
「セツカさんが総務課に居てくれなければ、私はこんなに『地球に来て良かった』と思うことはなかったと思います。本当に――セツカさんがここに居てくれて、良かったです」
そう言って、マークは3杯目のりんごソーダを飲んだ。
雪花は少し恥ずかしくなって、小さい声で「……ありがとうございます」と呟く。
その後で口にした赤ワインは、フルボディにも関わらず、やけに爽やかな味がした。
***
「マークさん、今日はおつかれさまでした。おいしくて食べ過ぎましたね」
「はい、おなかいっぱいです。トリカイ部長の新しい一面も見ることができて、とても楽しかったです」
雪花とマークは駅までの道を二人で歩く。鳥飼とは路線が違うため、店の前で別れた。
飲み慣れないワインを飲んだせいか、何だかふわふわする。雪花はいい気分で夜の街の空気を胸いっぱいに吸った。
――そして、ふと思ったことを口にする。
「……マークさんは、すごいですね。今日のお話だと、地球に来るためには、地位が高いか厳しい選抜試験を乗り越えなければならないんでしょう? 自分が生まれた惑星からこんなに離れた場所で、きちんとやるべきことをやって……マークさんって本当にすごいです」
――そんなマークさんと出逢えて、本当に良かった。
そう思いながら、隣を見遣ると――マークの姿がない。
慌てて雪花は立ち止まる。振り返ると、そこには足を止め、俯くマークが居た。
「……マークさん?」
雪花はマークの名を呼ぶ。二人の間に風が流れ、雪花の頬をひやりと撫でた。
黙ったままのマークに、雪花がもう一度話しかけようとした時――
「――セツカさん。私は、そんな大した人間ではないんです」
マークの口から、ぽろりと言葉が洩れる。
雪花の耳に届いたその呟きは、何だか悲しみに似た色を纏っていて。
返す言葉を探している間に、マークは歩き出し、雪花の隣に並んだ。
「セツカさん、帰りましょう」
その表情には、いつもの穏やかな笑みが浮かんでいる。
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