『この悪役令嬢、すべてを許しすぎて逆に怖い』

白石あかね

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香塔――アルミレイユ高等学院の中心にして、最も立ち入りが制限された聖域。

その最奥、記録閲覧禁止区画に、ギルバート=エインズワースの足音が静かに響いていた。

足元に埋め込まれた魔法陣は淡く脈動し、識別術式が発動するたびに重々しい金属扉が一つずつ開かれる。ここは、生徒どころか、教師ですら自由には立ち入れない場所。特級権限と、正当な研究目的があって初めて“閲覧”が許される、香と記憶の黙示録。

ギルバートは震える指で、記録台座に古文書を置き、記憶魔法の転写を起動させた。

「……出てくれ、頼むから、何か残っていてくれ……」

だが、光の奔流が収束したあと、彼が目にしたのは――

《白紙》

そこにあるはずの記録――  
アズナ=グランフォードに関する調香歴、感情誘導香の生成過程、精神安定作用の実験記録。  
すべてが、一定周期で“自動的に白紙化”されていた。

「……これは……改竄じゃない。削除でもない。魔法による、“循環的な消去”……?」

手にした転写石に、淡く浮かび上がる詠唱痕。

それはアズナ本人の魔法式でも、既存の教師陣のものでもなかった。  
記録そのものに、“自律的な再浄化術”がかけられている。

まるで、“記録されること自体を拒否する存在”のように――

恐怖に似たものが、ギルバートの背筋を這った。

彼はすぐさま香塔を離れ、教師控室へと駆け込む。  
ライナス=グレイブは書類に目を通していたが、ギルバートの顔を見るなり立ち上がった。

「何があった?」

「……アズナ様に関する記録が、定期的に“白紙に戻されている”んです。しかも、その魔法構造は……王国標準の教育魔術を超えている」

ライナスの手が止まる。

「白紙に?」

「はい。“存在を記録から切り離すための術式”としか思えません。しかも、それがいつ、誰によって施されたのかも……辿れない。痕跡すら消えています」

しばしの沈黙。

そして、ライナスは重く言った。

「……これは、もはや学院内の問題ではない。  
アズナ=グランフォードという存在は、制度の外にある。  
我々が抱えていい存在ではない。王宮に報告すべきだ」

ギルバートは言葉を失った。

香と記録、感情と魔法。  
あまりに静かに、あまりに完璧にそこに在り続ける“彼女”は、  
その実、記録されることすら許されない、“制度にとって不都合な存在”だったのかもしれない。

ライナスは静かに報告書を封筒に納めた。

その手は確かに震えていた。

――アズナ=グランフォード。  
その微笑の奥にあるのは、誰にも記録されぬ“空白”。  
そして、それを生んだ力は――すでにこの学院の枠を、遥かに超えていた。
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