『この悪役令嬢、すべてを許しすぎて逆に怖い』

白石あかね

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生徒会室の空気は、午後の日差しとは裏腹に、重く沈んでいた。

中央の円卓には、ひとつの封筒が置かれている。濃青の封蝋はまだ割られておらず、その封に刻まれた“提出番号二五”の文字が、まるで目を逸らさせないように存在を主張していた。

副会長のシュヴァンツが眉間に皺を寄せたまま、ため息をつく。

「……本当に開けるのか? これを?」

「記録官が正式に受理している以上、精査の義務があるわ」

そう答えたのは書記のギルバートだった。彼の声もまた、いつになく低く張りつめていた。

その封筒には、特待生フィリオ=ルクレインの名が記されていた。そして、告発の対象には――アズナ=グランフォード、生徒会長の名前。

「こんな書面、前例がないぞ。公爵令嬢にして、学院の象徴である彼女に、断罪請求……本気で通すつもりか?」

「内容を読まないうちは、何も判断できない」

ギルバートが静かに封を切り、読み上げ始めた。室内に文字の音が淡々と流れる。

“アズナ=グランフォードは、その言動と香によって周囲の感情を誘導し、個々の判断力を奪う……本来、個人の自由意志による対話の場を、彼女は“赦し”という名の支配で包み込んでいる……”

読み終えた瞬間、沈黙が落ちた。誰も、すぐには何も言えなかった。

その静寂を破ったのは、ドアの控えめなノックだった。

「失礼いたしますわ」

そう言って入ってきたのは、告発された本人――アズナだった。

誰もが反射的に立ち上がりかけるが、彼女は微笑を浮かべたまま、何の警戒も見せず、穏やかに一礼した。

「お呼びではありませんでしたか? 何やら空気が重く感じましたので」

「ア、アズナ様……これは、その、告発が……」

言葉に詰まるシュヴァンツに、アズナはにこりと笑って言った。

「ご安心くださいませ。どなたかが苦しみを抱いておられるのなら、その想いに誠実に向き合うことこそが、生徒会の務めですわ」

ギルバートが何かを言いかけたが、言葉が喉で止まった。あまりにも自然に、あまりにも優雅に、“受け入れる側”として発せられたその言葉が、どこまでも正しく響いたからだ。

「では、正式に断罪裁定会の開催を決議しましょう」

ギルバートが静かに宣言し、生徒会長室でのやりとりは終わった。

その日のうちに、学院の中央掲示板に一枚の紙が貼り出された。

《断罪裁定会 開催通知  
 対象:アズナ=グランフォード  
 請求者:フィリオ=ルクレイン  
 審査日:今週金曜 正午より 場所:講堂》

その文言は瞬く間に広まり、昼下がりの中庭がざわめきに包まれる。

「まさか、本当に……?」

「アズナ様が裁かれるの? どうして……?」

「いや、でも……裁けるわけが……」

誰もが信じられないという顔で、掲示を見つめていた。だがその中心にいたアズナだけが、まるで花壇の花を眺めるかのように穏やかな目で、告知文を見つめていた。

そして、誰に向けるでもなく、言った。

「裁かれることを恐れるよりも、裁くことを恐れる方が……きっと、大切なことですわね」

その言葉を聞いた者は皆、なぜだか分からないまま、背筋をひやりと冷やした。

“断罪”が始まる。けれどその始まりには、怒りも悲鳴もない。ただ、静かで完璧な、微笑があるだけだった。
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