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第2章:西獄谷編

第57話:ミヤコの決断

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「まず女、お前の力で瘴気を払ってもらう」

 モンドの立てた作戦は単純なものだった。

 西獄谷ウエストエンドの入り口から届く範囲でミヤコの精霊の力で魔性植物の瘴気を浄化し、魔獣をおびき寄せる。溢れ出てきた魔獣を討伐隊が倒し、先に進む。それを繰り返し、西獄谷ウエストエンドを正常な谷へと戻す。

 調査では西獄谷ウエストエンドの中心あたりに沼があり、そこから魔獣が生まれ出るらしい。その沼を浄化できれば、今後この谷が魔獣に襲われることはない。そこまではクルトを含むアッシュ率いる討伐隊の仕事だ。その後、谷に潜んでいるであろうルブラート教のアジトをモンドの率いる騎士たちが潰す。

「えらく単純だな」
「無理な依頼はせん。手駒は無駄にしたくないのでな」
「…にしては、魔獣討伐は全部俺たち下っ端の仕事かよ」
「嫌なら、無理に参加しろとは言わんよ、アイザック」
「チッ。お貴族様は手柄を所望ってやつかい」
「戦士や冒険者は自由参加だ。町に残り民を守ってもらうのもいいだろう」

「俺たち精鋭討伐隊は15人。それにミヤさんとハルクルト隊長、アイザックの18人だが、モンドの隊には何人いるんだ?」

 そこで、見かねたアッシュがアイザックとモンドの会話に割入った。モンドはフンと鼻を鳴らしアッシュに顔を向ける。

「谷に入るのは30名ほど。町に残るのが50人、外壁を守るのが50名ほどだな」

 作戦会議が続く最中、ミヤコは机上に広げられた地図を見ながら眉をひそめた。

 西獄谷ウエストエンド東の魔の森イーストウッドの3倍ほどの大きさがある。
 ミヤコの歌がどこまで浸透するか判らないし、谷の構造から一旦森に入れば逃げ道はない。

 西獄谷ウエストエンドは山に囲まれた渓谷だ。入り口は広く、先に進むほど狭くなる漏斗ファネルのようなもので、突き進めば山にぶち当たり、袋小路になるらしい。ただ記録には渓谷を流れる川が地下へ向かって流れ落ちていくが、どこへ流れ着くのか誰も知らない。そもそもその川の流れがおかしいのだ。

 ミヤコは首をひねった。

 山から流れ出す渓流が森を抜けて沼へ流れ込み、そこから逆流するように山の間へと戻ってくる。山から流れ出した川は普通に考えれば平地へ流れるか海へと続くはずなのに、この谷では全てその中で巡回しているように見えた。

 そして谷の上空に流れる強風は常に谷からではなく、谷に向かって吹いているらしい。
 そのせいで山にぶち当たった強風は谷に戻り、谷の瘴気は谷の中だけで巡回され強い瘴気は谷の外に流れ出てくることはない。だからグレンフェールのような町も魔獣の危険はあれど、瘴気に包まれることはないのだ。

 不自然な風と水。おそらくその沼に元々の聖地ウスクヴェサールがある。

西獄谷ウエストエンド東の魔の森イーストウッドと同じで、元々薬草が豊富で、精霊がいたと聞いたことがある。始まりの聖女が現れたのも西獄谷ウエストエンドだったという説もある」
「そうなんですか」

 文献については公にするな、とハーフラの遺跡を出る前にルノーとアイザックに釘を刺された。王室にも知られていない秘密機関なのだから当然のこと。

 四大聖域は精霊と関係が深い。

 大地と風、炎と水。普通に考えても四元素はこの四つ。

 聖地ソルイリスでクスノキにいたのは地の大精霊だった。大地の汚れから瀕死だったところを浄化して生還を果たした。西獄谷ウエストエンドの聖地ウスクヴェサールには水の大精霊。何らかの力が働いて守られていた場所が汚された、と考えればあのあたり一帯に結界のようなものが張られているのではないか。

 だから水は逆流して谷に戻り、吹き荒れる風は谷の中だけに収まっている。

 東の魔の森イーストウッドのように結界が外れることがあれば、瘴気は一気に流れ出してグレンフェールの町まであっという間に包んでしまうかもしれない。

 となると、結界を解くより先に谷を浄化しなければならない。

「この谷、思ってるより手強いかもしれません」

 ミヤコは考えをまとめて、顔を上げた。

 ミヤコは仮定として西獄谷ウエストエンドになんらかの結界が張られていることを説いた。風と水が谷の中だけで循環しているのだとしたら、たとえ入り口付近の瘴気を払っても谷の奥の山側から流れてくる風の巻き返しで清浄な気は瘴気に消されてしまう。

 風の流れに沿って行くのなら谷の奥側から浄化していかなければ効果は半減される。だが水源さえ突き止めれば、水の浄化は簡単にできる。風についても同じで、結界の中に入り、瘴気の最も強い場所であり、風が最も吹き荒れる場所を摘めば歌はその風に乗り、谷全体を浄化することは歌いながら突き進むより早いだろう。

 ただ問題はそこまでどうやってたどり着くかだ。

 やみくもに風魔法に乗って飛び回りミヤコに結界を張り続けることは、いくらクルトの魔力が増えたからといって無理がある。それに他の討伐隊員もついてくることができない。西獄谷ウエストエンドに巣食う魔獣の凶暴さは予てから聞いている。ミヤコを守りながらのクルトとアイザックだけでは、死にに行くようなものだ。

「うん、それは難しいか…」
「くそっ、ここまで来て…!」

 クルトとモンドも眉をしかめた。アイザックはふむ、と頭を掻く。

「俺だけなら斥候として行けないこともないが、いったところで浄化はできんしな。今の西獄谷ウエストエンドに入って出てきたやつは皆無だ。何が起こっているのか皆目見当もつかん。嬢ちゃんを連れて行けば早いが…」

 クルトがギロッと睨み、アイザックは口を閉じた。

「……谷をオーバーライドするかな」

 んーと考えてミヤコが提案した。

「オーバーライド?」
「ミントとドクダミは根を張る植物で雑草のように増えるんです。瘴気の生産量以上の精気を生み出すことができれば上書きオーバーライドができるかもしれません。ただ、風と水にどこまで対抗できるかが問題で、精霊たちが瘴気にやられると逆に危険極まりないんですが」
「……それは得策とは言えないだろう…?」
「まあ。そうですね。でも他に方法がなければ」

 ミヤコはそう言って一拍おくと、いい忘れていたかのように人差し指を立てると話を続けた。

「あと、もう一つ気になったのが、結界です。風も水も通り抜けできない結界が張られているようなので、ひょっとすると入れないかもしれないということと、入れても出られないという事になるかも知れないです」
「結界?!」
「結界保持者が誰かということも探すべきだと思います。結界は保持者より強い人が壊すか、保持者が解くかしかないでしょう」

「お前のいう結界の仮定が正しいとして、いったい誰があの広範囲で結界を張るというんだ?」

 モンドが口を挟んだ。考えられない仮定だが、そう考えると腑に落ちる。だが現聖女は結界を張るような力はない。となれば、ルブラート教徒に結界を張れるほどの魔術師がいるということか。

「もしかすると、精霊かも知れません」
「な、に?」
「あそこに聖域があるのでしょう?だとすれば水の大精霊が関係しているのかも知れない」
「水の、大精霊?」

「そうか。考えられないことはないな。大精霊が聖水が汚された地点で汚れを広げないように結界を作り西獄谷ウエストエンドだけに抑えているか…」

 アイザックも頷きながら可能性を考える。

「あるいは大精霊にとってですら大きな力に対抗しているか、ですね」

 ミヤコが確認するようにみんなの顔を見渡す。そしてクルトに目を止めるとしばらく見つめてからふいと視線を外す。

「ミヤ?」

 ミヤコは大きく息を吸い込んで、キュッと覚悟を決めた。

「わたしに行かせてください」



 *****



「バカなことを言うな!」

 クルトに怒鳴られて、首をすくめるミヤコ。だが、まあ当然か、と苦笑する。

「何を考えてそんなことを!自殺行為だ。そんなことをすれば、精霊王の怒りを買って滅亡するのは僕達の方だ!」
「おじいちゃんには言伝を残してあります」
「まさかあの時の…!」

 クルトはハーフラの遺跡を出る前の会話を思い出した。

「あれは聖域の現状について聞きだすと…」

「勝算はあるんです。大精霊を見つけさえすれば」

 ミヤコは被るように言葉を続けた。

「そこにたどり着くまでにどれだけ危険があると思ってるんだ!」
「瘴気は歌で浄化できます。魔性植物は精霊を避けるきらいがあるので、歌い続けて精霊さえ健康な状態にしておけばある程度問題ないと思うんですよね」

「ミヤ…!僕を見て。聞いてくれ。頼むからやめてくれ」

 懇願するようにクルトがミヤコの肩を掴む。ミヤコの細い肩に食い込むように掴まれ痛いほどだ。だがミヤコは真摯な目でクルトを見つめる。

「だって、クルトさん。みんな生きようと必死でしょ。どうしてわたしだけそうやって守られてのうのうとしていられると思うの?わたしは何のためにここに来たと?」
「……っ!」
「アイザックさんが道中言ったように、出来る事があるのにやらないっていう選択は、やっぱりないかなって。わたしの意地もあるんですけど」
「あいつの言葉なんか…!」
「わたし、クルトさんが守りたいものを守りたいって言ったじゃない?」

 クルトは泣きそうな顔を上げると、ミヤを抱きしめる。

「ミヤ。ダメだ。行かないで。…僕が守りたいのは君だけだ…!」

 ミヤコはクルトの背に手をまわすと、ポンポンと叩いて「大丈夫」という。

 いつだったかそうやって子供をあやすように背を叩かれたことがあった。初めて掠めるようにキスをした時だ。クルトがミヤコを抱きしめて、「すまない」と謝った時。

 ――困らせているのは、僕の方か。

「じゃあ、わたしもクルトさんを守るために、自分を守らなくちゃね」

 クルトの顔を覗き込むように体を離し、ミヤコが笑った。

「それなら、僕も行こう」
「クルトさん、それは」
「俺も行くぞ」

 振り向けば、アイザックもいつになく真剣な顔をして口元を歪ませた。

「盾になるって約束したしな」
「俺も行くっス」

 その横にはルノーが並び、ヘラッと笑う。

「アイザックとハルクルト隊長だけにしたら、喧嘩ばっかりでミヤさん守れないかもしれないっスからね」
「ハルクルト隊長!ルノー!俺も…」
「アッシュ、お前は残れ」
「隊長!?」
「隊長はお前だ。討伐隊員たちをまとめる人間が必要だろ。もしも僕たちが谷に入った後で、魔獣が飛び出してきたらそれはお前に任せる。誰一人欠けさせるな」
「うっ……で、ですがっ」
「僕とアイザックとルノーがいるんだ、必ず帰ってくる。だから後は頼んだ」
「…、必ず帰ってきてください!もう、二度とあんな思いをするのはごめんですからね!」

 アッシュはぐっと眉に力を入れて言値をとる。

「ふうん。ずいぶん入れ込んだもんだな。女一人に三人の要人か」

 モンドがニヤニヤしながら座っていた椅子を傾け足を机に投げ出した。

 アイザックとクルトの視線が強くなるが、モンドは気にする風でもなく両手を頭の後ろに回す。

「せいぜい死なないよう結果を見せてくれよ」

 ミヤコは目を細めて、モンドを見つめる。モンドはニヤニヤしているようで、その目は笑っていない。挑発するようにミヤコに視線を投げる。


『どこまで出来るか見てやろうじゃないか。精霊の愛し子』


 その視線を受け、ミヤコは一瞬だけ嘲るようにふん、と鼻を鳴らしツンと顎を上げてから、外に向かって踵を返した。

「そうやって踏ん反り返っていられるのも今の内よ」



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「頼まれてもミヤコのハーレムにお前は入れんけどな」(アルヒレイト談)
「ハーレムなんて作ってません!」(ミヤコ 激オコ)
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