【本編完結】結婚の条件

里見知美

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学園編

矜持

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 入学式当日、新入生の代表として腕に赤いワッペンをつけ、全校生徒の前でカチコチになりながらも、アンナルチアは新入生代表宣誓を滞りなく終わらせることができた。


「へえ、お前が例の新入生代表か」

 朝礼が終わり、教室へと向かうところで後ろから声をかけられた。アンナルチアが振り返ると緑色のタイを締めた男子生徒が3人、アンナルチアを見てニヤニヤと笑っている。緑のタイは今年入学した新入生だ。二年生はえんじ色のタイを締め、三年生は青色のタイだ。女生徒はタイの代わりに同色のリボンをつける。

 周りにいた新入生は絡まれないように、こそこそと早足でいなくなってしまった。アンナルチアはため息を押し殺し、少年らを見た。初日から面倒くさい。きっと女のくせに、と僻み根性丸出しの子供じみた少年たちなのだろう。領地でも、そう言った少年連中はいた。平民だったけど、アンナルチアも町娘の格好をしていたから、彼らは領主の娘とは気がつかなかったのだ。そんな輩の扱いは慣れている。

 文句があるなら学業で張り合えばいいのに。

 文句を言ったのは、赤毛にソバカスを散らした男子生徒で、13歳なのにゴロツキっぽい。もう一人は銀縁の眼鏡をかけて、さらさらした黒髪が自慢らしく、前髪を仕切に捌いている。最後の一人は二人の後ろに護衛のように立っている背の高い男子で体格が良い。おそらく剣を握るのだろう、立ち方に癖があったが、もちろん帯剣はしていない。

「御機嫌よう。何か御用ですか」

「へっ、御機嫌ようだってさ。スマしてやがる」

 赤毛のソバカス少年がペッと下品にも唾を吐いた。残りの二人も乾いた笑いでバカにしたようにこちらを見ている。

(この学園って特待生を除き、貴族だけだったわよね)

 見た目だけでなく、態度までゴロツキだ。貴族としての品も礼儀もないし、とてもじゃないが同い年とは思えない。平民の特待生でないことは確かだろうから、下級貴族か新興貴族か。どちらにしても、関わり合うだけ無駄だ。アンナルチアはすん、と戦闘用貴族令嬢の仮面に切り替えた。

「御機嫌ようが気に入らないのでしたら、初めましての方がよろしかったかしら」

 ニヤニヤしていた少年たちは笑みを消して、眉を寄せ睨みつけてきた。

「ちょっと頭がいいからっていい気になるなよ。女のくせに」

「頭の良い女が気に入らないのでしたら、話しかけなければよろしいのではなくて?」

「なんだと、このアマ!下手になってりゃ調子に乗りやがって」

 赤毛の少年が怒りで真っ赤になって、アンナルチアに向かって手を伸ばしてきた。

 「まあ、本当に下品ね。腕力にものを言わせるつもりなの?」

 胸ぐらでも掴んで脅そうと言うつもりのようだが、そんな隙だらけでマウントが取れるとでも思っているのか。アンナルチアはふっと体を捻り、伸ばされた手首を掴み捻り上げ、数歩前に出ながら少年の勢いに合わせ、その手を少年の背中へねじり上げた。

「いってぇっ!は、離せ!」

 肩の関節の痛みを和らげようと、少年は思わず前のめりになり膝を落とした。そこへすかさずアンナルチアは少年の肩甲骨の間を踏みつけ、立ち上がれないように逆に腕を引き上げ押さえつける。

「ぐぁっ!」

 もう片方の肩と頬を地面に擦り付け、少年は体を捻ろうとしたが、あんなルチアに踏みつけられているせいで身動きが取れなくなった。

「か弱い女性に向かって掴みかかろうとするなんて、貴族の片隅にも置けませんわね。私が剣士だったら貴方の腕は既に体から切り離されてますわよ」

「こ、このゴリラ女!離せっ!女の剣士なんかいる訳ないだろ!バーカ!!」

「ほんっとに。お馬鹿さんはそちらですわ。王妃様を守る護衛騎士は全て女性でしてよ。女性をバカになさるのもほどほどにしてくださいまし」

「なっ!なっ!おい、ケヴィン!なにぼさっと見てるんだ!早くこの女を…!」

 赤毛の少年はなんとか視線をあげ、ケヴィンを見遣るがそこまで言いかけて息を呑んだ。

 ケヴィンと呼ばれた護衛もどきの少年は、青タイの青年に肩を組まれて青ざめていたからである。腕には生徒会の腕章をつけていた。

「やあ。君は最下位補欠でなんとか入学できたトマス・ベッカー男爵令息君だったかな?」

「えっ…な、なんで俺の事…」

「僕はルーク・エドモントン。今季生徒会の副会長だ。全校生徒の名前と顔くらいは全てここに入っているよ」

 そう言って、ルークは自分の頭をトントンと指す。

 さすがは生徒会の副会長。アンナルチアは上級貴族を覚えただけで、在校生の全員は愚か、新入生までは把握していない。これは急いで覚えなければ、と思わず捻じ上げたトマスの腕に力が入る。

「いっ…!離せってば!」

 おっとしまった、とばかりにほんの少し力を緩めるアンナルチア。

「さて、トマス君。早速だが、君の貴族らしからん態度は実にいただけない。ケヴィン・ラドラー子爵令息とマッコイ・ケント男爵令息、君たちも友達の悪しき行いを正すことができないのであれば、一緒に連むことはやめた方が良い。連帯責任をとって早々罰則を受けてもらうことになるよ」

 赤毛はトマス、剣士見習いであろうケヴィンと、メガネの黒髪はマッコイか。アンナルチアはしっかりと3人の顔を見て、頭の中のブラックリストに名前を綴った。三人は大きく目を見開いて諤々と震えている。

「ルーク・エドモントン副会長、この3人の処罰についてはご配慮いただきたく存じ上げます。なにぶん本日は初日と言うこともあり、少しばかり浮かれていらしたのだと思います。私にも被害はございませんでしたので、今回は忠告のみと言うことでお願いできませんか」

「おや、本当にそれでいいの、アンナルチア嬢?」

 アンナルチアはこくりと頷き、トマスの腕を離し、立ち上がらせると顔を近づけにこりと微笑んだ。

「二度目はありませんよ、トマス君?」

「ぐっ…」

 トマスは真っ赤になって睨みつけながら、後ずさった。

「ハハッ、わかったよ、アニーがそういうのなら。では少年たち、ここにいる寛大な令嬢のおかげで本日は忠告のみとしよう。だが君たちにはすでに黒星が一つ付いた。今後の行動はよく考えてからするように。学園の生徒会を甘く見ない方が良い。三つ黒星がついたら退学アウトだ」

「ヒイィっ。す、すみませんでしたっ!」

 少年たちはアンナルチアをチラリと睨みつけながらも慌てて逃げていった。

「あれは反省した感じはしないね。大丈夫かい?」

 少年たちが立ち去った後、ルークが心配して見遣るが、アンナルチアはくすりと笑いを溢し、品はありませんがあの程度、大したことありませんわ、と答えた。

 その顔は、とても無理をしているふうには見えなかった。



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