『この悪役令嬢、すべてを許しすぎて逆に怖い』

白石あかね

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断罪裁定会場――

朝から張り詰めていた空気は、もはや誰の手にも負えないほどに“沈黙”へと変わっていた。

証言は揃っていた。  
場も整えられ、香は遮断され、言葉は尽くされた。  
だが――判定だけが、どうしても下されなかった。

教師陣が集まった壇上脇、ライナス=グレイブが議事録を読み返し、口元に手を当てる。

「……証言内容の大半が、感情に基づく主観的体験であり、  
制度上の“断罪対象”とは定義できない」

静かに言い放ったその言葉に、教師たちは頷くしかなかった。  
ギルバートの記録、フィリオの涙、ベアトリスの叫び――  
そのすべては、“証拠”ではなく“心の声”だったのだ。

一方、生徒会席では、シュヴァンツが苦悩の表情を浮かべていた。

「……もしかして、俺たちは最初から、“アズナ様を裁く”という行為そのものが、  
間違っていたんじゃないか?」

その一言に、隣の役員がそっと目を伏せた。

「語彙が……ないんだ。  
“罪”という言葉で、あの人を語る言葉が、もう……どこにも残ってない」

会場全体が、名もなき空虚に包まれていた。

そして――

ライナスが、静かに宣言した。

「……裁定不能。断罪無効。記録は残されず、学則における処罰対象外とする」

誰も歓声を上げない。  
安堵もしない。  
ただ、終わったという事実だけが、全員の頭上に落とされた。

そのとき、壇上の中央にいたアズナ=グランフォードが立ち上がった。

彼女は何も言わない。  
頭も下げない。  
誰にも礼を告げず、誰にも香を残さず――ただ、ゆっくりと壇を降りていく。

その背には、香気も微笑もない。  
ただ、静けさと――“拒絶された人間関係”のような無言の距離だけがあった。

誰かが口を開きかけた。  
けれど、声にならなかった。

“ありがとう”でも  
“ごめんなさい”でも  
“待って”でも  
“どうして”でもない。

そのどの言葉も、今のアズナには届かないと、全員が知っていた。

アズナはそのまま、講堂の扉を押し開けた。

陽光が差し込む。  
外の世界は変わらず、美しく、そして無関心だった。

制度が裁けぬ者。  
理屈が届かぬ者。  
善も悪も、誰の声も受けつけない、ただ“そこに在る者”。

――誰も、断罪できなかった。

それは赦しの勝利ではなく、“制度の敗北”だった。
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