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講堂の扉が、重々しい音を立てて開かれた。
まだ開始時刻には早すぎるはずだった。それでも、すでに三分の一以上の座席が埋まっていた。ざわめく声、囁き、伏し目がちに交わされる視線――どれもが不安と好奇にまみれている。
「本当に……アズナ様が断罪されるの?」
「断罪席に座る公爵令嬢なんて、前代未聞よ」
「でも、やっぱり怖いよな……あの微笑が、今日はどうなるんだろう」
断罪週間。それは学院の伝統でもある“儀式的裁定”。形式とはいえ、名指しで裁かれるということは、学院内での立場にも影響する重大な行事だ。
しかも今回は、対象がアズナ=グランフォード。
王国の公爵令嬢であり、生徒会長であり、完璧すぎる存在。
だからこそ、誰もが注目した。誰もが信じられなかった。
そんな彼女が、“断罪席”に座るという現実を。
講堂の中央、壇上の一角に設えられた“断罪席”。そこに、一番最初に現れたのは、他でもないアズナ本人だった。
「あ……来た」
「早い……まだ二十分もあるのに」
彼女は、淡い水色の香衣をまとい、ふわりとした気配で歩み寄ってきた。生徒たちは思わず立ち上がりそうになったが、アズナは制するようにそっと微笑んだ。
そして、すべての視線を受けながら、断罪席に腰を下ろした。
「皆さまにご迷惑をかけませんように。お静かにご観覧くださいませ」
その声は、裁かれる者のものではなかった。
まるで、式典の司会者か、もしくは客人をもてなす迎え手のようだった。
一礼した彼女の姿に、誰もが言葉を失う。
まるで潔白の確信などではなく、すでに“受け入れている者”の姿勢だった。赦されるためにではない。すべてを受け止め、なおも微笑を保ち続ける者の覚悟。
「……なに、あの態度……」
傍聴席の前列で見守っていたフィリオが、手のひらの汗を拭いながら呟く。
胸の内で何度も何度も読み返した証言台本。言葉は覚えた。気持ちも整理した。勇気も、怒りもある。
けれど――あの笑顔の前では、すべてが薄く、軽く、意味を失っていく気がする。
“こんなにも穏やかな人を、なぜ裁こうとしているの?”
そのささやきが、フィリオの内心に忍び寄ってくる。
いいえ、違う。あれは笑顔という名の仮面。支配。優しさを装った沈黙の圧力。
私は見抜いた。私は、間違っていない。
フィリオは深く息を吸い、証言台の脇で静かに立つ。
視線の先には、ただ穏やかな笑顔で椅子に座るアズナの姿。
彼女の両手は膝の上に重ねられ、姿勢は一分の狂いもない。完璧な礼儀。そして、完璧な静けさ。
「……お話、楽しみにしておりますわ」
視線が合った瞬間、アズナがそう囁いた。まるで午後の茶会に誘うかのように、柔らかく。
その言葉に、フィリオは小さく肩を震わせた。
これは断罪劇。裁くか裁かれるかの場――のはずだった。
けれど壇上は、どこまでも静かで、どこまでも柔らかい空気に包まれていた。
その空気こそが、最大の“異常”であることに、誰もまだ、気づいていなかった。
まだ開始時刻には早すぎるはずだった。それでも、すでに三分の一以上の座席が埋まっていた。ざわめく声、囁き、伏し目がちに交わされる視線――どれもが不安と好奇にまみれている。
「本当に……アズナ様が断罪されるの?」
「断罪席に座る公爵令嬢なんて、前代未聞よ」
「でも、やっぱり怖いよな……あの微笑が、今日はどうなるんだろう」
断罪週間。それは学院の伝統でもある“儀式的裁定”。形式とはいえ、名指しで裁かれるということは、学院内での立場にも影響する重大な行事だ。
しかも今回は、対象がアズナ=グランフォード。
王国の公爵令嬢であり、生徒会長であり、完璧すぎる存在。
だからこそ、誰もが注目した。誰もが信じられなかった。
そんな彼女が、“断罪席”に座るという現実を。
講堂の中央、壇上の一角に設えられた“断罪席”。そこに、一番最初に現れたのは、他でもないアズナ本人だった。
「あ……来た」
「早い……まだ二十分もあるのに」
彼女は、淡い水色の香衣をまとい、ふわりとした気配で歩み寄ってきた。生徒たちは思わず立ち上がりそうになったが、アズナは制するようにそっと微笑んだ。
そして、すべての視線を受けながら、断罪席に腰を下ろした。
「皆さまにご迷惑をかけませんように。お静かにご観覧くださいませ」
その声は、裁かれる者のものではなかった。
まるで、式典の司会者か、もしくは客人をもてなす迎え手のようだった。
一礼した彼女の姿に、誰もが言葉を失う。
まるで潔白の確信などではなく、すでに“受け入れている者”の姿勢だった。赦されるためにではない。すべてを受け止め、なおも微笑を保ち続ける者の覚悟。
「……なに、あの態度……」
傍聴席の前列で見守っていたフィリオが、手のひらの汗を拭いながら呟く。
胸の内で何度も何度も読み返した証言台本。言葉は覚えた。気持ちも整理した。勇気も、怒りもある。
けれど――あの笑顔の前では、すべてが薄く、軽く、意味を失っていく気がする。
“こんなにも穏やかな人を、なぜ裁こうとしているの?”
そのささやきが、フィリオの内心に忍び寄ってくる。
いいえ、違う。あれは笑顔という名の仮面。支配。優しさを装った沈黙の圧力。
私は見抜いた。私は、間違っていない。
フィリオは深く息を吸い、証言台の脇で静かに立つ。
視線の先には、ただ穏やかな笑顔で椅子に座るアズナの姿。
彼女の両手は膝の上に重ねられ、姿勢は一分の狂いもない。完璧な礼儀。そして、完璧な静けさ。
「……お話、楽しみにしておりますわ」
視線が合った瞬間、アズナがそう囁いた。まるで午後の茶会に誘うかのように、柔らかく。
その言葉に、フィリオは小さく肩を震わせた。
これは断罪劇。裁くか裁かれるかの場――のはずだった。
けれど壇上は、どこまでも静かで、どこまでも柔らかい空気に包まれていた。
その空気こそが、最大の“異常”であることに、誰もまだ、気づいていなかった。
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