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しょうがないわよね
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額の右から、上体の左側まですっぱりと聖魔法をのせた魔剣で切られ、血が噴き出し、面白いように宙を舞う。
メリアンの体はふらりと後ろ向きに倒れた。目を見開いたジョセフが視界に入る。斬るつもりはなかったとでも言いたげな。聖魔力の乗った剣を渾身の力で振り下ろして、斬れない身があるなら教えてほしい。
ほんっと、聖騎士の片隅にも置けないクズですこと。
メリアン自身の治癒能力は、魔石を体内に埋め込まれて以来、聖魔力が常時発動されているようなものだった。魔石はダメージを与え続けるため時々詰まるものの、流れは遅いとはいえ壊されていく魔導路をゆっくりと回復していき、邪魔する魔石と押さず引かずの状態。だが流石に長い年月をかける内、苦肉にも聖魔力は増強されていったのだ。
ちなみにメリアンの両親と同じように、メリアンにも知らないうちに麻薬入り聖水は毎月配布されていたが、それも綺麗に浄化されていたなどメリアンも教皇も知る由はない。悶々とし続ける教皇は、今か今かと落ちてくるメリアンを手薬煉を引いて待っていたのだろうが。
教皇に関しては、飼い犬に手を噛まれるとはまさにこの事。せっせと麻薬入りの聖水でジョセフを手懐けたものの、その意思に反してジョセフが暴走し、殺すつもりが逆に殺されたのだから。
教皇の失敗は、ジョセフがメリアンに対する執着を拗らせていたという一点に尽きる。思いを拗らせ過ぎて闇落ちし、自分からメリアンを奪おうとする者に容赦なく噛み付いた。麻薬のせいもあって本能に敏感になっていたジョセフは、教皇が自分を殺そうとする気を明確に感じ、切り伏せたのだ。
――あの教皇はそんなふうにあっさりと死んでほしくなかった。わたくしにした仕打ちをそっくりそのまま返すつもりでいたのに。これも女神様の思し召しなのかしら。わざわざわたくしが手を下すまでもなかったと。苦しんで死んだのならザマーミロだわ。
魔石が消えて無くなってからというもの、メリアンの中の聖魔力は強度を増して自動修復に入るらしく、じわじわと傷口が塞がっていく。けれど無くした血の量は戻ることはなく、サクリと切られた心臓は徐々にその鼓動を弱めていく。
――これ、苦しみながら死んでいくってことよね…。中途半端な治癒魔法って、なんか良し悪しだわ。
そうこう思っているうちに、目の前ではジャックがメリアンの名を叫びながら、何かの魔法を使って呆然と突っ立っていたジョセフを気泡の中に閉じ込めてぐしゃりと握りつぶしてしまった。気泡の中で肉片に変わったジョセフはブスブスと燃え尽き一瞬で消し炭になった。
――吐きそう…。
そんなグロいシーンは見る前に死んでしまいたかった。そこに生きていた人間が肉片になって燃え尽きるなんて、普通の貴族令嬢が経験したら気を失ってしまうでしょう。飛び散らなかっただけマシかもだけど。
ジャックの闇を見てしまった気にもなる。
――というか、わたくしもう死にそうなんだけど。内臓が飛び出したり目の玉が落っこちたりしていないかしら。こんなわたくしを見たら、ジャックは嫌いになってしまうかも。憧れの人の前では死に際も綺麗でいたかったけど。……考えても見たら、暴走馬車で轢かれてもきっと死体は無惨だったわよね。ジョセフに殴られた死体も顔はグチャグチャだっただろうし、馬に蹴られた時も…。ああ、ホント、ロクな死に方じゃないわ。
ジャック、と呼びかけてみたけど、口は言葉を発しない。
ボロボロと泣きながらジャックがわたくしのそばに跪く。もう、会えないかも知れない……と呟くと、その言葉尻を拾ったジャックは目を見開き「そんなはずはない。また同じ場所で君を暴走馬車から助けてみせる」と泣き笑い。
わたくしは視線をティアレアの方に向けると、微笑んだ。つもりだった。
ティアレアは大きな金色の瞳をこれでもかというほど大きく開けて、真っ青になっていた。
ああ、目玉を落とすのは彼女の方だったか、なんてどうしようもないことを考えていたら。
ティアレアが絶叫した。ものすごい騒音量で結界の扉が吹き飛び、建物も何もかもが吹っ飛んで、わたくしの体ももれなく紙切れのように吹き飛んだ。
セイレーンの泣き声というのはこういうのかも知れないな、と思ったところで意識が真っ白になった。
『――貴女ね、確かに不死にするって言ったけど、いい加減死にすぎだと思わない?』
耳元で声がする。
そんなこと言われても。殺されるんだもの。わたくしの人生に、こんなに死の危険が潜んでいるなんて思いもしなかったわ。あちこちから迫ってくる死神を一体どうしろと?
『まず選択肢が悪いのよねぇ。遠回りしすぎるし。私の思った通りに動いてもらわないと、おばあちゃんになっちゃうわ』
選択肢が悪い!?生きるか死ぬかしか選べない状況で生き延びる方を選んだだけですわ!死んでますけど!それに、時間が巻き戻るんだからどうやったらおばあちゃんになると?!もう、同じ場面ばっかり死ぬたびに繰り返してたらいい加減飽きましたわ!いっそのことこのまま殺してって思うほど。
『ダメ!ダメよ、そんなこと。じゃあ、貴女を7歳より前に蘇りさせる?でもそれだと、スパンが長すぎて使命を忘れちゃうかも知れないし』
七歳児の体に17歳の記憶が蘇るとか、なんの罰ですか。お断りします。というか、なんでわたくしなんですの?はっきり何をすればいいのか教えてくだされば、手っ取り早く従いますけれど?
『問題なのは、貴女が私の愛し子ってとこよね。だからなんかやたらと粘着質のある人たちがくっついてくるのよ。あの男とか、この男とか、色々』
粘着質のある男……。権力バカで神の奴隷の豚と年中発情期の毛深い猿のことですか。
『ぶっはははは。そうそう。そういうのもあるけど。ただねぇ、あの二人はとっても業が深いのよね、随分前の前世から。元々魔族だったのに改心するからっていうから人間に生まれ変わらせたのに、もう、全然だったのよねぇ。大失敗だわ。毎回今度こそっていうから、ついつい絆されちゃって。でもこれで三度目の正直。今世で改心できなかったら神界のトイレ掃除に300年くらい仕向けるから』
といれそうじとは?
『あ、そっかトイレまだないんだっけ?えっとね、御不浄の場所と入れ物の掃除ってとこかしら。この世界は魔法があるから割と簡単にできちゃうけどね。魔法のない世界は、まあ。色々不便があるわけよ』
神界なのに御不浄があるんですか。
『細かいことは気にしないで。私神になってまだ日が浅いし現界の再現試みてるんだから。とーにーかーくー。あの子、戻してちょうだい。これが使命よ。出来たら貴方の自由にしてもいいから…ひとまず次の任務まで』
えっ!?次の任務ってなんですか。任務なんですか、これ?
『あの子はね、この世界にいちゃいけない存在なのよ。というか存在しちゃいけない存在なの。カラミティなの。終了のラッパなの。だから早々に戻してもらわないと。わかったわね?もう、速攻でやっちゃって?』
えっと、辛味茶?終了のラッパ?速攻でって。女神様、なんだかとても軽いんですけど、最初の重々しい感じはなんだったんですの?
『あれは、姉様の真似をしたの。うふふ。神々しかったでしょ?私もやればできるって感じぃ?まあ、ほんのちょっとなら手も貸してあげるからなんでも言って』
いや、なんでもって。だったらティアレア連れて帰ってくださいよ。わたくしじゃなくても神様ならちょちょいのちょいで出来ませんか?
『私が世界に手を加えると、崩壊しちゃうのよ。こう見えても大きいのよ、私。世界がまだ小さいともいうんだけど。例えると小さなガラスの小瓶の中にちっちゃい羽虫が一匹落ちたと考えて、私が指を突っ込んで虫を取ろうとすると、指が大きくて入らない。無理矢理突っ込めば瓶が割れる。割れた瓶は元に戻らないし、溢れた水も戻らないでしょう?わかる?』
えー……なんとなく?つまり小瓶は世界で、羽虫はティアレアってことでしょうか?
『そうそう、そんな感じ。で、そのティアレアって?アレに名前つけたの?』
ええ。初回の教皇が。
『ああ~、あの魔族め。そのせいで自我を持っちゃったのね。道理でうまく行かないはずだわ。名前なんて固有名詞はつけちゃダメよぅ。名前は特別な加護なんだから』
聞いてないですよ、そんなこと。今更遅いじゃないですか。彼女も初回の記憶があるし、とんでも無い事したって怖がってるし、帰りたいって泣いてるし。こっちも罪悪感ありありなんですよ。
『しょうがないわねぇ。じゃあ特別に一つだけいいものあげる。一回限り有効だから気をつけて使ってね』
良いものって?ちょ、女神様?えっ、なんか引っ張られるんですけど……っ!?
『がんばってね~』
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――吐きそう…。
そんなグロいシーンは見る前に死んでしまいたかった。そこに生きていた人間が肉片になって燃え尽きるなんて、普通の貴族令嬢が経験したら気を失ってしまうでしょう。飛び散らなかっただけマシかもだけど。
ジャックの闇を見てしまった気にもなる。
――というか、わたくしもう死にそうなんだけど。内臓が飛び出したり目の玉が落っこちたりしていないかしら。こんなわたくしを見たら、ジャックは嫌いになってしまうかも。憧れの人の前では死に際も綺麗でいたかったけど。……考えても見たら、暴走馬車で轢かれてもきっと死体は無惨だったわよね。ジョセフに殴られた死体も顔はグチャグチャだっただろうし、馬に蹴られた時も…。ああ、ホント、ロクな死に方じゃないわ。
ジャック、と呼びかけてみたけど、口は言葉を発しない。
ボロボロと泣きながらジャックがわたくしのそばに跪く。もう、会えないかも知れない……と呟くと、その言葉尻を拾ったジャックは目を見開き「そんなはずはない。また同じ場所で君を暴走馬車から助けてみせる」と泣き笑い。
わたくしは視線をティアレアの方に向けると、微笑んだ。つもりだった。
ティアレアは大きな金色の瞳をこれでもかというほど大きく開けて、真っ青になっていた。
ああ、目玉を落とすのは彼女の方だったか、なんてどうしようもないことを考えていたら。
ティアレアが絶叫した。ものすごい騒音量で結界の扉が吹き飛び、建物も何もかもが吹っ飛んで、わたくしの体ももれなく紙切れのように吹き飛んだ。
セイレーンの泣き声というのはこういうのかも知れないな、と思ったところで意識が真っ白になった。
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『まず選択肢が悪いのよねぇ。遠回りしすぎるし。私の思った通りに動いてもらわないと、おばあちゃんになっちゃうわ』
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ええ。初回の教皇が。
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聞いてないですよ、そんなこと。今更遅いじゃないですか。彼女も初回の記憶があるし、とんでも無い事したって怖がってるし、帰りたいって泣いてるし。こっちも罪悪感ありありなんですよ。
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