最強の魔術師と最悪の召喚魔

ノイ

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1章 学園1

03 前に進むきっかけ

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「ハァ、ハァ、ハァ………夢か」

俺は声を荒げながら目を覚ます。
あの事件からもうすでに3年という年月が経っているが今でもたまに見ることがある。
汗をかいた俺は上半身を起こし、シャワーを浴びるためにベッドから出ようとする。
すると、俺の部屋のドアが勢いよく開かれ、女性が中へ入ってくる。
赤髪、赤目の美少女。
彼女は俺の従姉妹でありながら、俺の師匠である。そして、育ての親。
絶望の中の俺を救ってくれた数少ない身内の一人だ。

「ナツくん。おはよう」

彼女の名前はリリ・ガロット。
俺は「おはようございます」と答えるとリリさんはニコッと笑う。
その笑顔はまさしく、天使のよう。
しかし、俺にはリリさんが何を考えているのか読み取ることができない。

「ご飯だから、着替えて下りてきて」

「はい。分かりました。すぐ、行きます」

俺がそう答えるとリリさんはすぐに俺の部屋から、出て行く。
タンスから下着、ズボン、上着を取り出すと、リリさんが待っているということを考え、素早く着替えた。
着替え終えるとすぐに居間へと下りていった。
今に近づくたびに朝食であろう匂いが漂ってくる。

腹が減ってきた。

居間に入るためのドアを開き、俺は中へ入る。
目の前にはいつも通り、美味しそうな朝食が並んでいる。
俺はテーブルの椅子に座り、「いただきます」とリリさんに声をかける。
「はい、どうぞ」とリリさんからの声を聞くと俺は朝食を食べ始める。
パンにジャムを塗りながら食べているとリリさんが奇妙なことを俺に聞いてきた。

「ナツくん………」

「何ですか?」

「ナツくんはまだ、魔術師に興味ある?」

「……すいません。今日ちょうど思い出してしまって」

「そう………あの事件のときのこと?」

「はい………ごめんなさい」

「いや、いいよ……それよりどうして、謝るの?」

「いや………なんとなく」

最近の俺はこの生活に満足を覚え始め、あの事件を思い出す日も少なくなりつつあった。
しかし、今日は久しぶりにその夢を見た。
だから、少し調子が悪かったのかもしれない。
俺は朝食を食べ終えると席を立ち上がる。

「それでは、俺は………部屋に戻ります」

「……ちょっと待って」

「……何ですか?」

「まぁ、いいから座って」

「はぁ……分かりました」

俺は居間へと行き、ソファーに座る。
リリさんも俺と一緒に居間へ行く。
その瞬間、リリさんからは緊張感が漂ってくる。
ただ事ではないように思える。

「リリさん……それで、何でしょうか?」

「うん、また聞くけどさ」

「はい……」

「魔術師にまだ興味ある?」

「……どうしてそんなことを聞くんですか?」

「うん……少しだけ、お願い聞いて欲しいんだけど」

俺とリリさんが一緒に暮らし始めてからもう3年になる。
リリさんにはとても感謝をしている。
しかし、その恩返しがまだ出来ていない。
そんなリリさんが俺にお願い事なんて初めてのことだ。
断る理由はない。

「………俺に出来ることならいいですよ」

「じゃあ、ヴァレッヂ学園に通ってくんない?」

「え………」

ヴアレッヂ学園。
それは、この辺りで有名な魔術師になるための育成学園である。

「ナツくんの書類は学園側に送っといたから」

「………俺の意見は最初っから無視ですか?」

「一応聞いたじゃない」

「そうですけど…俺が断るとか考えないんですか?」

「大丈夫よ。断らないと思っていたもの」

「はぁ……何でですか?」

「だって、夢に見るくらい未練タラタラじゃない」

「そ、それは………」

俺はリリさんに言い返そうとした。
しかし、言葉が出て行かない。
リリさんに言われなくても一番俺が分かっている。
魔術師になることは昔から俺の憧れだった。
一つのトラウマで諦めるほど俺は優秀ではない。

「でも……俺に学ぶことなんてないんですが」

「そうね。まぁ、ここにいてもなんだし、気分転換をさせてやろうっていう親心よ」

「そうですか………でも、俺は魔法は使えても召喚魔法は使えませんよ?」

「わ、わかっているわよ。その辺は大丈夫」

俺はルシフェルをこの世界へ招き入れたことにより、ゲートを開く権限を失った。
そのため、俺は召喚魔法を使えなくなった。
魔法を使うのは今まで通り健在だが。
リリさんは俺の目の前にあるテーブルに一枚のパンフレットを置く。
そのパンフレットはヴァレッヂ学園のそれだった。
1ページを開くとリリさんはある部分を指差す。

「ここよ」

「ここって………一般魔法学科ですか?」

「うん。ナツくんにはピッタリだと思わない?」

「それは………そうですけど」

魔法教育は進展し、昔は1億分の1の確率で成功するとされていた召喚魔法さえも今では失敗することがほとんどなくなりつつあった。
そして、このヴァレッヂ学園には二つの学科がある。
専門的に召喚魔法について学ぶ、特別魔法学科。
それと、一般魔法学科だ。
一般魔法学科は召喚魔法については一切学ばない。
そのせいか、世間では白い目を向けられており、差別化が進んでいると聞いたことがある。
魔法しか学ばないというところが俺にピッタリだと言われればその通りなのだが。

「でも………」

「ん?何でもお願いを聞くって言ってなかったっけ?」

「そ、それは………」

さっき言った言葉をもうすでに後悔していた。
しかし、言ってしまったものはどうしようもない。
リリさんはテコでも動かないような頑固な人だから。

こうして俺はもう二度と関わることのないであろうと思っていた魔法にまた、身を投じることになった。


ーーー過去に忘れてきた時間が今、動き出そうとしている。
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