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断罪裁定会場の空気は、重く、鈍く、動かないまま流れていた。
香遮断結界が張られたままの講堂には、どこにも逃げ道がなかった。
アズナの香も、慰めも、やさしさも――この場には存在しない。
静かに立ち上がったのは、ひとりの生徒。
やがて、もうひとり。
証人たちが、順番に口を開き始めた。
「アズナ様の笑顔が怖かった。何も責めず、何も求めず、それでも心が縛られていた」
「わたしは……あの香りがないと、授業に集中できないくらい、依存していました」
「感情が分からなくなったんです。嬉しいのか、苦しいのか、全部、香が薄めてしまって」
断罪とは名ばかりのこの場で、語られるのは“罪”ではなく、“心の迷い”だった。
それを、アズナ=グランフォードはすべて、沈黙のまま受け止めていた。
いや――“受け止めているように見えた”。
壇上の中央。
アズナはゆっくりと立ち上がる。
その動作ひとつで、会場のざわめきが止まった。
彼女が“初めて”発言を行うことを、誰もが察したからだった。
「……申し訳ございません」
その声は、香も魔も帯びぬまま、澄んでいた。
「わたくしは、すべての方を受け入れたいと、そう願ってまいりました」
言葉の端に、わずかに震えがある。
それは、彼女が“人”であることの証だった。
「誰かを拒むことなく、誰にも恐れられず、
すべてを赦すことで、皆さまが穏やかに過ごせるようにと……」
一瞬、視線が壇上の生徒たちを横切る。
その先に、かつて香に救われ、赦され、そして今、苦しみを語る者たち。
「けれど、それが皆さまを縛ったのなら――
もし、わたくしの在り方が、誰かの心を傷つけたのなら――」
アズナは微笑を浮かべたまま、はっきりと、こう言った。
「それは、わたくしの“間違い”でしたわ」
場が凍った。
誰かの言葉に“否”を突きつけたのは、これが初めてだった。
彼女は誰よりも優しく、誰よりも受容的で――
その姿勢が、時に“無害な暴力”となっていたことに、ようやく向き合ったのだ。
「わたくしは、意図せずとも、支配してしまったのかもしれません。
皆さまの声を聞かぬまま、自らの理想だけで包み込んでしまった……」
静かに、ゆっくりと頭を下げる。
「だから、今ここで、わたくしは皆さまの言葉を――“否定”させていただきます」
「わたくしのせいで、そうなったのではありません。
わたくしは、あなた方を縛ろうとしたのではありません。
それは……あなた方の心が、わたくしに“託しすぎた”のです」
会場に、ひとつの息すら響かなかった。
それは怒りでも、赦しでも、涙でもない――
“静かな決意”だけが響いた時間だった。
アズナ=グランフォード。
この瞬間、彼女は“赦し”の仮面を捨て、
“否定する者”として、初めて“自分の意志”を持ってそこに立っていた。
香遮断結界が張られたままの講堂には、どこにも逃げ道がなかった。
アズナの香も、慰めも、やさしさも――この場には存在しない。
静かに立ち上がったのは、ひとりの生徒。
やがて、もうひとり。
証人たちが、順番に口を開き始めた。
「アズナ様の笑顔が怖かった。何も責めず、何も求めず、それでも心が縛られていた」
「わたしは……あの香りがないと、授業に集中できないくらい、依存していました」
「感情が分からなくなったんです。嬉しいのか、苦しいのか、全部、香が薄めてしまって」
断罪とは名ばかりのこの場で、語られるのは“罪”ではなく、“心の迷い”だった。
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いや――“受け止めているように見えた”。
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アズナはゆっくりと立ち上がる。
その動作ひとつで、会場のざわめきが止まった。
彼女が“初めて”発言を行うことを、誰もが察したからだった。
「……申し訳ございません」
その声は、香も魔も帯びぬまま、澄んでいた。
「わたくしは、すべての方を受け入れたいと、そう願ってまいりました」
言葉の端に、わずかに震えがある。
それは、彼女が“人”であることの証だった。
「誰かを拒むことなく、誰にも恐れられず、
すべてを赦すことで、皆さまが穏やかに過ごせるようにと……」
一瞬、視線が壇上の生徒たちを横切る。
その先に、かつて香に救われ、赦され、そして今、苦しみを語る者たち。
「けれど、それが皆さまを縛ったのなら――
もし、わたくしの在り方が、誰かの心を傷つけたのなら――」
アズナは微笑を浮かべたまま、はっきりと、こう言った。
「それは、わたくしの“間違い”でしたわ」
場が凍った。
誰かの言葉に“否”を突きつけたのは、これが初めてだった。
彼女は誰よりも優しく、誰よりも受容的で――
その姿勢が、時に“無害な暴力”となっていたことに、ようやく向き合ったのだ。
「わたくしは、意図せずとも、支配してしまったのかもしれません。
皆さまの声を聞かぬまま、自らの理想だけで包み込んでしまった……」
静かに、ゆっくりと頭を下げる。
「だから、今ここで、わたくしは皆さまの言葉を――“否定”させていただきます」
「わたくしのせいで、そうなったのではありません。
わたくしは、あなた方を縛ろうとしたのではありません。
それは……あなた方の心が、わたくしに“託しすぎた”のです」
会場に、ひとつの息すら響かなかった。
それは怒りでも、赦しでも、涙でもない――
“静かな決意”だけが響いた時間だった。
アズナ=グランフォード。
この瞬間、彼女は“赦し”の仮面を捨て、
“否定する者”として、初めて“自分の意志”を持ってそこに立っていた。
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