『この悪役令嬢、すべてを許しすぎて逆に怖い』

白石あかね

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学院塔の高台テラスには、春の風が吹き抜けていた。

空は澄み、街の灯りが遠くにまたたいている。  
その中央に立つアズナ=グランフォードは、変わらぬ穏やかさをその背中にたたえていた。

「アズナ。今日こそは、はっきりさせたい」

振り向くと、そこにいたのは王太子レオン=フォン=アルセリオ。  
真剣な眼差しに、いつもの無邪気さはなかった。

アズナは小さく微笑み、頭を下げる。

「ごきげんよう、レオン様。こんな時間に、どうかされましたか?」

「どうも何もあるか。お前は、ずっと何も変わらずに笑ってばかりだ。  
でも、今日だけは……ちゃんと“答え”を聞かせてほしい」

その言葉に、アズナの微笑がわずかに曇る。

「……わたくしに、何かお返しできることがあれば」

レオンは一歩、彼女に近づいた。

「婚約だ。正式に、俺との婚約を受けてほしい。  
これは王族としての命令でも、立場の話でもない。  
……アズナ、お前を“ひとりの女性”として想っている、俺自身の言葉だ」

アズナは目を伏せ、しばらく沈黙した。

風が通り抜け、彼女の香が一瞬だけ、空気を包む。  
そのあと、彼女は静かに、しかしはっきりと首を横に振った。

「……そのお気持ちは、ありがたく受け取りますわ。けれど――」

「けれど?」

「わたくしは、“すべての方に公平であるべき”と、そう思っております」

レオンの顔に、はっきりとした影が落ちた。

「公平? そんなもの、必要ないだろう。お前にとって“特別”が誰かを決めればいいだけだ!」

「特別を選ぶということは、同時に“選ばれなかった誰か”を切り捨てること。  
それは、わたくしには……できません」

その声は優しかった。けれど、揺るぎなく――“拒絶”だった。

レオンは、目を見開いた。

「俺は……俺は、誰よりもお前を見てきた! 誰よりも想って、支えたつもりだった!」

声が大きくなる。胸の奥から絞り出すような叫び。

「なぜ俺じゃ駄目なんだ! なぜお前は、誰にも心を向けてくれない!」

アズナは答えなかった。ただ、深く一礼する。

「申し訳ありません、レオン様。どうか、お心が穏やかにあられますよう」

そして、そっと踵を返し、彼の前から立ち去った。

レオンはその背中を見送るしかなかった。  
怒りも、悔しさも、声にならず喉に詰まる。  
香りだけが、まだそこに残っていた。

それは、誰にでも平等に注がれる優しさ。  
だが彼にとって、それは――最も冷たい拒絶に感じられた。
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