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エピローグ 未投函の手紙
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その手紙は、遥のもとに届くことはなかった。
封筒には宛名も差出人もなく、郵送記録も残されていない。
ただ、弁護士を通じて「渡してほしい」と預けられたそれは、どこか異様に薄く、けれど重かった。
中に入っていたのは、数枚の紙――
そして、碧人の文字で綴られた手紙だった。
________________________________________
遥へ
この手紙が君に届く頃、僕はもう君の傍にはいないと思う。
罪を償う時間が、ようやく始まっただけだ。
君に謝る資格があるとは思っていない。
でも、それでも君の名前を呼びたいと思ってしまう。
ごめん。
僕は人を殺した。
その事実は、どれだけ言い訳をしても消えない。
どれだけ過去を悔やんでも、許されないことをしてきた。
でも――
君と出会って、君の瞳に映る自分を見て、
ほんの少しだけ、“人間”になれたような気がした。
怖がらせた。
傷つけた。
疑わせた。
だけど最後の最後に、君を守りたいと思ったことだけは、本当だ。
岡部の狂気に飲まれそうな夜の中で、君の声だけが、僕を引き戻した。
君の涙が、僕の狂気を凍らせた。
ありがとう。
君がどうか、あの夜を“ただの悪夢”としてではなく、
“終わらせるための夜”として思い出せるように――
僕は、僕自身の運命を受け入れる。
この先、君が誰を信じ、誰を愛し、誰と笑って生きるとしても――
君が笑っていられることが、僕の祈りです。
君に出会えて、本当によかった。
碧人より
________________________________________
遥は、震える指先でその手紙を何度も読み返した。
涙は出なかった。泣き尽くして、もう枯れていた。
でも、胸の奥で確かに何かが温かくなった。
「ありがとう……」
そう呟いて、遥は手紙を胸に抱いた。
静かな陽射しが、部屋の窓から差し込んでいた。
新しい朝が、始まろうとしていた。
***
これは“死神・烏牙”が記した最後の観測記録である。
彼がこの任を解かれる直前に、静かに綴ったものだ。
________________________________________
観測対象:遥(ハルカ)・27歳・女性
運命予定:第三の犠牲者として、殺人鬼・如月碧人による殺害
予定時刻:六月十三日・深夜零時三十四分
記録番号:U-198402
──運命、逸脱。
我々死神の任務は、予定された死の記録と観測であり、干渉は原則として禁じられている。
しかし、この記録は例外として扱われた。
なぜなら、私自身が「予測を誤った」からだ。
あの男――如月碧人は、確かに人を殺してきた。
その行為は本能でも衝動でもなく、時には冷徹で、時には歪んだ愛情すら含んでいた。
しかし彼の中に、かすかな“変質”が起きた。
遥という存在を通じて。
彼の運命は、予定されていた「連続殺人犯としての破滅」ではなかった。
遥の運命も、予定されていた「哀れな犠牲者」としての終焉ではなかった。
二人の邂逅により、観測線は乱れ、我々の記録は幾度も書き直されることとなった。
私は死神でありながら、あの夜、彼らの“選択”を黙って見届けることしかできなかった。
運命を導く力も、逸脱を正す力も、私には残されていなかったからだ。
だが、それでも確かに見たのだ。
遥が、震えながらも立ち上がる姿を。
碧人が、罪を背負って人を守ろうとした姿を。
絶望を知りながらも、それに呑まれず、自らの意思で進もうとする“生”を。
死神としてあるまじきことかもしれないが――
私は彼らを記録に残す。
この記録が、未来のどこかでまた誰かの“逸脱”を許す根拠となるならば、
それは“希望”と呼んでもいいのではないか。
人は、変われる。
どれだけ狂っても、絶望しても、傷つけても、
その先に「選び直す」ことを放棄しなければ。
それが、生きるということなのだと。
――死神・烏牙
最終記録より
____________________________________
静かに本が閉じられた。
ページの最後にはこう記されていた。
「記録終了。運命、観測不能領域に突入」
そして、誰にも見えない空の彼方へと、烏牙の気配は消えていった。
物語は終わった。
だが、人の“生”の記録は、まだ――続いていく。
封筒には宛名も差出人もなく、郵送記録も残されていない。
ただ、弁護士を通じて「渡してほしい」と預けられたそれは、どこか異様に薄く、けれど重かった。
中に入っていたのは、数枚の紙――
そして、碧人の文字で綴られた手紙だった。
________________________________________
遥へ
この手紙が君に届く頃、僕はもう君の傍にはいないと思う。
罪を償う時間が、ようやく始まっただけだ。
君に謝る資格があるとは思っていない。
でも、それでも君の名前を呼びたいと思ってしまう。
ごめん。
僕は人を殺した。
その事実は、どれだけ言い訳をしても消えない。
どれだけ過去を悔やんでも、許されないことをしてきた。
でも――
君と出会って、君の瞳に映る自分を見て、
ほんの少しだけ、“人間”になれたような気がした。
怖がらせた。
傷つけた。
疑わせた。
だけど最後の最後に、君を守りたいと思ったことだけは、本当だ。
岡部の狂気に飲まれそうな夜の中で、君の声だけが、僕を引き戻した。
君の涙が、僕の狂気を凍らせた。
ありがとう。
君がどうか、あの夜を“ただの悪夢”としてではなく、
“終わらせるための夜”として思い出せるように――
僕は、僕自身の運命を受け入れる。
この先、君が誰を信じ、誰を愛し、誰と笑って生きるとしても――
君が笑っていられることが、僕の祈りです。
君に出会えて、本当によかった。
碧人より
________________________________________
遥は、震える指先でその手紙を何度も読み返した。
涙は出なかった。泣き尽くして、もう枯れていた。
でも、胸の奥で確かに何かが温かくなった。
「ありがとう……」
そう呟いて、遥は手紙を胸に抱いた。
静かな陽射しが、部屋の窓から差し込んでいた。
新しい朝が、始まろうとしていた。
***
これは“死神・烏牙”が記した最後の観測記録である。
彼がこの任を解かれる直前に、静かに綴ったものだ。
________________________________________
観測対象:遥(ハルカ)・27歳・女性
運命予定:第三の犠牲者として、殺人鬼・如月碧人による殺害
予定時刻:六月十三日・深夜零時三十四分
記録番号:U-198402
──運命、逸脱。
我々死神の任務は、予定された死の記録と観測であり、干渉は原則として禁じられている。
しかし、この記録は例外として扱われた。
なぜなら、私自身が「予測を誤った」からだ。
あの男――如月碧人は、確かに人を殺してきた。
その行為は本能でも衝動でもなく、時には冷徹で、時には歪んだ愛情すら含んでいた。
しかし彼の中に、かすかな“変質”が起きた。
遥という存在を通じて。
彼の運命は、予定されていた「連続殺人犯としての破滅」ではなかった。
遥の運命も、予定されていた「哀れな犠牲者」としての終焉ではなかった。
二人の邂逅により、観測線は乱れ、我々の記録は幾度も書き直されることとなった。
私は死神でありながら、あの夜、彼らの“選択”を黙って見届けることしかできなかった。
運命を導く力も、逸脱を正す力も、私には残されていなかったからだ。
だが、それでも確かに見たのだ。
遥が、震えながらも立ち上がる姿を。
碧人が、罪を背負って人を守ろうとした姿を。
絶望を知りながらも、それに呑まれず、自らの意思で進もうとする“生”を。
死神としてあるまじきことかもしれないが――
私は彼らを記録に残す。
この記録が、未来のどこかでまた誰かの“逸脱”を許す根拠となるならば、
それは“希望”と呼んでもいいのではないか。
人は、変われる。
どれだけ狂っても、絶望しても、傷つけても、
その先に「選び直す」ことを放棄しなければ。
それが、生きるということなのだと。
――死神・烏牙
最終記録より
____________________________________
静かに本が閉じられた。
ページの最後にはこう記されていた。
「記録終了。運命、観測不能領域に突入」
そして、誰にも見えない空の彼方へと、烏牙の気配は消えていった。
物語は終わった。
だが、人の“生”の記録は、まだ――続いていく。
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