死神の誤算と策略、私の運命はもう変わらない

陵月夜白(りょうづきやしろ)

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第四章 沈黙の記憶

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第四章一話 沈黙の記憶

 最近、誰かに見られている気がする――
それが最初に芽生えた違和感だった。
振り向いても誰もいない。
ただ、商店街を歩いていても、川沿いを散歩していても、確かに“視線”のようなものが背中に触れる。
 篠原奏は、自分が被害妄想に陥っているのだろうかとすら思った。
だが、それは恐怖ではなかった。どちらかというと、懐かしさに近い。
(あの子……ペンの女の子、だったかな)
 ホームセンターで出会った客。
ふわりとした髪。目元がどこか沈んでいて、それでもまっすぐに人を見る視線。
 話したのは一言二言だったのに、妙に印象に残っていた。
あの目は、何かを知っているような、そんな目だった。

 ここ数日、夢を見る。
川辺。
ざぶん、と水が跳ねる音。
 助けを呼ぶ子どもの声。
自分の腕。濡れたシャツ。冷たい水。
そして、視界の端に――“もう一人の誰か”が立っている。
 白いワンピースの女の子。
何も言わずにこちらを見ているだけ。顔は見えない。
 でも、胸がひどく締め付けられる。
助けを求めているのは、自分ではなく――彼女のような気がする。
 奏は、ベッドの中で目を覚ますたび、深く息を吐く。
(夢でよかった……でも、なんで毎晩……)
それは“予感”と呼ぶには、あまりにも現実的だった。

 その日、奏は仕事帰りにふと足を止めた。
川の歩道。数日前、子どものボールを取ってあげた場所。
 雨のあとで水位が少し高くなっていた。
岸辺に、黒いコートの男が立っていた。
長身。無表情。まるで空気のように気配がない。
 誰かに似ている気がしたが、わからなかった。
目が合った。……気がした。
けれど男は何も言わず、視線を逸らし、川の流れをただ見つめている。
(…まただ。見えるだけ、気にするな……)
 不安というより、妙な静けさを感じた。
そのまま視線を外して歩き出したとき、誰かが遠くから自分を呼ぶ声がした。
 「――すみません!」
振り向くと、さっきまで誰もいなかった道に、一人の女性が立っていた。
 ……あの子だった。ホームセンターの、ペンの女の子。
 何か言いたげにこちらへ小走りで近づいてきたが、奏が戸惑って見つめ返すと、ふと立ち止まり、目を伏せた。
「あ……間違えました、ごめんなさい」
 気まずそうに頭を下げ、そのまま背を向けて去っていく。
でもその仕草は、どう見ても“知っている人に間違えた”それではなかった。
 (間違えたんじゃなくて……話しかける理由が、見つからなかったんだ)
なぜかそう思った。

 その夜、奏は再び夢を見た。
水の中で息を止め、誰かの手を伸ばしながら、
 “彼女”の目が遠くから自分を見つめていた。
言葉はない。ただ視線だけが刺さっていた。
 ――「見てるの? それとも、助けたいの?」
誰の声かわからない。けれど、自分の中から響いてくるようだった。


第四章二話 境界を越えて

 ――助けたい、なんて思っていない。
ただ、気になっただけ。
ほんの少し、様子を見ていただけ。
 遥は、そう言い聞かせながら眠れぬ夜を数えていた。
 川辺。水の音。濡れたシャツ。
そして――視線の先で静かに溺れていく、あの人の背中。
 (見たくないのに、目が逸らせない)
誰かの死を知ること。
それが、これほどまでに無力感と痛みをもたらすとは思わなかった。

「……また、見に行ったの?」
スマホ越しに届いた声は、いつもより少し低かった。
 親友・由梨。何でも話せる唯一の存在。
遥は沈黙した後、小さく「うん」とだけ答えた。
(碧人の事件のあと、由梨には全部話した。 死神のこと、死ぬはずだった運命、碧人が何人も女性を殺した事実も)
(由梨は、すべて受け入れてくれた。 私の頭がおかしいとか、妄想だとか、一切言わずにすべて受け入れてくれた)
すべてを打ち明けたその夜、由梨と遥は何時間も声を出して泣いた。

「やめたほうがいいよ。関わると、壊れるよ、遥。あなたは一度、死にかけたんだから……」
「わかってる。でも……」
「助けたいの?」
「……違う。助け“られたら”いいって思ってるだけ。
 でも、本当に助けたら、誰かが死ぬ。
 そんなの、選べないよ」
 由梨はしばらく黙っていた。やがて深く息を吐き
「それなら、見届けるしかないんじゃない?」と静かに言った。
「“どうにもできないこと”って、あるよ。
 誰かの運命なんて、私たちがどうこうできるもんじゃない」
「でも、見えちゃうの。……見えてるのに、見なかったふりするのは、もっと辛い」

 電話を切ったあと、遥はベッドの中で丸くなった。
携帯の画面に目を落とすと、どこからともなく通知音が響いた。
 ――〈観測不能域へ踏み込むな〉
発信元不明の通知。名前も表示されていない。
 だが、遥にはわかった。
 ――死神からの警告だ。
「……わかってる。でも、もう黙ってなんていられないよ」
声に出して言ってみる。
自分の意志を、言葉で確かめるために。

 翌日。
遥は、ホームセンターの店頭に立っていた。
 あの人――奏が、いつものように品出しをしている。
背筋を伸ばし、几帳面に商品を並べていく手元。
仕事に誠実であろうとする、静かな気配。
 遥は、自分でも驚くほど自然に、その背中へ歩いていった。
「……こんにちは。……また来ちゃいました」
 奏が振り返る。
表情に戸惑いが浮かぶが、すぐに薄く笑った。
「……ペン、使いやすかったですか?」
その言葉に、遥は頷いた。
「ええ。……すごく、書きやすかった」
 ふたりの間に、ほんのわずかな“温度”が生まれる。
 それは、どこかで確かに始まりかけた“何か”だった。

 その夜。
遥は夢を見た。
あの川辺に、遥自身が立っていた。
奏が川の中に向かって走るのを見ながら、遥は必死に叫んでいた。
 ――「行かないで!」
けれど声は届かない。
足が地面に縫い付けられたように動かない。
 目を覚ましたとき、遥は自分の胸を抱きしめていた。
鼓動が、恐ろしく速かった。

 彼の未来を知っている。
彼の優しさにも、触れた。
それでも、まだ手を伸ばすのが怖い。
 でも、確かに――遥は決めた。
次に会ったら、名前を訊こう。
そして、彼の話を、ちゃんと聞こう。
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