死神の誤算と策略、私の運命はもう変わらない

陵月夜白(りょうづきやしろ)

文字の大きさ
6 / 26

第五章 ま、いっか

しおりを挟む
第五章一話 ま、いっか

 あと十日。
死神にそう告げられてから、二日が過ぎた。
何も変わらない日常。
バイトのLINEは毎晩来るし、上の連中は平気な顔で金を数えている。
 いつもの駅。いつもの集金。いつもの居場所。
 (本当に俺、死ぬのか?)
信じてるわけじゃない。
でも、あの死神――烏牙の目を見たとき、体の奥が確かに冷えた。
冗談とか、夢とか、そういうものじゃない“なにか”があった。

 けれど。
死ぬのが怖いかと問われたら、答えに詰まる。
怖いような、そうでもないような。
むしろ、どこかで「ま、いっか」と思ってる自分がいる。
 たいして生きた実感もない。誰にも必要とされてない。
たぶん、明日消えたって、誰も困らない。

 唯一、少しだけ頭をよぎるのが――母親のことだった。
女手ひとつで育ててくれた。
昔から、生活はカツカツだったし、毎晩のように缶チューハイをあけては愚痴を言っていた。
 ろくでもない夜もいっぱいあった。
台所で泣いてる姿も、覚えてる。
けど、朝にはちゃんと弁当を作ってくれた。
 冬には、カイロをポケットに入れて送り出してくれた。
口が悪くて手も早いけど、ちゃんと――愛してくれてた。
 (今どうしてんだろ、かあちゃん)
最後に会ったのは、一年以上前。
高校をやめてから、ロクに連絡もしていない。
今は田舎のボロ家にひとりで住んでるはずだ。

 アパートの布団に転がりながら、天井のシミを見上げる。
カーテン越しの街灯が、夜をぼんやり照らしていた。
スマホのホーム画面を開き、連絡帳をスクロールする。
「かあちゃん」という名前がまだ残っていた。
 (かける気は……ないけど)
けど、消すこともできなかった。

 午前三時。
何かいろんなことが気になってよく眠れない。
布団から体を起こすと、喉が乾いていた。
コンビニで買った缶コーヒーがぬるくなって、テーブルに残っている。
 (死ぬ前に、会いに行ってもいいのかもな……)
それが“親孝行”ってわけじゃない。
ただ、何も言わずに消えるのは――ちょっとズルい気がした。

 朝。
陸翔は珍しく、カレンダーを見た。
 あと七日。
このまま黙って死ぬか、
それとも――一度だけ“帰る”か。


第五章二話 たったひと晩のすき焼き

 駅前のロータリーは、思ったより小さかった。
タクシーも数台だけ。バスはもう終わっていた。
昔通った塾の看板だけが、変わらずぼんやり光っていた。
 田舎の夜は静かだ。
コンビニも少なくて、空はやけに広くて、星がきれいすぎて少しムカつく。
 (……ほんとに、来ちまったな)
母親の家――もう古びた一軒家の前に立つと、妙な緊張がこみ上げた。
でも、呼び鈴を押した瞬間、そんなのどうでもよくなった。
 「……あら、アンタかい」
ドアが開いて、母が現れた。
相変わらず口元にタバコをくわえたまま、まぶしそうな目でこっちを見る。
 驚くかと思った。でも、まるで待ってたみたいだった。
 「急にどうしたのよ。……まあ、入んな」

 夜はすき焼きだった。
奮発したのか、肉がやけに厚い。
「給料入ったからってわけじゃないけどさ、たまにはいいでしょ?」
「……ああ。うまいよ」
割下がちょっと濃い目で、ネギの焦げた香りがたまらない。
 何年ぶりだろう、こうやって家で母親と飯を食うのは。
缶ビールを片手に、母は口を開く。
 「で、ちゃんと働いてんの? フラフラしてるって、近所のあんたの友達の母ちゃんが言ってたけど」
 「……働いてるよ。バイトだけどな。物流の倉庫」
 「ふーん、まあ“嘘ついてる顔”だねそれ」
 「……うっせーな」
 ふたりとも笑った。
こんな会話が成立するのが、少しだけ嬉しかった。

 夜は更けて、こたつの電源が入ったまま、母が煙草に火をつけた。
 「ねぇ、リク。
 あんた、小さい頃、よく言ってたの覚えてる? “大人になったら俺が守るから”って」
 「……覚えてねえな」
「そっか。でも、私ね、あの言葉、わりと本気で信じてたの。
 ほら、バカだからさ。酔っ払っててもそういうのだけ覚えてんのよ」
陸翔は黙って、湯呑みの緑茶を口に含んだ。
 「でさ……実は、最近、あんたの親父から手紙が届いたんだよ」
 「……は?」
驚きで湯呑みを置くと、母は苦笑いした。
 「あっちは再婚してるけどさ。ガンなんだって。末期。で、“一目だけ息子に会いたい”だってさ」
 「……なんで今さら」
「でしょ? 私もそう思った。でも、なんだろうね……
 あんたには、“会う会わないを自分で選んでほしい”って思っちゃった」
 母の目は、ずっとどこかを見つめていた。
陸翔の顔ではなく、たぶん、過去の何か。

 夜、寝る前。
布団の中でスマホを見つめながら、陸翔は思った。
(……もし俺がほんとに死ぬんなら、
 “会いたがってるやつ”のところに顔出すくらいは、してやってもいいのかもな)
 なぜか、自分の“死”のことよりも、
“残される誰か”の顔ばかり浮かんでくる夜だった。
 

第五章三話 会いに行くべきか
 
 朝。
寒さで目が覚める。
布団の中から顔だけ出すと、台所では母が味噌汁を温めていた。
 「起きた? ごはん食べるでしょ」
その何気ない声が、やけにまぶしかった。

 朝食をとりながらも、陸翔の頭には昨夜の言葉がずっと引っかかっていた。
「あんたの親父から手紙が届いたんだよ」
「末期のガン。……“一目だけでも会いたい”ってさ」
 もう十年以上、父親の顔を見ていない。
再婚して別の家庭を築いた男。
 自分と母を捨てた人間。
正直、恨みとか、そういうのすら残っていない。
ただ、“興味がない”。それだけだった。
 でも。
(……死ぬ間際に会いたいって言ってくる神経が理解できねぇ)
 ――いや、
ほんとは理解したくなかったのかもしれない。

 昼前、母は「パート行ってくる」とだけ言って出ていった。
 台所のカレンダーにマジックで書かれた“夜番”の文字が妙にリアルで、
陸翔はひとり、コタツに入って煙草をくゆらせた。
 (死ぬまで、あと何日だっけ)
手のひらに指を立てて数える。
 ――あと六日。
父親に会うべきか?
今さら、何を話すのか? 誰のために? 何のために?
 でも、きっとそれは――
自分が「何かを残せるかもしれない」と、心のどこかで信じたいだけなのかもしれなかった。

 夜。
母が帰宅すると、陸翔は不意に口を開いた。
 「……親父の住所、あるんだろ?」
「え……? ああ、うん。あるよ」
母は一瞬、意外そうに目を丸くしたが、すぐにメモを持ってきた。
「神奈川の病院。手紙に書いてあった」
陸翔はそのメモを受け取ると、しばらく無言で見つめた。

 夜、ひとりになってから。
スマホで地図アプリを開く。
電車とバスを乗り継げば、東京からでも行ける距離だった。
(明日、戻るついでに……寄ってみるか)
 “会いたい”とは思えなかった。
でも、“会ってもいいかもしれない”とは思えた。

 布団の中。
天井を見ながら陸翔は思った。
(このまま死ぬとしても、誰かに会いに行こうとするって、
 それだけで、ちょっとマシな人間になれる気がすんだよな)


第五章二話 会いたくなんてなかった

 神奈川の街は、曇っていた。
最寄り駅からバスに乗り、病院の近くに着いたときには、
午後の日差しがうすく差していたが、どこか影のある空だった。
 (あーあ……来ちまった)
エレベーターに揺られながら、陸翔は天井の表示を見上げた。
階数が増えるたびに、呼吸が浅くなる。
 “会いたくて来た”わけじゃない。
 “親孝行”でも、“和解”でもない。
ただ――母の顔と、自分の残りの命が頭をかすめて、
 ふと足が向いてしまっただけ。

 ナースステーションで名前を告げると、看護師が案内してくれた。
「今日が初めての面会なんですね」と言われて、小さく頷いた。
 個室のドアをノックすると、中からかすれた声が返ってきた。
 「……どうぞ」
陸翔は、そこに“父の顔”を見た。
憶えていたよりも小さく、痩せていて、白髪が増えていた。
 点滴の管、痩せた手、薄い毛布。
あの頃の“逃げた男”は、もうどこにもいなかった。
 「あ……お、お前……」
父は目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みに変わった。
 「来てくれたんだな……もう、会えないかと思ってた」
 陸翔は何も言わず、部屋の隅の椅子に腰を下ろした。
沈黙が流れる。
 「元気か?」
 「別に」
 「仕事は……」
 「してる」
 「そっか……それなら、よかった」
 嘘。全部、嘘。
でも、ここではそれで十分だった。

 しばらく沈黙が続いたあと、父がゆっくり口を開いた。
 「……あの時、お前とお母さんを置いて出て行ったのは、
 悪かったと、今でも思ってるよ」
 「……へぇ」
 「だけど……どうしても、自分の人生を“選び直したい”って思ったんだ。
 あのままだと、俺、誰かの“父親”で終わるのが怖くて……」
 陸翔はその言葉に、はじめて真正面から目を向けた。
 “自分の人生を選びたかった”――
 (そんな理由で、俺たちを捨てたのか?)
 そう思ったけど、不思議と腹は立たなかった。
むしろ、少しだけ……わかる気がした。
自分も今、“選び直したい”って思っているからだ。
 病室を出るとき、父がポツリと呟いた。
「……もし、お前に“やり直したいこと”があるなら……
 それだけは、ちゃんと選べよ。誰かのせいにするな」
陸翔は振り返らなかった。

 病院を出ると、雨が降り始めていた。
空はさらに低く、灰色だった。
だけど、ポケットの中で、スマホがわずかに震えた。
 ――「田沼」…見たくない名前だったんで、ポケットに戻した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。 魔力が弱い私には、価値がないという現実。 泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。 そこで目覚めた彼は、私を見て言った。 「やっと見つけた。私の番よ」 彼の前でだけ、私の魔力は輝く。 奪われた尊厳、歪められた運命。 すべてを取り戻した先にあるのは……

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

処理中です...