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第5話
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ダリルが言っていたように、アレックスはナルシストであり、割と鬼畜だと自覚もある。自分以外はどうでもいいと言う性格の持ち主だから、それは個性と自身で認めた。国に帰れば、実はまあまあ美人な婚約者はいるが、それもまだこの学院レベルよりはマシと思う程度、自分より美しい人間などこの世に存在しないのでは、と本気で考えている節もあった。
だからこそ、シェリルが美人だと言う噂をきいて、自分とどちらが美しいか比較してみたかっただけなのである。だが、シェリルのレベルなら自国にも学院にもゴロゴロいる。全く骨折り損だったとがっかりしたと言うのが本音で、これなら自国の婚約者の方がまだスッキリした美人で見応えがある。
「僕の婚約者は、ゴテゴテ光り物をつけなくてもソコソコ美しいよ。まあ、僕には劣るけれど、君はあれだ、カラスが七面鳥になりたくてゴテゴテいろんな羽をつけて見せる童話の鳥と同じだよ」
帝国語を学ぶために一年生で初めて読む外国語童話であるからして、誰の記憶にもあるものの、あれは確か孔雀では、と思いつつ誰も口を開かない。アレックスがキラキラしい孔雀王子で、ほかは十把一絡げの野鳥の括りなのは明確で、誰も被弾したくはなかったから。
「え、婚約者!?」
シェリルは童話の鳥よりも気になった言葉を復唱した。
「ん?ああ、もちろんいるよ。当たり前じゃないか。この歳で留学で他国に出てきて、婚約者もいないなんて言ったら、帰ったら独り身街道まっしぐらだろう。そんな無謀な道を、この僕が進むわけがないでしょう?」
「そ、そんな…っ」
これには大勢の取り巻きたちも、息を呑んだ。あわよくばを狙った普通科のお馬鹿さんたちが意外と多かった事を示され、まともな学院生たちは眉を顰めた。アレックスは肩をすくめ、苦笑する。
「まあ、僕の美しさに目が眩んでしまうのもわからないでもないけれど、君たちじゃ太刀打ちはできないくらい僕の婚約者は、まあ、そこそこ美しいからね。何と言っても我が国の第5王女なんだから」
「お、王女様が、婚約者……っ」
そりゃあ、格が違うわな、と誰もが納得した。
そんな暴露から、数時間後。シェリルは授業を終えて慌てて家に帰った。思えば学院で姉にも会っていない。馬車も別だから気にもしていなかった。三年生は自由登校だったり研修があったりして、学院ではあまり見かけなかったのだ。だからこそ、姉にいじめられているなどと大っぴらに嘘もつけたわけだが。
「ダリルを返してもらわなくちゃ」
アレックスがいうことが正しいのなら、「二年普通科のシェリルですぅ」なんて馬鹿をさらけ出した自己紹介なんてするんじゃなかった。まだ二年生だから、そのうち高位貴族の令息にも会えるに違いないとのんびりして、遊びすぎた。婚約者がいることも足枷になると思って内緒にしていたのがよくなかった。いや、さらけ出していたら、他の男なんてよりどりみどりなどと言えなかったが。
もっとちゃんと目標を絞っておくべきで、ついでにいうならスペアのダリルを手放すべきでもなかったのだ、と今更ながら焦りまくる。
よく考えれば、姉は家の後継だから、黙っていても相手は寄ってくるのだ。貴族でいたい次男、三男以下の令息達が。だからこそ、姉は選ばなくても待っていればよかったのだ、と気がついた。
だが、自分はそうではない事も悟った。相手次第では平民一直線である。自分こそがとっとと婚約者を見つけて、その将来の地位を確保しておくべきだったのだ。いや、そういう意味ではなかったけれど、確保はしてあった。確保してあったのに。
「お姉さま!お姉さまはどこ!ダリルを返して!ダリルは私のものなのよ!」
この時になって初めて。
姉がすでにダリルと婚姻を果たし、初夜も済ませたことを知った。シェリルがいらないと言ったその舌の根も乾かないうちに婚姻を済ませ。受領された婚姻届のインクも乾かないうちに、子作りもしたと。
私ですら、まだなのに。
忙しいからと、手すらも握っていなかった。最後にダリルと会ったのはいつだっただろうか。チヤホヤされるのは楽しかったけど、男女の関係になろうとか考えたことはなかった。物欲は高いけど、性欲はなかったし、興味もあまりなかった。だって、お姉さまは、そんなそぶりもなかったから。
シェリルは怒りやら驚きやらで泡を吹いて倒れた。
いらなくなったものを姉に押し付けたのは、羨ましいだろうと思ったからで。
フローネは、後継だから商会の仕事も手伝っている。仕入れも新商品の導入も任せられているのに、シェリルには何も任せられていないから。私の方が役に立つと見せつけたかっただけだ。
姉が手にするよりも早く手に入れて、私の方が目利きがあることを示したかった。だから良いものを譲ってあげただけだ。
新たに選んだ隣国の王子様然とした男には婚約者がいながら、妹に思わせぶりな態度を取っていた。あれが手に入るなら、審美眼の最頂点だと考えた。悔しがる姉の顔が見たかっただけで、恋していたわけではない。加えて自分の方が美しいと豪語し、シェリルに向かってコロコロ太っているとまで言った男を。
誰が好きになんかなるものか。
姉を悪く言っていたことも嘘だったとバレて、貢物をくれた男達も、何かとライバル意識を持っていた女達も、夢から覚めたかのように大人しく真面目になった。何人かは、学院からも去っていき、普通科のクラスは一気に人が減った。横のつながりが欲しかった真面目な生徒達は、恨みを込めた視線をシェリルに向けるようになり、学院生活は色を無くしてしまった。
そして、短い留学期間が終わり、アレックスがあっさりと帰っていった頃には、誰も妹の周りには残っていなかった。
結局、シェリルは打ちひしがれて、療養を兼ねて領地の修道院に入ることになった。
だからこそ、シェリルが美人だと言う噂をきいて、自分とどちらが美しいか比較してみたかっただけなのである。だが、シェリルのレベルなら自国にも学院にもゴロゴロいる。全く骨折り損だったとがっかりしたと言うのが本音で、これなら自国の婚約者の方がまだスッキリした美人で見応えがある。
「僕の婚約者は、ゴテゴテ光り物をつけなくてもソコソコ美しいよ。まあ、僕には劣るけれど、君はあれだ、カラスが七面鳥になりたくてゴテゴテいろんな羽をつけて見せる童話の鳥と同じだよ」
帝国語を学ぶために一年生で初めて読む外国語童話であるからして、誰の記憶にもあるものの、あれは確か孔雀では、と思いつつ誰も口を開かない。アレックスがキラキラしい孔雀王子で、ほかは十把一絡げの野鳥の括りなのは明確で、誰も被弾したくはなかったから。
「え、婚約者!?」
シェリルは童話の鳥よりも気になった言葉を復唱した。
「ん?ああ、もちろんいるよ。当たり前じゃないか。この歳で留学で他国に出てきて、婚約者もいないなんて言ったら、帰ったら独り身街道まっしぐらだろう。そんな無謀な道を、この僕が進むわけがないでしょう?」
「そ、そんな…っ」
これには大勢の取り巻きたちも、息を呑んだ。あわよくばを狙った普通科のお馬鹿さんたちが意外と多かった事を示され、まともな学院生たちは眉を顰めた。アレックスは肩をすくめ、苦笑する。
「まあ、僕の美しさに目が眩んでしまうのもわからないでもないけれど、君たちじゃ太刀打ちはできないくらい僕の婚約者は、まあ、そこそこ美しいからね。何と言っても我が国の第5王女なんだから」
「お、王女様が、婚約者……っ」
そりゃあ、格が違うわな、と誰もが納得した。
そんな暴露から、数時間後。シェリルは授業を終えて慌てて家に帰った。思えば学院で姉にも会っていない。馬車も別だから気にもしていなかった。三年生は自由登校だったり研修があったりして、学院ではあまり見かけなかったのだ。だからこそ、姉にいじめられているなどと大っぴらに嘘もつけたわけだが。
「ダリルを返してもらわなくちゃ」
アレックスがいうことが正しいのなら、「二年普通科のシェリルですぅ」なんて馬鹿をさらけ出した自己紹介なんてするんじゃなかった。まだ二年生だから、そのうち高位貴族の令息にも会えるに違いないとのんびりして、遊びすぎた。婚約者がいることも足枷になると思って内緒にしていたのがよくなかった。いや、さらけ出していたら、他の男なんてよりどりみどりなどと言えなかったが。
もっとちゃんと目標を絞っておくべきで、ついでにいうならスペアのダリルを手放すべきでもなかったのだ、と今更ながら焦りまくる。
よく考えれば、姉は家の後継だから、黙っていても相手は寄ってくるのだ。貴族でいたい次男、三男以下の令息達が。だからこそ、姉は選ばなくても待っていればよかったのだ、と気がついた。
だが、自分はそうではない事も悟った。相手次第では平民一直線である。自分こそがとっとと婚約者を見つけて、その将来の地位を確保しておくべきだったのだ。いや、そういう意味ではなかったけれど、確保はしてあった。確保してあったのに。
「お姉さま!お姉さまはどこ!ダリルを返して!ダリルは私のものなのよ!」
この時になって初めて。
姉がすでにダリルと婚姻を果たし、初夜も済ませたことを知った。シェリルがいらないと言ったその舌の根も乾かないうちに婚姻を済ませ。受領された婚姻届のインクも乾かないうちに、子作りもしたと。
私ですら、まだなのに。
忙しいからと、手すらも握っていなかった。最後にダリルと会ったのはいつだっただろうか。チヤホヤされるのは楽しかったけど、男女の関係になろうとか考えたことはなかった。物欲は高いけど、性欲はなかったし、興味もあまりなかった。だって、お姉さまは、そんなそぶりもなかったから。
シェリルは怒りやら驚きやらで泡を吹いて倒れた。
いらなくなったものを姉に押し付けたのは、羨ましいだろうと思ったからで。
フローネは、後継だから商会の仕事も手伝っている。仕入れも新商品の導入も任せられているのに、シェリルには何も任せられていないから。私の方が役に立つと見せつけたかっただけだ。
姉が手にするよりも早く手に入れて、私の方が目利きがあることを示したかった。だから良いものを譲ってあげただけだ。
新たに選んだ隣国の王子様然とした男には婚約者がいながら、妹に思わせぶりな態度を取っていた。あれが手に入るなら、審美眼の最頂点だと考えた。悔しがる姉の顔が見たかっただけで、恋していたわけではない。加えて自分の方が美しいと豪語し、シェリルに向かってコロコロ太っているとまで言った男を。
誰が好きになんかなるものか。
姉を悪く言っていたことも嘘だったとバレて、貢物をくれた男達も、何かとライバル意識を持っていた女達も、夢から覚めたかのように大人しく真面目になった。何人かは、学院からも去っていき、普通科のクラスは一気に人が減った。横のつながりが欲しかった真面目な生徒達は、恨みを込めた視線をシェリルに向けるようになり、学院生活は色を無くしてしまった。
そして、短い留学期間が終わり、アレックスがあっさりと帰っていった頃には、誰も妹の周りには残っていなかった。
結局、シェリルは打ちひしがれて、療養を兼ねて領地の修道院に入ることになった。
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