『この悪役令嬢、すべてを許しすぎて逆に怖い』

白石あかね

文字の大きさ
36 / 46

36

しおりを挟む
学園講堂――  
かつて数々の断罪劇が執り行われた場が、今朝、静かに姿を変えた。

壇上に設けられたのは、透明な結界のように見える魔導陣。  
香塔と共同で設計された“香遮断結界”。  
香気、香魔、香魔導の一切を遮ることを目的とした、厳重な魔法障壁だった。

「今回の断罪は、“香の支配”を抜きに行われるべきだ」  
そう語ったのは、ライナス=グレイブ。

その言葉に教師会も頷き、結界が展開された。

そして今――  
講堂に集う百を超える生徒と数十名の教職員たちは、言いようのない不安に包まれていた。

「……なにこれ、息が詰まる……」  
「空気が……重い……?」  
「香がないって、こんなに“感じる”ものだったっけ……」

誰もが、無意識に“何かが足りない”と感じていた。  
それは香そのものではなく――  
香によって“和らげられていたはずの何か”が、むき出しになっていることへの違和感だった。

そのとき、講堂の扉が開く。

アズナ=グランフォードが、ゆっくりと入場してきた。

変わらぬ気品と、変わらぬ微笑。  
だが、その背からは一切の香が漂っていなかった。

彼女はそのまま、言葉ひとつ発することなく、用意された席へと腰を下ろす。

その所作は静かで、端正で、非の打ち所がなかった。  
――それゆえに、あまりにも“異様”だった。

「……怖い」  
誰かが、吐息のように漏らした。

「微笑んでるのに、全然安心できない……」  
「なんで……香がないだけで、こんなにも空気が違うの……?」

壇上でも、裁定を務める予定の教師たちが、資料をめくる手をわずかに震わせていた。

アズナは何もしていない。  
ただ、香を纏わずに、そこに“在る”だけ。

それなのに――会場全体が、凍るような沈黙に飲み込まれていた。

“支配”とは命令ではない。  
“影響”とは押しつけではない。

彼女が香をまとわぬだけで、  
人々の心がどれほど不安定に揺らぐのか。  
それが、はっきりと可視化された瞬間だった。

そして、生徒たちは理解し始めていた。

「今の彼女は、香を使っていない」  
「でも、香がない方が……怖い」  
「“香”があったことで、どれだけ安心していたか、今なら分かる……」

香のない断罪劇。  
それは、言葉よりも強い“沈黙”から始まった。

始まったはずなのに――  
誰も声を上げられない。  
何も始められない。

香の支配がなくなったことで、彼女の本質がむき出しになった。  
そして、それこそが最も深い“恐怖”なのだと、誰もが思い知った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

契約結婚のススメ

文月 蓮
恋愛
 研究一筋に生きてきた魔導士のレティシアは、研究を続けるために父に命じられた結婚をしかたなく承諾する。相手は社交界の独身女性憧れの的であるヴィラール侯爵アロイス。だが、アロイスもまた結婚を望んでいなかったことを知り、契約結婚を提案する。互いの思惑が一致して始まった愛のない結婚だったが、王の婚約者の護衛任務を受けることになったレティシアとアロイスの距離は徐々に縮まってきて……。シリアスと見せかけて、コメディです。「ムーンライトノベルズ」にも投稿しています。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

悪役令嬢ですが、兄たちが過保護すぎて恋ができません

由香
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・セレフィーナに転生した私。 破滅回避のため、目立たず静かに生きる――はずだった。 しかし現実は、三人の兄による全力溺愛&完全監視生活。 外出には護衛、交友関係は管理制、笑顔すら規制対象!? さらに兄の親友である最強騎士・カインが護衛として加わり、 静かで誠実な優しさに、次第に心が揺れていく。 「恋をすると破滅する」 そう信じて避けてきた想いの先で待っていたのは、 断罪も修羅場もない、安心で騒がしい未来だった――。

処理中です...