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第一章 揺れる日常
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スマートフォンのアラームが、けたたましい音を立てた。
安曇遥(あずみ はるか)は布団の中から片腕を伸ばし、目をつむったまま止める。指先が冷たい。
ようやくまぶたを開けた時には、すでに出るべき時間を15分過ぎていた。
「……やば」
短く呟いて、体を起こす。
東京のアパート。6畳一間のワンルーム。窓の向こうは灰色の空。
隅に干しっぱなしの洗濯物が、くたびれたように揺れている。
カーテンの隙間から入り込む光に目を細めながら、遥はバスルームへと向かった。
シャワーを浴び、軽くメイクを済ませ、鏡の前で制服のジャケットを整える。
ブラウスの胸元が微かにきつい。昔からそうだ。
自分で言うのもなんだけど、スタイルは悪くないと思う。
けれどFカップというサイズは、これまでの人生で何度も“誤解”を招いてきた。
恋愛だってそれなりに経験はある。
でも大抵は、見た目や身体ばかりに関心を持つ人ばかりだった。
結局、浮気されて、別れを告げるのはいつもこちら側。
「恋愛って、ほんとめんどくさい」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いて鞄を肩にかける。
通勤電車の中。
吊革につかまりながら、スマホでニュースアプリを眺める。
混み合う車内のざわめきの中で、ふと――
視線を感じた気がした。
振り向いても、そこにはただ、同じようにスマホを見つめる会社員たち。
気のせい。
そう思うことにして、イヤホンを耳に差し込んだ。
けれど、ここ数日、こんな感覚が時折ある。
誰かに見られているような、背中に乗る冷たい風のような――
そんな気配。
会社に着くと、フロアの一角から手を振る声。
「おはよう、遥ちゃん」
中堅食品メーカーの総務部。
声の主は、遥の上司にあたる岡部主任だった。
笑顔が優しくて、誰にでもフラットで親切。
直属の上司として、遥も最初は信頼していた。
「おはようございます。今日、10時から会議ですよね?」
「うんうん、大丈夫。あ、これ差し入れ。甘いの好きでしょ?」
そう言って、コンビニのクッキーとカフェラテを差し出してくる。
最近、こういうことが増えた。
一見、ありがたいけど、どこか引っかかる。
同僚の間でも「ちょっと優しすぎない?」なんて声が囁かれていた。
自席について、引き出しを開ける。
……あれ?
入れておいたはずの小物ポーチが、なぜか別の引き出しに移っていた。
中身を確認する。変わりはない。でも確かに、いつもはここに入れてる。
(気のせい……だよね?)
頭を振って、モニターを立ち上げる。
深く考えるのはやめた。そうやって流すことには慣れている。
昼休み。スマホを開く。
【由梨】──高校時代からの親友の名前が、未読のまま残っている。
三日前に「今度ご飯行こうね」と送ったきり、返信はない。
彼女の彼氏から、最近こんな連絡もあった。
「最近の由梨、様子がおかしいんです。連絡もあまり取れなくて……遥さん、何か知りませんか?」
でも、遥にも分からない。
仕事が忙しいのか、疲れているのか。
彼女にとって、いま自分が“負担”になっているのかもしれない。
送ろうと思っていた「元気?」の一言を打っては消し、結局スマホを閉じる。
その夜。
帰り道。人通りの少ない歩道を歩く。
自販機の灯りだけが浮かぶ路地。コツ、コツ、とヒールの音がやけに大きく響いた。
背中に、気配。
すぐに振り向く。けれど、誰もいない。
ただ、電柱の陰に――ほんの一瞬、“黒い何か”がいた気がした。
心臓が跳ねる。
「……また、あの感覚」
でも、安心しようとする。
「彼と一緒にいたときにも感じたし、きっと違う」
そう、自分に言い聞かせて、鍵を差し込む。
がちゃり、と錠が回る音が、やけに静かに響いた。
遥はまだ知らない。
あの背後の影が、ただの“誰か”ではなく、
そして身近にいる人物たちすら、真実から遠い場所に立っていることを。
安曇遥(あずみ はるか)は布団の中から片腕を伸ばし、目をつむったまま止める。指先が冷たい。
ようやくまぶたを開けた時には、すでに出るべき時間を15分過ぎていた。
「……やば」
短く呟いて、体を起こす。
東京のアパート。6畳一間のワンルーム。窓の向こうは灰色の空。
隅に干しっぱなしの洗濯物が、くたびれたように揺れている。
カーテンの隙間から入り込む光に目を細めながら、遥はバスルームへと向かった。
シャワーを浴び、軽くメイクを済ませ、鏡の前で制服のジャケットを整える。
ブラウスの胸元が微かにきつい。昔からそうだ。
自分で言うのもなんだけど、スタイルは悪くないと思う。
けれどFカップというサイズは、これまでの人生で何度も“誤解”を招いてきた。
恋愛だってそれなりに経験はある。
でも大抵は、見た目や身体ばかりに関心を持つ人ばかりだった。
結局、浮気されて、別れを告げるのはいつもこちら側。
「恋愛って、ほんとめんどくさい」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いて鞄を肩にかける。
通勤電車の中。
吊革につかまりながら、スマホでニュースアプリを眺める。
混み合う車内のざわめきの中で、ふと――
視線を感じた気がした。
振り向いても、そこにはただ、同じようにスマホを見つめる会社員たち。
気のせい。
そう思うことにして、イヤホンを耳に差し込んだ。
けれど、ここ数日、こんな感覚が時折ある。
誰かに見られているような、背中に乗る冷たい風のような――
そんな気配。
会社に着くと、フロアの一角から手を振る声。
「おはよう、遥ちゃん」
中堅食品メーカーの総務部。
声の主は、遥の上司にあたる岡部主任だった。
笑顔が優しくて、誰にでもフラットで親切。
直属の上司として、遥も最初は信頼していた。
「おはようございます。今日、10時から会議ですよね?」
「うんうん、大丈夫。あ、これ差し入れ。甘いの好きでしょ?」
そう言って、コンビニのクッキーとカフェラテを差し出してくる。
最近、こういうことが増えた。
一見、ありがたいけど、どこか引っかかる。
同僚の間でも「ちょっと優しすぎない?」なんて声が囁かれていた。
自席について、引き出しを開ける。
……あれ?
入れておいたはずの小物ポーチが、なぜか別の引き出しに移っていた。
中身を確認する。変わりはない。でも確かに、いつもはここに入れてる。
(気のせい……だよね?)
頭を振って、モニターを立ち上げる。
深く考えるのはやめた。そうやって流すことには慣れている。
昼休み。スマホを開く。
【由梨】──高校時代からの親友の名前が、未読のまま残っている。
三日前に「今度ご飯行こうね」と送ったきり、返信はない。
彼女の彼氏から、最近こんな連絡もあった。
「最近の由梨、様子がおかしいんです。連絡もあまり取れなくて……遥さん、何か知りませんか?」
でも、遥にも分からない。
仕事が忙しいのか、疲れているのか。
彼女にとって、いま自分が“負担”になっているのかもしれない。
送ろうと思っていた「元気?」の一言を打っては消し、結局スマホを閉じる。
その夜。
帰り道。人通りの少ない歩道を歩く。
自販機の灯りだけが浮かぶ路地。コツ、コツ、とヒールの音がやけに大きく響いた。
背中に、気配。
すぐに振り向く。けれど、誰もいない。
ただ、電柱の陰に――ほんの一瞬、“黒い何か”がいた気がした。
心臓が跳ねる。
「……また、あの感覚」
でも、安心しようとする。
「彼と一緒にいたときにも感じたし、きっと違う」
そう、自分に言い聞かせて、鍵を差し込む。
がちゃり、と錠が回る音が、やけに静かに響いた。
遥はまだ知らない。
あの背後の影が、ただの“誰か”ではなく、
そして身近にいる人物たちすら、真実から遠い場所に立っていることを。
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