39 / 46
39
しおりを挟む
断罪裁定会場――
朝から張り詰めていた空気は、もはや誰の手にも負えないほどに“沈黙”へと変わっていた。
証言は揃っていた。
場も整えられ、香は遮断され、言葉は尽くされた。
だが――判定だけが、どうしても下されなかった。
教師陣が集まった壇上脇、ライナス=グレイブが議事録を読み返し、口元に手を当てる。
「……証言内容の大半が、感情に基づく主観的体験であり、
制度上の“断罪対象”とは定義できない」
静かに言い放ったその言葉に、教師たちは頷くしかなかった。
ギルバートの記録、フィリオの涙、ベアトリスの叫び――
そのすべては、“証拠”ではなく“心の声”だったのだ。
一方、生徒会席では、シュヴァンツが苦悩の表情を浮かべていた。
「……もしかして、俺たちは最初から、“アズナ様を裁く”という行為そのものが、
間違っていたんじゃないか?」
その一言に、隣の役員がそっと目を伏せた。
「語彙が……ないんだ。
“罪”という言葉で、あの人を語る言葉が、もう……どこにも残ってない」
会場全体が、名もなき空虚に包まれていた。
そして――
ライナスが、静かに宣言した。
「……裁定不能。断罪無効。記録は残されず、学則における処罰対象外とする」
誰も歓声を上げない。
安堵もしない。
ただ、終わったという事実だけが、全員の頭上に落とされた。
そのとき、壇上の中央にいたアズナ=グランフォードが立ち上がった。
彼女は何も言わない。
頭も下げない。
誰にも礼を告げず、誰にも香を残さず――ただ、ゆっくりと壇を降りていく。
その背には、香気も微笑もない。
ただ、静けさと――“拒絶された人間関係”のような無言の距離だけがあった。
誰かが口を開きかけた。
けれど、声にならなかった。
“ありがとう”でも
“ごめんなさい”でも
“待って”でも
“どうして”でもない。
そのどの言葉も、今のアズナには届かないと、全員が知っていた。
アズナはそのまま、講堂の扉を押し開けた。
陽光が差し込む。
外の世界は変わらず、美しく、そして無関心だった。
制度が裁けぬ者。
理屈が届かぬ者。
善も悪も、誰の声も受けつけない、ただ“そこに在る者”。
――誰も、断罪できなかった。
それは赦しの勝利ではなく、“制度の敗北”だった。
朝から張り詰めていた空気は、もはや誰の手にも負えないほどに“沈黙”へと変わっていた。
証言は揃っていた。
場も整えられ、香は遮断され、言葉は尽くされた。
だが――判定だけが、どうしても下されなかった。
教師陣が集まった壇上脇、ライナス=グレイブが議事録を読み返し、口元に手を当てる。
「……証言内容の大半が、感情に基づく主観的体験であり、
制度上の“断罪対象”とは定義できない」
静かに言い放ったその言葉に、教師たちは頷くしかなかった。
ギルバートの記録、フィリオの涙、ベアトリスの叫び――
そのすべては、“証拠”ではなく“心の声”だったのだ。
一方、生徒会席では、シュヴァンツが苦悩の表情を浮かべていた。
「……もしかして、俺たちは最初から、“アズナ様を裁く”という行為そのものが、
間違っていたんじゃないか?」
その一言に、隣の役員がそっと目を伏せた。
「語彙が……ないんだ。
“罪”という言葉で、あの人を語る言葉が、もう……どこにも残ってない」
会場全体が、名もなき空虚に包まれていた。
そして――
ライナスが、静かに宣言した。
「……裁定不能。断罪無効。記録は残されず、学則における処罰対象外とする」
誰も歓声を上げない。
安堵もしない。
ただ、終わったという事実だけが、全員の頭上に落とされた。
そのとき、壇上の中央にいたアズナ=グランフォードが立ち上がった。
彼女は何も言わない。
頭も下げない。
誰にも礼を告げず、誰にも香を残さず――ただ、ゆっくりと壇を降りていく。
その背には、香気も微笑もない。
ただ、静けさと――“拒絶された人間関係”のような無言の距離だけがあった。
誰かが口を開きかけた。
けれど、声にならなかった。
“ありがとう”でも
“ごめんなさい”でも
“待って”でも
“どうして”でもない。
そのどの言葉も、今のアズナには届かないと、全員が知っていた。
アズナはそのまま、講堂の扉を押し開けた。
陽光が差し込む。
外の世界は変わらず、美しく、そして無関心だった。
制度が裁けぬ者。
理屈が届かぬ者。
善も悪も、誰の声も受けつけない、ただ“そこに在る者”。
――誰も、断罪できなかった。
それは赦しの勝利ではなく、“制度の敗北”だった。
0
あなたにおすすめの小説
厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです
あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。
社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。
辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。
冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。
けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。
そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。
静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。
【追記】完結保証タグ追加しました
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる