【完結】クローゼットの向こう側〜パートタイムで聖女職します〜

里見知美

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第2章:西獄谷編

第54話:希望の光

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「さあ、どうしますか」

 ルノーの冷たい声が、隊員達の心に重くのしかかった。

 それまでは皆、国の命令を受けて討伐を続けてきた。

 使い捨ての道具のように使われ、命を落としても補充されるだけでねぎらいの言葉もなければ、何の補助も保証もない。町や村は生活をするだけでも大変だったし、国は討伐隊を寄越すだけで、神殿での清めも回復魔法も受けられない平民もたくさんいた。ミラート神に絶望し信仰心を忘れた人々もいるし、聖女に疑いの目を向けている人間はそれ以上に多い。

 そんな絶望の中で、緑の砦を中心に希望が広がった。

 隊員の心に灯された光。それぞれの顔に戻った笑顔と、身体中に感じた爽快感。美味いものを美味いと思い、感謝と慈愛に溢れた心。差し出された手の温もり。それはハルクルトを介してあっという間に村や町へと広がった。

 精霊が帰ってきた。

 森が戻ってきた。

 風が動き出した。

 現聖女でもなく、王でもなく。愛し子がもたらした生きる希望。

「俺は、ミヤさんについていきます、ルノー副隊長」

 一人の隊員が顔を上げ、静かに言った。その一言で次々と同意の言葉が上がる。13人の討伐隊員が一致の声をあげた。ルノーは満足げに頷いた。

「アッシュ隊長」

 アッシュは隊員達を見回して、ふうと息を吐いた。

「……もとより、俺はミヤさんを守るつもりでここまで付いてきたんだ。今更反論するつもりはない」

 うおおー!と隊員達が歓喜の声をあげた。

「良かったっス」

 ルノーが肩をすくめ、ふっと微笑んでから結界を解いた。

 この先の裏切り行為は、死をもって償う。執行人について誰かに話そうとすれば、その直前に舌がちぎれ、壮絶な死を精霊によって受け渡される。

 ーーなんて事は言わなくてもいいっスよね。

 なぜなら彼らは我ら執行人に選ばれたわけではなく、それに追随する兵士というだけなのだから。

「それじゃ、あとはアイザック達が出てくるまで飯の準備でもしましょうか」
「おおー!」


 *****



「たとえ瘴気が払われて森が戻っても、ミラート神国とルブラート教の確執が失くならない限り、同じことは繰り返される」

 アイザックがテーブルに両手をついて、ミヤコの顔を覗き込んだ。

「それはこの国の問題であって、わたしがどうこうできる問題じゃないでしょう」
「精霊の力を借りて、ルブラート教をひっくり返すことができるだろう?俺たちが今やるべきは現聖女を排除し、ルブラート教を解体することだ。本当なら精霊王があいつらをぶっ潰してくれれば一番簡単なんだが」

 そんなアイザックの意見にミヤコはムッとする。人間同士の争いに精霊の力を使うのは自然の法則に反する。精霊は道具じゃない。どちらが正しいなんて考える事はしないのだ。

 精霊たちはアイザックとミヤコの間に流れる不穏な空気を敏感に嗅ぎ取り、キャーキャー言いながら部屋の隅っこに固まっている。それを横目にミヤコはキュッと口を結んだ。

「精霊は基本、人間に干渉しません」

「だから嬢ちゃんの力を借りたいつってんだ」
「わたしにできるのは、歌で植物を育てたり瘴気を払うことぐらいです」
「あんたは自分の力を過小評価しすぎるんだよ。ほんの2、3日一緒にいただけでも何度奇跡を見せたと思ってんだ」
「過小評価も何も、わたしは精霊の力を借りてるだけ。人間同士の紛争に精霊を使わないで」

 アイザックはバンッとテーブルを叩いた。ミヤコはビクッと首をすくめるが、ぐっと足に力を込めてきっとアイザックを見据える。

「だったらこの国を潰しちまえってことか」
「そんなこと言ってないでしょう!この国の王様は何やってるのよ。国民を守るのが王様の役目じゃないの?」
「だから!その国王が使い物にならねえんだよ!じゃなかったら、あんたがここに現れるまでもなかっただろう!」
「だったら王様をすげ替えたらどうなんですか!あなた方の国の事でしょう!わたしは政治的革命の大義名分を持ってここまで来たんじゃありません!」

 言い合いが白熱してきたところでクルトが間に入った。

「二人とも落ち着いて」

 アイザックもミヤコもふーふーと息を荒げ、お互いを睨みつけている。

「……何も討伐を頼んでるわけでも、暗殺を計ってるわけでもないんだぜ」
「当たり前です!」

 ミヤコは大きく息を吸い込んで、気を落ち着けようと唇を舐めた。

「とにかく、アイザックさんが言うことは、わたし一人には責任が重すぎます」
「……んなこと、言われてもなあ。嬢ちゃんが精霊の愛し子だってことは変わんねえし」
「だからってミラート神国の進退をわたしに任せるなんて無理です」
「これ以上後退できないとこまでいってんだ、今更できることなんてぶっ潰しちまうか救うかしかできねえだろ」
「そんな簡単に!」
「簡単じゃねぇから言ってんだよ!!俺達にはどうにもできねえっつってんだ。あんたには力があるんだろ?何うじうじ言ってんだよ!出来ることがあるくせに、なんでやらねえんだよ!」
「…っ!」

「アイザック…落ち着け」
「俺は落ち着いてるよ!」

 ガツッと椅子を蹴飛ばして、アイザックは荒々しく自分の髪を掻きむしった。ミヤコは涙目でギッとアイザックを睨みつけたまま、ぎゅっと握りこぶしを作り叫びたいのをぐっと堪えた。

「何も知らないくせに!」
「あんただって知らねえだろう!俺たちはこれまでだって命張って生きてきてんだよ!何にもできなくても、魔物に食われても、食べるものがなくて餓死しても、生きようとしてんだ!あんたには少なくとも力があって、助けられるかもしれない命があるのに、グダグダメソメソしやがって!イチャイチャするためだけに来たのかよ」

「アイザック、もうやめろ」

 アイザックは蔑む様にクルトに目をやり、ぺっと床に唾を吐いた。

「そうやって男に囲われて、大事に真綿に包まれて『できない、やりたくない』って言ってんなら、尻尾巻いて自分の平和な世界に帰りゃいいだろ!」
「アイザック!」

 ほとんどやけくそになって言い放ったアイザックに、クルトが声を荒げた。

「お前の不満のはけ口にミヤを使うな!」

 アイザックは口を噤み、チッと舌打ちをすると「頭を冷やしてくる」と言って階段を上って行った。

「……何よ!なによ、なによ!人に全部責任押し付けて!言いたい放題言って!」
「ミヤ…」

「わたしだって!出来る限りのことしたいよ!助けてあげたいよ!だけどわたしが出来る事なんてせいぜい瘴気を払うことぐらいでしょう!どうしてそこから国の進退につながるのよ!わたしじゃなくて王様に頼みなさいいよ!自分で動かしてみなさいよ、自分の国なんだから!むかつく、アイザック!」

 ミヤコはその場に立ち尽くし、ぼろぼろ涙を流しながらもぎゅっと手が白くなるほど拳を握り締める。

 やらなければならないことは、わかっている。ミヤコにできることはほんの僅かな事だ。瘴気を払って、健康な森を蘇らせる。

 それだけだ。

 精霊の力を借りて、正常な木々に戻せば空気も綺麗になるし、魔獣も通常に戻り、野生動物もきっと戻ってくる。それくらいのことならいくらでも歌うし、植栽もしよう。それで人々が立ち直るきっかけを作れるなら、何でもしよう。

 だけど、アイザックの言うことは、反ミラート神国に制裁を加えることを両手を上げてミヤコに丸投げをしているようなものだ。ミラート国の人間を救うように、誰も彼もが幸せになれるように、お膳立てをしろと言っているようなものだ。ミヤコ一人の力で引っくり返せと、それができるだろうと縋るように見つめてくる。

 わたしが感情のまま暴走する恐怖を知らないから。

 命を奪う力があることを知らないから。

「ミヤ、大丈夫だ」

 クルトがふわりとミヤコを抱きしめる。

「クル、ト、さん…」

「一人じゃない。僕もいる。一緒にできることから一つづつ片付けていこう」
「…人の命の責任なんて、持てないよ」
「責任なんか、持たなくてもいいんだ」
「……でもっ」

 クルトの片腕を両手でつかみ、ぎゅっと涙がこぼれるのを我慢するミヤコにクルトは大丈夫、大丈夫と空いている方の手で頭を撫でた。ミヤコはくるりと体勢を変え、クルトの胸に顔を埋めた。両手をクルトの体に回すと、クルトもぎゅっとミヤコを抱きしめる。クルトの心音がトクン、トクンとミヤコに伝わる。

 その音を聞きながら、ミヤコは自分が落ち着いてくるのを感じた。

「……弱音吐いて、ごめんなさい」
「弱音じゃないよ、ミヤ。君がやろうとしている事はすごく勇気のいることだ。本来なら僕たちがやらなければならないことを、君に押し付けている」
「クルトさん」
「……君がやらないと言っても文句は言わせないから。ゆっくり考えて欲しい。ミヤが帰りたいというのなら無事に送り届けよう。立ち向かうというなら、僕が全身全霊をかけて守ろう。だから、すべての責任を背負う必要はない」




 *****




「あれ、アイザックさん、どうしたんスか?情報見つけました?」
「ん~、まあな。ちょっと休憩だ」

 外に出ると、ルノーと隊員たちが食事の準備をしていた。森は徐々に生い茂り、周囲は爽やかなミントの香りが充満している。

 アイザックは大きく息を吸い込んだ。

 森には光が溢れ、先程とは全く違う空気が流れている。これが愛し子の力か、とアイザックはぼんやり辺りを見渡した。ルノーと隊員たちを見ると、どうやら意見はまとまったらしい。

「全員参加か」
「ええ。ま、当然っスけどね。みんなミヤさんの力目の当たりにしてるし、胃袋もがっちり掴まれてますからね」
「そうか…」

「で?そっちはどうなんっスか?」
「聖女の事とかはわかったけどな。対処法はまだ探してるとこだ」
「そうっすか。……で、ミヤさんとハルクルトさん、二人っきりで中に残してきて大丈夫なんすかね」
「お?ああ、まあ今んとこ大丈夫だろうとは思うぞ。ちょっとやりあったんでな…」
「やりあったって……あ~!アイザックさん、さては短気起こしたっスね!?」
「いや、まあ、……うん。ちょっとな」
「ミヤさんにっスか?うわ、サイテー!」
「!、っるっせえ!ちょっと揶揄ったら逆に噛みつかれただけだ」
「言ったじゃないっすか、彼女容赦ないって!内臓から浄化されても知らないっすよ!」

 全くだ。

 ポヤポヤして、いいとこのお姫様みたいなくせして、全力で噛み付いてきやがった。
 押し付けられることの重さをしっかり把握していた。

「ああ~、うるせえな。わかってるよ。大人気なかった」

 精霊たちにもブンブン集られて文句を言われながら、アイザックは舌打ちをした。

 別に責めるつもりも責任を押し付ける気もなかった。ちょっと揶揄ってやろうとか、追い詰めてみたらどうなるかとか、そんな軽い好奇心だった。なんたって、俺たちの命を、国の命運を賭けるべき女だから、扱い方は知っておくべきだと思っただけだ。

 まさかあんな風に歯向かって来るとは思いもしなかった。

「……思ってたより気の強え女だわ、あいつ」

 だから思わず、ほんのちょっとだけ本気になっちまっただけだ。

 精霊たちがキャーキャーいいながらアイザックの頭を叩く。

「わかったよ!しゃあねえな…。お前たちに愛想尽かされる前に謝るか」

 アイザックは頭をガリガリ掻いて階段を戻っていった。

===========

沢山のエールありがとうございます。
完結まで、お付き合いください。
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