【完結】クローゼットの向こう側〜パートタイムで聖女職します〜

里見知美

文字の大きさ
3 / 127
第1章:東の魔の森編

第3話:トンカツと甘味噌

しおりを挟む
「ミヤ、ちょっと見ないうちに垢抜けたなあ!」

 夕食時になって、従兄弟の淳《あつし》がミヤコを呼びに来た。

 ツヤのある黒髪のショートボブはミヤコの顎の辺りから斜め上にカットされていて、はっきりした顔立ちのミヤコをよりシャープに見せていた。ストレッチタイプの黒ジーパンにたっぷりしたアイボリーのざっくり編んだハイネックセーターを着込んだミヤコを見て、淳は嬉しそうに声をあげた。

 仕事帰りでスーツにネクタイの淳がネクタイの結びに人差し指を入れて緩めながらミヤコの頭をグシャグシャにして、ぎゅっとミヤコを抱きしめる。

「ちょっと、淳兄さん!子供じゃないんだから、もう。会ってなかったのだってほんの1年半くらいでしょ。そんなに変わってないよ」
「いやいや、お前は俺ン中ではまだまだ小学生みたいなもんだかんらなあ。いや、綺麗になったんじゃないの、マジでさ」

 淳は首を傾けてミヤコの顔を覗き込む。ミヤコの身長が160cm弱なのに対し、淳は180cmほど。くっきりした目鼻立ちは叔父の哲也によく似ているが、口元は叔母の和子に似て唇が厚く愛情深さが前面に現れている。
 学生時代にラグビーをしていたのもあって、ガタイはかなりいい。

 イケメンの従兄弟の抱擁に、怒ったように睨むミヤコはちょっとドキドキしていた。ミヤコの初恋相手なのだ。淳はミヤコより3つ年上で、すでに結婚もしているし、今更浮いた気持ちは全然ないが、イケメンの笑顔は心臓に悪い。両腕を突っぱねて、体を離す。

「淳兄さんも、相変わらず男前ですこと。」
「おう。俺はいいぞー。イケメンの上、高収入だからなあ。ミヤの一人や二人余裕で養ってやるわ」
「問題発言だよ!私は自給自足で金がかからないと思ってるんでしょう。甘いわ。そんなこと言ってると、美樹さんにしばかれるんだからね」

『淳兄ちゃんのお嫁さんになる』と張り切っていた小学6年生の頃。従兄弟同士は血が近すぎて、結婚できないんじゃない?と言われ愕然とした。

 どうしてわたしは従兄弟なんだ、と嘆いたところでどうしようもなく。

 後になって従兄弟はギリギリ結婚できるとわかったのだが、中学に入ると1学年上の弓道部の先輩に恋をして、淳への想いはあっけなくドブに捨てた。

 それ以来、淳はことあるごとにミヤコを刺激する。「あの頃のミヤコは可愛かった」とか「もっと熱烈に愛を告白してくれれば受け入れたのに」とか。そんなことを言いながらも、淳は営業先の受付嬢だった美樹さんをお嫁さんにして、ちゃっかり囲ってしまっているのだが。


 ***


「開かずの扉?」

 叔母の作ったサクサク衣のトンカツを頬張りながら、ミヤコは思い出したように哲也に聞いた。廊下の突き当たりのあの扉だ。もらった家の鍵は扉に合わず、開けることはできなかった。

「気が付かなかったわねえ。廊下の突き当たりってクローゼットじゃなかったかしら」

 叔母がミヤコにトンカツの甘味噌を追加で落とす。ミヤコは叔母の作った甘味噌が子供の頃から大好きで、ナス田楽にも炊きたてのご飯にですら、あればこの味噌をつけて食べた。今日はそんなミヤコのために多めに作ってくれたのだろう。山盛りの千切りキャベツも定番だ。伯母曰く、「お義母さんの秘伝の味噌だから特別なのよ」という。

 今度、作り方を教えてもらわなければ。

「クローゼットって言ってもね、扉の高さが普通のドアの半分くらいなんだよ。だからもしかしたら昔おばあちゃんが言ってた防空壕の入り口かなあと思って」
「防空壕の入り口が壁にあったら家が吹っ飛んだ時、中が丸見えになっちまうじゃないか。防空壕の役割果たさないぞ、そらア」

 ビールをキュウっと煽りながら、哲也がガハハと笑う。

「防空壕の入り口は家の中じゃなくて、物入れの方だろ。俺、子供の頃入ったことあるぞ」

 淳もウンウン、と頷きながら口を挟む。

「ばあちゃんのことだから何かしらの理由があってわざと小さく作ってあるんじゃねえの?ばあちゃんの部屋探したら、鍵が見つかるかもよ」

「ああ、そうだな。お袋は何でもしまいこむ癖があったからな。仏壇の引き出しとか探してみろ」

 叔父もそう言って、ビールもう一本、と叔母に注文した。

 その後、話題は亡くなった祖母に移り、祖母の家は改装を重ね、いつミヤコが帰ってきても大丈夫なように手入れをしていたのだと叔父が言った。

「帰ってくること前提になってるし~」
「あんな甲斐性なしの男じゃ、お前は無理だと思ってたからな。思ったよりも長く続いたと思うが」

 お前の家なんだから、娘から金は取れねえ、と頼もしいことを言った叔父だったが、ミヤコは社会人としてのけじめをつけたいと言って、来月から管理料を払うことで同意し、今月は身の振りを考え、とにかく職につくということでお開きになった。

 淳は実家から100mほど離れたアパートに美樹と住んでいて、美樹は妊娠6ヶ月だということだった。ちょっとだけ挨拶に、ということで淳についていき、コンビニでお土産のプリンと自宅用の桃のチューハイを6缶とつまみのさきいかを買った。

 美樹は左右にゆったりと髪を編み込み、妊婦ながらのほっこりとした笑顔でミヤコの帰省を喜んでくれた。お腹はぽっこりと張り出して「女の子なのよ」と嬉しそうに笑ってお腹を撫でた。淳もメロメロの様子でお腹にちゅっちゅとキスを落とし、「パパでしゅよ~」と鼻の下を伸ばし、思わずミヤコが引く場面もあった。

 帰り際に美樹から「必要だったら、いつでもいい人紹介するからね!」と、ぐっと両手に力を込めて握られ、そのあとで「あっくんの会社の人がミヤちゃんに夢中だったのを、あっくんに殴られて泣く泣く諦めたのよ!」と爆弾発言を落として、淳に口を塞がれていた。

「淳兄さんのせいで私の青春は色褪せていたのね!」と苦笑しながら、ミヤコは淳の家を早々に出た。

 幸せそうな淳と美樹を見て、もし聡と結婚していたらと、ミヤコはちょっと考えた。

「妊婦姿のわたしは考えられないな」

 苦笑しながら頭を振って、ミヤコはいそいそと住み慣れた祖母の家へ帰って行った。



 家に戻ったミヤコは桃の酎ハイを持って仏壇の前に座った。

 帰省してからすぐに線香はあげたが、お供えはまだだったので、酎ハイをカンごと仏壇に置いてプルトップをプシュッと開けた。もう一つの缶も開け「かんぱ~い」と酎ハイを合せてから、ぐびっと飲み込んだ。「甘いわ」と眉を寄せて位牌をじっと見つめ、ぼんやりと思考を巡らす。

「これ、新製品なんだってさ」

 おばあちゃん、桃好きだったでしょ。でもさすがにコンビニで桃は売ってないからさ。今日はこれで勘弁してね。おばあちゃんお酒好きだったしね。今度は美味しいワインを探してくるよ。

 お酒としてはミヤコにはちょっと甘すぎたが、喉越しのいい桃のチューハイを半分ほど飲み下した時、そういえば、と思い出して仏壇に供えられた引き出しを開けてみた。そこでハンカチに包まれた黒い鍵を見つけた。シンプルな歯型の鍵で、特に秘密めいた感じではなかったが、大事にハンカチに包まれているのが気になる。ミヤコはクルクルと鍵を回し鍵を見つめ、伺いを立てるように祖母の遺影を見上げた。

「鍵を閉めなきゃいけないほど、大事なものしまってたの?玄関の鍵すら閉めなかったおばあちゃんが?まさか扉の向こうは金庫、なんてことはないでしょうね」

 線香が燃え尽きるまでミヤコは仏壇の前で祖母に話しかけていたが、線香が消えると、腰を上げて、廊下の扉まで突き進んだ。

「これで開かなかったら、家探しだよ、おばあちゃん。」

 そう言って、ミヤコはふっと鼻で笑う。祖母とはよく宝探しをした。その宝は、色とりどりのおはじきをブリキ缶に入れたものだったり、500円玉大のビー玉だったりした。祖母が子供の頃遊んだものだったらしく、祖母にとっては「宝物」だったのだ。

 ミヤコは祖母とする宝探しが大好きだった。うまく見つけられればそれはミヤコのものになったし、見つけられなくても、その宝に関する昔話を聞くのも楽しみだったから。

「おばあちゃんの頭の中は、宝ものだらけだね」というと、とても嬉しそうに笑っていたのを思い出す。

 ミヤコは鍵を扉の鍵穴に差し込んだ。ごくりと思わず喉を鳴らす。

「どんな宝が入っているのやら…」

 鍵を回すとカチリと音がして、ドアがギギ、と開いた。



==========

読んでいただきありがとうございました。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

薄幸ヒロインが倍返しの指輪を手に入れました

佐崎咲
ファンタジー
義母と義妹に虐げられてきた伯爵家の長女スフィーナ。 ある日、亡くなった実母の遺品である指輪を見つけた。 それからというもの、義母にお茶をぶちまけられたら、今度は倍量のスープが義母に浴びせられる。 義妹に食事をとられると、義妹は強い空腹を感じ食べても満足できなくなる、というような倍返しが起きた。 指輪が入れられていた木箱には、実母が書いた紙きれが共に入っていた。 どうやら母は異世界から転移してきたものらしい。 異世界でも強く生きていけるようにと、女神の加護が宿った指輪を賜ったというのだ。 かくしてスフィーナは義母と義妹に意図せず倍返ししつつ、やがて母の死の真相と、父の長い間をかけた企みを知っていく。 (※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)

処理中です...