【完結】クローゼットの向こう側〜パートタイムで聖女職します〜

里見知美

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第3章:聖地ウスクヴェサール編

第71話:それぞれの想い

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 そして今、ミヤコはクルトの前でしおらしく正座をしていた。膝に置いた両手はぎゅっと握り締められている。

「こ、この度は、ご迷惑をおかけしまして」
「そんなことを聞いているんじゃない」
「う……」

 今までになくクルトがおかんむりで、ミヤコの前で腕を組んで仁王立ちをしている。

 怖い。

 でかいだけに、迫力があって。イケメンだけに、真剣な顔は綺麗すぎて怖い。

「どうして、僕に睡眠の歌なんかを聞かせたんだ。君が死闘を繰り返している間、僕は精霊に見守られて草むらで惰眠を貪っていたんだぞ」
「……連日の疲れが出たのかと」
「僕はそんなに頼りないか」
「そんなつもりは…」
「じゃあなんでアイザックだけ連れて、僕だけ置いてきぼりだったんだ」
「いや、俺も寝てたんっスけど、数に入ってないっスか?」
「アイザックさんに子守唄ララバイが効かなかったのは、多分精霊たちが防御したからで」
「いや、あれはどっちかっつーと、精霊たちが嬢ちゃんを守るために俺を使った感じが強いけどな」

 ミヤコはクルトを見上げた。どうしてもミヤコを問い詰めたいらしい。のらりくらりと躱しても、納得しないであろうクルトの表情を見て、ミヤコは内心ため息をつきながらも、意を決してまくし立てた。

「じゃあ言いますけど。クルトさんは、何を差し置いても私を守ろうと動くでしょう。でも、それじゃダメだったんです。妖精王が瘴気にやられて水の大精霊ウスカーサの結界もギリギリだったし、もしも彼の結界が妖精王を浄化するより先に弾けてしまったら瘴気が谷から溢れ出るところだったんですよ。そうなったら誰が魔獣や瘴気の暴走を止めるんですか。
 それに妖精王の光の力は、半端なく人間に突き刺さります。普通の人には陰陽の心があります。陽の心は光に当てられても何ともないけれど、陰の心は光に脆い。純粋な妖精王の光で心の陰が焼かれれば、脆い人間の精神は焼き切られて命を失いかねないんですよ。
 魔獣を倒すときの気持ちは、どうしたって陰に分類されるんです。その時、もし大量の魔獣を倒していたとしたら、陰の部分が大きくなる。もし仮にクルトさんが一緒に来ていたとして、そこに妖精王の光が当てられたら?クルトさんは今ここに立っていないかもしれないんですよ。
 そうなったら私はどうなると思います?
 悲しみと怒りと憎しみと後悔で負の力が溢れたら?私が感情に任せて言霊を発していたら、東の魔の森を再現してしまうかもしれないし、子供の頃と違ってもっと悲惨なことになっていたかもしれない。私の心の平静は、クルトさん達に参加させないことだったんです」

 一気に言いまくったミヤコにクルトは瞬きを繰り返し、それまでの仁王立ちの姿勢から狼狽えた表情に変わっていった。

「大切な人だからこそ、私も守りたかったんです」
「!」
「……水鏡の世界に行くのは予定外でしたけど…」

 先ほどの勢いは何処へやら、肩の力を抜き背中を丸めて頭を垂れたミヤコに、クルトは跪いて抱きしめた。

「…ごめん。ミヤの気持ちも考えずに八つ当たりをした」
「クルトさん」
「……君が好きすぎて、正直苦しい。求めても求めても、指の隙間からこぼれていってしまう君を捕まえたくて、閉じ込めてしまいたいほどで。そんなことミヤは望んでいないと分かっているけど、心の動揺に自分自身がついていけなくて、おかしな独占欲を押し付けた。本当にミヤが好きでしょうがないんだ。すまない。こんな気持ちは重いだろうか」

 聞いていて恥ずかしくなるような告白に、耳まで真っ赤になってクルトの顔を覗き込めば、本人も真っ赤になって苦しそうに喘いでいるのがわかった。

(うっ、可愛い)

 萌えてる場合じゃないと慌てて取り繕うミヤコだったが、おずおずと両手を伸ばしクルトの頭を抱きしめた。クルトはピクリと硬直したが、すぐにゆるゆると緊張を解いて、ミヤコに寄りかかるように顔を首筋に埋めた。ミヤコの鎖骨にクルトの吐息がかかり、ミヤコはゾクゾクと体を震わせる。

「私、水鏡の世界でみんなの声が聞こえた気がしたんです。諦めるな、とか、出来る事をしろとか。みんなの笑顔とか、感謝の気持ちとかもいっぱいもらって。それでもクルトさんにずっと会いたいって思ってました」

 ミヤコが震える声でそっとクルトの耳元で囁いた。手ぐしでクルトの髪を撫でる。思っていたよりも猫毛な赤い髪は柔らかく、若葉と土の香りがクルトの香りと混じり合い、ミヤコの心臓が早鐘を打つ。

「でもこのショールがあったから…クルトさんがそばにいてくれるって思って、頑張れた。それで気づいたっていうか…。その、私も、あの………クルトさんが好きです」

 クルトはゆるゆると顔を上げ、潤んだ瞳でミヤコを見つめると、一方の手でミヤコの後ろ髪を軽く握りしめ固定し、もう一方の手が愛おしそうに頬を撫で上げた。クルトの親指がミヤコの唇をなぞり、その視線は自然とミヤコの唇へと落とされて、ミヤコはされるがまま目を閉じた。



「かぁ…。所構わず発情しやがって」
「俺たち居ないもんとされてます?」

 呆れたようにアイザックが頭をかいて、踵を返した。それに付き合うようにルノーもため息をついてアイザックの横に並び、そっぽを向いた。

「俺、このままアレに付き合うことができるか心配になって来たっス」
「ハルクルトは、あれか。初恋か?」
「婚約者は居たんっスけどねえ。大事にしてるっぽかったけど、まあ政略だったから心はなかったんでしょうねえ」
「ああ、あれか。王家の…」
「へっ。王家もどきのでしょ」
「はぁ。なーんか、本格的になって来たなあ。魔獣相手の方が考えずに済んで楽だった気がするぜ」
「腐った果実は取り除かないことには、全部腐るっス」
「ああ。わかってるけどよ。……まずは精霊か。執行人の仕事じゃねえけどなあ」
「正直、俺は精霊見えないっすからね。役に立つかどうかわかんないっすよ」
「大精霊は見えただろ。加護までもらっといて今更じゃねえか」
「あれ、やっぱり大精霊なんっすよね。いや、感動。そういや精霊王も見たっけな」
「はあ?精霊王にも会ってんのか」
「ええ。まあ。東の魔の森イーストウッドが精霊の住まう森になってすぐの頃に。ま、ミヤさん絡みだったんスけどね、それも」

 ちら、と視線をクルトたちに投げやり、ルノーはまた大きくため息をつく。

「いい加減止めないと、最後までいっちゃいますよ」
「……しゃーねえなあ」
「俺も恋人欲しいっす、いい加減」
「あー無理無理」
「え~。なんで」
「アイツから奪えねえだろ?」
「……アイザックさんも、ですか」
「……俺は、まあ、な。アレだ」
「はあ。愛し子なんて面倒なもん、引き受けちゃいましたねえ、お互い」
「振られたモン同士、やけ酒なら付き合うぞ」

 まったく、恋心に気付く前にフラれるなんて涙もでないっスよ、と愚痴るルノーの肩を組んでアイザックはガハハ、と笑う。

「聖女は俺のもんだと生まれた時から思ってたんだけどな。魔女の予言もアテになんねえや」
「ミヤさんが聖女とは限らないじゃないっス。本当のところ、愛し子なんだし?アイザックさんは魔女と神官の血筋でしたっけ。時代が時代なら王族でしょ。選べる立場なだけ良いっスよ。ハルクルト隊長の方が執行人って感じっスよね。おかしいっスよ。俺も選びたいッス!チャンスすらないってどんなっすか」
「アレにしかできない役割があるんだろうけど、俺たち凡人にはわかんねえんだろ。選べるほど出会いがないってのも、アレだよなぁ」

 すん、と鼻を鳴らしてアイザックはくるりと振り返り、パンパンと手を叩いた。

「おら、お前ら!いつまでも発情してんじゃねえぞ!やることやってからイチャつけよ!」

 ほとんど押し倒されていたミヤコは、正気に戻りガバッと体制を整え、クルトはちっと舌を鳴らし、恨みがましい目でアイザックを睨みつけた。



「そういえば、この薬草の塊の中に何があるんっスかね?」

 ルノーが指をさしたのは、精霊たちが大精霊の体が隠されているといって刈り取らなかった薬草の山だ。
 精霊も薬草を育てるのに飽きたようで、薬草はすでに成長しておらず、ただ爽やかな香りが漂う巨大な卵のようになっていた。
 結局、大精霊は湖にミヤコとともに現れて消えていったから、この卵の中に大精霊の体が収められているとは思えない。そもそも精霊に本体も何もあったものではなかったのをすっかり忘れていた。

「えっと…水鏡の世界では、この湖ほど大きくはなくて、ホロンの水場より大きめの泉って感じで、中洲部分にはガゼボがあったと思う」

 ミヤコが思い出しながらそういうと、ルノーは呆れたような声を出した。

「瘴気とか瘴魔が出てきたらどうしようとか、大精霊の体が出てきたらとかおっかなびっくりだったのに、ただのガゼボっスか」
「いや、だけどここは聖域の中心だろう。守られるべきだったんじゃないのか」
「怖いもの見たさで薬草を刈り取っても問題ないか?」

 アイザックの言葉にミヤコは、刈り取らなくても大丈夫、とばかりに「解放」とつぶやきながら薬草の塊を触ると、どこからともなく精霊たちが集まってきてざわざわと薬草が動き、中身を露わにした。

 ガゼボ、というよりは祠。八柱に屋根、それぞれの辺に腰あの高さぐらいの壁と内側に備え付けられたベンチ、だがその中心にジプシーの持つ水晶のような球が置かれていた。

「水晶玉?」

 ミヤコが触れようとすると、クルトがそれを引き留める。

「呪具かもしれない。うかつに触らないほうがいい」
「呪具」
「触れる前に、水鏡の世界で何があったのか詳しく教えてくれないか」

 ミヤコは3人の男を見渡して、コクリと頷いた。


==========

クルトは年中発情期。ミヤコ限定だけど。
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