『この悪役令嬢、すべてを許しすぎて逆に怖い』

白石あかね

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「……辞退、ですか?」

生徒会文書局の書記が、書類を手にしたまま目を瞬かせた。  
目の前に立つ少女――かつて断罪劇でアズナに“赦された”者のひとりは、俯きながら力なく答えた。

「はい。すみません……わたし、アズナ様に……あれだけ優しくしていただいて。  
証言なんて、そんなこと……とても、できません」

同じような場面が、学院中で繰り返されていた。

証人候補として名前を挙げられた生徒たち。  
そのほとんどが、“辞退”という選択をとった。

誰もが異口同音に語る。

「アズナ様に否を言うなんて、想像もできない」  
「裁くなんて、おこがましい……あの方が正しくて、わたしが間違っていたんです」  
「赦されて、救われて、それなのに……今さら何を言えと?」

もはや“理”は通じなかった。  
“赦された”という経験が、彼らを逆に縛っていた。

教師控室でも、重い空気が漂っていた。  
報告書の束の前で、ライナス=グレイブは額に手を当てていた。

「……証人候補、二十三名中、十九名が辞退。  
残り四名も、“検討中”のまま、返答を保留している」

香塔前、談話広場、講義棟の廊下――  
いたるところで、生徒たちは声を潜めていた。  
“断罪”の話題になると、誰もが話を切り上げ、沈黙へと沈む。

まるでそれが、“触れてはならぬ聖域”であるかのように。

「裁かれる者が怖がるのではない……」  
「断罪する側が怯えているんだ」

ライナスは、呟いた。

「彼女の微笑が、あまりにも穏やかで、あまりにも受容的で――  
それに否を突きつけることが、“悪”のように感じてしまう。  
この空気こそが……彼女の持つ“魔力”なのだ」

“裁く”という行為は、“拒絶”と“分断”を意味する。  
だが、アズナの微笑はすべてを“受け入れる”。

だからこそ、人々は彼女を裁くことを“罪”だと感じ始めるのだ。

廊下に響く足音、噂話さえも遠ざかり――  
学園全体が、ひとつの“沈黙”に包まれていく。

それは恐れではなかった。  
そして、崇拝でもなかった。

ただ静かに、人の理性を奪っていく“共感の呪縛”。

その中で、“アズナを断罪する”という行為は、  
次第に――誰の口にも出せない、“禁忌”となりつつあった。
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