約束の聖女

里見知美

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第4話:呪いの記憶

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 夜の山小屋には、風の唸りと焚き火のはぜる音だけが響いていた。

 その静けさを破ったのは、血の匂いと荒い息。数時間前、木こりのジョッシュが瀕死の男を引きずり込んできたのだ。

 鎧の隙間から覗く傷は深く、血で布は真っ赤に固まっている。私は震える手で布を押さえた。すると、不思議な温もりがじんわり広がり、淡い光が滲んでいく。

 男の呼吸が少しずつ落ち着いた。

 ――やっぱり、この力。

 人を癒やすはずの“聖女の力”。けれど私にとって、それは祝福ではなく呪いだった。

 母の叫びが甦る。

 「どうして赤ちゃんを助けてくれなかったの! 私だけを延命するなんて呪いでしかないわ!」

 あの日、父の暴力で血を流した母を、私は泣きながら抱きしめた。

 その瞬間、体の奥から光が溢れ、母の命は救われた。けれどお腹の赤ん坊は戻らなかった。以来、母は泣き叫び、私を「呪いの子」と罵った。

 そして一年後、彼女は自身の命を絶った。

 だから私は、この力を人に明かせない。

 救うどころか、大切な人を壊した力だから。




 * * *




 
「……そうか。親父、とうとう逝っちまったか」

 囲炉裏を挟んで、ジョッシュが低く口を開いた。


「うん。街で飲んでなきゃ、まだ生きてたかもしれないのにね。バカだよ」

「……まあ、あの人はお前の母ちゃんを殺した男だ。業が返っただけだろう」

 私は火を見つめた。

 父は酒に溺れ、母を殴り、赤ん坊を奪った。村人が責めたのは母の死の後。私はどこにも行けず、ただ父の影に縛られ続けた。人殺しの子供として。

 ジョッシュはその頃から、ずっと私を気にかけてくれていた。

 森で山菜を摘んでいた七歳の私を見つけたのも彼だった。あのとき、もし助けてくれなければ――私は生きていなかったかもしれない。薬草や独創、山菜を教えてくれたのも全てジョッシュだった。父さん、と何度も呼びかけて、お前のような大きな娘はおらんと怒られたっけ。

「……お前がよくここまで生きてきたもんだ」

「簡単に死ぬほど、私は弱くないよ」

 少し強がってみせると、ジョッシュは大きな手で頭をぐしゃりと撫でた。
 熊みたいな手だけど、不思議と安心する。この手に嫌われることだけは、ありませんように。



 * * *



 翌朝。

 男は奇跡的に息を吹き返していた。

「……私を助けたのはお前か」

 目を開いた彼は、鋭い視線を向けてきた。

「助けてくれって倒れ込んできたのはそっちでしょ。感謝されるならまだしも、睨まれる筋合いはありません」

 彼は息を荒げながら名乗った。

「私はカイル。王都の騎士団にいた。だが、裏切られ、命を狙われている」

 やっぱり庶民じゃなかった。立ち振る舞いからしてそうだと思った。

「つまり爆弾物件ね。ジョッシュ、この人返品できない?」

「俺ぁ木材しか扱わねぇ。返品も廃棄も不可だ」

 いつも通りの低い声。だけど、その眼差しは真剣だった。ジョッシュも少し警戒しているみたい。

 カイルは私をじっと見据える。

「……お前には力がある」

「非力です」

「違う。俺を縛ったとき、癒やしの熱を感じた。聖女の力だ」

 胸が跳ねる。必死に否定した。

「気のせい! 薬草と水藻の効能だから!」

 だが、金の瞳は疑いを深めていく。

「まさか……お前が噂の聖女――」

「やめて! 外でそれ言ったら処刑コースだよ!? 何その噂!」

 私は声を荒げた。ジョッシュは肩をすくめて席を立つ。

「ロージィ。こいつと関わるのはやめとけ。だが……もし選ぶなら、ちゃんと覚悟しろ」

 彼の言葉は短く、けれど重かった。

 私の過去を知る唯一の人だからこそ、軽い助言の裏に真剣さが滲んでいた。

 カイルはまだ手を離さない。

「行く宛がないなら、一緒に来い。俺を助けたのはお前の運命だ」

「勝手に運命にしないで!いくあてがないのはそっちでしょう!」

 それでも、手を振り払うことはできなかった。

 ひとりでいる孤独を、私は痛いほど知っている。

 こうして私は、逃亡騎士と共に歩む道を選んでしまった。

 ――それがさらなる厄介ごとの始まりだとも知らずに。
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