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第3章:聖地ウスクヴェサール編
第70話:再会
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クルトたち3人がモンドの背を見送ってしばらくしてから、アイザックがクルトに半分石化したバックパックを手渡した。
「これは、ミヤの…」
「……ああ。あの後、俺も探してみたんだがこれしか見つからなくてな。お前に渡しておくよ」
手渡されたバックパックは肩ひもの部分が引きちぎれられ、その半分は石化していた。ジッパーは固く閉じられていることから、おそらく中身に被害はない。だがボロボロになったバックパックからどんな状況にミヤコが置かれたのか一目瞭然だった。
クルトは目を閉じて、騒ぐ心を落ち着かせようと大きく息を吸う。
あの小さな体で、毎回毎回とんでもないことをしてくれる…。心臓がいくつあっても足りないとクルトはため息をついた。いかに精霊たちがミヤコは無事だと言ってもそれはそれ、これはこれ。男としてミヤコを守ると言い切ったものの、実行されていないとクルトは歯ぎしりをする思いだった。
「ま、あの女に惚れた時点で男としての沽券は忘れるんだな」
そんな心境を理解してかアイザックがはっと笑った。
「人として何枚も上手なんだよ、嬢ちゃんの方が。俺たちの誰よりも」
「あー。それ言えるっすね。ミヤさんは人間離れしてる」
「向こうから来た人間ってのは、ああも強いもんなのかな」
「…ミヤだからだよ」
アイザックとルノーが呆れたように話す中、クルトはミヤコの過去を思い返す。
「辛いことを乗り越えた人間は、強くなるしかないからな」
「…そっスね」
ふーん、とルノーもわかったように頷く。
「ひとまずその石化状態のバッグ、異常回復魔法、効くんスか?」
「ルノー使えるのか?」
「え?いや、俺はポーションしか使ったことないっスよ。ハルクルト隊長は?」
「使えないな」
「じゃ、ポーションかければいいんっスか?」
「……そのポーションがバッグの中にあるんだよな」
「意味ないじゃないっスか。アイザックさんは?」
「俺は聖魔法と炎だけだ」
「異常回復って聖魔法じゃないっスか?」
「…そうか。使ったことはないな…」
「宝の持ち腐れじゃないっスか!」
「うっせえ!仕方ないだろ!必要なかったんだから!」
「まあ、グレンフェールに戻れば薬草があるからな。作れないでもないが、これは無理だろうな。回復薬が物に効くなら加冶屋も武器屋も仕事が上がったりだ」
そんな会話をしている時だった。
湖全体が震えたかと思った瞬間、刺すような光が谷を襲った。
「!?」
何事かと武器を構え三者三様に殺気を迸らせたものの、次の瞬間には光は消え陽だまりとミントの香りが広がった。クルトがはっと顔を上げ、目を見開く。
「ミヤだ!」
***
敵襲かと焦り、構えてみたものの殺気はなく、代わりに神聖な何かが空気中に含まれた。気がつけば、音もなく湖の真ん中に水柱が立ちキラキラと光を含んだ飛沫が上がっている。飛沫がスローモーションでゆっくりと落ちる。
その中から現れたのは藍色の長い髪が波のように揺れる、聖人。瞬いた緑とも蒼とも言える瞳が潤み、ほんのり笑みを含んだ珊瑚色の唇が弧を描く。その腕の中にすっぽりと収まっているのは、飛沫を宝石のように纏ったミヤだった。
瞬きをして不意にあげた瞳が映し出すのは、ミヤを抱きしめる聖人で。聖人がミヤの耳元に唇を寄せ、何か呟くとミヤがほんのり頬を染め微笑んだ。
その顔が幻想的で、まるで手の届かない遠い存在で。
心が張り裂けんばかりにミヤの名を呼んだ。
僕の声に反応して、ミヤが振り向いた。
ああ、僕の愛しい人。かけがえのない唯一の存在。
間違いなく、あれはミヤだ。僕のショールを体に巻きつけ、しっかりその裾を握っている。それを見て、途端に心の氷結が溶けていくのがわかった。血が身体中を駆け巡り、心臓が高鳴る。
ミヤは一瞬きょとんとしてから目を大きく開き僕の姿を確認すると、まるで春の日差しのように微笑んで、駆け寄ろうと聖人の腕からすり抜けようとして。
引き戻された。
「湖の上ではそなたは沈んでしまうぞ」
聖人はそう言って笑いながらミヤを抱き直した。
愛おしそうにミヤの髪に頬を寄せて、優雅に水の上を歩いてこちら側へ向かってくる聖人。いや、精霊か。彼の水の大精霊。水の大精霊は女性だと噂で聞いていたが、どう見たって男性だろう。ミヤは妖精王に続き、この大精霊までも救ったのか。
岸にたどり着く手前で、大精霊は足を止めた。もう少しでミヤをこの手に取れるのに、何を。そう思ったところで大精霊と目があった。
大精霊はニヤリと腹黒く笑い、ミヤの耳元に口を寄せた。
こいつ…わざとか。
ミヤは真っ赤になって、慌てて大精霊の腕から滑り降りると僕に駆け寄った。ミヤの身体をしっかりと抱きしめて力を込め、大精霊を睨み返した。
大精霊は整った眉を八の字に下げて両手を降参というように掲げた。
「クルトさん…!無事でよかった!」
ミヤが僕の背に手を回して僕の胸に顔を埋めると、途端にさっきのどす黒い嫉妬が溶けて無くなってしまった。
「ミヤ…君は本当に無茶ばかりして…!」
そのあとは言葉が続かなかった。本当に心配したんだ。君がいない世界なんて考えられない。きつく抱き締めすぎて、パンパンと背中を叩かれるまで気がつかなかった。
***
ウスカーサに抱きしめられたまま、水泡に包まれてふわりと無重力を味わったと思ったら、景色が変わっていた。
西獄谷に戻ってきたのだ。ミヤコは一瞬、自分がどこにいるのかわからず、きょとんとしたが、自分の名を呼ぶ聞きなれた熱を含む声に、はっと顔を上げた。
ひどく長い間、聞いていなかった恋い焦がれた声。
その考えに及んで、ミヤコは自分がいかにクルトを恋い焦がれていたのか気がついて、心臓がドクンと跳ね上がった。考えるよりも早く身体が反応して、駆け寄ろうとした瞬間引き止められて、訝しげにウスカーサを見上げる。
「湖の上ではそなたは沈んでしまうぞ」
「あ…っ」
改めて、自分が抱きかかえられたまま、湖に浮かんでいることに気がついて顔を赤らめる。
(やだ…。思いっきり駆け寄ろうとしてた)
「ところで、愛し子…。あの赤毛はそなたの番か?」
「つ、つがい?ち、違う。クルトさんは、その…」
「ふむ…。これが妖精王の言うところの…なるほど。愛いな」
「な、何をぶつぶつ言って…?」
「いや…ミヤコ。見るがいい」
ウスカーサはそういうと、自分の顔をミヤコの髪に埋め、器用にその顎をミヤコの肩の上に乗せいたずらっぽく微笑んだ。
「あの男、ずいぶんそなたを好いておるようだ」
ミヤコの耳元でそう呟く。
「えっ」
「ククッ。今にも跳びかかりそうだ。風の使い手か…おや?……これは、これは」
ウスカーサはますます楽しそうに笑みを広げた。耳に息がかかり、唇が当たるのを感じてミヤコは慌てた。
「ちょっと!」
「さあ、楽しんで来い」
そういうとウスカーサはミヤコを解放した。ミヤコは真っ赤になり、慌ててウスカーサの手の中から飛び降りた。ぽかんとしているアイザックとルノーを横目にクルトに駆け寄ると、ウスカーサから奪い返すかのように抱きしめられ、すっぽりとクルトの胸の中に収まった。
その暖かさにミヤコはホッと息をつき、甘えるように胸に頬を摺り寄せた。
「クルトさん…!無事でよかった!」
「ミヤ…君は本当に無茶ばかりして…!」
そういったクルトがギュウギュウとミヤコを締め上げ、背骨が折れるかと焦ったところで力が緩んだ。
「ハルクルト隊長、ミヤさん殺しちゃダメっすよ」
ルノーが面白そうに、クルトの背中をポンポンと叩いてクルトは顔を赤らめた。さすがに自分の行動に気がついたらしい。
(うっ。久々のイケメン度に凝視できない。赤くなるクルトさんなんて、初めてじゃない?)
ミヤコは名残惜しげにクルトの厚い胸板から離れ後ずさったが、クルトにがっしりと肩を抱かれると、ウスカーサに向き直った。
「水の大精霊と存じあげるが」
クルトがウスカーサに向かって丁寧に声をかけた。先ほどの黒い殺気が嘘のようである。
「いかにも」
ウスカーサは楽しげに唇の端を上げた。
「そこの精霊王の愛し子にこの命を救われ、悪しき魂をも浄化してもらった。おかげで我が聖地は危機を逃れ、一族はおろか、おそらくこの大地の生命も救われたと言って過言はないだろう」
「そんな大げさな…」
ミヤコは慌てて首を振るが、クルトたち3人はゆっくり頷いた。
「だが、事態は深刻だ。我ら大精霊は今までにない危機にさらされている。今回の事件で愛し子はすでに大地の大精霊も救っていることがわかった。人間と関わり合いを持たない精霊達が、そこの子供に救われたことは由々しい事態だが、愛し子の持つ浄化の力は精霊王に負けないほどだ。そこで、そなたらに頼みがある」
クルトはアイザックとルノーの顔を交互に見る。アイザックもルノーも真剣な面持ちで頷き、アイザックがうやうやしく頭を下げた。
「俺はアイザック・ルーベン。聖地を守る執行人の大役を受け、ミヤと行動を共にしている。左のルノーも同じく。大精霊がミヤの力を必要とするのであれば、俺たちはミヤに従うまで。ひいてはそれが聖地を守るためなら、なおさらの事だ。なんなりと言ってくれ」
ミヤコは目を丸くして、アイザックを見やるが、アイザックはちらりとミヤコを見てニヤリと笑い、ウインクを飛ばした。
「同じく、俺は執行人のルノー・ク・ブラント。愛し子に忠誠を誓った仲間と考えてくれてイイっス」
ウスカーサは小さく頷くと、クルトに向き直った。
「そなたらも知っている通り聖地が穢され、我ら精霊は人間を切り捨てるか手助けをするか見極めようと観察していた次第だが、愛し子の行動で我ら精霊も動き出すことになる。だが、四大精霊の同意なしに人間に干渉することはできぬ。そこで、そなたたち…いや、愛し子には火の大精霊と風の大精霊にも会ってもらいたいのだ」
「火の精霊と風の精霊か」
「大地の精霊はすでに愛し子に加護を与えている。聖地ソルイリスを救った時だ」
クルトとルノーは「ああ、あの時か」という顔をしたが、アイザックは少し目を大きく見開いてミヤコを見た。
「嬢ちゃん、やっぱり…」
「あはは…。偶然、なんだけどね」
「私からもそなたたちには加護を与えよう。よくぞ聖地を救ってくれた。感謝する」
ウスカーサはそういうとシャランと細いロッドのようなものを水で作り上げ、円を描いた。
空中に描かれた輪は、ロッドの動きに従って、ミヤコたちの頭上に移動したと思うと光り輝きしゃらしゃらと音を立てて降り注いだ。
すっと身体が軽くなった気がした。
「おぉ…」
アイザックが両手を凝視し、ルノーは硬直し、クルトはミヤコの肩に置いた手に力が入った。
三者三様の驚きを示したが、3人とも体から倦怠感が去り、魔力が身体中を巡ったことでぶるっと体を震わせた。
ミヤコはすでに加護を受けていたのか、それとも疲れが残っていなかったのか、加護を体感することはなかったのだが、クルトの寝不足気味の目の下のクマが失せたことで体調が戻ったのだと悟った。
「それぞれの大精霊は聖地アードグイと聖地ラスラッカにいる。道のりは厳しいが私から直接手を貸すことはできない。四大精霊がひとところに集まるわけにはいかないのでな…。ミヤコは精霊王とキミヨ殿が付いているから、どうしても必要な時は声をかければいい。孫娘にそのくらいの手助けは許されるであろうから」
「ありがとうございます」
「ああ、それから。知っているかもしれないが、」
ウスカーサの姿に透明感が出て、水泡へ変わろうと言わんばかりの時にもう一つ、とミヤコたちに忠告をした。
「ミラートは神ではない」
そして水泡は大気中に消え失せた。
「これは、ミヤの…」
「……ああ。あの後、俺も探してみたんだがこれしか見つからなくてな。お前に渡しておくよ」
手渡されたバックパックは肩ひもの部分が引きちぎれられ、その半分は石化していた。ジッパーは固く閉じられていることから、おそらく中身に被害はない。だがボロボロになったバックパックからどんな状況にミヤコが置かれたのか一目瞭然だった。
クルトは目を閉じて、騒ぐ心を落ち着かせようと大きく息を吸う。
あの小さな体で、毎回毎回とんでもないことをしてくれる…。心臓がいくつあっても足りないとクルトはため息をついた。いかに精霊たちがミヤコは無事だと言ってもそれはそれ、これはこれ。男としてミヤコを守ると言い切ったものの、実行されていないとクルトは歯ぎしりをする思いだった。
「ま、あの女に惚れた時点で男としての沽券は忘れるんだな」
そんな心境を理解してかアイザックがはっと笑った。
「人として何枚も上手なんだよ、嬢ちゃんの方が。俺たちの誰よりも」
「あー。それ言えるっすね。ミヤさんは人間離れしてる」
「向こうから来た人間ってのは、ああも強いもんなのかな」
「…ミヤだからだよ」
アイザックとルノーが呆れたように話す中、クルトはミヤコの過去を思い返す。
「辛いことを乗り越えた人間は、強くなるしかないからな」
「…そっスね」
ふーん、とルノーもわかったように頷く。
「ひとまずその石化状態のバッグ、異常回復魔法、効くんスか?」
「ルノー使えるのか?」
「え?いや、俺はポーションしか使ったことないっスよ。ハルクルト隊長は?」
「使えないな」
「じゃ、ポーションかければいいんっスか?」
「……そのポーションがバッグの中にあるんだよな」
「意味ないじゃないっスか。アイザックさんは?」
「俺は聖魔法と炎だけだ」
「異常回復って聖魔法じゃないっスか?」
「…そうか。使ったことはないな…」
「宝の持ち腐れじゃないっスか!」
「うっせえ!仕方ないだろ!必要なかったんだから!」
「まあ、グレンフェールに戻れば薬草があるからな。作れないでもないが、これは無理だろうな。回復薬が物に効くなら加冶屋も武器屋も仕事が上がったりだ」
そんな会話をしている時だった。
湖全体が震えたかと思った瞬間、刺すような光が谷を襲った。
「!?」
何事かと武器を構え三者三様に殺気を迸らせたものの、次の瞬間には光は消え陽だまりとミントの香りが広がった。クルトがはっと顔を上げ、目を見開く。
「ミヤだ!」
***
敵襲かと焦り、構えてみたものの殺気はなく、代わりに神聖な何かが空気中に含まれた。気がつけば、音もなく湖の真ん中に水柱が立ちキラキラと光を含んだ飛沫が上がっている。飛沫がスローモーションでゆっくりと落ちる。
その中から現れたのは藍色の長い髪が波のように揺れる、聖人。瞬いた緑とも蒼とも言える瞳が潤み、ほんのり笑みを含んだ珊瑚色の唇が弧を描く。その腕の中にすっぽりと収まっているのは、飛沫を宝石のように纏ったミヤだった。
瞬きをして不意にあげた瞳が映し出すのは、ミヤを抱きしめる聖人で。聖人がミヤの耳元に唇を寄せ、何か呟くとミヤがほんのり頬を染め微笑んだ。
その顔が幻想的で、まるで手の届かない遠い存在で。
心が張り裂けんばかりにミヤの名を呼んだ。
僕の声に反応して、ミヤが振り向いた。
ああ、僕の愛しい人。かけがえのない唯一の存在。
間違いなく、あれはミヤだ。僕のショールを体に巻きつけ、しっかりその裾を握っている。それを見て、途端に心の氷結が溶けていくのがわかった。血が身体中を駆け巡り、心臓が高鳴る。
ミヤは一瞬きょとんとしてから目を大きく開き僕の姿を確認すると、まるで春の日差しのように微笑んで、駆け寄ろうと聖人の腕からすり抜けようとして。
引き戻された。
「湖の上ではそなたは沈んでしまうぞ」
聖人はそう言って笑いながらミヤを抱き直した。
愛おしそうにミヤの髪に頬を寄せて、優雅に水の上を歩いてこちら側へ向かってくる聖人。いや、精霊か。彼の水の大精霊。水の大精霊は女性だと噂で聞いていたが、どう見たって男性だろう。ミヤは妖精王に続き、この大精霊までも救ったのか。
岸にたどり着く手前で、大精霊は足を止めた。もう少しでミヤをこの手に取れるのに、何を。そう思ったところで大精霊と目があった。
大精霊はニヤリと腹黒く笑い、ミヤの耳元に口を寄せた。
こいつ…わざとか。
ミヤは真っ赤になって、慌てて大精霊の腕から滑り降りると僕に駆け寄った。ミヤの身体をしっかりと抱きしめて力を込め、大精霊を睨み返した。
大精霊は整った眉を八の字に下げて両手を降参というように掲げた。
「クルトさん…!無事でよかった!」
ミヤが僕の背に手を回して僕の胸に顔を埋めると、途端にさっきのどす黒い嫉妬が溶けて無くなってしまった。
「ミヤ…君は本当に無茶ばかりして…!」
そのあとは言葉が続かなかった。本当に心配したんだ。君がいない世界なんて考えられない。きつく抱き締めすぎて、パンパンと背中を叩かれるまで気がつかなかった。
***
ウスカーサに抱きしめられたまま、水泡に包まれてふわりと無重力を味わったと思ったら、景色が変わっていた。
西獄谷に戻ってきたのだ。ミヤコは一瞬、自分がどこにいるのかわからず、きょとんとしたが、自分の名を呼ぶ聞きなれた熱を含む声に、はっと顔を上げた。
ひどく長い間、聞いていなかった恋い焦がれた声。
その考えに及んで、ミヤコは自分がいかにクルトを恋い焦がれていたのか気がついて、心臓がドクンと跳ね上がった。考えるよりも早く身体が反応して、駆け寄ろうとした瞬間引き止められて、訝しげにウスカーサを見上げる。
「湖の上ではそなたは沈んでしまうぞ」
「あ…っ」
改めて、自分が抱きかかえられたまま、湖に浮かんでいることに気がついて顔を赤らめる。
(やだ…。思いっきり駆け寄ろうとしてた)
「ところで、愛し子…。あの赤毛はそなたの番か?」
「つ、つがい?ち、違う。クルトさんは、その…」
「ふむ…。これが妖精王の言うところの…なるほど。愛いな」
「な、何をぶつぶつ言って…?」
「いや…ミヤコ。見るがいい」
ウスカーサはそういうと、自分の顔をミヤコの髪に埋め、器用にその顎をミヤコの肩の上に乗せいたずらっぽく微笑んだ。
「あの男、ずいぶんそなたを好いておるようだ」
ミヤコの耳元でそう呟く。
「えっ」
「ククッ。今にも跳びかかりそうだ。風の使い手か…おや?……これは、これは」
ウスカーサはますます楽しそうに笑みを広げた。耳に息がかかり、唇が当たるのを感じてミヤコは慌てた。
「ちょっと!」
「さあ、楽しんで来い」
そういうとウスカーサはミヤコを解放した。ミヤコは真っ赤になり、慌ててウスカーサの手の中から飛び降りた。ぽかんとしているアイザックとルノーを横目にクルトに駆け寄ると、ウスカーサから奪い返すかのように抱きしめられ、すっぽりとクルトの胸の中に収まった。
その暖かさにミヤコはホッと息をつき、甘えるように胸に頬を摺り寄せた。
「クルトさん…!無事でよかった!」
「ミヤ…君は本当に無茶ばかりして…!」
そういったクルトがギュウギュウとミヤコを締め上げ、背骨が折れるかと焦ったところで力が緩んだ。
「ハルクルト隊長、ミヤさん殺しちゃダメっすよ」
ルノーが面白そうに、クルトの背中をポンポンと叩いてクルトは顔を赤らめた。さすがに自分の行動に気がついたらしい。
(うっ。久々のイケメン度に凝視できない。赤くなるクルトさんなんて、初めてじゃない?)
ミヤコは名残惜しげにクルトの厚い胸板から離れ後ずさったが、クルトにがっしりと肩を抱かれると、ウスカーサに向き直った。
「水の大精霊と存じあげるが」
クルトがウスカーサに向かって丁寧に声をかけた。先ほどの黒い殺気が嘘のようである。
「いかにも」
ウスカーサは楽しげに唇の端を上げた。
「そこの精霊王の愛し子にこの命を救われ、悪しき魂をも浄化してもらった。おかげで我が聖地は危機を逃れ、一族はおろか、おそらくこの大地の生命も救われたと言って過言はないだろう」
「そんな大げさな…」
ミヤコは慌てて首を振るが、クルトたち3人はゆっくり頷いた。
「だが、事態は深刻だ。我ら大精霊は今までにない危機にさらされている。今回の事件で愛し子はすでに大地の大精霊も救っていることがわかった。人間と関わり合いを持たない精霊達が、そこの子供に救われたことは由々しい事態だが、愛し子の持つ浄化の力は精霊王に負けないほどだ。そこで、そなたらに頼みがある」
クルトはアイザックとルノーの顔を交互に見る。アイザックもルノーも真剣な面持ちで頷き、アイザックがうやうやしく頭を下げた。
「俺はアイザック・ルーベン。聖地を守る執行人の大役を受け、ミヤと行動を共にしている。左のルノーも同じく。大精霊がミヤの力を必要とするのであれば、俺たちはミヤに従うまで。ひいてはそれが聖地を守るためなら、なおさらの事だ。なんなりと言ってくれ」
ミヤコは目を丸くして、アイザックを見やるが、アイザックはちらりとミヤコを見てニヤリと笑い、ウインクを飛ばした。
「同じく、俺は執行人のルノー・ク・ブラント。愛し子に忠誠を誓った仲間と考えてくれてイイっス」
ウスカーサは小さく頷くと、クルトに向き直った。
「そなたらも知っている通り聖地が穢され、我ら精霊は人間を切り捨てるか手助けをするか見極めようと観察していた次第だが、愛し子の行動で我ら精霊も動き出すことになる。だが、四大精霊の同意なしに人間に干渉することはできぬ。そこで、そなたたち…いや、愛し子には火の大精霊と風の大精霊にも会ってもらいたいのだ」
「火の精霊と風の精霊か」
「大地の精霊はすでに愛し子に加護を与えている。聖地ソルイリスを救った時だ」
クルトとルノーは「ああ、あの時か」という顔をしたが、アイザックは少し目を大きく見開いてミヤコを見た。
「嬢ちゃん、やっぱり…」
「あはは…。偶然、なんだけどね」
「私からもそなたたちには加護を与えよう。よくぞ聖地を救ってくれた。感謝する」
ウスカーサはそういうとシャランと細いロッドのようなものを水で作り上げ、円を描いた。
空中に描かれた輪は、ロッドの動きに従って、ミヤコたちの頭上に移動したと思うと光り輝きしゃらしゃらと音を立てて降り注いだ。
すっと身体が軽くなった気がした。
「おぉ…」
アイザックが両手を凝視し、ルノーは硬直し、クルトはミヤコの肩に置いた手に力が入った。
三者三様の驚きを示したが、3人とも体から倦怠感が去り、魔力が身体中を巡ったことでぶるっと体を震わせた。
ミヤコはすでに加護を受けていたのか、それとも疲れが残っていなかったのか、加護を体感することはなかったのだが、クルトの寝不足気味の目の下のクマが失せたことで体調が戻ったのだと悟った。
「それぞれの大精霊は聖地アードグイと聖地ラスラッカにいる。道のりは厳しいが私から直接手を貸すことはできない。四大精霊がひとところに集まるわけにはいかないのでな…。ミヤコは精霊王とキミヨ殿が付いているから、どうしても必要な時は声をかければいい。孫娘にそのくらいの手助けは許されるであろうから」
「ありがとうございます」
「ああ、それから。知っているかもしれないが、」
ウスカーサの姿に透明感が出て、水泡へ変わろうと言わんばかりの時にもう一つ、とミヤコたちに忠告をした。
「ミラートは神ではない」
そして水泡は大気中に消え失せた。
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