リトルブランク

ざらべ

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矛盾④

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 それから数日が経ったある昼の出来事だった。
 真野は相沢に話を聞いてもらって以来、不思議なことに胸にはスッキリとした淀みのない気分が漂っていた。あれから特に瀬古に対してアクションを起こすことも、瀬古ばかりを考えてしまうこともなかった。
 いつもの日常に戻ったような感覚に、真野は安らぎを覚えていた。

「それでさー、兄ちゃんが勝手に俺の貯金箱開けてお金盗んだんだよ。でも母ちゃんにそれ知らせても、全然兄ちゃんのこと怒らねえの。おかしくね?」
「あー完全に自分の方が権力上だと思われてんな、兄ちゃんから」
「そうなんだよっ、あいつ調子にのりやがって」

 真野は、相沢との他愛のない話に花開かせていた。
 瀬古はというと、あれから学校に来ない日が続き、今日も来ていなかった。寮にすら戻ってこない日が続き、真野は長らく顔を合わせていなかった。
 どこで何をしているのかさっぱりわからなかったが、以前のように心配する気持ちはすっかりなくなっていた。
 真野はてっきり自分がもう瀬古に対しての踏ん切りがついたのかと思っていた。向こうが関わらなくていいと言うのであれば、もうこの際その言葉に応じようと思っていた。俺が皆と同類だと思われてもいい。アイツから思われることなんてどうせもいい。俺には相沢がいる。本当に仲のいい友達なんて、一人で十分だと思っていた。

「それでさー」

バタンッ!!!!!

 相沢が話している途中で、突然前方の扉が勢いよく開いた。
 誰かが、教室へ強く投げ飛ばされて教卓にぶつかった。
 ゴン!という鈍い音が、一番後ろにいた真野でも聞こえた。
 そして投げ飛ばされた奴が視界に入った瞬間、すぐにそいつが誰かわかった。
 オレンジ色の頭。瀬古だ。
 それから間もなく投げ飛ばした本人が続いて教室に入り、瀬古に向かって怒鳴った。金髪で、ザ・不良という身なりである。図体もでかく、力も強そうだ。

「おい、ふざけんじゃねえよ!!」

 教室はさっきの騒がしさなど嘘のように静まり返り、誰かが廊下へ出て職員室の方へ走って行った。多分先生を呼びに行ったのだろう。
 よく見ると、金髪の横にも何人か人がいて、一緒になって怒鳴っていた。

「人の彼女寝取るとかどんな面かと思えば、はぁ~......。いい顔してる奴じゃねえかよ。けどな、これからお前のそのきれいな顔ボッコボッコにしてくっきり跡残らせるからよお、覚悟しろよー」

 これは尋常ではない空気を感じる。誰かが止めに入らなければ、本当に言葉通りになってしまうかもしれない。
 けど、この空気の中動く気配の生徒は当然いなくて、唖然と見続けるか、キョロキョロと周りを見渡していかのどちらかだった。
 いつもお昼休みで充満する弁当の匂いはいつしか消えて、血生臭いゾッとする匂いに変わっていた。
 こんなの映画のワンシーンだろ、ヤバいじゃん絶対。
 怒号を飛ばす金髪は鬼の形相で蹲っている瀬古の胸ぐらを掴んだ。瀬古は、既にもう殴られているのか、唇の端からは血が滲んでいた。
 相沢を見ると、彼はほんのちょっと唇の端をあげて興味津々で見入っていた。止める気なんて一切ない。むしろ止めずにこの状況を見ていたいのだろう。
 そして金髪の話を聞いている限り、ここ最近の瀬古は女と遊び歩いていたことになる。いや、最初から寮に帰ってこない日は大体そういうことをしていたのかもしれない。

「本当にその女、俺とセックスしたって言ってんのか」

 ふいに瀬古が顔をあげて、金髪を睨んで訊いた。

「は? だからさっきからそうだって言ってんじゃねえかよっ!!」

 するとスパンッ!という強打が教室に鳴り響いた。瀬古の頬が腫れて血反吐が飛んだ。
今まで聞いたことのない衝撃音に皆の顔が曇る。
 教室が張り詰めた空気でいるなか、廊下には他クラスの野次馬でいっぱいで、口々に何かを言いながら見物していた。
 それを見て、まるで動物園だなと真野は思った。檻の中で繰り広げられる茶番を廊下から興味津々に見る野次馬。
 瀬古は再び床に手をつき、口内に残った血をペッと吐き出した。そしてニヤリと笑った。
 目を疑ったが見間違いじゃない。
 それを見た金髪の顔色が一瞬にして変わった。何かがはち切れたらしく、お腹に強く蹴りを入れ始めた。後ろにいた連中も、一緒になって蹴りを入れる。四方八方から蹴りを入れられるたび、瀬古は何度もえずいて体を揺らした。
 真野は見ていられなくなり目を逸らした。
 瀬古もなぜ相手を挑発するようなことを言うのだろう。しかも笑うなんて、馬鹿にしているとしか思えないし、相手が怒るのも当然だ。とはいえ、身体の関係を持った金髪の彼女にも非はあると思うが……。まあこれは思わないでおこう。
 何十回もの殴打の後、ようやく先生が来た。
 けど、瀬古の身体は既にボロボロで、制服は薄汚れていた。顔も痣がいくつか残っていて、何度も殴られたお腹と背中はもっと悲惨なんだろうなと思った。
 金髪とその取り巻きは先生に取り押さえられどこかに連れていかれた。
 だが、まだ胸に堪った怒りは収まらないのか、捕らわれたあともしきりに瀬古へ向かって暴言を吐いていた。
 多分あれは停学だろうなー。というかそもそも制服が違ったし、別の学校かもしれない。じゃあどこの規模で女抱いてんだよ。
 瀬古は保健室へ運ばれた。絶対痛いはずなのに、なぜかずっと瀬古の口元は笑っていて、薄気味悪かった。
 それをみて相沢は「あいつイカれてんな」と言って笑った。俺も激しく共感した。



 5限の授業は事態を収拾するため少し遅れて始まった。廊下にいた野次馬もしばらく動かずに教室の前で話し込んでいたし、何より真野のクラスが静かになるまでずっと騒がしかった。
 瀬古はあれから保健室で休んでいるらしく、授業には参加しなかった。
 相沢は「久しぶりに良いものを見たなー」と野次馬特有の興奮をしていた。この間カッコいいと言ってしまったのを前言撤回したいほど、今はただただ呆れる姿である。その辺のアホな連中と一緒じゃないか。まあ今に知ったことではなかったけど。
 でも、今日の出来事で一つの噂が事実になった。
 『瀬古は女をとっかえひっかえで遊んでいる』
 さすがに馬鹿馬鹿しくて頭に残っていない噂だったけど、皆の間では思わぬ形で事実となり、どよめきが広がっていた。そしてこの件によって、より瀬古に対する皆の不信感は強くなったように思う。
 
 その日の放課後、真野は教室で勉強をしていた。
 真野は昔からあまり勉強ができる方ではなかったが、それでも数学だけは唯一得意だった。クラスではいつも1位、2位を争うほど優秀な成績で、それが自分の中で結構誇りだった。
 一方で他の科目はというと、いつも赤点ギリギリだった。補習にかかったことも何回かあり、その度に相沢が助けてくれて再試は何とか良い点を取ることができた。
 真野の目標は推薦で都内の大学に通うことだった。しかし、そのためにはそれ相応の成績と十分な出席が必要だった。だからせめて一番得意な数学で点数を稼ぐほかなかった。
 そうやって必死でこっちは勉強しているというのに、前で立ちながら話している女子は、そんなことお構いなしに騒がしかった。

「でさー、そいつ里奈の彼氏奪ったの。わざと里奈の彼氏のスマホに自分の自撮り撮って、里奈にバレるようにホーム画面にその写真を設定したんだよ。ヤバくない?」
「え、なんで彼氏気付かないの?」
「だーかーら……。散々ヤッた後に彼が眠っているのを見てこっそり設定したの」
「はあ!? その彼氏も用心がなさすぎでしょー」

 なんでクラスの男子が勉強している前で、こんなにもうるさく会話ができるのだろう。気遣いなんてこの女たちにはないのだろうか。きっとないのだろう。悲しい人間だ。
 人様の恋愛事情なんて毛頭興味がない真野は、ため息をついて目の前の問題に集中した。

『f(x)=3x2+2bx+b2/3-bにおいて、区間-1≤x≤1におけるf(x)の最大値をMとし、最小値をmとする。0≤b≤6のとき、m=-Mとなるようなbの値を求めよ』

「男って何で浮気するんだろー。頭おかしいよねえ」

 問題一点を見つめて、真野は必死に外部の音を遮断して考え込む。

「多分本能なんだよー。気付いた時にはもうヤッている最中とか」
「ギャハハハ! きもすぎて死ぬー」

 ダメだ。集中。気になるけど集中。
 てか、お前らの言う男がすぐ近くにいますけど?! よく平然と話していられるな! まあただ単に俺が男として全くみられていないということだよな……。いやいや、何悲しがってんだ。むしろ喜べよ。絶世の美女だったら悲しいけど、相手はそこら辺にいる知能が低い猿だ。人目を気にせずに騒ぐ、図々しい女たち。むしろラッキーだ。こんな奴らに好かれなくて。まあいいや、そんなこと。
 えーっと、二次関数だからここはこうして……。

「でも、ぶっちゃけ、瀬古だったら浮気されてもいいかなー」
「うわー出たよ。千秋の瀬古贔屓。そんなにアイツのこと好きなの?」

 ダメダメダメダメダメダメ……。
 集中しろ、真野隼人。瀬古の名前が出たからって何だ。どうでもいいだろ、あんな奴。
 それでも真野の耳は無意識に女たちの会話に引き付けられていて、気付けばシャーペンを動かす手も止まっていた。

「だってイケメンじゃんー。正直このクラスで断トツイケメンじゃない?」
「そうだけどさー、無口だよ。つまんないじゃん」
「それがいいんだよ! それに、もしかしたら懐いてくると結構話してくれるかもしれないし」

 なに夢と希望を持っているんだ。あんなやつが懐くわけないだろ。てか、懐いている姿想像したらゾッとするわ。気持ち悪い。こいつらはそんなことで興奮してんのかよ。けしからんな。
 それにしたって……、所詮好きになる男なんて顔かよ……。こんなボケッとした顔で、中肉中背の俺なんて、最初から眼中にないんだろうな。その結果がこれなんだもんな。てか、やっぱり理解できないっ。普通こういう話って人目を憚ってしないのかよっ!?

「でもあいつの噂、ほんとっぽくない? 今日だってヤバかったじゃん。半グレみたいな集団が思い切り殴ってきてさ」

 話題はあの噂へと移った。
 女子が騒ぐたびに鞄についているジャラジャラのキーホルダーが大きく揺れて視界に入った。真野は適当にシャーペンを動かしながらも、会話はしっかり聞いていた。

「でもあれは半グレが一方的に瀬古を殴っていたじゃん。だから私、瀬古はあまり喧嘩強くない気がするんだよねー」
「じゃあ、半殺しにしたっていう噂は嘘ってこと?」
「それはわからないけど……。多分そうじゃない……? きっとデマだよ」

 真野はチラリと女たちを見た。
 やはりあの噂を信じていない奴はいた。勝手に学校中の奴ら全員が信じ切っているのかと思ったけど、彼女の話を聞くと意外と信じていない奴も多いのかもしれない。

「だってそうじゃない? 実際瀬古が転校してから、アイツ誰かに暴力ふるった?」
「外でふるっているかもしれないじゃん」
「やばいねー千秋。どんどん瀬古のこと好きになってんじゃん」
「そんなことないって!」
「ちょっとちょっと。恋する乙女の顔きもいてー」

 女子からどっと笑い声をあがった。千秋は顔を真っ赤にして、地団駄を踏みながら否定した。
 でも千秋という女の言葉も一理あると真野は思った。瀬古はこれまで特別目立った行動はしていない。むしろそんじょそこらのうるさい男子より、よっぽど静かで俺たちに迷惑をかけていない。
 たかが噂。でも彼の容姿を見れば納得できる噂。
 思うのはこのどちらかだろう。
 俺は気付けば後者の方だった。けど今は……。

「そんなに好きなら一回誘っちゃえば? 案外のってくれるかもよ?」
「一体何によっ!」

 千秋を揶揄っている女子が、彼女の反応に再び笑い声をあげた。
 すると、ちょうどそこに保健室から帰ってきた瀬古が扉をあけて入ってきた。それを見て、女子の会話はピタリと止まり一斉に瀬古を見た。
 だが千秋だけは顔を赤くし、目線を逸らしてすぐに帰り支度を始めた。その様子をニヤニヤした表情で見つめる彼女らは千秋を小突いておちょくった。
 瀬古の顔は目元が赤く腫れていて、鼻にはティッシュがつまっていた。頬には大きな痣があって、その姿は痛々しかったが、本人は意外にもケロリとした表情で教室に入ってきた。痣がある頬を氷水で冷やし、お腹を摩りながら、ゆっくりとした足取りで自分の席へ向かっていく。
 女たちはそそくさと準備をして教室を出て行った。千秋以外の女たちはまだ教室で話がしたいと口々に漏らしていたが、彼女は瀬古を変に意識してしまうらしく、仲間の手を引っ張って去っていった。
 女たちが消え、しんと静まり返った教室で真野はようやく勉強を再開させた。
 瀬古は真野とは反対の窓際の席で、片方の足に膝をのっけて、ズボンを捲った。そして、足に点在する痣を湿布を剥がしてしばらく見つめていた。
 真野は問題を解こうと思ったものの、無意識に先ほどの女たちの会話を反芻していた。
 最初、俺は瀬古を怖い奴だと思っていた。
 もし関われば距離を急激に縮めてきて、気付いた時には取り返しのつかない間柄になっているかもしれないと思っていた。
 何か瀬古の気分を害すようなことを言えば、奴からフルボッコにされるかもしれないと思っていた。
 何よりも、瀬古と関わればクラスで変に目立ってしまうかもしれないと思った。
 でもそれらって単なる俺の妄想で、実際はアクションしてみないとわからない事だった。だってまだ俺は瀬古のことをよく知らない。
 同じ寝床なのに、ルームメイトなのに、俺はあいつのことを何も知らない。勝手な偏見で嫌いになって、苦手意識を持った。
 けど、さっき千秋が言ったように、アイツから何かされたことはないし、アイツが人を殴っているのも見たことがない。せいぜい人の彼女を寝取ったとかそれくらいだ。
 そこまで考えてふと思った。
 関わりたくないと思うのは、相手をよく知ってからじゃないとダメなんじゃないかって。
 生半可な理由で決めつけるのは、いけないことなんじゃないかって。
 それでも、もしそう思っていたことが間違っていれば、その時は引き返せばいいだけだ。相沢が言ったように、人生のちょっとした出来事に過ぎない。だから大丈夫だ。
 そう結論付けたときには、既に自分でも気づかぬうちに瀬古の席へと近づいていた。
 瀬古は真野に気が付くと、捲っていた湿布を元に戻し、痣だらけの足を隠した。そしてズボンを下し、怪訝な顔つきでこっちを見た。

「…………」
「……なに?」

 瀬古の顔は、近くで見ると思ったよりも広範囲に赤く腫れていた。小さい痣もおでこにあって、身体はもっと凄惨なことになっているんだろうなと思い顔を顰めた。

「傷大丈夫か?」
「ああ……まあ。まだ痛いけど、その内痛みも引くって。死ぬわけじゃねえから平気だ」

 笑うと痛むのか、瀬古は顔を歪めてわずかに口角をあげた。

「失望したか?」
「えっ」
「俺が女寝取ったって聞いて。気持ち悪いってお前思っただろ」
「まあ……。若干な。でも若気の至りでそうなることってあるだろうし、理解しているよ」

 その瞬間、瀬古が声を出して笑った。あまり声は出せないようだったけど、それでも手を叩いて腹を震わせた。散々蹴られたお腹を抱えながら、しばらく笑った。
 真野は何がそんなに面白いのかわからず、ぽかんとした顔で瀬古を見下ろしていた。
 
「やっぱお前面白い。正直すぎて面白いし、若気の至りって……」

 瀬古はまだ笑っている。

「…………」
「ああ、悪い悪い。こんなに笑ったの久しぶりだわ」
「いいよ、別に。笑ってもらえるのは嫌なことじゃないし」

 クスクス笑う瀬古に、気付けば真野も小さく笑っていた。馬鹿にされる笑いは嫌だけど、今の瀬古の笑いは楽しさが伝わってくる笑いで嫌じゃなかった。
 瀬古は時計をチラリと見ると、鞄を机の上に置いておもむろに支度を始めた。目線は鞄や教科書に向いているが、話はまだ終わっていなかった。

「なあ、あのさ。俺考えたんだけど、やっぱりちょっとでいいから俺と話してくれない?」
「……え?」

 予想だにしていなかった彼の言葉に、真野は一瞬たじろいだ。

「別に学校で話したいなんて言わない。人目があるからな。寮とか、今みたいに二人きりになったときに時々話してほしい」
「…………」
「ほら、俺この学校じゃ話してくれる奴いないしさ。あ、友達になってくれって言っている訳じゃない。ただ……たまにはクラスの奴と話したいし、こんなに馴染めていないと、ほんとにこの学校の生徒なのかなって思うときがあるんだ、こんな俺でも」

 瀬古の声音からはこっちを弄ぶ気など一切感じず、ただただ純粋な気持ちを感じた。
 意外だった。瀬古からこんな言葉が出るなんて。
 でもその意外さも、俺が話しかけなければ知る由もなかった。やっぱり自分からアクションを起こさないと、相手の考えていることって全く分からない。特に瀬古のような最初から先入観が根付いてしまっている奴は。

「嫌ならいい。ダメもとで聞いてみただけだから」

 なかなか返事をしない真野に、瀬古は焦りを覚えているように見えた。断られるのを恐れて教科書をしまう手を早めているようにも。
 その動揺を見て、真野は、ああ、そうかと納得した。
 本当は瀬古もクラスの奴らと仲良くしたいんだ。表には出していないだけで、実は話してみたいと思っているのかもしれない。
 当然だけど、瀬古がこの学校へ来てから、彼がクラスの奴と話しているところを見たことがなかった。それでも、瀬古が休み時間に寝ているのを見たり、ダルそうな顔をしているのを見れば、一人でも全然平気なのかと思っていた。むしろ一人になりたいのかと思った。
 けど、それはこの言葉を聞くと、どうやら違うみたいだ。
 ただの不良少年だと思っていたけど、この時の瀬古は普通の高校生に見えた。クラスに馴染めず、皆に避けられ、どうすればいいかわかっていない。
 瀬古はぎこちなく笑い、立ち上がった。

「じゃあ、俺帰るわ、じゃあな」

 真野は自分自身もっと肩の荷を下ろして話してみようと思い、息を吐いた。

「こんな俺でもいいのか?」

 帰ろうとしていた瀬古の足取りが止まり、振り返って真野を見た。

「俺は今まで瀬古に対して苦手意識を持っていた。大してお前のこと知らないのに、勝手に関わっちゃいけない奴だと決めつけてた。それもこれも周りの良からぬ噂に流された結果だ」
「…………」
「悪いと思っている。瀬古のことよく知りもしないで決めつけて」

 瀬古は射貫くように真野を見つめた。その視線に、真野はいつもの癖で逸らしそうになったが、何とか堪えて瀬古の目を見続けた。

「ほんとに悪かった。俺は全然いい奴じゃないけど、それでも、瀬古がまた俺と話してくれるなら俺の方が有難い話だよ。人目なんて……気にしなくていい」

 俺は一度間違えた。その間違いを取り消すことはできないけど、これからまた起こるかもしれなかった間違いを防ぐことはできる。
 これは決意表明だ。自分が新たに成長できるケジメ。
 真野は瀬古が喋るまでじっと待っていた。
 しばらくして、ずっと押し黙っていた瀬古が、ふいに堪えきれずに口から笑い声を漏らした。

「プハハハハハッ!! やばい、俺相手にそんなに真剣に謝らなくていいのに、アハハ! なんで、そんな畏まってんの」

 瀬古が口元を手で覆い、俯いて大笑いする度に、オレンジ色の髪が揺れた。真野は訳がわからず適当に調子を合わせた。

「ははははは……」
「ハ~、やべ~。笑った笑った」

 瀬古は口から手を外すと、三日月ぐらいに目を細めた。
 唇についたピアスがキラリと光る。

「んじゃ、とりあえず改めてよろしくな。てか、よかったー。オッケーもらえて。この間みたいに断られたらどうしようかと思ったわー」

 ケラケラ笑う瀬古に、真野は苦笑いした。あれは確かに初対面の相手に強く言い過ぎたよな。我ながら愚鈍だった。
 瀬古は鞄を肩に提げて手をあげた。

「じゃあ、またあとでな」

 そう言うと、口笛をふきながら、ヒラヒラと手を振って教室を出て行った。
 真野は今まで見てきた中で、今が一番彼の表情が柔らかい時だと思った。
 だんだん遠ざかっていく口笛の音を聴きながら、真野は瀬古が言った、『またあとで』という言葉をぼんやりと考えていた。
 またあとで、寮で会うんだ。
 アイツ今日は戻ってくるんだ。
 そう思うと、妙に胸がソワソワし出した。自分から話したいと言ったくせに、急に2人きりの時間ができると気まずい。
 どんな会話をすればいい? アイツは何の話が好きなんだ。巨乳の話? ゲームの話? グラドルの話? AVの話? わからない。全く知らない。けど、こうやってゆっくり時間をかけて相手のことを知っていけばいいんだ。
 自分から話しかけて友達になろうとしたことは、おそらく中学以来1回もない。だから、変に緊張していた。
 もしこれが間違いだったとしても、その時はまた相沢に相談しよう。
 もう変な噂なんかに流されたくない。たとえ噂が本当だとしても、一度は自分の意思で突き進みたい。
 外から流れる17時を伝えるチャイムが、ポツンと一人居残る教室でゆっくりと穏やかに流れていた。
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